週末に何をしているのか、というと、授業の準備である。開学5年目にもなれば、教材も揃っているだろうから、いまさら授業の準備でもあるまいと思われるかもしれないが、相変わらず授業の準備をしている。前年のパワーポイントと資料をそのまま使って講義すると、しばしば、「すべって」しまうからだ。わたしは芸人ではないから高座にあがった経験はないけれど、芸人たちの話を聞くと、講義と高座はよく似ていると思う。同じネタをしゃべっても、その日の具合で受け方がまったく変わってしまうからだ。だから、講義は恐ろしい。正直、苦手である。
その講義で、わたしは60~70分しかしゃべらない。残りの時間には「理解度チェック」レポートを毎回書いてもらう。準備では、前年の反省を踏まえ、パワーポイントのスライド枚数を調整する。しばしば新しいデータを補足するので、枚数は増えがちだが、いたずらに枚数を増やすと、学生のレポート執筆時間が減ってしまう。要は、肝心なスライドを残し、よけいな情報を与えないようにすることだ。資料はパワーポイントの出力だが、講義で使うスライド枚数よりも少なくしたほうがよい。さらに、各スライドにはブランクを設ける。こうしておくと、学生は必死でメモをとる。メモをとらないと、「理解度チェック」レポートが書けないからだ。したがって、居眠りする学生はほとんどいない。
同じような講義をしている先生は少なくないであろう。しかし、レクチュア後の課題に「感想」レポートを求める場合が多いと聞く。感想の場合、学生は好き放題書けばよい。漫画を書いて喜んでいる学生もいる。こういうレポートでは、学生が授業内容をどの程度理解したのかわからない。したがって、採点のしようがない。「理解度チェック」レポートの場合、レクチュア後、講義内容に関する質問をするから、学生のレポート内容の優劣がはっきりあらわれる。
こういう授業方式を自力で開発してきたわけだが、一ヶ月ほど前、企業出身の某教授が教育心理学会の出店で「BRD方式」講義の指南書をみつけて衝撃をうけたと、全教員にメールを送ってきた。BRDとは、Brief Report of the Day (日々のミニ・レポート)の略であって、なんだ、要するに、わたしのやってる方式じゃないのか、と直感した。ネット販売でその指南書を取り寄せたところ、はたして、本質的にわたしの講義と変わるところはなかった。BRDを紹介した某教授は、BRDを実践したことがないらしく、実験的に講義でやってみたらどうだった、こうだったとメールで報告してくる。わたしのような新人教員でも気づいているのだから、ベテランの先生方は「なにをいまさら」と思っているのかもしれない。
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- 2005/07/10(日) 13:06:38|
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