本日、家内は奈良県立病院を退院いたしました。
家内が体に異変を感じて自宅玄関外側で倒れ込み、近所の皆様に救われて救急車で奈良県立病院に運びこまれたのが
11月10日。忘れもしない「
青谷上寺地遺跡建築部材記者発表」その日のことであります。
10年ほど前から家内には右足を引きずる症状が確認され始め、それが近年あまりにもひどくなってきたため、昨年、検査を繰り返した結果、左脳の奥に脳動静脈奇形を抱えていることがあきらかになりました。それは細い動脈と静脈が糸蒟蒻のように絡みあった奇形であり、一般人には存在しないものですが、ごく稀にこの奇形をもって生まれる人がいます。この奇形そのものが脳内出血の原因になるばかりでなく、奇形部分の変形や肥大によって周辺の脳神経が圧迫され、身体の一部に麻痺をひきおこすのです。
家内の場合、左脳のほぼ中心部に脳動静脈奇形が存在し、しかもそれが徐々に肥大化してきたことにより、右半身に軽い麻痺症状がおきていました。これにより、右足をひきずり、右手で珈琲の入ったカップを運ぶと右手が揺れて、珈琲がこぼれてしまうようになっていました。
こういう症状を克服するため(というよりも、これ以上の悪化を防ぐため)、昨年
11月18日、吹田の国立循環器病センターにおいて、
ガンマナイフと呼ばれる放射線手術をおこなったのです。手術そのものは成功しました。あとは時間の経過をまつばかりでした。
しかし、家内の症状は悪化の一途を辿っていました。斜面の下方歩行すら困難になりつつあったのです。それでも家内は担当医に対して、いつでも「大丈夫です」としか答えないことがわかっていましたので、10月の定期検診では、わたしが吹田まで同行し、「症状の悪化」を強く訴えていました。
その結果が、11月10日の騒動となって露呈してしまいました。
発症時、斜め向かいにお住まいのご老婦が玄関に倒れて救いを求めている家内を発見されました。
「神のお告げだと思った」
そうです。いつもはあの時間にあのあたりを通ることはないのに、あの日はたまたまあの道を歩いていて、倒れて苦しむ家内を発見し、近所の方がたを呼び集め、救急車を手配し、息子や娘に連絡をとってくださったのです。
「あなたの奥さんほど人のために動く人はいません。わたしも、これまでさんざんお世話になってきました。わたしはあなたの奥さんを助けるために、あの日あの時あの道を歩いていたのだ。そう思っています。神のお告げだったんですわ。」
奈良県立病院は素晴らしい病院でした。主治医のK先生をはじめ、どの看護師さんもやさしく忍耐強く、すべての患者に対して平等に接し、患者とその親族を癒そうという心づかいをひしひしと感じました。
わたしは、このひと月あまり、病院にいることをとても楽しく感じて看病してきました。患者が生きていて、話ができること自体に喜びを感じていましたが、県立病院の医師・看護師のみなさまがわたしたちにとてもやさしく温かく接してくださったからだと思っています。ほんとうにありがとうございました。
家内は退院しましたが、右半身の麻痺はもちろん完治しておりません。とりあえずは「介護対象者」「身障者」の手続きをとり、これからもリハビリの通院が週2日程度続きますが、今後ともよろしくお願いいたします。
また、多くの親族、職場の同僚、卒業生・在校生等の皆様からも励ましのメールやお見舞いを頂戴いたしました。改めて正式な御礼をさせていただきますが、取り急ぎこの文面をもって略儀ながら御礼の言葉に替えさせていただきます。
ありがとうございました。
- 2006/12/15(金) 22:51:41|
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「羨ましい。僕は植物を育てた事はないんだ。そう言う役割じゃ無いから。」
これこれ、とヴィオレットはもう片方のポケットを探る。ポケットの中からはメアリの小指ほどの大きさの小さな小さなガラスの瓶が出て来た。瓶にはバラの形の紋章が金箔で捺されているラベルがはってある。
「これは僕がもっている宝物の中でも特に大切なものの一つ」
ほら、嗅いでみて、とヴィオレットは蓋をあけると瓶をメアリの鼻先に近付けた。メアリは軽く息を吸い込む。
「まあ」
ほのかにほのかにバラの香りがして、思わずメアリは目を閉じた。閉じた瞳の裏側に夏の始まりの燃えるような緑色と澄んだ青色がするりと広がって消えていく。
「すばらしいだろう?その春一番に開いたバラの花についた朝露だけを、集めたものなんだ。」
丁寧に蓋を閉めなおすと少年はまた小壜を仕舞った。
「とても良い匂いねえ。ママの香水よりずっとずっと素敵な香り。」
これを手に入れるのは大変だったんだからね、と少年は胸をはって笑った。
「そのたった一オンス手に入れる為に星屑十粒と凍りレンズ三枚と雪の花までおまけに付けたんだよ。」
星屑に凍りレンズ?メアリが首をかしげるのに気付かず、ヴィオレットは残念そうにため息をついた。
「僕はどちらかというとあまり花には縁が無くて。こういうものを見つけるとつい無理して手に入れようとしまうんだよ。」
花に縁がないとはどういう事だろう。メアリは上着の前を掻きあわせながら少年に尋ねる。
「花は好き?」
少年はその空色の瞳を細めてうっとりしたように答える。
「勿論さ。色、形、そして匂い。どれをとって素晴らしいものだと思うよ。」
でも、と少年は続ける。
「残念ながら今の時期、あまり花は咲かないからね。木々の緑でさえ雪の白の中に姿を隠してしまうから。」
雪の銀白も好きだけどね、春や夏の鮮やかさには憧れるなあとヴィオレットは瞳をきらきらとさせる。どうもこの少年は冬以外に出歩く事が無いらしい。メアリが何故と聞いても、そういう役割じゃないからねえ、と少年は笑うだけだった。

「あのバラは何色の花が咲くの?」
少年は少し唐突に話題をかえた様な気がした。はぐらかす様な会話がメアリはもどかしかったけれど、どう聞いたら良いのか分からなかったので大人しく問いに答える。
「赤い花を咲かすわ。でもちょっとオレンジ色っぽいの。とっても綺麗よ。」
ふうん、見てみたいなあ、と少年が呟くのを聞いてメアリは良い事を思い出した。
「ちょっとまってて」
と言いおいてベットからおりると机の本立ての所に向かう。少年は青い瞳できょとんとしていた。少女がかかえて戻って来たのは一冊のスケッチブックだった。焦茶色の綴じ紐をしゅるりと解く。今度はメアリが見せる番だ。
「ほら、私が描いたの。あのバラの絵。」
スケッチブックのうす黄色い紙には金赤色のバラの花が丁寧に写されていた。鉛筆のラインのうえから水彩絵の具が鮮やかに花を彩っている。
ヴィオレットは声も無くその紙上のバラを見ていた。あまりにジッと見ていたのでメアリはやっぱりへたくそだったかしら、と不安になる。スケッチブックを引っ込めようとした時、ようやくヴィオレットが声をだした。
「…わあ、上手だねえ。感動した。すごいじゃないか。」
少年はスケッチブックを手にとって月の光に当てる。メアリはほっとしたのと、ほめられて嬉しかったのと恥ずかしかったのとでなんだか手足がむずむずして来た。手を擦りあわせていると、スケッチブックから目をあげたヴィオレットがはっとしたように声をあげた。
「ああメアリ、寒いね。御免よ。月も結構傾いているなあ、気付かなかったよ。」
もう眠らなくては、といったヴィオレットはまだ名残惜しそうにスケッチブックを眺めていた。うーん、と顎に手を当てている。その様子を見ていたメアリは思わず笑ってしまった。
「そんなに気に入ってくれたんならその絵、あげる。」
え、とヴィオレットはメアリの方に目線をあげた。
「いいの?せっかく描いたんだろう?」
たしかにそれは自分でも良く描けたと思った絵では有ったが、ヴィオレットが気に入ってくれたのでメアリは嬉しかった。
「いいの。今日の記念に。あげる。」
ヴィオレットは複雑そうな顔でむうと唸る。
「お礼になにかあげたいんだけどね、君たちとは取り引きしてはいけないと固く禁じられているんだよ。」
妙な「役割」のうえにそういうルールまであるらしい。いいの。とメアリが笑うと、ヴィオレットも笑って丁重に礼をいった。
(続)-KA- *童話『雪の夜』 好評連載中! 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ) 「雪の夜」(Ⅳ)
- 2006/12/15(金) 20:58:44|
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