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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

仏龕をつくる

 バンコクのジム・トンプソン邸近くに骨董屋が2軒あって、その骨董屋はじつは骨董の贋物ばかり売っているのだが、そこでスコータイ時代の仏像のミニチュアを購入した。もちろん、贋物なのだけれども、なかなか穏やかでいい顔をしているので、思わず手が伸びてしまった。田園町の宿舎に戻って、新聞紙をひろげると、ひび割れも破損もせず、その仏像はたおやかな姿をたもっている。考えてみれば、中国や東南アジアで買い集めた仏教関係の小道具が結構たまってきたので、ひとつ、このスコータイの仏像レプリカを中心に仏壇を作ってみようと思うに至った。こういうことをしてみたい歳になったのである。
 とはいうものの、なかなか、よい場所がみあたらない。棚という棚は本や小物で散らかっている。さんざん考えたあげく、2階の出窓を仏壇にすることにした。障子とサッシ窓のあいだに、結構おおきな棚ができている。いつもは寒いから障子をほとんど開けないが、今日はワイフが大掃除をしているので、出窓に気づいたのである。この出窓がなかなかいい。内側からみると、仏龕のようだ。そこにベトナムで仕入れたランチェオン・マットを敷いて、仏像をマットの中心においた。まわりの小物はなんでもある。カエルの木魚(タイ)、燭台(カンボジア)、鐘(タイ、雲南)、香炉(西安)、アプサラの呼鈴(カンボジア)などなど。仏教に限らず、ヒンドゥー教や東巴教の道具も含まれているが、まぁいいではないか、と思いつつ、ヒンドゥーのリンガ(男根)とヨニ(女陰)だけは流石に排除した。
 香を焚くと、その煙が仏像に絡みつき、なんとも言えない崇高な雰囲気を醸しだす。自分は座禅ができないから、香を纏いつつ座禅する仏像をぼっと眺めるだけ。これで、そこそこ平穏な気持ちになるから不思議である。「仏」は自分の外に居るわけではなく、自分の心の中にちゃんと住んでいて、その仏心を引き出すために僧は修行に励むわけだが、自分ではとてもそんな修行はできない。つまり、身心脱落や悟りの境致にとうてい達するはずはないから、あきらめて仏像を眺めるのみ。とうぶんこれで十分だと思っている。

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  1. 2006/01/09(月) 21:30:12|
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asa

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