めざせ、紅白 -ガニ太郎さんの新作完成! 松葉 ガニ太郎さんの郷土応援歌「
麒麟の獅子」に続く第2作「麒麟のひと」が完成しました。昨年、ガニ太郎さんは私と同じく体調不良で、摩尼寺の護摩焚供養を毎月してもらっていましたが、あるときから猛烈な多弁になり、気がつけば、このような新作をリリースしておられ、おおいに驚きました。3月18日(金)には市長に完成を報告し、20日の毎日新聞でその模様が報道されました。ちなみに目標は、年末の「紅白」だそうです。
前回の「麒麟の獅子」は二胡でさらりと演奏するか、YMO風のロックにアレンジすれば若者にも受け入れられるかもしれない、と書きましたが、新作は長谷川きよし風がいいかも。
今回の紹介は敢えて本家LABLOGにアップしました。最近気味がわるいのだけれども、LABLOGへのアクセスが増えています。FC2ブログ教育部門でベスト5に入る日があったりして、訳分かりません。一方、LABLOG 2Gの方はウクライナ一色になっているので、敢えて本家LABLOGにアップすることにしました。
今年はなんとしても、音楽会を開きたい。二胡かバンドゥーラか、それとも両方か、残された時間は短いので精一杯動くだけです。
もう20年ばかり前の「恋から」。懐かしいでしょ。この回、おぼえてないなぁ・・・
当時から熊本は九州第2の都市でして、鳥取が敵う相手ではなかったけどね。
- 2022/03/23(水) 23:11:24|
- 音楽|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
わたしにとって最初の「500マイル」はブラザース・フォアだった。小学生のころ、兄のLPで聴いた。ものすごく良い曲だと思った。これこそがフォークです。その後、PPMやジョーン・バエズや坂庭省悟などの歌う「500マイル」を聴いて、どれもこれも素晴らしいと思っていたのだが、まさか石原裕次郎まで歌っているとは。1966年の録音です。裕次郎の「500マイル」は英語の歌詞だけでなく、日本語の訳詞も含んでいる。幽かな記憶ではあるけれども、「500マイル」の和訳詞には、
中川イサトと忌野清志郎のものがあって、坂庭は前者、松たかこは後者の詞だったはずだ。
裕次郎の「500マイル」はだれが訳したものだろうか。とてもシンプルでこなれた歌詞になっている。アレンジもいいね。ギターはアコギではなく、ナイロン弦のガットギターだと思われるが、エンディングをブルースっぽくしているところがおもしろい。
[500マイル]の続きを読む
- 2021/05/03(月) 01:30:30|
- 音楽|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
メリークリスマス!
さきほど横浜からメールが届きました。
今年の11月3日、横浜在住の二胡奏者、シェンリンさんをお招きして、源平茶屋ガレージで
摩尼寺「奥の院」遺跡10周年記念イベント
を開催する予定としていました。全国緊急事態宣言がようやく終わり、経済活動が奨励されていた6~7月にかけて
松葉ガニ太郎さん等と協議しつつイベントを構想し、シェンリンさんご本人からも快諾していただいておりました。
なぜ、二胡なのかと問えば、オンライン授業で苦しんでいた前期当時、江南水郷の画像・動画データを収集していた際、シェンリンさんの「
女人花」に出会ったからです。結果として、今年一年間でいちばん聴いた音楽となりました。すべての二胡の演奏が人の心を癒やすとまでは言えませんが、この方の二胡を聴くと、気持ちが落ち着きます。
その後、日本全国をコロナの第2派が襲い、イベントは延期となりましたが、来年こそは十周年記念イベントを実現したいと思っております。皆様のご支援をお願いする次第です。
シェンリンさんからクリスマス・メールにはユーチューブの演奏(↓)が貼り付けてありました。ホワイト・クリスマス。これもまた素晴らしい演奏ですので、ぜひ聴いてください。
- 2020/12/25(金) 23:54:03|
- 音楽|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
こちらはジョン・デンバーの名曲を若いピーターセンズがカバーしたもの。フォークというよりも、カントリーだな(どちらでもいいけど)。編成はカントリーに必要な楽器勢揃い。ギター、フィドル、フラマン、ドブロにウッドベース。それにしても、楽しそうだな。こういうのやりたかった。
- 2020/09/24(木) 03:13:26|
- 音楽|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
ここにいうU.S.A.とはアメリカ合衆国のことではない。ユナイテッド・サポート・オブ・アーティスツ。1985年のアフリカ飢饉救済プロジェクトのために集まったミュージシャンの集団名である。いうまでもなく、「ウィ・アー・ザ・ワールド」を大合唱した人たちであり、先日BSで特番があって最後の2分ばかり目にとまってから気になってしまい、以後、毎日のようにユーチューブを視聴するようになった。本当に素晴らしい曲だと思う。いったいどんなコード進行をしているのか、おんぼろギターを手にとり、確認めいたことをしてみたのだが、5つぐらいのコードでいけるのか、と思っていた。いまネット上でコード進行を確認すると、やっぱり結構複雑で、とくにベースラインと転調に工夫をこらしている。
https://gakufu.gakki.me/m/data/YK00620.html ちなみに、作詞・作曲はマイケル・ジャクソン&ライオネル・リッチ、編曲・指揮はクインシー・ジョーンズ。リードボーカルと呼びうるのはスティービー・ワンダーとレイ・チャールズであるが、その他だれがソロをとるのか、とらないかの選択は大変だったことだろう。こうしたリーダー格のアーティストがアフリカ系であるのは、サポートの対象がアフリカ大陸なのだから、当然と言えば当然だが、この集団ではマイノリティながらコーカソイドの有名ミュージシャンも名を連ねている。ボブ・ディラン、ポール・サイモン、ケニー・ロジャース、ビリー・ジョエル、シンディ・ローパー、ケニー・ロギンス、ブルース・スプリングスティーン等々のビッグネームがレコーディングにかけつけた。
白人系のなかで最も長尺のソロをとっているのはスプリングスティーンで、サビでのスティービー・ワンダーとの掛け合いは圧巻だが、それでもわたしはディランのほうが印象に残った。まず第一に、あれだけ人付き合いのわるい堅物が、こういう「みんなで仲良く一つになって」会に参加していること自体に驚きを禁じえない。ノーベル文学賞の授賞式でさえ欠席した男なんだから。それだけエチオピアの飢饉を深刻にとらえていたのだろう。メイキング映像をみると、わいわいやっている周囲に馴染もうとはせず、なんとも居心地が悪そうだが、自らのソロパートではクインシーらに対して「これでいいの?」と何度も問い返していて、十分真剣さがうかがわれる。
画面にあらわれるディランは神だ。神だと感じたのはマイケル・ジャクソンとディランの二人のみ。この二人の映る画面はあきらかに質がちがう。ポール・サイモンも居心地がわるそうだが、ディランほどではなかったかもしれない。ポール・サイモンの扱いはもっと大きくてよかったんじゃないかな。ほとんどの歌手が、オリジナルのメロディを崩して個性的な小節を効かせているなかで、譜面どおりの歌唱をしたのはマイケル・ジャクソンとポール・サイモンぐらいなものであり、清澄な歌声もマイケルに比肩しうるのはサイモンだけだろう。口直しのシャーベットのような役割を曲の中ほどで担わせれば効果があったろうにと思うのである。チャリティの寄付金がどうなったのか、よく知らない。それでも、これだけのミュージシャンが一同に会して合唱したというだけで奇跡的な出来事であり、不朽の名作として、これからも長く愛聴されていくだろう。
1985年-昭和60年、わたしは28歳でオーバードクターをしていた。
- 2019/06/14(金) 12:21:43|
- 音楽|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0