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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

「週間ファイト」休刊に寄せて

 昨日、特急を待つ鳥取駅のキオスクで、何を買いたいわけでもないが、じろじろ品物をながめていたところ、「週間ファイト」紙に目がとまった。
 一面に「GPWA 統一組織完成まで問題噴出」という大見出しがみえた。
 たぶん十数年ぶりだと思うのだが、「週間ファイト」の最新号(№1989)を買うことにした。280円もする。車内で、紙面を読み進めていくと、2面に「本紙休刊のお知らせ」が掲示してあった。1967年3月の創刊以来、40年弱の歴史をまもなく閉じるという報に驚いた。虫の知らせ、だったのだろうか。

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 プロレスを報道する主要な媒体には、以下の4誌紙があり、かつてある時期、わたしは「週間ファイト」紙を最も愛読していた。
  1)週刊誌:「週間ゴング」「週間プロレス」
  2)週刊紙:「週間ファイト」
  3)日刊紙:「大阪スポーツ」(関東では「東京スポーツ」)

 4誌紙のうち、もっとも個性的な(換言するならば、偏向性の強い)発言で紙面を構成してきたのが「週間ファイト」紙である。「週間ファイト」の初代I編集長は、この業界では知らぬ者のいないカリスマ的存在で、かのターザン山本(元「週間プロレス」編集長)もI編集長のもとで(すなわち「週間ファイト」紙)でプロレスのイロハを学んだ。
 「週間ファイト」は猪木指向の強いメディアであった。それは、全日本と新日本の2大団体時代に顕著であり、猪木引退後は猪木イズムの継承者として、UWF系の格闘技団体に対する支持色を強めた。これは、一部のプロレス・ファンには圧倒的に歓迎されたが、長州力をトップに据えた新しい新日本プロレスの体制からは極端に毛嫌いされ、ターザン山本編集長時代の「週間プロレス」誌とともに、何度か新日プロから取材拒否をくらっている。
 
 「週間ファイト」の立場からみれば、猪木系のプロレス・スタイルこそが真の格闘技プロレスであり、全日本系はアメリカ型のエンタティメント・プロレスの亜流にすぎない。わたしをはじめとする多くの真面目なプロレス・ファンはその意見を支持していた。
 しかし、いまはみんな気づいてしまっている。プライドとK1のパフォーマンスがプロレスの「演技性」を見事に照らし出し、高田延彦の自伝本やミスター高橋の暴露本が、それを決定的に裏付けた。
 プロレスの試合では、「マッチメーカー」がはじめから勝敗を決めている。G1クライマックスや世界最強タッグリーグ戦のようなトーナメントでも、試合ごとの勝敗と優勝者があらかじめ決まっているのである。観衆は、勝敗の決まっている試合をはらはらドキドキしながら観戦しているわけだ。
 そうなると、仕組まれた勝負を、あたかも真剣勝負のように見せる演技者としての資質と能力がプロレスラーに問われることになる。
 猪木のそれは卓越したものだった。天才としかいいようがないほど、猪木の演技力は抜きんでていた。資金もコネもないのに、初期の新日本プロレスがあれほど観衆を魅了し、多くのジャーナリストを唸らせ、とうとう村松友視のような小説家までをも虜にしたのは、ただただ猪木の演技力が突出したものだったから、としかいいようがない。
 いまも、多くの名勝負が、記憶の底になまなましく残っている。
 猪木vsジョニー・パワーズ。猪木vsタイガー・ジェット・シン。猪木vsストロング小林。猪木vs大木金太郎。猪木vsビル・ロビンソン。猪木vsアンドレ・ザ・ジャイアント・・・そして数々の異種格闘技戦。
 くりかえすけれども、これらの試合の勝敗は、あらかじめ決まっていた。その勝敗は猪木自らが決めたものだ。インチキだと言えば、間違いなくインチキだ。しかし、今さら、騙されたとは思わない。今でも、すばらしかったと思っている。あれだけの興奮を覚えたプロレスの試合を他に思い起こせないからだ。じっさい、同じ相手と馬場が対戦しても、馬場はただ勝つだけで、われわれに何の感動も与えなかった。相手に勝ちたいならば、それだけのギャラを積めば済む、ということだ(猪木はしばしば引き分けの試合でも観衆を魅了した:ロビンソン戦、金太郎戦など)。

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 「週間ファイト」は9月27日発売の1990号をもって休刊する。あと10回でめでたく2000号を迎えるにも拘わらず、版元の新大阪新聞社は、あえて10回を残し休刊に踏み切った。それだけ売れない、というのが実態であり、赤字の累積は尋常な額ではないのだろう。
 「週間ファイト」休刊の背景は、いうまでもなく、プロレス界の不振である。プライドとK1は、プロレスの存在そのものを揺るがせ続けた。しかも、プロレス団体は分裂し続けた。なぜ、団体が分裂するのか、と言えば、それはプロレスの勝負がレスラーの強さとは無関係に決められるからだ。猪木や馬場のような絶対的存在が消えた現状にあっては、だれがエースになってもおかしくない。しかし、団体はだれかをエースにしなければならない。だれかをエースにすると、その敵役(すなわち負け役)には不満が募る。不満をもったレスラーは、新しい団体を旗揚げする。こうして多団体化が極端に進み、興業の打ち合いになって、すべての団体が収益を減らしていった。
 冒頭に掲げたGPWA(グローバル・レスリング連盟)は、こういう多団体乱立の状況を改善し、ノア(三沢光晴社長)を中心に国内外複数の団体が連携しあおうという構想である。わたしも、プロレスの生き残る途はたぶんこれしかないだろうと思っていた。いわば日本版WWE(旧WWF)の発想である。各団体が手を結び、興業のスケジュールを調整しながら、通常は団体単独の興業をおこない、年に何回かは各団体のエースもしくは代表選手が戦いあう大舞台を用意する。そのような団体交流の試合でも、もちろんあらかじめ勝敗は決まっているのだが、勝敗の行方がわからないようなドキドキする試合を選手は提供しなければならない。
 ところが、ノアの提唱するGPWA構想に対して、老舗の全日本プロレスと新日本プロレスが拒否の姿勢を貫いているらしい。老舗としてのプライドが、GPWAネッワークへの仲間入りの障壁となっているとしたら、それはとても残念なことだ。
 プロレス・ジャーナリズムの老舗「週間ファイト」が休刊になった。プロレスの衰退が「週間ファイト」を休刊に追い込んだ。この事実を重く受け止めてほしい。このまま現状を維持しようとするなら、全日本も新日本も、早晩、同じ崩壊の憂き目に直面するだろう。エンターテイメント・スポーツとしてのプロレスを表現する場をなくさないようにすることが、各団体責任者の務めである。



 


  1. 2006/09/22(金) 17:47:43|
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「古材倉庫」建設予定地の見学

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 鳥取環境大学の授業カリキュラムには、「プロジェクト研究」というユニークな演習科目があります。この授業は、教員全員が提示されたさまざま研究テーマを学生が各自の好みで選び、そのテーマを研究し、成果物を出すというものです。
 前期、加藤家住宅のプロジェクトも、この授業の中のテーマとして挙げられ、非常に高い成果を残しました。
 また、後期に行われるプロジェクト研究でも加藤家住宅に関するテーマが予定されており、その中に「古材倉庫の建設」が含まれています。加藤家住宅をローコストで改修するために必要な古材を保管するための倉庫で、可能ならば、現在設計中の原寸屋根模型(部分)もここで製作したいと考えています。
 
 本日、その建設予定地を敷地所有者のHさん、某助手、大学院生、Y君、居住者Oで見学しました。驚くことに、その敷地は加藤家住宅から徒歩2~3分のところにありました。敷地面積は約450坪と非常に広々とし、古材倉庫を建てるには十分な広さだと思いました(敷地の詳しい図面は、後日、Hさんからいただけるそうです)。

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 敷地には、雑草が生い茂っていたので、後期プロジェクト研究の最初のほうでは、「廃材で作る茶室」のときと同様、敷地整備になるのではないでしょうか? このプロジェクト研究も楽しいものにないそうです。
 ところで、Hさんは、チャックとケンボーがインターンシップで働かせていただいた中国工業の社長さんです。ほんとうにいろいろお世話になり、ただただ感激しております。ありがとうございました!(01号)




  1. 2006/09/22(金) 16:35:51|
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asa

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