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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

家具の修復作業スタート!

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 1・2班はしばらくお休みしていた二人が復活して、メンバー勢揃い。全員で屋外作業に移りました。結構、楽しそうです。一方、3・4班は加藤家にあり余っている建具をリサイクルするため、O家住宅まで実測に。いよいよ前期プロジェクトも佳境に入ってきましたね!

楽しかったけど、休憩もほしいなぁ~~~
 今回から実際に家具の修復と製作の作業にはいった。私たちのグループは最初に取り掛かったのがパソコンデスクと本棚の修復。コストをかけたくなかったので、おもに加藤家の修理工事ででた廃材を使うことにした。廃材には傷みがきていたため、まず材をかんなで削る作業からはじっまった。私としては、今まではほとんどが話し合いや発表といったことしかやっていなっかたので、こういった外での作業はとても楽しかった。来週からは仏壇を作る作業なども入ってくるのでたのしみだ。しかし、三時間も作業をするというのは疲れるので、途中に休憩がほしいなぁ~~~~~~~~~。(環境デザイン学科1年 $$)

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↑鉋がけ ↓加藤家欄間の組子制作(今日から彫刻刀を採用!)
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研究発表まであと3回!
今回、久しぶりに復活したものです。気が付けばもう、あと3回で研究発表なんですね。今回は、本棚の補強をする木材を、寸法に合わせて切り、かんながけをしました。そして、次回は、ペンキで色を塗っていきます。汚れてもいい服で行かないと、えらい目に会いそう。(環境政策学科2年 H・I)

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  1. 2007/06/21(木) 23:15:00|
  2. リサイクル|
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青谷元唄貝がら節

 昨年11月に制作した青谷上寺地の「楼観」復元CGは、おかげさまで好評を博しており、すでに多くの機関・組織等から借用願いが届いている。いろんなところで使っていただくのは、大変光栄なことであり、とても嬉しく思っている。
 先週末のことになるが、県教委に戻ってきたT君を介して、「青谷元唄貝がら節保存会」(仮称)の代表から「楼観CG」を使わせてほしいという依頼が届いた。保存会の意向は以下の通りである。
  ・自分たちは“元唄貝がら節”の唄・踊りを練習し、イベント等に参加して踊り、
   聞いてもらっている。
  ・自分たちで作詞した貝がら節の歌詞(2番)には地元の誇りとして
   青谷上寺地遺跡の事を入れている。
  ・イベント等で踊る際には模造紙に歌詞を書き、その下に歌詞をイメージした
   写真を貼ってPRしたいが、それにぜひ「楼観CG」の写真を使わせてほしい。
 もちろん即承諾した。というか、・・・大歓迎でして、あまりのジャスト・タイミングに我ながら驚き、以下のように厚かましい返答をした。
  「代わりにお願いがあります。貝殻節のメロディと伴奏譜のついた
   楽譜・歌詞・CD一式頂戴できませんかね?」

 じつは、ペンタトニックの民謡や民族音楽にふさわしい伴奏方法について考えている真っ最中だったのである。漠然とではあるが、以下のように予感していた。まず「コード」という概念で対応しては駄目。したがって、レギュラー・チューニングはふさわしくない。また、ブルースで常用するオープンDとかオープンGのメジャー系チューニングもあわない。結局、ペンタトニックに馴染むのは、ペンタの五音だけで構成される変則チューニングしかない・・・??
 T君はわたしの依頼を保存会の代表に伝えてくれた。これが、代表の「ハートに火をつけてしまった」ようで、電話で30分以上今日までの苦労話をされたらしい。そして、驚いたことに、その後代表は県庁まで資料をもってこられたのである。
  「譜面はないけれど歌詞とテープをどうぞ」
と資料一式をご提供くださり、それが週明けに大学に届いていた。いや、感謝感激です!!
 資料のなかでダントツおもしろかったのは、例の囃子(ハヤシ)の部分。意味不明の囃子に独特の漢字を宛てている。

  漁師村(ヤンサ) 豊栄哉(ホーエーヤ)
  豊栄哉(ホーエーヤ)栄栄(エーエ)弥栄(イヤサカ)サッサ
  漁師村乃(ヤンサノ)栄栄(エーエ)弥栄(イヤサカ)サッサ 

 この解説を読むと、さらにドキリとする。

  元唄の囃子は 貝がら漁に対する「歓喜」と「期待」が縄文言葉で表現されております。

 「縄文言葉」はだれも知らない。ひょっとしたら、アイヌ語の原型なのかもしれないが、それも分からない。ただし、おそらく渡来系の「弥生言葉」と土着系の「縄文言葉」は系統の異なるものであった可能性が高いであろう。
 それはさておき、2日前に述べたように、ペンタトニックの民謡・民族音楽は東アジアにひろく拡散しており、その一方で現代日本の演歌や歌謡曲にも残影を鮮明に刻みこんでいる。ペンタの淵源が相当古いのは間違いないであろう。ただちに頭に浮かぶのは、魏志倭人伝に記された「倭の水人」のこと。「倭の水人」はアマ(海女・海士)の祖先であり、かれらは魚類だけでなく、貝類や海草類の捕採を主要な生業にしていた。だから、貝がら節が弥生時代の海民(水人)に歌われていたとしていても、わたしは驚かない。潜水漁労に勤しむ海民は東アジアから東南アジアにかけての沿海域にひろく分布している。古代から近代に至るまで、かれらの活動範囲は「国家」という枠組をはるかに超えていた。その活動範囲や淵源が意味不明の囃子に映し出されているとしたら・・?? 
 そういえば、今日の「地域生活文化論」講義では、「舟に住む」というテーマでこういう話をするんだった。
 そろそろ眠らなきゃ、寝過ごして授業に遅刻してしまうじゃないか。

  1. 2007/06/21(木) 04:24:53|
  2. 音楽|
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asa

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