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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

ハノイの街中 -越南浮游 part2(Ⅰ)

 鳥取から移動を始めて、まる1日使い、ハノイの旧市街地内の宿泊先に到着したのは20日夜の9時前であったが、なんとか無事にたどり着けた。ハノイには、ホーチミン経由で入り、入国審査と乗り継ぎの際に、天気予報がながれていた。それを見るとハノイは雨と表示しており、これといった雨具を持ってきていないので少し不安になったけれども、翌21日朝に宿泊先を出てみると天気は曇り、気温も程よく、ハノイ市内を歩き回るには支障はなかった。ただし、ガーミンのハンディGPSを起動してみると、天気は曇りだし、市街を歩いていてはみたものの、空が開けた場所も特になく、結局はうまく動作はしてくれない。だけども、デジカメ画像に位置情報をつけるために持ちこんだソニーのGPSは何とか信号を捕まえ、正常に動作してくれていたようだ。一応、これで位置データ付きの写真を得ることはできるだろう。ただし、取り扱い説明書による精度は±10mと記されているので、測位精度はあまり期待せず、おおよその位置をおさえることに使えればと思う。

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↑ハノイの旧市街地区内

 さて、この日はおもに旧市街地、歴史博物館、ホアンキエム湖東岸周辺を歩きまわった。ただし本日の最大目的であるハロン湾へ行く手段の確保をするために、まずは窓口を探した。見つけるのに苦労をするのかと思いきや、意外にも宿泊先から目と鼻先にあり、なんとも呆気なく手続きなどを済ませた。

 そして、ハノイ市内をガイドブックたよりに市街に歩みでる。道路はバイクの洪水といえ、そのなかを縫うように進むのにはかなりの気を使う。通りには途切れることなく商店が、市街にはコロニアル建築がつくりだす景観と、ところどころに寺社が存在する。寺社の呼び名は微妙な使い分けがなされているそうで、仏教寺院→「寺」、歴史上の人物を神格化し祀る建物→「祠」、歴史上の人物の霊を祀る建物→「廟」、神々を祀る建物→「殿」、庭に造られた休息用の建物→「亭」と表記されている。これらの寺社建物は、寺社として管理されているもの、店舗兼用とするものもあった。屋根は平の素焼きの瓦をつかい、魚の鱗のような形状をしている。ただ何の形に由来するのかは分からないが、歴史博物館で展示される蓮の花を模した陶器欠片があり、傍からみた形状が似通った印象をもった。また、見た限りの「寺」や「亭」など建物の造りには共通性がみてとれる。また、軒先部分に長方形断面をもつ桁材を用いるなどと部材の使い方に特徴がある。(某大学院生)
 
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↑店舗と併用される四位霊祠

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↑東寺山門

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↑東寺 奥にあるお堂

  1. 2007/03/21(水) 23:58:09|
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卒業生を送って

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 会場のフリースペースがにぎわってきた頃、在学生であるマツモとミスターと私はメッセージを書いていた。卒業生である先輩たちとの思いで話をしながら書き進め、3人そろってニヤニヤしていた。
 本当にすごい先輩たちでした。浅川研究室にて数々の研究に携わってきた先輩たちは、いつでも研究に対する気迫に満ちていた。それでいて休憩時にぶっ飛んだ事を言い出したりする。好きにならない訳が無い。

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 卒業生が会場から出てきて浅川研究室のメンバーが揃うと、やっぱりいつもとおんなじ空気になった。卒業式会場の県民文化会館にいても、いつもの調査後の空気である。緊張しているような、気になるような。どこの場所でも、どんなファッションでも、落ち着けるメンバーがいて本当に気持ちが良いなあ、と、思った。

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 卒業式のあと、O先輩による感謝会が開かれた。その会場である加藤家に集まった大工さん達もまた、囲炉裏を中心に暖かい空気を醸しだしていた。大仕事の後の団欒に、私もひょっこり加わったりした。私にはないもの、絶対に真似することの出来ない仕事をしている方々と同じ場に居ると、なんだって勉強になる、とおもう。私の両隣に座っていた後輩2人からも、真似したいと思うところは沢山ある。(それが何かは教えないけれど…) まずこの「加藤家」という場に感謝した。
 沖縄そばと生春巻きと寿司を食べ、周囲を見渡すと、囲炉裏からの煙がゆったりと加藤家全体を取り巻いている。それにA教授の「だっはっは」の声が絡んでいっそう一体感が高まった。本当にこの場所は、暴露話から構造の話から、沢山の話題をひとつにまとめてくれる様な場所だなあ、と、おもった。(書道部S/3回生)

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  1. 2007/03/21(水) 22:46:16|
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卒業式2007

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 今日はめずらしく朝から良い報告があった。昨年の11月以降、逆風のなかをひたひたと歩んできたが、ひょっとすると、風向きが変わるかもしれないという兆しのようにも感じられる出来事であった。
 卒業式は例年より遅く、午前11時半からスタート。会場はもちろん県民文化会館である。ひとつ反省。学生表彰で、大城を推薦すべきだった。民家に住みながら、1年間民家の修復を続けてきた、こういう学生をなぜ学生表彰に推薦して壇上にあがらせなかったのか、なぜ気づかなかったのか、とても悔やんでしまった。

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 学科単位での学位授与式は、とてもおもしろかった。とくに、やっさんが最高。まぁ、写真をみてください。女子はですねぇ、・・・正直、モリさんがどこにいるのかずっとわからなくて、学位授与の直前になんとか姿を確認。普段と全然違うんだから。なんで、あんなに化けるんだろう、女子たちは。さきほど、はるのさんに説明したところです。美しさというのは、いろいろありましてね。「酒とバラの日々」のバラのような美しさもあれば、ヤマツツジやヤマザクラのような美しさもある。つまり、化粧して派手な服を着ればいいってわけじゃないんですが、しかし、今日は派手にする日なんだから、女子からみれば当然だわね。余計なお世話でした。
 わたしはどうかというと、去年まではいちおうスーツを着て出席していたのだが、今年は普段着のまま。黒のジャケットに黒の皺皺のズボンを穿いて、外に出ると皮ジャンをはおる。もう、うっとおしくてね。鳥取弁でいうところの「たいぎい」状態に陥っている。いちいち、スーツやネクタイやシャツを選ぶ元気がでない。

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 卒業式が終わって、ホールに出ると、とまとさんとはるのさんとMr.エアポートが花束をもって待ちかまえていた。そして、みんなで記念写真。ここで、とりあえず解散となった。大城はいちはやく加藤家へ。わたしは、あまりにお腹が減っていたので、はるのさんとMr.エアポートを連れて回転寿司に行き遅めの昼食をとりながら、折り詰めのお寿司を注文した。お寿司をテイクアウトして、車で移動していると、やっさんからMr.エアポートに電話が入った。
  「4時15分ころから花束贈呈が始まるんだけど、先生への贈呈は5時ぐらいだから」
とのお達し。あれっ、例年ならば、花束贈呈は謝恩会の後半にもってくるはずで、4時スタートなのに、なんでいきなり花束贈呈なのか? それでも、まだ間に合うと判断し、お酒とお寿司を加藤家まで持っていった。じつは、池田住研に就職が内定していた大城が、今月になって急遽福岡の実家に帰って家業を手伝うことになったため、大城主催の「大工さんに感謝する会」を開くことになったのである。

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 お寿司とお酒類を加藤家に置き、わたしはとんぼ帰りで謝恩会の会場へ。会場に着いたら4時45分。システム学科の花束贈呈がおこなわれていた。近くにいる見知らぬ学生に訊ねてみた。
  「デザイン学科の花束贈呈は?」
  「もう終わりました。」
  「えっ・・・・」
 わたしは動揺が隠せない。しばらくうろうろして、サッカー部員たちと話をしていたのだが、花束贈呈をすっぽかしたことが気になってしかたない。しばらくすると、あっこちゃんがあらわれた。手には花束をもっている。もう平謝りに謝るしかなかった。
  「ごめん・・・」
  「いえ、いいですよ、気にしないでください」
とわたしを慰め、彼女はわたしに花束をわたした。いや、情けない・・・

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 5時半すぎには加藤家に戻った。卒業式のために、大城くんのお母さんが福岡から駆けつけていて、さらには沖縄から叔母さんまでいらっしゃっていることが判明した。なんでも、ブログを読んで、加藤家をみたかったからだという。ありがたいことだ。今日のシェフはベジタリアンの大城くんだが、「おふくろの味」がする大城家特製の「沖縄そば」をふるまってくれた。また、管理人のKさんは「おこわ」をたくさん用意してくださった。新聞記者のOさんも差し入れをもってあらわれた。京都に家族旅行に行っていた池田社長も、途中から酒盛りにかけつけた。加藤家の炉端は、楽しい雰囲気でいっぱいになった。
 大城は大工さんたちに愛されている。大城も大工さんたちを尊敬している。なのに、大城は鳥取を離れてしまう。とても残念なことだ。また、一部の大工さんはわたしの家内のことを、ずいぶん気遣ってくださった。
 でも、しんみりしてはいけない。わたしはぶっきらぼうな発言を繰り返した。
 明るく別れたい。泣いてはいけない。どんなことがあっても、明るく生きるしかない。駄洒落を連発して、空元気だして突っ走ろう!
 寒い夜だった。寒い夜はサムソナイトなんだぜ。

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  1. 2007/03/21(水) 22:40:43|
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asa

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