Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

月太郎さんへ

 なんとかかんとか「ホーボーズ・ララバイ」の連載を終わらせることができました。掲載の度に「拍手」にコメントを頂戴し、とても嬉しく思っていたのですが、どうしたら返信できるのか分からないので、今日まで返事が遅れてしまいました。申し訳ありません。
 六弦倶楽部の第3回練習会で、月太郎さんの弾き語りを聴いたときから「ホーボーズ・ララバイ」にやられてしまったわたしは、以来、何枚ものCDとDVDを買いあさり、「フォーク」という音楽について考えはじめました。そして、やっぱり自分はフォークが好きなんだということがよく分かりました。
 ありがとうございます。

 しかし、それにしても、なにより驚いたのは月太郎さんのニックネームが「月太郎」ではなく、「ディラン」だったことです。9月24日のコメントではニックネームが「ディラン」になっており、10月15日のコメントではそれが「月太郎」に変わってはいましたが、文章の最後に、

   「ところで私はなぜ月太郎なのでしょう?」

と書いてあるではありませんか。いや、たまげました(お互いさまですね)。

 わたしがニックネームを誤解したのは、同じく「拍手」のブログに「月太郎」さんがコメントされていたからです。例の「浴衣でフォークの会」の直後のことでした。わたしが「かぐや姫は苦手だ」と書いたブログ記事に対して、

   「かぐや姫が苦手なんですね。そういう人、やっぱいるんだー」

というコメントがあったのです、「月太郎」さんから。わたしがなぜディランさんを月太郎さんに間違えたのかというと、六弦倶楽部の第2回練習会で、たしか何名かで「22歳の別れ」を演ろう、ということになったときディランさんは「わしはこういうのは演らんだけ」と言ってステージを離れられた記憶があったからです。
 わたしの完全な思いこみか、記憶の誤りなのかもしれません。

 今度の第4回練習会(@加藤家住宅)にはもちろんいらっしゃいますよね。できれば前夜祭からお付き合い願えませんか。「ホーボーズ・ララバイ」で音合わせしてみたいですね。あと「500マイル」とか「風は激しく」とか、いい曲がいっぱいありますよね。よろしくお願いします。

 それにしても、本物の「月太郎」さんって、いったいだれなんだろう?


  1. 2007/10/29(月) 20:59:35|
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ホーボーズ・ララバイ(Ⅲ)

 「ホーボーズ・ララバイ」連載の最後は、日本のフォークについて書こうと決めていた。ひとつには、シューベルツの「さすらい人の子守唄」のことが頭にあったからである。シューベルツのデビューシングル「風」の詞がディランの「風に吹かれて」を意識したものであるのと同様に、シングル2作めの「さすらい人の子守唄」が「ホーボーズ・ララバイ」の日本版であることもおそらく間違いない。ふたつの歌の作詞はいずれも北山修である。
 北山修はフォーク・クルセイダーズのメンバーであった加藤和彦やはしだのりひこだけでなく、今夜の主役となる坂庭省悟にもたくさんの歌詞を提供している。

 奈良の自宅に戻ったら、京都のプー横町から2枚のCDが届いていた。

    坂庭省悟『ホーボーズ・ララバイ』(2002)
    坂庭省悟トリビュート『やくそく』(2006)

 坂庭省悟(1950-2003)は日本のフォーク&ブルーグラス界を代表するマルチ弦楽器奏者にしてシンガー・ソングライター。1970年に「はしだのりひことクライマックス」に参加し、はしだ・坂庭作曲の「花嫁」が大ヒットした(もちろん作詞は北山修)。クライマックス解散後、1973年から「高石ともやとザ・ナターシャー・セブン」に参加。10年以上も高石と行動をともにするが、84年にナターシャー・セブンを脱退し、「笠木透とフォークス」に加わった。フォークス時代には、88曲ものオリジナルを作曲したという(それ以前はわずか2曲だけ)。1990年代に入って、中川イサト、高田渡とのトリオ「ウェバリー・ブラザース」を結成。ソロやセッションで活躍し、97年に初のソロアルバム『ぼくの古いギター』(入手不可能?)、99年に2枚めのソロアルバム『別れのうた』を発表した。
 『ホーボーズ・ララバイ』は坂庭の3作めのアルバムである。以下に収録曲を示す。

  1.500miles  2.さすらい  3.遠い街 ~Merry Kiss the Quaker
  4.夏の雲  5.夜汽車/Uke Pick Waltz  6.Bill Cheatham
  7.初恋  8.Gentle on My Mind  9.二月のうた/The New Land
  10.Hobo's Lullaby

 坂庭のデビュー・アルバム『ぼくの古いギター』をわたしは聞いていないが、その宣伝文を読むと、すべての収録曲が外国曲に日本語の歌詞をつけたものであるという。対して、2作めの『別れのうた』は全曲がオリジナル(このアルバムも注文中でまだ聞いていないけれど、大半は上記トリビュートアルバムに収録されている)。そして、3作めの『ホーボーズ・ララバイ』は「夏の雲」以外の9曲を再び外国曲の日本語訳詞で歌っている。とくに1曲めの中川イサト訳詞「500マイル」と最後の谷山真生訳詞「ホーボーズ・ララバイ」は絶品である。「ホーボーズ・ララバイ」は坂庭のバンジョーと松田幸一のハーモニカが抜群のアンサンブルをみせ、アーロ・ガスリーの弾き語り(チェロ伴奏付き)に一歩もひけをとらない。歌詞カードがついてないので、詞はCDから聞き取るしかないが、ここに書き留めておく(間違いがあればご寛恕ください)。

      まちからまちへ ながれながれて
      たびをすみかに うたってくらす
        (上2行がRepeatパート)
      たどりついたまちが こんやのねぐら
      はじめてあおぐそらの ひとよのやみに
        (Repeatパート)
      ふるいなかまの すむまちにきて
      のんでうたえば よるはみじかい
        (Repeatパート)
      またあおうと やくそくしないでいこう
      たがいのいのちの あすはしれない
        (Repeatパート)
      たびのおわりは たびのそらのした
      ながいねむりが まってるはずさ
        (Repeatパート)

 これは訳詞というよりも、むしろ原詞のイメージをとどめる作詞とよぶべきものである。それにしても、運命は悲しい。『ホーボーズ・ララバイ』を発表した翌年、坂庭は癌のため53歳で逝去する。まるで、その宿命を知っていたような歌詞ではないか。
 『ホーボーズ・ララバイ』のライナー・ノーツを締めくくる坂庭自身の言葉を引用して、この連載のフィナーレとしたい。
  
   とにかく365人の親しい友だちをつくる。僕も早く逢いたいし、
   君も早く逢いたいと想えるようなそんな仲のね。そして、一年に
   一度でいいからって「一宿一飯」にあずかる。もちろんお礼に
   歌なんか唄って、たぶんいやおそらく歓待は間違いない。
   なにしろ一年に一度なんだから。回遊魚のごとく毎日毎日違う
   友だちの歓待を受け一年が終わる。そのうち何処かで行き倒れる。
   その時に備えておきたいのが、野村たかあきちゃん(「鬼」の版画家)
   原案による「畳Tシャツだ」! フロントとバックに畳の絵をプリントしておく、
   するてぇと何処でどう倒れたとしても畳の上であの世へ行ける寸法だ。
   一年に一度会ったとしても十年でたった十回しか会えないのだものね。
   さあ、また明日になれば大好きな君に会いに、僕のさすらいの旅が始まる。 

 今夜もまた「音楽」について考えさせられた。人の胸を打つ音楽とはいったい何なのか。2枚のCDが問いかけてくる。(完)

  1. 2007/10/29(月) 00:18:33|
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asa

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