Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

チャック&部長@東京インターンシップ(Ⅴ)

 今日でインターンシップ5日目。2週間のインターンシップも、もう半分が過ぎようとしています。今朝の東京は雨が降り、通いなれた道のあちらこちらに傘の花が開いていました。
 さてさて、今日も会社に着くと早速模型作りを開始しました。一昨日の昼から作り始めた模型は徐々にその姿を完璧なものにしていき、午前中にはほぼ完了させることができました。いろんなところから触ってみても、結構頑丈です。そして、午後からはチャックさんと協力してひとつの模型を二人で作り始めました。材料に必要な長さの印をつける担当と、それを切り出す担当とを分担して、スムーズに作業をおこなえました。難しい加工をする部分もありましたが、そこはさすがに二人でやるだけあって、次々に加工を施していきました。一人で作業をするよりも二人で作業をする方が断然早いけれども、それだけではなくうまく分担して協力することが大切なことだと感じました。
 
 明日からもう9月。残り1週間のインターンシップをよりよい時間にするために、もっと努力していこうと思います。(部長)


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  1. 2007/08/31(金) 23:53:56|
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プルメリア-越南浮浪(Ⅹ)

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 最終日は昨年と同じく、午前中をのんびりホテルで過ごしたかったのだが、わたし以外のメンバーはまだまだ元気があるようで、午前9時半にチェックアウトすることになった。ひとつには初日にハノイ城に振られていることが頭にあって、早く行かないとゲートを閉められてしまうのではないか、という疑心暗鬼にかられていたのかもしれない。

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 というわけで、午前10時にはハノイ城正門の「瑞門」にわたしたちはいた。北京やフエの紫禁城午門にあたり、それらと同様、「」の形式をとっている。コ字形の台上に残る建築物は中央の「五門楼」(五門と午門は音声相通)のみ。左右の「両観」はすでに消え失せ、台上に植栽が施されている。ここで大発見。昨年の調査以来、ずっと分からずじまいであった、あの植物の名称が判明したのである。
 2006年9月15日のブログ「教えてください、ベトナム寺廟の樹と記号」をご参照いただきたい。カオヴァン寺の前庭に植えられている樹はベトナム寺廟の境内に必ずある樹で、ベトナム語では「CAY DAI」というところまでは分かっていた。しかし、学名も日本語名も不明のまま。その樹が瑞門の台上に植えられていたのである。しかも説明板がついている。それによると、CAY DAIの学名は「Plumeria rubra Linn」、その下に「APOCYNACEAE」とある。

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 ネットでまず「APOCYNACEAE」を検索した。英文のサイトがずらりと並んでいるが、わずかに日本語のサイトもあり、APOCYNACEAEは「キョウチクトウ科」を意味するようだ。次に「Plumeria rubra Linn」で検索。こちらも英文サイトが多いのだが、中国語のサイトがかなり混ざっている。そのなかの『植物天地』の解説を少し読んでみた。
  
 鶏蛋花 Plumeria rubra Linn. cv. Acutifolia : 鶏蛋花は「緬桅子」「印度素磬」「番仔花」ともいう。キョウチクトウ(夾竹桃)科の熱帯落葉樹。花弁が真っ白で花心が淡黄色であるところから、卵の黄身を白身が包んでいるさまにとてもよく似ており、鶏蛋花(たまご花)と呼ばれるようになった。起源地はメキシコからヴェネズエラのあたりだが、現在では世界中の熱帯・亜熱帯地域に生育している。中国では西暦1778年以前、史籍にすでに「蛋花」の記載がみられる。広東および周辺の亜熱帯地域は鶏蛋花の生育に適しており、緑化、庭園美化に多用される。さらに、花びらを乾燥させて茶葉に混ぜ「泡茶」にする。

 最後に日本語の「プルメリア」を検索。写真をみる限り、「鶏蛋花」と同一種であるのは間違いないだろう。プルメリアPlumeriaとは学名で、キョウチクトウ科プルメリア属の総称。つまり、案内板にみえる「Plumeria rubra Linn」が属名、「APOCYNACEAE」が科名ということになる。驚いたことに、英名は「Temple tree」。熱帯各地で、街路や公園や寺院などに植えられることに由来する名前であるという。
 ハノイ城瑞門から文廟に移動。もちろん、文廟の庭にもたくさんプルメリア=「鶏蛋花」が植えられている(↓)。まさにテンプル・トゥリーだ。

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  1. 2007/08/30(木) 23:47:46|
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チャック&部長@東京インターンシップ(Ⅳ)

 今日はインターンシップ4日目。そろそろ自分でご飯を作って食べたくなってきましたが、まだまだこれからが踏ん張りどころ。かなり涼しくなった東京の朝の空気に包まれながら、今日も会社へ出勤!
 今日の作業は、昨日に引き続き模型作成です。まずは、昨日カットしておいた材に細かい加工をしていきました。図面とにらめっこしながら、何処をカットすれば材同士がうまくかみ合ってくれるのかを考えながら進めていきました。そうしてできた部材を組み合わせてみると次第に形になっていき、楽しさと感動を覚えました。今日も気がつくと終了時間になり、模型作成も終わりに近づいてきました。明日には完成するかなと、少し完成品を楽しみにしている私がいました。
 今日は会社の方々に心配されることなく、模型を作ることができました。しかし、模型作成時は模型だけに集中して周りを気にかけていない状態なので、明日はもっと余裕を持っていろんな方とコミュニケーションをとりたいなと思います。(部長)

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↑給湯室奥からの眺め


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  1. 2007/08/30(木) 23:15:26|
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中越国境の旅<弐>-越南浮浪(Ⅸ)

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 ホテルを出発して約4時間。ついに中国国境付近に到着した。これからベトナム・中国の国境を歩いて越える。四方を海に囲まれる日本国から海外に出る場合、常に飛行機か船を用いるので、歩いて国境を越えるというのはどうも実感がわかない。しかし、初めての徒歩による入国に気持ちは自然と高ぶる。ベトナム側で手続きを済ませ、歩くこと10秒。足元に何かしら1本線と文字が書かれている。「中国国道322線終点」
 驚いたことに国境とは不気味なほど静かである。ともかく人が少ない。なんというか、県境を越えるぐらいのあっけなさで終わってしまった。その後、中国側の入念な入国手続きが終わり、パスポートに押印されてようやく国境を越えたことに実感がわいてきた。その後、タクシーで昨年末に完成したばかりの高速道路を走り、凭祥(ピンシャン)という町を目指した。

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↑ベトナム側からみた友誼関 ↓中国側からみた友誼関
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 凭祥は人口11万人、面積65万k㎡の都市である。ガイドさんによると、ここ10年で急激な発展を遂げた町らしい。広東チワン族自治区の辺境都市だけあって、居住者の大半はチワン族。教授によると、南方中国の中で最も漢化している少数民族の一つだとのことである。桂林からハロン湾まで連続するカルスト地形が都市を囲んでいる。国境を越えて10分、凭祥に着くとベトナムの建築物との表情の違いに中国に来たというはっきりとした実感がわいた。しかし残念ながら開発が進みすぎており、表通りに古い町並みは全くと言ってよいほど見当たらない。大学で中国建築のさわりを学び、国境付近とあって農村や古い建築が見られるかと期待していたのだが、実際は背の高い近代建築が軒を連ね、せっかくのカルスト地形も建物の隙間からしか垣間見ることができない。とは言え、浅川教授の日本建築の講義を受け、いつか中国を訪れたいという希望自体が叶ったことに満足で仕方がなかった。見るもの全てが初めてなので一人デジカメを片手にはしゃいでいた。それでも都市開発の進みように先生方はややガックリしている感じ・・・

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↑中国側のカルスト地形。セメントの材料となる石灰岩の採掘場となって削られている山も少なくない。

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  1. 2007/08/29(水) 23:44:03|
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中越国境の旅<壱>-越南浮浪(Ⅷ)

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 本日は、ハノイに滞在する6名のメンバーのうち4名が「中越国境日帰りツアー」へ参加する事になっていた。ツアーへ参加しない2名はハノイに残って調査やデータ整理を続行する。残留メンバーに見送られ、私は「ベトナムと中国との違いを沢山みつけよー!!」と意気込み、ツアー参加メンバーとしてバスに乗り込んだ。ハノイから国境前のランソン方面へ向い、二時間経過したところで、何か嫌な予感がした。私は、ちゃんと大事なものをバッグに入れただろうか・・・。すぐさま荷物点検をし、重大なミスに気がついた。わたしは大変な事をしてしまっていた。旅行中、最も重要な所持品となるパスポートをホテルに置いてきたのです。あわててパスポートを忘れてしまったことを隊長に伝えたが、ホテルへ戻るには時間が無さ過ぎるし、パスポートの代わりになる物などあるはずが無い。ランソンへ留まるしかない事を察した。前の席ではガイドさんが事情を説明してくれている。結果、「中越国境日帰りツアー 3名」「ランソン行きたい所巡り 1名」の二つにツアーが分かれることになった。
 バスに同乗していたメンバーをはじめ、迷惑をかけてしまった方々へ混乱させてしまった事を謝りたいです。本当にすみませんでした。

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 その後わたしはビンさんという英語通訳のガイドさんと一緒にランソンを周ることになった。(2年間で英語をマスターした27歳の)ビンさん、(私にタバコを勧める心優しい)運転手さんと昼食をたべて、ドンキン市場へ行った。ドンキン市場は中国製品が安く大量に売られている。市場は鳥取でいうラ・ムーの商品陳列が更に凝縮された様な有様で、その商品群の隙間からひょっこりと販売員が身をのりだしている。ビンさんにカバンの持ち方が不用心だと注意され、写真を撮る余裕も無く、市場を漂流。しかし、超、安げな万能軟膏と筆を発見したので、直ちに買い物に没頭。軽快な足取りで市場をあとにした。
 次に、Dong Nhi Thanh(二青洞)という寺をまわった(挿入写真はすべてこの石窟寺院)。洞窟内に祭壇が設置され、あの花火のように長い線香をあげる。祭壇の脇に岩の階段があり、そこから洞窟の上部まで見ることが出来る様になっている。更に下部には、巨大な岩山の奥まで行ける回廊がつづく。洞窟内部はタウゴー島にある鍾乳洞に似ていた。いくつかの祭壇を覆っているこの洞窟は、高さ10メートル以上あるポイントが入り口を含めて二箇所確認できた。そのほかは身を縮めなければ通る事の出来ない箇所も数箇所あり、洞窟をまわるのに20分かかった。
 15時。私は「中国国境日帰りツアー」のメンバーと合流する17時までの間にスケッチの整理を済ませたかったので、ビンさんのオフィスへ向かってもらった。スケッチには既にトピックをつけてあったので大した作業はなく、15分程度で済んだ。そろそろ卒業制作の概要を考えよう!と、思ったが、合流の時間まで隣にいるビンさんとずっとおしゃべりをしてしまいました。(ハル)

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  1. 2007/08/29(水) 23:10:52|
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チャック&部長@東京インターンシップ(Ⅲ)

 
 昨日の夜、帰る時に道路が濡れていたので念のため傘を買って帰りました。しかし今日の朝、外をみると雨は降っていません。どうしようか迷った末に、今日は降らないと決めて持たずに会社に向かいました。お空は曇り模様。ちょっと涼しくなりました。
 
 さて、午前中はまず昨日の図面を修正する作業をおこないました。残っているのは細かいディテールを描いたり、寸法線を入れたりという作業でした。寸法線を入れるのは簡単でしたが、細かいディテールを描くのは少し難航しました。主に曲線をなのですが、うまく収まらなかったりバランスが悪くなったりと描いては直しの繰り返しでした。それでもなんとか完成させることができました。
 午後からは、修正した図面の模型を作り始めました。ところがここで悪戦苦闘。普段大学の演習などで模型を作るときは、柔らかい素材を使っているので簡単に加工できます。しかし、今作成している模型の材料は木です。硬くてなかなかカッターナイフの刃が通りません。力の掛け具合を変えたり、会社の方に握りやすいカッターを持ってきていただいたりして、なんとか加工することができました。「気をつけてね、怪我しないでね」と温かい言葉をかけていただきながら作業を続け、気がつくと終了時間になっていました。それだけ集中して模型作成に取り組みました。
 
 会社の皆様、危なっかしい加工作業をしてしまい、心配をおかけいたしました。明日は周りから見ていても安心できるような作業を心がけたいと思います。(部長)


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  1. 2007/08/29(水) 22:57:25|
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湯島聖堂

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 東京都文京区、御茶ノ水駅を降りてすぐの聖橋を渡ってすぐの森に、国史跡「湯島聖堂」はある。東京ではないような感覚を覚える。『孔子の教え、「儒教」に傾倒した徳川五代将軍綱吉は1690年に湯島聖堂を創建。孔子を祭る「大成殿」や「学舎」を建て、自らも「論語」の講釈をおこなうなど学問を奨励した。(現地立て看板抜粋)』
 湯島聖堂は大正12年の関東大震災で一部を残し全焼したが、昭和10年に伊東忠太の手により、震災の難を逃れた入徳門(1704年〔宝永元年〕)以外の建物が鉄筋コンクリート造として再建されている。現在は木造の入徳門の修復工事がおこなわれているが、今回はその修復現場の見学をさせていただいた。
 私たちが見学したとき、入徳門では漆が削られているところだった。現場では削り取った後の漆のカスがもうもうと舞っていた。入徳門の周りには多くの木が茂っていたが、話によるとだいぶ伐採や剪定をした後らしい。その証拠に、門の石段のすぐ脇に大きな切り株があった。その木は大きくなりすぎて石段を圧迫、石段は形が変形してしまったため、門を保護するためにやむなく切断したそうだ。周囲の木には赤・黄・白のテープが巻かれており、今後も剪定や伐採をおこなうとのこと。漆塗りの建物はあまり日に当てると劣化しやすいらしく、そのあたりも考慮して木を切るのだとおっしゃっていた。

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↑左から現状維持、剪定、伐採
 
 中に入り、Yさんの案内で足場を上り、まずは漆が削り取られた後の破風を見た。破風には黒い線がいっぱい走っていたが、これは昔、今のような機械がないときにノミで漆を削った跡らしい。木造の建築に漆を塗るときは、麻布を使って漆を重ねていくそうだ。漆がはがれた材を見ると、私のような素人にも、古い材と比較的新しい材の見分けがつく。

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 次に木鼻を間近で見させていただいた。木鼻は全体が黒っぽいのだが、胴体の辺りを見ると赤くなっているのが見えた。また、目の部分は金箔の上に漆が塗られていたらしく、よく見てみるときらきらと光って見えるものがあった。当初の入徳門は赤く塗られていたそうで、当時の文献にもその記述が残っていたと聞いた。

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↑目の奥のほう・・・
 
 門の内側に入り上を見上げると、天井が見えた。これは珍しいそうで、普通門には天井を張らないとそうだ。この天井は鏡天井で、継ぎ目も綺麗に隠してある。また、門の内側の柱を見ると、漆が塗られた布を剥がす工程の途中を見ることができる。何層にも重なって1cmくらいはあるのではないかと思ったが、今回も30回くらい塗り重ねるそうだ。今回は全部張り替えるということなので、修理記録として一部をそのまま剥ぎ取り、保存する。
 その後、門を越えて周囲を囲む板塀の裏に回って見たのだが、ぽっかりあいた穴の中にコンクリートの塊が見えた。どうやら控え柱の根元をコンクリートで固めていたらしく、中の柱が抜けない状態になっている。しかし、史跡では地下を触ってはいけないので、そのコンクリートを取り除くことはせず、新しく柱を固定したらまた埋め戻す。
 
 今回の見学でいろいろなことを知ることができた。当初がどんな状態だったのか、また、毎回どんな内容の修復がおこなわれてきて、今回はどういうことをするのか。現場で見るだけでなく、文献資料を同時に調べて記録を整理して、また記録する。そして、修復の過程を現場に残す。史跡では地下を触ってはいけないし、触ったならきちんと埋め戻さなければならないなど。修復に取り組む真剣な姿勢が、ひしひしと感じられた。他にもいろいろと見聞きしたが、私が聞き取れてメモできたのはこのくらいだった。もっと自分に知識があり、聞いたことを覚えられるキャパシティがあればよかったのだが。
 いろいろと詳しく教えていただいたYさん、KZさん、現場の皆さんに申し訳ないです。しかし、とても貴重な体験をさせていただきました。皆さんお忙しい中、本当にありがとうございました。(部長)

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↑瓦を埋め込んだ珍しい外壁


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  1. 2007/08/29(水) 10:57:13|
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荒海周航-越南浮浪(Ⅶ)

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 ベトナムに入国してちょうど1週間が過ぎた。本日も雨。海が荒れた。
 昨日でクア・ヴァン村の調査が終了し、本日はハロン湾からハノイへの移動日。しかし、朝からハノイに向かうのはもったいない。隊長や副隊長が思案され、本日はハロン湾に点在する他の水上集落を訪問することになった。ハロン湾遺産管理局のハンさん(女性通訳)からも「クア・ヴァンよりも商業や観光の影響を受けていない良い水上集落がある」と言われ、いくつかの集落をご紹介いただいた。というわけで、今日もまた雨天のなか、ハロン湾にくりだした。ただし、通訳のハンさんとファムさんは都合が合わず、また昨日までのった大型の遊覧船もすでに予約済みのため、別の船(やや小型)で我々だけで出航。英語が伝わらない船長さんとのやりとりに苦戦し、さらにハルさんと某大学院生とわたしの3名は波の荒れ狂うハロン湾外洋近くで船酔いに陥った(ゲロゲロはなかったが、大食らいで有名な院生が昼食をまったく食べないのには驚いた・・・)。
 紹介された集落はホアクオン(Hoa Cuong)村、コンタオ(Cong Tau)村、ヴォンヴィエン(Vong Vieng)村、コンダム(Cong Dam)村で、ひとつ目の村はハロン湾の西の端、2つ目の村は南の端、3つ目の村は湾の中間地点、4つ目の村は東の端にある。4つ目の村は一番影響を受けてない集落らしいのだが、港から片道6時間もかかるため時間の都合上あきらめ、残りの3集落を訪れた。

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 ホアクオン(北緯20度52分26.6秒 東経107度01分54.4秒): 約35世帯。村には筏住居が点在。大きな養魚層が付いた筏住居が1棟、中央に陣取っている(↑)。

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 コンタオ(北緯20度45分41.6秒 東経107度07分43.2秒): 約25世帯。外観上2グループに分かれており、両側の島に沿って平行に並んでいる。最南端にあり大陸から一番はなれた集落である。ほぼ全ての筏住居に養魚槽がありサイズも大きい。漁船の数も非常に多い(↑)。お寺がある。

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 ヴォンヴィエン(北緯20度50分09.4秒 東経107度09分47.5秒): 約80世帯。昨年の調査でも訪れた集落。クアヴァンと似た奥まった地形で、外観上いくつかのグループに分かれている。養魚層付きの筏住居と付いてない筏住居はおよそ半々。あまり観光地化していない。村全体が非常に穏やかな雰囲気(↑)。昨年に比べ住居数が減った印象をもった。

 我々が調査してきたクアヴァンは、他の水上集落の中では最も歴史があり、130世帯と世帯数も多い。しかし、ここ数年で観光地化が急速に進み、家船から筏住居への住み替えが激しく、ここ1年足らずのあいだに陸上がりした世帯も少なくない。遺産管理局のハンさんは、「クアヴァンではなく、あまり観光地化していない水上集落を調査地として選んだほうが良かったのでは?」と指摘された。たしかにクアヴァンは文化変容の激しい集落であるかもしれないが、そういう集落を調査することで、ハロン湾の他の集落の近未来的な変容を予測することが可能であり、なによりこの村での調査を通して多くの人々と出会い、ふれあったことは私の中で大変貴重な経験となった。
 あまり観光地化していない小規模の集落については、来年以降の楽しみにとっておこう。(エアポート)

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↑ハロン・ドリームまで別れの挨拶にかけつけたハオさん(遺産管理局)を交えての記念撮影



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  1. 2007/08/28(火) 23:04:47|
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チャック&部長@東京インターンシップ(Ⅱ)

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 インターンシップ二日目。昨日緊張した疲れもあるせいか、少し起きるのが遅くなってしまい、9時頃にあわてて宿泊先を出ました。それでも徒歩で十分間に合うって素晴らしいですね。会社前に着くと、すでにチャックさんの姿が。なんと昨日より10分早く出たら、30分も待つことになったそうです。東京って不思議だなって思いました。
 そして会社内へ入り、早速今日の実習内容に取り組みました。今日はまず、昨日のCAD図面修正の続きです。昨日は悪戦苦闘しましたが、今日は思ったよりも順調に進めることができました。きっと、何処をどう直していけば早いかというのが、少しずつ理解できてきたからでしょう。昨日は1つの図の修正しかできなかったけど、今日は4つもできました。まだ詳細が残っていますが、明日の午前中には終らせたいと思います!
 そして今日は図面を書くだけでなく、午後4時頃にKZさんとチャックさんと私でお茶の水に模型材料を買いに行きました。その道中、KZさんのご配慮で湯島聖堂とニコライ堂に見学に連れて行っていただきました。湯島聖堂では現在、お世話になっている会社の設計・管理の下、修復工事がおこなわれています。その修復工事の現場を見学させていただきました。担当のYさんに詳しく説明していただき、とても良い体験になりました。また、時間があるときにどんな様子だったかを、詳しく書きたいと思います。(部長)

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↑江戸時代からある階段(左)と孔子の銅像(右)

 ニコライ堂は訪れた時間が遅く、もう閉まっていたので中を見ることはできませんでした。休みの日にでも見に行けたら良いなぁ、と思います。見学の合間に模型材料もしっかり購入して、会社に帰りました。
 模型材料も購入したので、早く模型製作をしたいなと思います。そのためにも明日は、図面を早く仕上げるぞ!と気合を入れて頑張ります。(部長)

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↑KZさんと模型材料を持つ部長


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  1. 2007/08/28(火) 22:08:11|
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漂海民たち-越南浮浪(Ⅵ)

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 この日、わたしは通訳のファムさんと二人でGPSデータを採り続けた。南端のカルチュア・センターから始めて、少しずつ北上。もちろんハンディGPSとソニーのユニット・キットの併用である。第2グループ(集落)の筏住居が昨年に比べて大きく数を減らしていることに驚いた。
 副隊長はもうひとりの通訳Ms.ハンとヒアリングの続き。午前中は産婆さんのインタビューに熱中して、なかなか船にもどってこない。トランシーバーで呼び出すのだが、どうやらチャンネルにさわったらしく、コミュニケートできなかった。

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 エアポート、ハルさん、ひらちゃん、某院生の4名は第4グループの北端に近いセメント船へ。セメント船の揺れが少ないと予想し、ここを基点に測量班は筏住居および地形をトータルステーションで計測した。1日で約50棟、側点にして270点のデータを得た。エアポートは油まみれになりながら、セメント船を実測。ハルさんは北隣の家船をスケッチした。彼女がスケッチした午前、筏住居まわりの家船はわずか3棟に減っていた。他の家船は漁にでたのであろう。

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 午後、集落を囲む岩山の外側にまででてGPSデータをとり、1周して内海にもどってきた。これでGPSの作業は終わり。測量班のいるセメント船をめざす。船に着いて隣をみると、漂海民たちの家船は11艘に増えている。漁からもどってきて、洗濯したり、網をなおしたり、米をといだり・・・。総勢約20名。かれらがクア・ヴァン村にやってきたのは10年前に遡るという。親村はベトナム戦争時の空爆で知られる港町ハイフォン。ハロン湾から遠く離れている。ハイフォンとクア・バンを月に2度行ったり来たり。筏住居は5年前に買った。筏住居の持ち主もハイフォンの漁民。漁で稼いだ金で筏住居を買い、オーナーは「エージェント」となった。ハイフォンから家船でクア・ヴァンにやってくる漁民たちは「エージェント」に魚を売る。その魚を「エージェント」がハロン市のマーケットにもっていって売り、収入を得る。
 わたしたちの船頭に訊ねた。
  「あの人たちが嫌いなんじゃないの?」
  かれはこっくり頷いた。理由は簡単。クア・バンの定住者にとってみれば、漂海民は漁場荒らしでしかないからである。喧嘩が絶えないのだという。だから、口もききたくない。このグループよりもさらに外洋に近い最南端にいる漂海民と船頭は口をきいていたが、同じ質問をすると、やはり「嫌いだ、喧嘩が絶えない」と答えた。

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  1. 2007/08/27(月) 23:50:40|
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チャック&部長@東京インターンシップ(Ⅰ)

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 昨日は長旅の末、東京へ。なぜかというと今日から始まるインターンシップのため、一人で鳥取から特急や新幹線を乗り継いで移動したからです。新幹線に乗っているときは旅行気分でリラックス。しかし!東京駅へ降りた時の人の多さにはびっくりして、しばらく呆然と立ちすくしました。こんなに人が多い東京で、これから2週間頑張れるかなぁ・・・と不安になりました。
 そして、今日ついに出勤!お世話になる会社前でチャックさんと合流して、いざ中へ。最初は事務手続きを担当してくださるIさんに対応していただき、インターンシップをするにあたっての書類を書きました。その後、これから2週間指導してくださるKZさんに実習内容の説明を受けました。そして、会社の皆さんに挨拶に行き、早速作業に取り掛かりました。
 今日の実習内容は、某史跡の復元建物のCAD図面修正です。最初は緊張もあり、またどういう風に修正を進めていけば良いか分からず、なかなか進めることができませんでした。しかし、わからないところをKZさんに質問してみると、わかりやすく説明してくださいました。また、初対面の人と会うと緊張してしまう私ですが、会社全体の雰囲気が明るくてすぐに馴染むことができました。
 今日1日での実習の進み具合は、決して良いものではありませんでした。最初は要領も悪く、考えすぎたことも悪かったと反省しています。期限も決まっている仕事なので、明日はもっと効率よく進めなければならないと強く思いました。(部長)


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  1. 2007/08/27(月) 23:43:11|
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盂蘭盆会-越南浮浪(Ⅴ)

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 今日は丁度ベトナムの旧盆であり、午前中はハロン湾のお寺での儀式に参加させてもらえることになった。
 私たちはクッキーなど、祭壇へお供えするためのお菓子を用意し、ボートで移動をはじめた。祭祀を司る村長さんもやはりボートで現れ、スイーッっとお寺へとあがってきた。小奇麗な格好のおじいさんである。大きめのシャツと黒の帽子がとても似合っていた。一行もおじいさんにつづき、祭壇へ。中はきれいにされていて、既にドラゴンフルーツが供えられていた。ここに私たちの用意したお菓子も交ぜてもらい、集まった一同は心身を祭壇へ向けた。花火のような長い線香は、異国の香りには感じなかった。むしろ、私の故郷・沖縄の盆を思い起こさせた。

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 沖縄の旧盆でも、祭壇に御馳走やフルーツが供えられていて、いかにも先祖と親戚一同が同じ空間で時を過ごしているように振舞う。二十代の若者達がおとなしくなり、祖母は「子ども達も孫たちもみんな集まりましたよー。親戚皆、仕事に勉強にがんばっていますよー。」といった事を激しい訛りで唱える。そして線香の灯が強く光るのをみると、「オトーもオカーもみんな、よろこんでいるさー」と祖母がいい、皆の顔がほころぶ。

 ハロン湾で灯された線香からは、煙が帯のようにゆったりと棚引いていた。

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 船でしっかり昼食をとり、私は午後からハロン湾の景観をスケッチした。3日目にしてやっと岩山の表情を自分なりに捉えることが出来てきた。例えば山の稜線のや植物の生え方、色の変わり目の位置を、アウトラインから(ちょっとだけ)予測することが出来てきた。
 皆つかれがたまってきた様だ。私も今朝まで快調であったが、連日日光を浴び続けると、夕方にはウトウトしてしまう。いつもの大学生活なら、夕方から元気になるのに・・・。(ハル)

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  1. 2007/08/26(日) 23:49:02|
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山陰考古学研究集会に参加して

 8月25日に智頭町で山陰考古学研究発表会があり、私はその会に参加させていただいた。私の卒業研究と関係が深いため大変ありがたいことであった。
 翌日の26日の智頭の文化財見学会にも参加させていただいた。

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 今回の発表会の趣旨は「山間地域の縄文時代集落とその特質」となっており、6人の先生達の講演を聞いたあとにパネルディスカッション、島根大学山田先生の講評となった。
 まず、講演のほうであるが、会場の「医療総合センターほのぼの」の真下にあった智頭枕田遺跡に関する新たな研究報告と遺跡の保存や活用に対する今後の課題が述べられ、この会を主催する「智頭枕田縄文遺跡の保存活用を推進する会」会長のY氏によって彼等のこれまでの歩みをお聞かせいただいた。
 そして、次の講演が自分の卒業研究ともっとも関係の深い「智頭枕田遺跡の集落景観」と題された講演を聞いた。直接、住居の形や復元案などに関する話はなかったが、住居跡に関して、住居跡を特定する条件など、また現在の集落研究の現状などをお聞かせいただいた。
 その後は、山間地域集落の特質として、地域間交流として栄えたということが、主に地域・年代における土器の形状の違いなどをとうして語られた。土器の種類などは直接的に私の卒業研究に関わってこないであろうが、住居跡の年代特定や、今回復元する3っつの竪穴住居形式の伝播の経路を調べる上では大変重要な材料になってくるのではないかと感じた。
 パネルディスカッションでは、今回講演いただいた方々が壇上で議論を交わした。その中で、遺構の掘り込みが浅いなどの痕跡の弱い住居跡(キャンプハウジング的な使われ方をした住居等)の特定に土器溜りや炉辺の焼土を参考にする方法が新たに取り入れ始めていることなど興味深い話も聞けた。しかし、中心となった話はやはり、土器の種類や年代、土地による相違に関する議論が多く、今回初めて縄文土器の種類がこんなにも多くあり細かく分類分けをされていることを知った私は、話の内容と資料の画像を一致させることもままならず、焦りっぱなしであった。

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  1. 2007/08/26(日) 23:34:57|
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ただいま

アクセスがきわめて不安定な状態が続いています
ベトナム調査のレポートについては、しばしお待ちください。
メールも読めない状態に陥っています。あしからず、です。


  1. 2007/08/26(日) 00:00:19|
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村長との対話-越南浮浪(Ⅳ)

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 「やる気」と「実績」は比例するものだ、と信じてこの大学3年間頑張って来た。そしてその「実績」はそこそこの評価を得ることができたと思っている。その度、自分の力を信じて、更なる発展を目指した。しかし、今日はその信念を根底から覆させられた。やる気があっても全く思うように事が運ばない。なんと、本日わたくしMr.エアポートは食中毒にあたってしまった。どうやら朝食の牛乳が原因であろう(他の5名は牛乳を飲んでいない)。

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 朝8時にホテルを出発し、10時に調査地であるクア・ヴァン村に到着。本日は4つのグループに分かれ調査をおこなった。
 1)某准教授と通訳のMs.ファンは村の第3グループでヒアリング調査(本日の成果は10軒。昨日より少なかったのは、単純なアンケート票の回収ではなく、突っ込んだヒアリングをしたため)。
 2)ハルさんは遊覧船2階のデッキで水上集落のパノラマ・スケッチ。今日は自然地形だけ墨で描いた(↑上2枚の写真)。
 3)某院生とひらちゃんは測量。昨夜、ベンチマークのデータが昨年のデータとずいれすぎていることが判明。再びお寺のベンチマーク座標採り直しからスタート。これには院生を心配して、教授も加わった。データは昨年チャックが使ったハンディGPSと今年購入したDGPSで近似値を示したが、やはり昨年のデータとは大きくずれている。次に基準点の移動。第2のベンチマークを小学校に設けることにした。トランシーバーを使いながら、小学校のベランダにベンチマーク№2を設置したが、学校もまた筏にのっているので前後左右上下の揺れは止めようがない。№2から対岸の第3・4グループ(集落)の座標データをとった。家屋にして約30棟、側点は自然地形を含めて約100ポイント。さらに、コミュニティ・センターと途中の船着き場(デッキ)のGPSデータもとった。

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↑寺の前庭から小学校を見通す ↓小学校で第2基準点設定
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 4)わたしは実測担当。何を隠そう私は、各種調査の中でも実測が大好物である。実測を通して、その建築の構造的特徴や生活習慣が見えてくる。また実測後、そのデーターをもとにCADで図面を作成する際、すんなりと図面を起こせたときの達成感を味わうのが最高に気持ちが良い。前日の調査結果をもとに130あまりの筏住居をタイプ別に分けていくつかのタイプを実測した。まずは、午前中に測量基準点移動の作業補助を兼ねて、筏で浮かぶ学校を実測した(職員室と教室の2棟)。職員室は木造寄棟造で倉庫としても使用しており、教室は鉄骨入母屋造。屋根の建物で校舎として使っている。夏休みのため、子供は一人もいない。学校は伽藍としていた。

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 学校の実測は容易と思われたのだが、ここで体調不良に気がついた。妙な汗が額を覆い、腹部がキリキリ痛む。昨晩、ホテルのエアコンが効きすぎて風邪でもこじらせたのかと思ったのだが、激しい腹痛から「食あたり」を疑った。しかもそれに追い討ちをかけるように、隣の筏住居の飼い犬がやたらと吠えて頭に響く。時には、実測中に背後を襲われるかと思うほど忍び寄ってくる。痛む腹部を押さえながらも額の汗をぬぐい実測を続けたのだが、「大好物」と思っていた実測がこれほどつらいものだとは思わなかった。というよりも、「やらねばならぬ」という気持ちに全く体が反応してくれない悔しさと、何で大事な調査中に腹を壊してるんだ!という自分を情けなく思う気持ちに押しつぶされそうになった。昼食後、A教授から抗菌剤(強力な抗生物質)をいただき、しばらくして体調は回復していった。午後からは養魚槽付き筏住居を1棟実測し、本日4時間の調査で、体調不良ではあったが3棟を実測できた。抗菌剤のおかげで、午後は快適な実測時間を存分に味わった。帰国後、すんなりとCADで図面が描けるか楽しみで仕方がない。
 やはり「やる気」と「実績」は比例するものだという信念は曲げたくない。しかし体調管理が十分にできていない調査ほど危険なものはない。「実績」のみが全てではなく、「体調」をふくめ「気持ち」と「技術」の3つである心技体をバランスよく養う重要性を身をもって感じたベトナム調査3日目であった。(エアポート)

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  1. 2007/08/25(土) 23:47:45|
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前略、「北から来たの」さんより

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 昨日の昼頃、演習室へ行くと紙袋が置いてあった。
見てみると「北から来たの」さんからの差し入れだった。暑い中、わざわざ遊びに来てくださったのだ。しかし、あいにく研究室のメンバーは誰一人とおらず、お会いすることができなかった。お礼を兼ねてメールを出すと、以下のように返してくださった。

「夏から卒論が本格的になってきて大変だろうけど、悔いのないように体に気をつけて頑張ってください(一部省略)」

 お気遣いが心に沁みる。今日は2ヶ月ある大学の夏休みの折り返し地点。もう半分が過ぎた。その間、研究室はフル活動していた。オープンキャンパス、常忍寺の調査、青谷の部材検討会やベトナムの出発準備までさまざま。だが、まだまだ終わりではない。演習室から飛び出し、日本、そして世界でASALABは地道に活動している。以下はそれぞれの現在の活動状況(予定)である。

 ベトナムハロン湾水上集落調査(8/21~8/31)
→ A教授・某大学院生・はるのさん・Mr.エアポート
 インターンシップin東京(8/27~9/7)
→ チャック・部長
 智頭での研究会参加(8/25,26)
→ けんボー
 加藤家住宅南側石垣および木戸の実測調査(8/26)
→ U君

 ここには出てきていないメンバーも、それぞれの夏休みを過ごしているに違いない。残りの半分、もう一度気を引き締めていかねば。(チャック)


  1. 2007/08/25(土) 14:09:19|
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クア・ヴァン再訪-越南浮浪(Ⅲ)

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 調査が始まった。昨年の小型遊覧船ではなく、昨日乗った2階建のクルーズ船と同型の大型船を貸し切り。通訳を二人連れているので、昨日より乗船者は一人多い(前日はスペインのアーティスト1名)。この大型船はスピードがある。昨年は3時間半かかったクア・ヴァン村(水上集落)まで2時間あまりで到着した。
 いまクア・ヴァンと記した。昨年のブログでは、ハン・ティエン・オン(Hang Tien Ong)村と書いている。これは、水上集落にある洞窟の名称であることが分かった。ハンは固有名称、ティエン・オンは神の名であるという。ティエン・オンは漢語起源の言葉ではないか、と思い、そう訊ねてみたのだが、「いや、ベトナムの神だ」との返事。ベトナム人は「ベトナム固有の文化」だと思っているが、じつは古い中国の伝統に因む文化要素は数限りない。ハノイ下町の商店の片隅に「商いの神様」を祀っていて、やはり「ベトナムの神」だと言っていたが、それはマカオでみた「関帝廟」とほとんど変わらないものであった。
 昨年調査し、今年も継続調査する水上集落の名称はクア・ヴァン(Cua Van)である。ヴァン(van)とは中国語の「坊」に起源するベトナム語。条坊の「坊」である。「居住エリア」とでも訳せばよいであろうか。クアが村の固有名称である。

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↑村長の娘さん ↓村長さん宅でのご挨拶
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 10時半すぎ、クア・ヴァン着。1年ぶりに戻ってきた。感慨一入。船に何艘も小型船が寄り集まってくる。そのなかにひときわ目立って流麗なご婦人がおり、訊けば「村長さんの娘さん」だという。彼女やその近親者の漕ぐ3艘の竹編船に乗り、村長さんの家へ。あいにく村長を務めるチョーさんは陸に出かけていて、息子さんが対応してくださった。そこに、セキュリティ委員会の役員ロックさんもあらわれた。ロックさんは某数寄屋大工見習いOBの師匠(棟梁)とよく似た風貌。
 そのミーティングで得た情報によると、村の世帯数は127。うち「パーマネント」な世帯は87だという。さらにこの村は4つの集団に分かれていて、それぞれの集団に長がいるとのこと。午前中あまった時間を利用して、ロックさんに連れられ4集団の長に挨拶してまわった。以下、各長による各集団の概要説明。
  第1グループ: 27世帯(うちパーマネント?世帯)  長:ニャットさん
  第2グループ: 33世帯(うちパーマネント27世帯) 長:ドゥックさん
  第3グループ: 30世帯(うちパーマネント23世帯)  長:チョーさん
  第4グループ: 36世帯(うちパーマネント29帯)  長:ウットさん

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 懐かしいコミュニティ・センターを訪れ、顔馴染みの(とわたしたちが勝手に思っている)少女たちに「覚えているかい?」と訊ねるのだが、キョトン??とした顔をしている。エアポートは言うのだ。
  「チャックさん以外の記憶はないんですよ・・・」

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  1. 2007/08/24(金) 23:06:32|
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洞窟めぐり-越南浮浪(Ⅱ)

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 ベトナム3日目。本日はハロン湾を遊覧船でまわる。ティエンタイ・ホテルから3時間かけてビーチ近くのハロンドリーム・ホテルまでたどり着いた。3時間、移動するバンのの中では多くの話題が飛び交うのだが、どの話題も今回の調査につながっているようで、明日の調査への志気の高まりを感じた。

 チェックイン後、ただちに再出発。今日は調査ではないが、遊覧船にのりハロン湾の下見をすることになったのである。バイチャイ埠頭から2階建の遊覧船に乗り、タウゴー島へ向かった。タウゴー島の鍾乳洞の中の凹凸や形の有様をまわってみて、『聖堂建築の彫刻群』を連想したと言ったメンバーがいた。エアポート君である。私は、「埃が被さった蜘蛛の巣の様」だと先に口走ってしまった。自然の織り成す造形美に思いをはせていた彼に、埃と蜘蛛の巣のワードを浴びせてしまったのは不躾だったかもしれない。ごめんなさいね。

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 遊覧船で、スペイン人と居合わせた。彼は美術の教師で、映画「ハムナプトラ」の登場人物に似ていた。A先生をはじめ一行はスペイン人の彼との出会いを喜んだ。一緒に昼食をとり、ともに遊覧コースを楽しんだ。
 夕方、ハロン湾遺産管理局の方がたがハロンドリーム・ホテルまでこられた。明日は二人の通訳がついてくれる様だ。通訳といっても、日本語に訳してくれるのではなく、英語である(そりゃあ、そうか・・・)。自分でできることは自分でしなければならないが、出来ないことはどうにかお願いすることを伝えなければならない。ベトナム語、じゃなきゃ英語、それでも、だめでも、どうにか伝える方法を考えていかなきゃなー。(ハル)

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↑↓ティエンクン洞窟
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  1. 2007/08/23(木) 23:04:15|
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ハノイの楽器屋さん

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 ハノイ城に着いたら午後2時。ガイドブックでは4時半までオープンと書いているのに、守衛は2時でクローズドだと言って譲らない。しかたがないので、正北門の横をすり抜けるようにして北上し、一度ホテルに戻った。そこで作戦練り直し。
 わたしは「楽器屋に行きたい」と思っていたので、一人でも行こうと決めていたのだが、全員に訊ねると皆付き合うという。そこで、ハンホン・ストリートへ。ハンホンからハンマンにかけての土産屋・雑貨屋街には楽器屋もごろごろあって、まず驚いたのは、どの店にもフラットマンドリンがたくさん陳列してあること。日本の楽器屋ではめったにみつからない楽器である。しかも、CDショップにはフラマンの教則DVDまで売ってあった。よほどブルーグラスの盛んなお国柄なのかな、と勘ぐりながら、しかしフラマンの相方にあたるバンジョーを置いている店は一軒もない。ところがところが、バンジョーと蛇味線をミックスしたような弦楽器があるのだ。バンジョーのボディに蛇の皮を貼っている(スチール板の場合もある)。1フレットは非常に長い。しかも、そのストリングスには3弦と4弦の2種類がある。各弦のチューニングが分からないので店員に訊ねるのだが、かれらも調弦できない。教則本がないか訊いてみた。「ない」という。1台買って帰り、ナイロン弦を張ったらおもしろいかもしれない、とも思ったのだが、調弦すらわからないのだから今日は諦めた。

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 ひるがえって、なぜ楽器屋に行きたかったのかといえば、使い捨てにできるような小型のギター(1000円~2000円)を買って、運指のレッスンに使おうと考えていたのだが、やはりそういう楽器は駄目だ。まず弦が錆びている。そして、チューニングがまともにできない。調弦の不正確な楽器を弾くのはほんとうに悲惨だ。今日、唯一買ってもよいと思ったのは、ある楽器屋が2階からもっておりてきたくれた新品のガット・ギター。ナイロン弦を張る唯一のギターであった。弾きやすい。これなら練習できる。しかし、よくみると、どこにもメーカーを記すマークやシールがない。しかもしかも、みればみるほど、われらがホセ・アントニオによく似ている。ひょっとしたらホセ・アントニオはスペイン製ではなく、ベトナム製なんじゃないか、なんて考えながら、いつもの練習曲(カルカッシのエチュードじゃありません)を弾いてみた。結構よく鳴る。値段を訊いた。150ドル。日本円にして、17,000~18,000円である。われらがエレガットとほぼ同額。あのエレガット1本買うかどうかでも、ずいぶん悩んだ。・・・諦めることにした。とても使い捨てにはできないし、持ち歩くとなれば、カサが大きいので、調査隊に迷惑がかかる。

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 代わりにと言ってはなんだが、ある店でチューニング・メーターを買った。香港製で、15ドル。1,700~1,800円。日本で買えば5,000~6,000円する。ちょうど、もう1台欲しいと思っていたところだった。そのチューニング・メーターを持ち歩いて、楽器屋のハシゴを続け、ギターの調弦を試みていたところ、買ったばかりのチューニング・メーターはあっさり解体してしまった。メーターそのものは健在なのだが、クリップ部分のひっかかりが悪く、パーツに分解してしまうのである。一度めはひらちゃんが直してくれた。その後、ミニ・ギターなら大丈夫だろうと、また使ってみたのだが、やはり解体してしまった。これは返品するしかない。メーターを買った店まで戻って、事情を告げた。店の女性はすぐにパーツを組み直し「問題ない」と繰り返したが、問題はおおありであって、当然のことながら、返品/返金の運びとあいなった。
 というわけで、今夜もまたミンさんのジャズ・バーでこのブログを書いている。今夜はミンさん自らステージでテナーを吹いている。もう一人のフロントは若いトランペット。ほかにドラムス、キーボード、エレキベースの構成。ミンさんのテナーはあいかわらずよく歌っていて、ごきげんなのだが、無線ランに接続できない。昨年はセキュリティで保護されていない無線だったのに、今年はIDとパスワードを要求してくる。

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 ・・・舞台はハロン・ドリームという湾岸のホテルに変わってしまった。部屋ではネットにつなげないが、2階のビジネス・センター周辺ではセキュリティ保護のない無線LANが3本も飛び交っている。おかげで無事アップできそうです。

  1. 2007/08/23(木) 19:40:21|
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Mr.エアポートの人間観察-越南浮浪(Ⅰ)

 昨夜18時55分(日本時間)に関西国際空港を飛び立ち、4時間の夜間飛行の後、無事ベトナムに入国した。入国時の現地の天候は雷雨、気温は29.4℃とやや涼しい。

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 今私は、我々ではお決まりの「ミンさんのジャズバー」で、お決まりのブログを書いている(昨夜はホテル到着が深夜になり、結局どこにも外出しなかった)。再びこの地にやってきたと思うと、月日が流れるのは本当に速い。あれから1年が経ったのだ。昨年もハロン湾の調査に行く前日は、この「ジャズバー」でライブミを聞いていた。初日昨年同様、まずはSDINを表敬訪問(↑)し、ベトナム民族学博物館に行ったため、建築に関してこれと言う発見はなかった。昼食後は某大学院生の発案により、タンロン城(ハノイ城)を見学しようとしたが、閉館時間が14時までということを確認せず閉館時間直前に行ったため、惜しくも見学することができなかった(↓写真はハノイ城正北門)。よって午後は、ハノイ新・旧市街地を散策し、各々ショッピングを楽しんだ。

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 今回ベトナム調査初参加のはるのさんは、「ベトナムに来たら、これが食べたかったんです!!」といいながら行商のおばさんから揚げパンをいくつも購入していた。これを見ていた食いしん坊の某大学院生もつられて購入。私はと言うと、「とある物」を探して市街地をうろうろ。その「とある物」が何かとは今のところ内緒なのだが、女性物を男が買うというのは何かと勇気がいる。プライドが許さないと言うか、ソワソワすると言うか、はっきり言って恥ずかしい。未だ自分にこのような「初々しさ」があるとは思ってもいなかった。発見(覚)である。
 今年は大学院生の修士論文と4年生の卒業制作ということで本格的な調査を行う。よって前回の調査メンバーに文化財研究所のHさん、大学院生、4年生が加わり、昨年よりもメンバーが増えてにぎやかである。特にHさんとA教授は、同じ研究所の同僚だったということで、昔話などで会話が弾んでいる。時にHさんがA教授を面白半分でからかったり、お互いに冗談を言い合ったりじゃれ合っている。このような教授の姿を見るのは初めてだ。これも発見だ。
 どうやら初日は「Mr.エアポートの建築様式分析」ならぬ「Mr.エアポートの人間観察」となったようだ。昨年に比べあまりカッコの良いものではないが、建築以外にも気がまわるようになったという理解で、昨年よりも落ち着いて調査ができると期待したい。(エアポート)

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↑噂のつけ麺



  1. 2007/08/22(水) 23:50:23|
  2. 研究室|
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パンダ風船 -越南浮浪(序)

 このブログがアップされるころ、まだベトナムでは日付が変わっていないはず。疲れたし寝ようか、なんて言っているでしょうか、はたまたミンさんのジャズ・バーでもりあがって、
  「今日のブログは、だれかな、最初はグー、じゃんけんぽん・・・」
なんてやってるでしょうか。

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 というわけで、昨日(21日)午後7時前のベトナム航空便で再びハノイまでやってきました。昨年と同じハロン湾の水上集落を調査するためです。住宅総合研究財団の助成研究が今年も継続中なんですが、今年度からさらに科学研究費の助成も頂戴しておりまして、なんと総勢6名の大調査隊を結成したんです。
 まず、メンバーをご紹介しましょうか。

  隊長: わたくし。最近、音楽のことしか頭にないので、気楽な雑用係であります。10日間もギター弾けないなんて信じられない。ベトナムのエアーズというメーカーが結構日本でも売れてまして、あちらで楽器買ったりしてね・・・とりあえず、楽譜のコピーもってこっ。こうなると、ほんと「床の間」の飾りだねぇ。
  副隊長: 某准教授。事務的な連絡は全部任せました。実質的には、この方が隊長です。ベトナム語のヒアリング・シートをもって調査に臨む予定!
  隊員A: 某大学院生。測量係兼会計。ブログ免除。
  隊員B: Mr.エアポート。昨年に続く参加。実測担当。こっちを会計にするかな?
  隊員C: ハルさん。紅一点です。壮大な水上集落の絵巻物を仕上げる予定。
  特別顧問: 官僚生活を休憩して某研究所に戻ったひらちゃん。もともと測量のエキスパートですからね。一昨日、トランシーバを仕入れてくれました! 某院生とコンビを組むのかな、恐ろしいな・・・

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 帰国は31日です。今回は副隊長のご尽力により、水上集落の小学校で先生や子どもたちと交流をもつことになりそうでして、100均でお土産をたんと買ったんですが、
  「花火は駄目ですよ、花火は出国時にとりあげられます」
と釘をさされちゃった、ひらちゃんから。今はそんなに厳しいのかな。かつて貴州や雲南で調査してたころは、花火やると子どもたちは大喜びでね・・・
 まぁ、花火をとりあげられても、風船があります。中国の子どもたちも風船が大好きだったなぁ。「気球(チーチウ)! 気球(チーチウ)!」って叫びながら、奪い合いでした。
 
 風船と言えば、みてください。今日の挿入写真。これ、「パンダ風船」なんだって。東京の人妻がメールで送ってきたんですよ。女っていうのは、いつまでたっても、こうゆうのが好きなのね。また、びびるだろうけど、メールを少し引用してやろ!

   みんなぴんぼけですみません。
   耳もしっぽもついていて、あいくるしいんです。
   奥様のご回復をお祈りし・・・

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  1. 2007/08/22(水) 00:00:29|
  2. 文化史・民族学|
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チャックの青谷問答記(Ⅱ)

-青谷上寺地遺跡発掘調査公開中!

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 慌しくも充実した1日だった。

 今日はベトナムへの海外調査出発日。昨年は送られる側だったが、今回は送る側。サンジョン・タパは鳥取でお留守番である。午前10時40分のバスで旅立つメンバーを車に乗せ、鳥取バスターミナルへ。A教授を除く鳥取からの出発組の集合写真を撮り、私と同じく見送りの部長はターミナルを後にした。
 部長を学校まで送り届け、私はひとり青谷へと向かった。目的は、現在発掘調査のおこなわれている青谷上寺地遺跡の展示館と発掘現場見学である。遺跡の発掘調査は8月1日から始まっており、一般公開は8月2日から調査終了(10月中旬予定)まで。詳しくは下記URLを参照していただきたい↓
http://www.pref.tottori.lg.jp/dd.aspx?menuid=66524

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 大学から車で約40分のところに展示館はある。隣には「あおやようこそ館」があり、地元の特産品や遺跡Tシャツなどを販売している。そこには帰りに入るとして、まずは展示館に入った。以前にも一度来たことがあるが、その時はまだ青谷上寺地遺跡をテーマに卒業論文を書くかどうか迷っていた時で、そこまで詳しくは見ていなかった。しかし今日は違う。6分間の遺跡紹介ビデオを食い入るように見、また写真の撮影許可を得て建築部材を中心に撮った。何かを学び取ろうとする意識があると、すべてが違って見えてくる。1時間をかけてゆっくりとまわり、最後に事務所の方々にあいさつをした。気さくに話を聞いてくださり、また、発掘現場への行き方を丁寧に教えていただいた。
 展示館から歩いて15分ほどのところ(実際は近くまで車で行ったのだが)、青谷羽合道路(山陰道)の高架下に発掘現場はある。夏の暑い日差しの中、今日は鳥取県埋蔵文化財センターの方2名と非常勤職員の方8名、研修中の学校の先生方2名の計12名が発掘作業をしていた。応対していただいたのは、8月10日の出土部材検討会でもお会いしたMさん。発掘調査の目的、現状を丁寧に教えていただいた。

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 今回の調査は、山陰道国道調査区1区で発見された護岸(溝)の跡の延長を追うものであり、遺跡中心域南側の区画(構造)を明らかにするためにおこなわれている。発掘調査は、調査地を長方形に区切り、段掘り(階段のように段差をつけて掘ること)で掘削されている。2段目まではユンボで、それ以降は手作業で目指す時代の地層へと掘り進んでゆく。作業で出た不要な土は、ベルトコンベアーによって調査地の外へ出される。現在は律令期(6世紀後半)の水田跡と思われる地層まで発掘が進んでいる。排水のために発掘面の左右には排水溝が設けられているが、取り除かれた土からはすでに多くの土器片が出ている。また、別の場所から出てきた杭が、全盛期における護岸の存在を垣間見せている。

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 護岸に使われている建築物の転用材が見られるようになるのは、あと1ヶ月先になるのではとMさんはおっしゃっていた。私は初めて見る発掘現場の光景、また発掘したての骨や鹿の角、土器に夢中でレンズを向けた。
興奮も落ち着いたので、皆さんにあいさつをしてその場を後にした。

 お忙しい中、質問等のお時間をいただきありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。

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  1. 2007/08/21(火) 22:35:55|
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隔靴掻痒

 ここ数日、トイレの壁に吊されている4文字熟語は「隔靴掻痒(かっかそうよう)」。革靴の上から足の先の痒いところを掻いても、痒いところに手はとどかない。転じて、ものごとが思うように進まなかったり、肝心のところに触れなかったりしてもどかしいこと。

 山下楽器から受け取った『カルカッシ 25のエチュード』に、ようやく手をつけました。マテオ・カルカッシは19世紀前半に活躍したギタリストで、作品59番と記された『カルカッシ・ギター教則本』とその続編である作品60番『25の練習曲』という二つのエチュードがあまりにも有名です。要するに、ギター版のバイエルですね。 
 50にしてバイエルか。男は辛いね・・・
 25エチュードの№1を開いてみました。もちろんタブ譜なんかついてないですが、弾けますね、これは。弾けば弾くほどシンプルで美しく、短時間で10回ばかり弾いて気をよくしていたんです。それで、№2に進んだんですが、ここでいきなり挫折。トレモロのような運指がでてきて、こりゃ大変だ、どうやって弾くんだろうと譜面をよくみれば、音譜の真上にpimamamaの記号がついている。
 そうか、これが4フィンガーだ。右手の略表記なんですね。もちろんスペイン語のイニシャルです。以下、スペイン語、(英語)、日本語の順に示します。

   p  pulgar(thumb)  親指
   i   indice(index) 人差し指
   m  medio(middle)  中指
   a  anular (ring)  薬指

 №2はpimamamaを繰り返す練習曲なんですが、mamamaの反復がとても辛い。ジャズギターでは4音コードが基本ですから、ふだんから4本の指を使っているつもりなのだけれど、こうして譜面の規則に従って弾いてみると、薬指がほとんど使えないことに気づきます。mamamaを何度も繰り返していると、肘の内側の筋肉が痛くなってくるんです。ふだん使っていない筋肉を使っている証拠ですね。要するに、いつもは3フィンガーが基本で、稀にしか薬指を使っていないんですよ。
 それで、弾けたはずの№1に戻ってみたんです。もちろん右手の記号がついてます。こちらはpamimimiの反復で、pimamamaよりも弾きやすいんですが、やはりうまくいきません。自由に弾けば弾ける曲なのに、右手の「基礎」に倣うとさっぱり動かなくなってしまって、しばし放心状態。ふつう我われの感覚では、4~6弦は親指、1~3弦を残りの3本でカバーするんですが、このエチュードの表記に従うと、4~6弦もpamimimi、すなわち4フィンガーで弾くことになっているんですね。これを克服するには相当の時間が必要です。いや、ショック!
 
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  1. 2007/08/21(火) 00:13:58|
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ブルーゼット

 「ブルーゼット」について書いていたら、無性にトゥーツ・シールマンスが聴きたくなってしまい、なにか良い音源はないか、とネットを彷徨っていたんですが、『ライブ・イン・ニューオーリンズ』というDVDに行きあたりました。これが2日前に届いたんですね、いや、もう最高、ごきげんなライブです。
 1曲めは「酒とバラの日々」(曲:H.マンシーニ)。ブラバンのアルト君、抜群の音源を探しましたよ。これで、「酒とバラの日々」という曲のすばらしさを十分わかってもらえると思います。ともかく、ハーモニカが歌ってるからね。ソリストというのは、こういうふうに演奏するんだ。こんなソロがとれる人はめったにいない、ほんとに。
 2曲はモンクのメドレー。「ラウンド・ミッドナイト」をイントロ風に一人で吹き、カルテットでの「リトル・ブッカー・トゥッティ」に流れていく。いいですよ! 
 このほか8曲全部を紹介する余裕はありませんが、とくにわたしのお気に入りは4曲めの「グリーン・ドルフィン・ストリート」(曲:B.ケイパー)。この曲、好きな人おおいんじゃないかな。あの乗りの良い出だしのところ、カッコいいもんね。
 以前、奈良の若草ホテルでジャズライブを演るラウンジがあって、宴会のあとの2次会はお決まりのように流れてったもんですが(その後、潰れてしまった)、そこでよく「グリーン・ドルフィン・ストリート」をリクエストしていたんです。すると、ベースを弾くバンマスが逆に訊いてくるのね。
   「どこかで、演ってんの?」
 わたしは答えた。
   「ウクレレ、演ってま~す・・・」

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 7曲めまでは、すべてピアノ・トリオをバックにしたクロマチック・ハーモニカの演奏。残念なのは、若いリズム隊の力量がやや落ちること。シールマンスのソロが終わって、ピアニストがソロをとると、曲が変わってしまったように聞こえる。同じプロと雖も、実力差はどうしようもない。たぶん、若いプレーヤーたちはバークリー音楽院あたりで高等教育を受けたエリートなんでしょうが、とても叩き上げの職人芸に敵わないのです。
 で、最後の8曲めが、お待ちかねの「ブルーゼット」(曲:シールマンス)。いや、凄い。音だけは何度も聴いてきましたが、映像をみるのは初めて。口笛とギターで同じメローディを奏でるだけなんだけど、ユーモラスで爽やかで、これだったら「展覧会の絵」にだって勝てるよ。これは、ほんとうにだれも真似のできない演奏です。かりにTAB譜を手にいれてコピー演奏をしても、絶対に受けない。これはシールマンスでなければ、だれが演っても駄目でしょう。渡辺香津美は、よくこんな曲を別のアレンジでカバーしようという気になるもんだ。演るだけ無駄だって、分からないのだろうか?

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  1. 2007/08/20(月) 00:06:25|
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訃報

 突然のメールに驚いてしまった。
 ある音楽仲間が急死したというのだ。
 古い友人ではない。六弦倶楽部にかかわる活動で知り合った方で、つい最近一緒に演奏したばかり。年齢はわたしより若い。たぶん40歳前後だろう。屈強な体格をされていた。
 それが、「就寝中の突然死」だというのである。
 この熱さが関係しているのだろうか。
 じつは、わたしも冷やひやしている。このところの関西の熱さは異常で、空調なしにはとても眠れないのだが、目覚めると、体のあちこちがズキズキ痛む。クーラー病以外に理由が考えられない。血のめぐりが悪くなっている。空調をとめて熱いのを我慢していると、そのズキズキは緩んでくるし、風呂に入ると体調はよくなる。
 もともと血圧は高いほうで、2週間に1回のペースでホームドクターのもとに通い、問診をうけ、血圧を測定してもらっている。そして、10年以上アムロジンを服用し続けているのだが(1日1錠)、盆休みで切れてしまい、患者のアムロジンを分けてもらっているところ(患者の血圧は低いが、予防のためアムロジンを服用している)。この熱さと空調が原因で血行がおかしくなり、頭の中で血管が破裂したら、わたしも一貫の終わりだ。人ごとではありません。
 残された家族の方々のことを思うと、言葉になりません。

 故人はギターをとても愛されていました。さいわい、このまえ撮影した演奏中の写真が5枚ばかり残っており、そのデータをお送りした。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


  1. 2007/08/19(日) 00:53:45|
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世界恐慌

 昨日もベトナム調査のための準備に動いた。前日ほどではないが、やはり熱いですね、ど熱いですわ。
 まず日本円をUSドルに替えました。ベトナムではUSドルが標準通貨なんですが、ベトナムの空港やホテルはもちろん、関西国際でもエクスチェンジの手数料は相当なもので、ずいぶんマージンをさっぴかれてしまうんですよ。だから、日本のちゃんとした銀行で両替しておくにこしたことはないのです。それに、ご存じのとおり、この1週間の「円高ドル安」の状況があまりにも強烈ですからね、いま替えておけば損はないだろうと判断した次第です。
 しかし、それにしても、この為替と株安の動きは尋常ではありませんね。日本円が強いのではなくて、アメリカがひとり転んで、ドルが弱くなって、全世界の投資が冷えこんでしまっただけのことですからね。じつは、小生、某大手銀行を通して海外投資にも手をつけているものだから、とうとう不安が払拭できなくなり、担当者に電話をしてみました。その女性担当者は言うのです。

  「この土・日にアメリカがなんらかの声明を発表しない限り、ドル安はさらに続き、
   1ドル110円を割る危険性もでてきています」

 こりゃ、えらいこっちゃ。海外投資と言っても、読者のみなさんからみれば雀の涙のような額かもしれませんが、小生にとっては「なけなしの大金」だったりして、「売り」に出すか、とどめるか、じつに難しい判断を迫られているのです。
 こういう海外投資は2~3年もっておくのが常識です。為替の変動に関係なく、一定の分配金が支給されるので、長くもっていれば元はとれるんですが、じつはその長くもっていてわずかに得をしたファンドを売りさばき、先月新しい投資に切り替えたばかり。だから、ここでもう一度「売り」にでれば大きな損失を招いてしまいます。

 ここは様子をみるほかない。逆に今は「買い」時なんですよ。今、買っておくと、リバウンドがきてドル高になれば大儲けできますからね。しかし、もうそんな余財はありません。ともかく、じっと我慢をするしかない。これで、このままドル安が進めば、間違いなく「世界恐慌」です。
 まさか「世界恐慌」にはならないだろう。近々にアメリカ政府は、為替暴落の導火線となった住宅金融ローン(でしたっけ?)の会社に公的資金(税金)を投入すると発表してくれるであろうと期待するしかありませんね。
 この週末から来週にかけてが大きな山なんだけど、21日から31日までベトナム。えらいことだ、解約するにもできないではないか。


  1. 2007/08/18(土) 03:00:14|
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雑魚釣りの快楽(Ⅳ)

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3年越しのホームシック
 私の地元大分県、四方を山に囲まれた盆地に祖父の家はある。未だ携帯の電波の届かぬところだ。庭にある鯉の泳ぐ池を抜け、山道を少し歩くと緑に囲まれた小川に出る。清流と呼ぶには程遠いが、まぁそれなりに川遊びができる。鳥取に出てくるまでは、夏休みの度に祖父家へ遊びに行き釣りをしていた。大物がいるわけではないその川で、何も考えずに糸を垂らす。名もなき川は、いつしか私の原風景へとなっていった。

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 一昨日(8月12日)は先生に連れられ、ゼミの4年生全員と雑魚釣り兼バーベキューをしながらの夏休み卒論課題設定会議をおこなってきた。凄まじい強風の中、まず、ザコツリストA教授を師匠に、未経験のはるのさんととまとさんはハリスの結び方などをレクチャーしてもらっていた。風邪ひきけんボーと私はその補佐をしながらバーベキューの下準備をした。3本の竿の準備が整い、入水。餌となる川虫を探す。モスラの幼虫のミニバージョンを前に、女の子二人は落ち着いていた。なかなか肝っ玉が据わっている。とまとさんにいたっては、時間が経つにつれ「かわいい」という言葉がでてきたほどだ。餌のつけ方を教わり、流れのゆるいポイントを狙って竿を振る。ザコツリストの針が獲物を捕らえた。なかなか幸先のいいスタートだった。しかし、それからが大変だったらしい。荒れ狂う風のおかげで、竿を振るたびに釣り糸が絡まっていたのだそうだ(ちなみに私は一人別のポイントで、ゆるゆると糸を垂らしていた)。

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↑アブラハエの大物をゲット ↓めったに釣れないシラハエの雄
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 と、すったもんだがありながらも釣果は上々。全部で19尾釣り上げることができた。初体験のとまとさんは大物を釣り上げ、はるのさんは彩色豊かな雄のシラハエ(オイカワ)を釣り上げることができた。日も暮れたので川からあがり、けんボーをコックにバーベキューを始めた。山の緑、川の青、夕暮れの藍と炭火の赤が入り混じる風景に、はるのさんは「いい、いいわぁ」としきりに感心していた。我々は、A教授から出された夏の課題と不安を胸に、帰路についた。

 遠くで花火の音が聞こえる。鳥取市の夏を彩る市民納涼祭の花火だ。火花が散るたびに心の中にある一つの思いがわいてきた。鳥取へ来て3年ちょい。初めてのホームシック。病んでるなぁ。(チャック)

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  1. 2007/08/14(火) 02:08:19|
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常忍寺のグリーンスリーブス

 8月11日(土)。今日も昨日に引き続き常忍寺本堂・客殿の調査をおこなった。主に昨日の補足調査だが、手がすいた者は寺町O家住宅の実測にまわることになっていて、調査開始時にまず教授が問う。
  「今日の役割分担は?」
 昨夜、データ整理はしたけれども、打ち合わせはしておらず、リーダー格の某大学院生はしどろもどろ・・・このあたりから不穏な空気がうっすらと流れ始めた。
 結局、常忍寺での人員配置は以下のようになった。
  ・平面図へ虹梁・長押の位置を記入(Mr.エアポート:本堂、とまとさん&U君:客殿)
  ・調書記入(本堂&客殿:浅川先生)
  ・配置図のハンディトータルステーション測量(某大学院生、部長)
  ・屋根裏への経路確保(チャック)
 この調査が終了後、各自次の作業に移った。
  ・O家の実測調査(とまとさん&U君)
  ・本堂屋根裏写真撮影(チャック、Mr.エアポート)

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 屋根裏に入るのは笹尾神社以来であった。Mr.エアポートと二人、汗をかきながら棟札がないか、宝はないかと梁や桁の上を動き回り写真を撮ってまわった。
 昼食を挟み、Mr.エアポートと部長が鳥取市の一大イベントである「しゃんしゃん祭」に参加するため現場を離れた。とまとさんとU君は引き続きO家での実測調査に向かい、私と某大学院生は客殿の腕木の拓本を取るべく常忍寺へと帰った。
 O家の二人が帰ってきて調査が終了したのは15時。各自課題を抱え、現場を後にした。盆の静けさを取り戻した常忍寺に、呼び鈴代わりのグリーンスリーブスが鳴り響く…(チャック)

  Oh, why did you so enrapture me ?
   ああ、なぜ貴方は私をこれほど狂気させるのか?
   (Copyright (C) 1998-2006 WORLDFOLKSONG All rights reserved.)

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↑ ハンディ・トータルステーション。ベトナム水上集落の測量用に購入した器材を実験的に使用してみた。GPSの座標を取り込める。

  1. 2007/08/11(土) 23:02:11|
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チャックの青谷問答記(Ⅰ)

 昨日は午後から常忍寺の調査を先生と抜けだし、鳥取県埋蔵文化財センター秋里分室でおこなわれた青谷上寺地遺跡出土建築部材検討会にオブザーバーとして参加させていただいた。青谷上寺地遺跡の建築部材で卒業論文を書く私にとって願ってもないことである。今後の事を考えての先生のご配慮だった。細かな事は割愛させていただくが、普段の「パチンコ」の「パ」を取ったり付けたりして遊ぶ先生とはまた違った顔を見ることができた。

20070811025107.jpg

 その会で私は初めて遺跡から出土した建築部材に触れた。PEG(ポリエチレングリコール)で処理されているものの、外見はもちろんのこと、触感も古民家の使い古された柱材をなでているようで暖かみがあった(註:PEG処理法とは、出土した木材の水分を抜きポリエチレングリコールを含浸させる保存処理の方法)。部材が経てきた歴史に思いを馳せていると、まもなく出土部材についての意見交換が活発になされた。さすがというべきかなんというか、飛び交わされる専門用語(といっても、建築をやる人間にとってはごく当たり前の用語なのだろうが…)に翻弄されている自分をよそに、先生ともう一人の検討委員である某学芸部長さんは垂木一本から弥生時代の建築を再構成していく。
 以下は特に話題にのぼった部材を、私が理解し得た範囲で書き連ねたものである。また、部材番号については、青谷上寺地遺跡出土建築部材データベースにリンクしている。類例が正しいかどうかはわからないが、参考にしていただきたい。

①KJA43476→リンク先:類例KJB6730
 全長4100㎜。出土した垂木から先生が仮復元してみた建物の「梁」になるのではないかと予測された材。ちなみに茶畑第一遺跡掘立柱建物12の梁(4800㎜)よりひとまわり短い。
KJB14143
 全長3300㎜。正方形(130×120㎜)に近い角材、壁小舞の痕跡(間渡)らしきものが残る。浅川先生は平屋、某部長は一部に残るアタリから高床と推定された。上端に輪薙込の仕口がついている。
③KJB13810→リンク先:類例KJA42256
 全長3890㎜の垂木。丸材である。
④部材番号?→類例:KJA44132
 全長3980㎜。KJB13810を90㎜上回る角材の垂木。ケラバで妻壁と接する材か。取り上げ番号(KJA~)を押さえる事ができなかった。
KJA36391
 全長5000㎜。データベースでは「大引?」となっているが、検討会で「桁」ではないかとの意見が出た。この材のみで一本の桁ではなく、左右対称の材が2本が組み合わさっていたのだろうと推測された。
⑥KJA43246→類例:KJA43083
 全長2600㎜。材の両端に「欠込み」がしてある。典型的な屋根倉系建物の根太(梁?)と思われる。類例には「梁」と出ているものを持ってきた。

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↑↓垂木の長さから断面図を作成していくプロセス(梁間が4300となっているが、4100の部材がみつかり、軒の出を700に修正した) 
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 今回は③と④の垂木を中心に弥生時代建築の仮復元を先生が試みている。ここからは数学になるので、苦手な方は答え(写真)のみどうぞ。
 垂木③を斜辺に持つ直角二等辺三角形の底辺を求めるには、垂木③の長さ3890㎜にCOS45°をかければよい。3890×1/√2≒2750 この値を2倍すると、2750×2=5500 ここで軒の出を600㎜と仮定すると、梁の長さは5500-1200=4300 
 茶畑第一遺跡掘立柱建物12の復元建物(2004年3月)の梁は4800㎜となっているため、今回の垂木③を基にした復元建物は茶畑のものよりもやや小振りのものになると仮定されるが、いわゆる「大型掘立柱建物」の部材である可能性は非常に高いと先生はおっしゃった。

 長々と書いてしまった。各部材に対する認識に誤りがあるだろうが、ご容赦いただきたい。なにはともあれ青谷上寺地がまた動き出した。このプロジェクトに関われる事を幸せに思い、今後とも精進していきたい。
 最後になりましたが、各関係者の皆様、厳しくも暖かいご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。(チャック)


  1. 2007/08/11(土) 01:38:16|
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猛暑の常忍寺実測調査

 今日は市内行徳にある常忍寺本堂・客殿の実測調査を行いました。鳥取市が本堂の「登録文化財」申請を準備しているためだそうです。調査内容と担当者は、
 ・本堂の平面図をとり、実測する(エアポートさん)
 ・常忍寺全体の配置図兼屋根伏図をとる(部長&書記)
 ・客殿の平面図をとり、実測する(1F デザイン2年U君、2F とまとさん)
 ・拓本をとる(某大学院生さん&タパさん)
 ・写真を撮る(浅川先生&某大学院生さん)
              ・・・といった感じです。

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 暑い暑いと言いながらの作業でしたが、それもそのはず、本日なななんと最高気温36℃!!(ほぼ体温!!) また、調査中にまさかの改修計画図面を発見!!・・・という予想外の出来事も起こりましたが、各自担当の仕事をせっせとこなしたのでした。
 私は部長と歩数&目視をもとに配置図に初挑戦。途中改修図面が出てくるというハプニングが起きましたが、全体の形を確認するだけでも四苦八苦していた私たちにとってみればラッキーハプニング。その図面をもとに屋根伏図を書き足していきました。しかし、それでも大苦戦。外をまわって・中から覗いて、とあっちこっち移動しながら複雑な屋根のつくりを確認するので、たった数分でへとへとになってしまいました。この時期の調査の日に帽子を忘れるものじゃありませんね。とても実感しました。

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 そして本日建物の初スケッチ&初実測のU君も、素早い作業で見事本日の役割をこなしました。これは今後に期待大です。
 本日自由に調査をさせてくださったり、サポートしてくださった皆様ありがとうございました。明日もよろしくお願いします。(書記)

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  1. 2007/08/10(金) 23:08:00|
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