
二人の腕が離れると、少年は寂しげに笑って、じゃあね、と言った。メアリもきっと同じような表情をしているのだろう。うん、とだけ答えた。あの妙な指先だけの握手はきっと冬の精の握手なのだ。
くるりと体を回してヴィオレットが歩き出す。今日は最後まで見送ろうと思ったメアリは窓枠に手をついてその後姿を眺めた。数歩あるいたヴィオレットが突然後ろを振り返る。
「メアリ、お返しをあげよう。明日の夜、鏡をいつもどおり外に出して耳を澄ませていてごらん。」
え、とメアリが言いかけたのにふわりと微笑むとまた元通り歩き始めた。今度は振り返ることはなく、少年は家の角を曲がって消えた。不思議に思いながら窓を閉めようとしたメアリはふと雪をみて不思議な事に気づいた。ヴィオレットの歩いていった後には小さな小さな足跡が転々と続いている。
翌日、メアリはヴィオレットに言われたとおり黒い鏡を窓際に置いておいた。そして静かにベッドの中で何かが起こるのを待つ。またヴィオレットが来るとでも言うのだろうか。
静かな部屋の中で聞こえるのはとことこと鳴る自分の鼓動だけである。
…リン…
小さな小さな音が聞こえた。メアリは体をおこしてよく耳を澄ませる。
…リン、リン…
聞き覚えのある音だ。これは。急いで窓を開ける。
外は雪が降っていた。星が見えている。空気が凍りついて振る雪だ。
…リン…
また聞こえた。音の元を探すメアリの瞳の端にキラリとするものが写った。それは鏡だった。鏡が光ったのかと思ったが、今日は月がない筈だ。メアリは初めて、鏡をのぞいてみることにした。鏡の中では何かきらきらするものが雪と一緒に降っている。
金平糖のような、小さなもの。…星屑だ。
…リン…
そうか、今日は新月。なんて綺麗なんだろう。リンリンと微かな音をさせながらそれは地上に落ちて行く。まるで夢のような光景だった。思わず手を伸ばしてみると鏡の中で確かに星屑が手のひらに乗るのが見えた。ふわふわと不思議に冷たい感覚がする。やがて星屑は手のひらの上で消えていった。しばらくの間メアリが鏡をいろいろな方向に向けて楽しんでいると、ふと星屑に輝く鏡の中で何か黒いものが動いた。鏡をよく見てみると、柵の向こうで白い小さな生き物がこちらを見ているのが見える。
…猫だ。
白猫は笑うように目を細めると器用に柵の上に上がった。そして一声ニャン、と泣くと空中に飛び上がり、まるで掌で解ける雪のようにふっと姿を消した。
飛び上がった白い猫の後ろ足だけが、ブーツを履いているように、黒かった。

(完)-KA-
*童話『雪の夜』の連載は今日で終わりです。 ご愛読ありがとうございました。
楽しんでいただけましたでしょうか!?
ちょっぴり解説を「続き」に記しています。 「雪の夜」(Ⅰ) 「雪の夜」(Ⅱ) 「雪の夜」(Ⅲ) 「雪の夜」(Ⅳ) 「雪の夜」(Ⅴ) 「雪の夜」(Ⅵ) 「雪の夜」(Ⅶ) 「雪の夜」(Ⅷ) 「雪の夜」(Ⅸ) 「雪の夜」(Ⅹ) 「雪の夜」(ⅩⅠ) 「雪の夜」(ⅩⅡ) 「雪の夜」(ⅩⅢ) ・童話『雪の夜』初版は2006年2月17日にqutucoより発行されました。
この童話の著作権は作者のKAさんとqutucoに属します。
無断転載は法律によって罰せられます。
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- 2007/01/13(土) 03:13:01|
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