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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

回想「廃材でつくる茶室」2004-2005(Ⅹ)

大工よ、屋根の梁を高く上げよ!
 2004年の夏休みは何をしていたのだろうか。
 個人的には初のイングランド遺跡踏査が最大の楽しみだったが、研究室としては、河本家(琴浦町)の調査に力を入れていた。調査は6月末から始まっていたが、夏休みはまず8月4日・5日と泊まりがけで実測をおこなっている(米子泊)。当時は2期生が3年次で、前期からホワイト・ストーン問題に揺れていた。岡村は、その最大の被害者の一人であった。「研ぎすまされた悪臭」を感じなかったのは、どういうわけか、タクオとわたしだけ。岡村は最も敏感な一人で、嗅覚が視覚にまで影響し、ホワイト・ストーンという存在に恐怖を覚えていたようだ。しかし、これも前期末にはなんとか解決の目途がたち、夏休みに入ると、4年次および3年次のゼミ生によっていきなり河本家の調査に入ったのだった。京田辺での1ヶ月の修行を終えて帰ってきたばかりの岡村も調査に参加したのだが、研究室の新参者であるにも拘わらず、岡村はタクオやヤンマーらの同級生と変わらない力量を示し、黙々と展開図や建具図のスケッチと採寸をこなしていった。河本家は数寄屋風の意匠にすぐれた古民家であり、とりわけ座敷飾りはきわだって秀でている。こういう調査は、もちろん茶室の設計・制作のための基礎訓練となる。

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 ちなみに、この年の夏にはアテネ・オリンピックが開かれている。日本は次々とメダルを獲得し、最後の野球で転んだ以外は、おそらくロサンゼルス五輪以来のほくほく感を国民全体が満喫していた。なお、オリンピックの直前にはサッカーのアジア杯が中国で開催され、反日暴動の逆風を切り裂くように、日本は逆転につぐ逆転で決勝に進出し、その決勝でも、地元中国を3-1で下して優勝している。ところが、期待されたオリンピックの山本JAPAN(五輪代表)は、開会式前日の初戦でパラグアイに4失点をくらい、あえなく沈没してしまった。このときの一般的評価は、山本JAPANのほうがジーコJAPANよりも高かったのだが、結果は逆であった。それは、前にも述べたように、相手のレベルが違ったから。ただそれだけの理由による。アジア杯の相手はヨルダン、バーレーン、中国であり、五輪代表の相手はパラグアイ、ガーナ、イタリアであった。一次リーグで惨敗した山本監督は、その後発言権を失い、ジーコ政権への入閣(コーチ就任)すら拒否されてしまう。ここに、ドイツW杯惨敗の伏線を認めることができるのではないか。かりに五輪代表が一次リーグを突破して、山本JAPANの力を無視できなくなっていたとしたら、ジーコJAPANの編成は多少なりとも変化していたかもしれない。

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 イングランドから帰国した直後の9月12日、わたしはAO入試の面接を担当していた。その仕事を終えてから、岡村とともに、クラブハウス背面の裏山に入り、「茶室」の敷地をみてまわった。ツリーハウスを建てた山羊小屋背面の裏山は校有地と私有地が入り交じって斜面が多く、敷地としては非常に使いにくい状態であったのに対し、クラブハウス背面の裏山は一面が校有地であり、平坦面が少なからず分布している。だから、このあたりを敷地にしようと考えたのだが、よく全体をみると、倒木の数がすさまじい。だれがやったのか知らないが、チェーン・ソーで大量の樹木を伐り倒しており、その倒木を地面に放置している。繰り返すけれども、この倒木の量が尋常ではない。ここに「茶室」を建てるからには、まずこの倒木を運搬処理することからはじめなければならない。その事実を、この日の視察で確認できた。
 岡村には、この日の前から、決意のほどを確かめる質問を何度か浴びせていた。
  「ほんとうに廃材で茶室を作るのか? 軽い気持ちならやめたほうがいい。女の尻を追っかけている場合ではない。おまえがほんとうに茶室をつくる気があるのなら、おれは後期1・2年のプロジェクト研究2&4を茶室建設をテーマに募集する。このプロジェクト研究を引っ張るのはおまえだ。人に使われる立場ではなく、人を使う立場で行動しなければならない。それができるか? できないというのならば、おれは別のプロジェクトを立ち上げる」
 岡村は答えるに逡巡したが、しばらく時間をおいて、「やります」と宣言した。
 これは、わたしにとっても、ちょっとした賭けであった。ツリーハウスのような素朴な建物ならいざしらず、茶室ともなれば、設計・加工・組立のすべてが本格的な仕事に近くなる。デザイン能力も要求されるし、施工能力も要求される。そして、岡村が最も苦手とするリーダーシップも発揮しなければならない。一方、わたしはと言えば、純粋な研究者であって、大工仕事などまともにやったこともない。岡村が1・2年生を仕切って、さらにそれをわたしが統率するという体制を維持し続けなければ、この仕事は頓挫してしまう。おまけに、気候は秋から冬へ向かう。茶室の仕上がりは、極寒の2月頃になるだろう。はたしてこのプロジェクトは、ほんとうに実現可能なのだろうか。

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 しかし、後期の開講は差し迫っていた。学務課から、プロジェクト研究2&4のテーマとシラバスを早く提出するよう、繰り返し催促されるようにもなっていた。わたしが粘りに粘り、考えに考えぬいて、学務課に提示したテーマを以下に示そう。

  ・大工よ、屋根の梁を高く上げよ! -廃材でつくる「茶室」-

 たまたま、J.D.サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』を村上春樹が新訳したという情報を得たもので、アマゾンの「和書」で検索してみたら、サリンジャーに『大工よ、屋根の梁を高く上げよ!』という中編小説があることを知った。こりゃかっこいい。サリンジャーの小説のタイトルからぱくるのも悪くない、と思って、プロ研の題目に拝借したところ、予想どおりの効果があった。ツリーハウスほどではないけれど、またしてもたくさんの学生から応募があり、岡村率いる大プロジェクトの幕が切って落とされたのであった。(続)

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  1. 2006/08/13(日) 04:50:01|
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