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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

あの日の田和山

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 夕方、自宅で仮眠をとっていたところ、またしても携帯マナーモードの振動音に目覚ましされた。画面を確認すると、「庄屋」の2文字。
 ほんらいなら、今日は松江の田和山遺跡で復原竪穴住居の現場検査をし、それから7名の卒業生とともに「吉田を囲む会」で日野川のナマズを食する予定であった。米子駅前の「庄屋」は、その会場である。妻の緊急入院を知った直後、岡野を通じて、関係者に連絡を入れてもらい、深夜には「『吉田を囲む会』延期の理由」という携帯メールを自ら参加者に発信した。タクオからは丁寧な返信のメールがPCに届いた。しかし、会場となる「庄屋」に連絡をしていなかったのだ。さいわい、料理の準備は何もしていないとのこと。言い換えるならば、日野川の大ナマズは水槽を悠々と泳いでいるらしく、キャンセル料の支払いには至らなかった。しかし、もちろん平謝りに謝るしかない。
  「次回、必ず使わせていただきますので。申し訳ありません。」
事情が事情だけに、お店の女性も「そういう理由なら仕方ないですね」とご理解を示してくださった。ここで、くりかえし陳謝申し上げます。

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 患者の病状は、とりあえず快方に向かっている。昨日は午前中、吐き気をもよおすなどの異常がみられたが、午後からは滋賀在住の実姉が見舞いにきたこともあって、よく話すようになった。少し話が弾みすぎたらしく、夕方から微熱が38°まで上昇してしまったが、夜には通常に近い体温まで下がり、おまけに左手で歯磨きをしてみせた。そして、今日は酸素マスクがはずされた。昼過ぎから、わたしの兄夫婦が見舞いに来てくれた。兄嫁は患者と八頭校の同級生であり、しばらく平常心を保っていたが、患者のやつれた顔をみつめていて、突然、泣き崩れてしまった。女は泣いてもいいから羨ましい。一昨日の暗くて長い高速道路の夜を思い出した。

 患者と話していると、とても楽しい。言語障害がでているので、しばしば何をしゃべっているかよくわからないこともあるが、そのとぼけた口ぶりになんとも愛嬌がある。こうして手を握りあってとぼけた会話をしているだけで、とても幸福だと感じる。言語障害がでようと、右眼の視力が減じようと、たとえ車椅子の生活になったとしても、このままこういう会話を続けることができるならば、これからの人生だって決して捨てたものではない。ともかく症状の悪化を防ぎ、再発を予防しながらリハビリに励んでいれば、あと一年あまりで動静脈奇形は放射線によって消えてしまうんだから。それまで、家族が一丸となって患者を支えるしかない。

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 今日の写真は、もちろん田和山の復原竪穴住居である。10日の夕方、担当者に電話して検査に行けないことを連絡した後、お見舞いのメールを頂戴した。そのメールに添付してあった、あの日の田和山である。



  1. 2006/11/12(日) 23:19:42|
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asa

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