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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

スローフォワード(1)

 日本ラグビーの挑戦が、ひとまず終わりました。おおいに熱中し、感動させていただきました。ゲーム以外の番組にも大勢のラグビー選手やOBがコメンテータとして出演し、総じてスマートな解説をしてくれましたが、なかでも前回大会のヒーロー、五郎丸歩選手(ヤマハ発動機)の発言は含蓄深いものでした。

  ラグビー(日本代表)は勝敗をこえたスポーツの本質を
  みんなに教えてくれた。
 
 ワールドカップを終えたら、さぁプロ化だと意気込む関係者が多いなか、五郎丸選手は、そうした商業化が必ずしもラグビーの本質的な魅力を向上させるものかどうか、疑問に思っているのかもしれません。たしかにラグビーは、一人のプレーヤーが年間何億~何十億も稼ぐサッカーや野球からは感じられない「美学」をわたしたちに訴えかけてきます。
 この5週間、大袈裟にいうならば、寅さん49回分ぐらいの何かを私は教えられたような気がしています。寡黙で我慢し礼節を尽くす日本人の美学。
 遅すぎたね、残念ながら。


  1. 2019/10/21(月) 17:01:12|
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さよなら、ピンクのNbox

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リースの時代

 盆休みの前から車検の準備を進めていていた。いまの車に乗って7年が過ぎ、走行距離は145,000kmに達しようとしている。2年前の車検時には「次回は新車に乗り換える」と豪語していたものの、昨年の不用意な副草履の発言からしても明らかなように、老後の生活費の問題は深刻であり、とてもとても悠々自適と言えるような晩年が送れそうにもない。よって、新車購入は断念し、今回もまた車検に臨むことにした。


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 それが急転直下、5年リースで新車に乗り換えることに変わった。決め手は各種の安全装置である。この7年間の技術進化はすさまじく、とりわけ車内外の安全装置の発達は驚異的であり、もともと追加のオプションがあればつけたいと思っていたのだが、旧車への機能配備は不可能ということを知った。そして、リースはメンテ・サービスが行き届いている。1回分の車検だけでなく、タイヤやオイルの交換、カーナビの更新などがすべてリース代金に含まれている。わたしのように長距離運転をするドライバーにとっては、購入よりもリースが適しているという殺し文句も効いた。


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30周年記念の愛車

 それにしても、7年間乗った薄紫ピンクのNboxには愛着がある。人生でこれまで乗ってきた車はさほど多くはないが、普通車を含めて最高の車だと確信している。座高がたかくて視野はひろく、座席がひろい。後部座席のひろさは普通車以上であることは間違いない。そして、スピードがあまり出ないことも有難い。いまさら車を飛ばして嬉しくなるような歳ではなく、高速道路では80~90kmの安定走行がいちばんよいのである。左車線をこれぐらいのスピードで運転していれば、あおられる危険性も少ない。というか、まずない。


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 なにより想い出深いのは、結婚30周年を記念して買った車だということだ。2012年8月29日、京都国立博物館の「大出雲展」に夫婦ででかけた。その日は記念日であり、夕方、息子が京都駅前までかけつけてくれて3人でお祝いをしたのだが、その翌日=30日に薄紫ピンクのNboxが納車されたのである。だから、いつまでも乗っていたいという気持ちが強かった。しかし、乗り換えるリースの新車もまたNboxであり、月末に納車の予定で、いまは代車をおろおろ運転している。


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 じつはブータン出張の出発日(9月4日)、高の原駅前の業者に古いNboxを届けてから近鉄に乗ったので、すでに廃車になっているだろうと諦めていたのだが、まだとっておいてるという連絡があり、昨日、最後の撮影に行ってきた。夫婦一緒にレンズに納まりたかったが、患者はブータンから帰国する前日、散歩中に転倒して自宅療養中であり、ひとりでの記念撮影となった。
 新しい車が届いたら、また報告します。


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  1. 2019/09/14(土) 01:29:39|
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鎌倉探検(2)

卡巴姐

 鎌倉にふさわしい中国語はまだないというべきなんですが、検索すると

歌厅俱乐部

 がヒットしました。なんか雰囲気伝わらないなぁ~~

夜总会

 とする翻訳サイトもありますが、これは大げさだ。キャバレーだとどうなんだろう?

歌厅

 だそうです。なるほど、歌厅+俱乐部で鎌倉か。道理がないわけではない。

卡巴萊

 という音訳もあるようです。これを使うと、鎌倉は

卡巴萊俱乐部

 となり、その略称として

卡巴俱乐

 を採用すれば日本語のニュアンスと似てきますね。カラオケが卡拉OKなんだから、鎌倉が卡巴俱乐でよいのではないでしょうか・・・ついでに鎌女はどう呼ぶのか、検索してみると、

陪酒女郎

 がヒットしました。陪酒は「お酌する」、女郎は「女の子」という意味。それにしても女郎は語感がよろしくない。CAは「空中小姐」だから、「小姐」を拝借して「卡巴俱乐」とミックスすると

卡巴俱乐小姐

となり、略して「卡巴姐」で如何?


 我ながら・・・ヒマだねぇ~~ 

  1. 2019/07/31(水) 09:56:34|
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鎌倉探検(1)

 ジョコ対フェデラーのウィンブルドン決勝、畏れ入りました。準決勝のナダル対フェデラー戦はなんとなくフェデラーが勝つ気がして、その通りになり、決勝は微妙だけれども、やはり若い分だけジョコに分があるかな、と思って視ていましたが、まさかあそこまで縺れるとは思いもよらず・・・恥ずかしながら、第5セット10-10あたりで眠りに落ちてしまい、結果は朝になって知った次第です。まさに歴史に残る決勝戦であり、ボルグ対マッケンローの激戦に勝るとも劣らぬ記憶を刻んでくれました。

 さて、全然話は変わります。鳥取の知人から鎌倉に行こうと誘われておりました。鳥取に鎌倉があるなんて知らなかったんですが、店の経営者が本学(公大)の出身者であり、経営の面倒をみているから安くあがる、という有難いお誘いでありました。しかしながら、体力の衰えた今日このごろ、馴染みの店は続々と棚を畳み、弥生町にでかけることもなくなっていて、少々億劫であったのは事実です。そもそも爺二人での鎌倉通いなど品がみっとも恥ずかしく、2週間以上躊躇っていたのですが、ある日、再開したジムで本学出身のエドガー君と再会し、彼と知人も関わりのあることが分かったので、三人で日程を調整し、先週久々の夜遊びをしてきたところです。
 居酒屋で一次会のあと鎌倉に向かいました。店の名は伏せておきますが、不思議なことに、我がボクシング・ジムと同名であります。入口を抜けると、バーテンの如き衣装を纏う細身の若者が2人あらわれ、席に導いてくれました。どうみても大学生なので、質問すると、はいと答える。公大の学生ではありません。

 まもなく、厚化粧の鎌女が3名あらわれ席についてくれました。化粧は厚いが、チラ視で観察するに、やはり大学生としか思えないので、再び質問すると、またはいと答える。左側は土木の4年生、右側は化学の3年生です。「どんな女の娘が好みなんですか?」と一人が問うてくる。打って返しで答えました。

   「アラフォー」

 少々驚いたらしく、困ったような顔に変わりました。

  「だって、そうでしょ。さっきまで3時間以上、君たちと
   同い年の人たちとゼミやってたのよ・・・」

 金髪を巻き毛にして、露出度の高いドレスを身にまとい、ミニスカートの前をハンカチで隠す。全国各地でみてきた風景ではありますが、正直、もうこういうのにクラクラするほど若くはありません。ちなみに、ドレスはセルフで調達するのだそうです。通販で買うと聞いたので調べてみたところ、たしかにアマゾンには2,000円前後でいろんなの売ってますね。

[鎌倉探検(1)]の続きを読む
  1. 2019/07/15(月) 17:13:23|
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U.S.A.とディラン




 ここにいうU.S.A.とはアメリカ合衆国のことではない。ユナイテッド・サポート・オブ・アーティスツ。1985年のアフリカ飢饉救済プロジェクトのために集まったミュージシャンの集団名である。いうまでもなく、「ウィ・アー・ザ・ワールド」を大合唱した人たちであり、先日BSで特番があって最後の2分ばかり目にとまってから気になってしまい、以後、毎日のようにユーチューブを視聴するようになった。本当に素晴らしい曲だと思う。いったいどんなコード進行をしているのか、おんぼろギターを手にとり、確認めいたことをしてみたのだが、5つぐらいのコードでいけるのか、と思っていた。いまネット上でコード進行を確認すると、やっぱり結構複雑で、とくにベースラインと転調に工夫をこらしている。
https://gakufu.gakki.me/m/data/YK00620.html

 ちなみに、作詞・作曲はマイケル・ジャクソン&ライオネル・リッチ、編曲・指揮はクインシー・ジョーンズ。リードボーカルと呼びうるのはスティービー・ワンダーとレイ・チャールズであるが、その他だれがソロをとるのか、とらないかの選択は大変だったことだろう。こうしたリーダー格のアーティストがアフリカ系であるのは、サポートの対象がアフリカ大陸なのだから、当然と言えば当然だが、この集団ではマイノリティながらコーカソイドの有名ミュージシャンも名を連ねている。ボブ・ディラン、ポール・サイモン、ケニー・ロジャース、ビリー・ジョエル、シンディ・ローパー、ケニー・ロギンス、ブルース・スプリングスティーン等々のビッグネームがレコーディングにかけつけた。
 白人系のなかで最も長尺のソロをとっているのはスプリングスティーンで、サビでのスティービー・ワンダーとの掛け合いは圧巻だが、それでもわたしはディランのほうが印象に残った。まず第一に、あれだけ人付き合いのわるい堅物が、こういう「みんなで仲良く一つになって」会に参加していること自体に驚きを禁じえない。ノーベル文学賞の授賞式でさえ欠席した男なんだから。それだけエチオピアの飢饉を深刻にとらえていたのだろう。メイキング映像をみると、わいわいやっている周囲に馴染もうとはせず、なんとも居心地が悪そうだが、自らのソロパートではクインシーらに対して「これでいいの?」と何度も問い返していて、十分真剣さがうかがわれる。
 画面にあらわれるディランは神だ。神だと感じたのはマイケル・ジャクソンとディランの二人のみ。この二人の映る画面はあきらかに質がちがう。ポール・サイモンも居心地がわるそうだが、ディランほどではなかったかもしれない。ポール・サイモンの扱いはもっと大きくてよかったんじゃないかな。ほとんどの歌手が、オリジナルのメロディを崩して個性的な小節を効かせているなかで、譜面どおりの歌唱をしたのはマイケル・ジャクソンとポール・サイモンぐらいなものであり、清澄な歌声もマイケルに比肩しうるのはサイモンだけだろう。口直しのシャーベットのような役割を曲の中ほどで担わせれば効果があったろうにと思うのである。チャリティの寄付金がどうなったのか、よく知らない。それでも、これだけのミュージシャンが一同に会して合唱したというだけで奇跡的な出来事であり、不朽の名作として、これからも長く愛聴されていくだろう。

 1985年-昭和60年、わたしは28歳でオーバードクターをしていた。




  1. 2019/06/14(金) 12:21:43|
  2. 音楽|
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