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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

消えたIXY

 奈文研時代に同じ釜の飯を食べた、2年先輩の本中眞さんが来鳥。県市の文化財関係者にとっては大事件である。本中さんは、文化庁記念物課整備部門の主任文化財調査官で、現在の担当は「名勝」だが、実質上「整備」についても権限をもっており、世界遺産登録にも手腕をふるっている。昨年、文化財保護法に「重要文化的景観」の条項を追加したのも、本中さんの仕事である。昼の飛行機で鳥取着、午後一で竹内市長と面談し、国史跡「鳥取城跡」の整備について、意見を交換された。
 午後2時半から「第1回 史跡鳥取城跡附太閤ヶ平天球丸石垣修復工事に関する検討委員会」。委員は鳥大の錦織先生、石垣の権威・北垣先生とわたし。両先生を押しのけ、わたしが互選で委員長に選ばれた。もちろん根回しはあったが、儀式的に一回固辞したあと、受諾した。本中さんと県の中原・濱田両氏がオブザーバー。まずは、みんなで天球丸の現場を視察した。委員をはじめ全員が、今回みつかった下層の石垣の重要性をよく認識している。北垣先生は石の積み方や裏込めの出土物から、慶長期以前の築造であろうと言われる。同行を許されたノビタは、本物の北垣先生を目の当たりにして感激している。

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 午後4時から、市庁舎に戻って会議を始めた。この委員会は、国史跡である鳥取城の調査と整備が、あまりにも杜撰に進められていたことの反省をふまえて発足したものである。右方下がりだった軌道を上方修正する契機として開催された、という言い方をしてもよいかもしれない。まず第1の問題は、調査はもちろんのこと、天球丸に関する基礎研究が大きく欠落している点で、絵図・文献等の分析と遺構の調査成果をあわせて10月中旬に記者発表、現地説明会を催すことが決まった。この段階で、第2回の委員会を開催し、修復整備の基本方針となる叩き台を事務局から呈示していただくことにもなった。また、30年以上におよぶ石垣整備の成果報告書が未刊行なので、できれば年報を公刊し、年度ごとの調査成果と整備事業を報告し続けてほし旨、お願いした。
 市の担当者にとっては、辛いつらい一日だったであろうが、鳥取市の文化財保護行政は、こういう大なたを振るわざるをえないところまで来ている。城跡整備以外にも、取り組むべき課題はあり余っており、文化財室の体制が増員・強化されることを願ってやまない。竹内市長の英断しだいである。

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 本中さんは午後7時50分の飛行機で日帰りされたが、会議が終わったあと、小一時間ほどみんなで喉を潤す時間がとれた。ラーメン屋で「ほろ酔いセット」を注文した。生ビール2杯とおつまみ2種で980円。このラーメン屋を出て、本中さんを見送りし、市役所の駐車場にとめていた自転車に乗るところまでは良かった。ここから、わたしの人生が暗転する。
 うどんが食べたくなったのである。ラーメン屋にずっといたのに、ビールばかり飲んで、ラーメンを食べなかったことが心残りだったのだろう。でんぷんが足りないと思い、29号線沿いのうどん屋に入って、ざるうどんを注文した瞬間、あることに気がついた。ベルトに付けていたデジカメケースがだぼだぼで、中にカメラが入っていない。もう6~7年も使っているCANONのIXY、ナカタのIXYである。会議を出たあと、ベルトのケースに入れた記憶がうっすらと残っている。リュックサックやポケットをすべて探してみたが、やはりない。ラーメン屋と市役所に電話して探してもらったが、やはりない。家に戻って、県警に電話し、遺失物届けをだした後、ノビタがやってきたので、フィッツに乗って道路をまわってみたが、やはりない。
 なぜないのか、その理由だけがあきらかになった。カメラケースの側面が割けていたのである。IXYはここから落ちたのだ。おそらく自転車の立ち漕ぎをしていたとき、路面に落ちたのだろう。
 警察に届くかどうか。届いても、壊れているだろうが。

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  1. 2005/08/02(火) 22:43:17|
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倉吉町並み調査:腕木編

 現在、倉吉町並み報告書を編集中ですが、これに腕木による年代判定についての節を設けています。いまのところ年代が確定している腕木は4つ。これらを基準資料として、他の町家の腕木を観察し、その年代を推定しようという「編年」の試みです。
 岡野と吉田で、年代の確定している腕木の撮影をするため、倉吉へ行きました。酒屋の淀瀬家[1858/棟札:西町]と酒蔵の高田家[1843/棟札:西仲町]の腕木です。高田家の腕木は旧牧田家[腕木=1838:東岩倉町]の形式と近似しています。
 こののち、琴浦町の河本家と教育委員会を伺い、『河本家住宅-建造物報告書』をお渡ししてから、倉吉市内に戻り、堂計画室へと赴き、生田さんから旧本桑田家(現本内家:オークランド)[腕木=1889:魚町]の腕木拓本をお預かりしました。
 これら資料を元に、腕木による年代判定についての考察を早急に詰めていく予定です。(岡野)

↓旧牧田家住宅の腕木拓本
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↓淀瀬家住宅の腕木
2005_0802AF.jpg

  1. 2005/08/02(火) 18:27:14|
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asa

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