Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

ビアンキの夏

 久かたぶりにビアンキに乗った。いや、乗ろうとしたら、蔓草が車輪にからまっていて動かなくなっていた。その蔓を取り払うと、前輪がパンクしていることが分かった。近くの自転車屋さんに行って調べてもらったところ、空気注入口の根っこの部分がチューブから断裂していて、結局、チューブを取り替えることになった。3200円也。
 梅雨のあけた熱い、暑い8月の午後、ほんとうに久しぶりにビアンキのペダルを踏んだ。行く先は鳥取県立図書館の大会議場。よくよく思い出したら、1994年、博士論文を公刊した『住まいの民族建築学-江南漢族と華南少数民族の住居論』の出版記念講演をさせていただいた会場であった。
 今日は、「鳥取県教育審議会」という委員会の初顔合わせであった。いろいろな委員会を統合した大委員会=審議会だそうだが、これが3つに分かれていて、わたしは生涯学習分科会に配属されていた。今日は22人の委員が集まっていて、途中から一人3分のコメントを求められた。わたしは1分半ほど話した。地方の私学は絶望的で(じつは日本がまるごと絶望的なのだが)、不登校児たちと面談すると、いろいろ教えられることが多いのだけれども、かれらの共通財源となっているスロットマシーンの影響力に驚かされた、とだけ述べた。ほかの委員は饒舌だった。3分という制限時間を守る委員は、たぶん一人もいなかった。ずっと目を閉じていて、一瞬眠りに落ちたが、また意識は戻ってきた。さすがに議長もたまらなくなって、
  「時間がおしていますから手短に!」
という注意を2名に与えた。結局、この22人におよぶミニ講演が延々と続いて、ディスカッションはまったくなく、初回の会議は終幕した。
 わたしの左隣には、しんちゃんが座っていた。一歳年下の幼なじみで、子どものころよく遊んだ間柄だが、いまは大阪フィルハーモニーの主席コントラバス奏者になっている。また、わたしたちの対角には山下さんという女性がいた。日本生命陸上部の監督だという紹介があり、
  「あぁ、有森が銀メダルをとったバルセロナ五輪で4位に入ったマラソンの選手だ」
ということを思い出した。かつて鳥大附中で一年だけ教員をしていたことがあるそうで、社会人になった今のほうがいい教師になれる、だから社会人やスポーツで功績のある選手を教師で雇用すべきだという主張をしていた。
 というわけで、今日の審議会は「座っているだけで委員会」だったと発言したら、そういうことは言っちゃいけません、ブログにも書いちゃいけませんよ、と某助教授にたしなめられた。
 この審議会を取材していたマスコミは少なかったが、2回続けて加藤家の活動を記事にしてくれたN紙のSさんが来ていて、帰りに挨拶をした。彼女の書いてくれた2回目の記事を掲載しておこう。

20060801183026.jpg

 委員会が終わって、釜揚げ蕎麦を食べ、ビアンキで大学に向かった。ほんとうに久しぶりにビアンキで大学にやってきた。ビアンキに乗れる熱い、暑い夏が大好きだから、このまま雨が降らないでいてほしい。

  1. 2006/08/02(水) 02:53:34|
  2. 講演・研究会|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

asa

07 | 2006/08 | 09
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search