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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

倉吉打吹アーケード商店街の調査(Ⅱ)

倉吉2日目。

 倉吉にて某T研のメンバーと鉢合わせしてしまいました。知っている顔があってビックリしました。某T研も倉吉の調査に来ていたみたいです。

 今日はデーターベースの残りを仕上げました。午前中にデータベースのヒアリングを予定していました。12時頃にデーターベースのヒアリングを終え、豊田家に行くとだいたいの作業を終えた人が集まっていました。ちょうどひと段落ということで、お昼休憩に入りました。

 昨日は蕎麦だったので、今日はアーケードの中にある洋食屋さんに入りました。とてもおいしいオムライスを食べました。

 その後作業再開。聞き取りを開始しました。二手にわかれ、南側、北側を一つ一つ訪ねました。午前、午後とも、暑かったです。背中に汗が流れ落ちるのが分かりました。首にタオルを巻き、汗を拭きながら皆頑張っていました。聞き取りで涼しい店内に入るととても元気になることが出来ました。

アーケード街で質問に答えてくださった方々、ありがとうございました。(4回生M.K.卒論担当)

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  1. 2006/08/09(水) 21:25:45|
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天球丸下層の発掘調査現場から

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 猛暑の一日。ビアンキは爽快だ。しかし、鳥取城は暑かった。
 暴風雨のような教授会のあと、市の係長になった佐々木さんがお迎えに来てくださった。現場用の軽バンで。奈良の職場では、毎日のように運転していた。今日の軽バンは四輪駆動で、西高から上月さんのプレハブまでの坂道を、ぐいぐい上がっていったのには驚いた(下りのほうが怖かったが)。
 じつは、昨日、お茶とカステラをいただいた倉吉の高田酒造で、冷酒セットを仕入れていた。上月さんのお土産にしようと買ってきたのだが、今日は暑すぎたからなのか、鳥取城には来られていなかった。残念。現場につくと、中山さんが居た。上淀廃寺以来、十数年ぶりに発掘現場にでた中山さんは真っ黒に日焼けしていた。考古学者らしい風貌ではないか。
 で、天球丸下層石垣の発掘調査について、ご説明を受けた。まぁ、だいたいのことは分かる。裏栗石の入れ方や土の積み方、たまに見つかる大きな穴。でも、詳しいことはわからない。前から述べているように、城跡も石垣も苦手だ。一つ興味をそそられたのは遺物である。五輪塔の破片が裏栗石のあいだに詰まっている。昨年までも修復工事にともない遺物がみつかっていて、もちろんその遺物は残っているのだが、出土地点がわからない。しかし、今年からは、本格的な調査に着手しており、茶碗や五輪塔の破片から天球丸下層石垣の成立年代を推定できるかもしれない。
 「上層=光仲期/下層=光政期」というノビタ説(卒論を『国史跡「鳥取藩主池田家墓所」の整備に関する実践的研究(1)』に附論として圧縮収録)が、発掘調査にともなう遺物の年代によって裏付けされるのか、覆されるのか。大変興味深いところである。

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  1. 2006/08/09(水) 20:30:11|
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asa

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