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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

ムキ・パンダ

 夕方4時すぎに大学に戻ると、妻木晩田事務所の久保所長、馬路くん、岡野くんが演習室で待っていた。今年度から2年がかりで遺跡整備全体の基本設計に入るということで、その説明のためである。さきの青谷建築部材検討会のさい、岡野が「基本設計」という言葉を使うので、わたしは復元建物の基本設計だと思っていたら、それは復元建物を含む遺跡整備全体の基本設計のことであった。これは、ますますシビアな事態である。
 まぁ、はっきり言うと、岡野は頼りない。頼りないから、ついついいじめてしまうのだが、昨秋、現場事務所で岡野を叱った直後、車の接触事故をおこしてしまった。岡野は、それを聞いて、鬼の首をとったように喜んだらしい。で、今日も言うのだ。
 「先生、あんまりいじめると、また事故ですよ、事故・・・」
ほんま、どついたろか、と思った。
 というわけで、初期整備を終えて2年目、とうとう妻木晩田本整備がスタートする。わが研究室も、総力をあげて支援いたします。

 ところで、今日はあまりに多くの出来事がありすぎて、疲れは極限に達していたから、ちょっと美味しいものが食べたくなった。マンナというレストランで、ニンニクたっぷりのイタリア料理を食べ、アルゼンチンのワインを飲んでいたところ、MOMから3度も営業のメールが鳴り、とうとう電話までかかってきた。で、馬鹿だから、ノビタと利蔵をつれて、また行ったのです。
 話が妻木晩田に及んで、I子さんが言うには、
 「わたし、あれムキ・パンダって、ずっと読んでたんですよ。ムキ・パンダ・・・いいでしょ、こっちのほうがカワイイ。」
 一瞬、岡野の顔が頭をよぎった。


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  1. 2005/08/19(金) 23:50:23|
  2. 史跡|
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旧町村指定建造物調査Ⅲ -東井神社

 佐治にある旧村指定建造物の笹尾神社薬師堂と林泉寺山門の再調査の後、用瀬(もちがせ)にある東井(とうい)神社に行きました。明治元年、周囲にある六社を合祀して成立した神社で、やはり旧町指定(現市指定)の文化財建造物です。
 東井神社で、歴史的建造物のデジタルマッピング作り(参照:8月19非歴史的建造物のデジタル・マッピング 中間報告その1)の資料となる写真と調書をとりました。拝殿と本殿が対象です。
 浅川教授も同行していただいていたので、記入後の調書を確認していただき、その折に、組物の名前を説明・指導していただきました。勉強不足を痛感。
 今までの調査においては、寺院物件の調書に組物の記載をしていなかったので、次回の調査からは組物の名称も加えられるよう、努力しようとおもいます。[西河の、河のほう]

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↑拝殿は正面が入母屋、背面が切妻。鳥取には、この形式が少なくない。向拝の組物は三斗組。大斗に皿斗がつく。

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↑本殿は一間社流造。組物は出組。
  1. 2005/08/19(金) 22:18:20|
  2. 建築|
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旧町村指定建造物調査Ⅱ -林泉寺

 朝早くから倭文に行き、文化庁の方の視察に同行。その後、河田、宮本、西山の3名で、佐治の旧村指定文化財、林泉寺山門の補足調査をしました。まず、ご住職の家族の方に、挨拶をし、調査開始! このまえ採った平面と断面図の漏れを補い、屋根伏配置図を書き足しました。みんなで作業を分担して、3時間くらいで補足調査を終了した。F4の使い方がわからず、浅川先生に上がってきてもらいました。みなさん、お疲れ様でした。(西山)

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  1. 2005/08/19(金) 20:10:33|
  2. 建築|
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旧町村指定建造物調査Ⅰ -笹尾神社薬師堂祈祷札

 7月25日に佐治町の旧村指定(現市指定)文化財である「笹尾神社薬師堂」の第2次調査をおこなった際にみつかった棟札・祈祷札の調査に行きました。浅川先生、氏子総代の木村さん、学生4名(西垣・北野・利蔵・ノビタ)の立会いのもと、地元の大工さんである西尾棟梁の手によって、小壁に打ち付けられていた3枚の札がはずされました。残念ながら、外された札はすべてが祈祷札で、裏に建築年代を示すものは皆無でした。大きな1枚の表には「天皇陛下」の4文字もみえ、戦前の祈祷札と思われます。したがって、薬師堂の再建年代が分からないままとなってしまいました。また、西尾棟梁に屋根裏に登っていただき、棟札が打ち付けられていないのかの確認をしていただいのですが、こちらも見つからないまま終わってしまいました。(西垣)

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↑祈祷札を外す西尾棟梁

20050820215702.jpg

↑祈祷札の実測
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  1. 2005/08/19(金) 20:06:35|
  2. 建築|
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倭文・旧加藤家、登録文化財をめざす

 昨日、近代和風建築調査委員会に出席された文化庁建造物課の江面主任文化財調査官は登録部門の担当で、本日、県東部の登録有形文化財を視察されるということを聞いていた。そこで、県の濱くんに無理を言ってスケジュールを調整してもらい、江面調査官に倭文の旧加藤家住宅をご視察いただいた。というのも、旧加藤家を管理するKさんが保存に熱心であり、とりあえず国の登録有形文化財をめざそうということで合意を得ていたからである。
 くりかえすことになるが、旧加藤家は、1)鳥取藩の御殿医が住み続けた旧宅であり、2)建築年代が18世紀に遡る可能性が十分あり、3)座敷飾りや庭などの芸術性も高く、わたしとしては、県指定もしくは市指定に値する建造物であることを確信しているが、平川参事をはじめとする市の担当者は、「指定」という言葉を聞くだけで顔をこわばらせるので、とりあえず登録文化財をめざそうと考えたのである。これについては、県教委で建造物を担当する濱くんや松本さんも理解があり、迅速な対応によって、江面調査官の視察を実現してくださったことに感謝している。江面調査官からは、この建物を登録文化財にすることに、なんら問題はないというコメントを頂戴した。さらにありがたいことに、加藤家の敷地から近隣に移築されている土蔵も調査し、一括して登録に申請するのがよいだろうというアドバイスもいただいた。
 濱くん、松本さんと協力し、迅速に登録文化財の手続きを進めようと思っている。

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↑近隣に移築された旧加藤家の土蔵。江戸時代に遡る?
  1. 2005/08/19(金) 19:25:00|
  2. 建築|
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asa

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