Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

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エドクラストンを弾く(Ⅰ)

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 お待たせしました。先日おこなわれた六弦倶楽部第5回練習会のレポートです。
 いや、今回は「欠」の可能性大だと思っていたのですが、会の始まる36時間前にようやく参加を決断し、代表にメールを送ったのです。「欠」もやもうえないと思っていたのは、今月13日にも記したように、前日に出張が入っていて、スケジュール的に非常に厳しい状況にあったからですが、じつは年があけてから少しギター熱が冷めていて、睡眠時間を削って新曲の練習をする気にならず、床に入っては漫画を読み耽っておったからです。
 実際、年末の山陰ギターオフ以来、わたしは新しい曲を練習していません。「マーリーの亡霊」と「プレリュード」の仕上げに励むのが精一杯の状況だったのです。で、まぁ3曲選ぶのに苦労しました。

 出張先から会場のカントリー・パブハウス「夢」になんとか辿り着いたのが午後1時。まる1時間の遅刻でして、もう演奏が始まっているものとばかり思っていたところ、新人の方の歓迎と新年の挨拶をかねた自己紹介タイムが終わるところでして、あらら、いきなりスピーチ?? それからワインで乾杯!。このワインみて、ヤな予感がしたんだよな・・・

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 今回、わたしはギターをもっておりませんでした。それで、あらかじめ会長にメールし、「一張羅でないギターをお貸しください」と頼んでおいたのです。代表は3本のギターを用意されておりました。ところが、2番目に歌ったキヨシさん(米子のえーちゃん)がもってるギター(↑)をみて、「これよいな、ネックが太くて12フレットのスチール弦、昨夜試奏したマーチンと同型だ・・・」と思い、いったんキヨシさんに「貸してくれませんか」とお願いして快諾を得たんです。なんたって、代表のギターは高級品ばっかしだかんね。代表の「一張羅でない」ギターは、われわれの高級ギターなんですから、傷でもつけたら最悪だしね。それに引き替え、キヨシさんのギターは1万5千円だっていうし、ボディにはすでに傷もついてるし、まぁ早い話、気楽だわね・・・なんちゃって、その気になっておりました。
 ところが演奏の順番(今回は7番)がまわってくる直前に、代表に呼ばれてギターみせてもらったら、ヨロめいちゃった。1台目のギターで納得してればよいものを、代表が「もっとネックの太いのがありますよ」と言われるので、それに触ったら、「あっ、これ、いい」と体が反応してしまった。
   「これ、お借りしていいんですか?」
とお訊きすると、代表は、
   「いいですよ、あっ、チューニングはオープンDですから
    適当に変えてくださいね!」
とおっしゃる。

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  1. 2008/01/31(木) 00:15:23|
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御茶ノ水の楽器屋さん

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 御茶ノ水駅から外にでた瞬間、「あっ、ここか」と思いだした。

 ギターを愛するみなさん、わたしは御茶ノ水の楽器屋さんを冷やかすために東京まで出張にいってきたわけじゃありませんよ。資料集めのために某私学を訪問しようと、アクセスマップを頼りに動いていたら、たまたま御茶ノ水で下車することになったんです。
 東京は賑やかでよろしいね。楽器屋さんだらけの町があるんだから。ハノイのようなインチキな店はありませんしねぇ。御茶ノ水の場合、なんと言っても目をひくのは、マーチンの代理店「クロサワ楽器」。いったいいつ以来だろうか、この街を歩き、この店に入るのは。
 某私学での集合時間まで少し余裕があったので、店を冷やかした。マーチンは2階にまとめて陳列してある。そこの壁一面に「アルハンブラ」というメーカーのフォークギターを発見。その名のとおり、スペインのメーカーで、もちろん元はクラシックギターのブランドなのだが、フォークギターも作るんだ・・・手に取る余裕はなかったけれど、帰りにもういちど寄ってみようと決めた。

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 仕事は午後5時に終わった。もちろん何軒かの楽器屋さんを冷やかした。わたしの憧れグレッチがずらりと並んでいる店があった。チェット・アトキンスモデルも束になっておいてある(↑)。いちばん高いのは210万円だって。ショウケースの向こうに陳列してあって、もちろん買えるわきゃありませんし、さわらせてももらえない。あの、アームをビヨョ~ンと振動させて、軽やかなカントリーを弾いてみたいもんですね。

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  1. 2008/01/30(水) 01:34:01|
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大城さんがやってきた!

 今日のゼミはいつもと違って月曜日。編集長となんとか頑張って作ったパンフをチェックしてもらうと、やっぱりたくさんの修正点が見つかりました。そんなゼミ室にひょっこりと見覚えのある人が・・・
  「こんにちはー」

 そう、大城さんがやってきました。ゼミ室にはすでに大城さんのお土産が置いてあり、私もお昼に学食で大城さんを見ていましたが、ちゃんと会話を交わすのはゼミの時間が初めてでした。久しぶりの大城さんは、以前と変わらないように見えました。そんな大城さんに編集中の加藤家のパンフを見てもらうと、「懐かしい」と何度も口にされてました。また、大城さんに会う機会もそうあるものではないので、インタビューもさせていただきました。突然の申し出でしたが快く受けていただけました。

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 インタビューをする中で、「いろんな方と接して、ものに感謝するという気持ちを教えてもらった」という大城さんの言葉がとても印象に残りました。さらに「パンフも感謝の気持ちを持ってやればいいものが出来る」とアドバイスをいただきました。
 いろんなものに感謝する、させてもらっているという気持ちをずっと持ち続けている大城さん。そんな大城さんに教えてもらった「つらくても楽しく」という気持ちを持って、加藤家のパンフ作りにますます励みたい!(部長)

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  1. 2008/01/29(火) 00:37:23|
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武田勝頼(Ⅱ)

   武田の旗を京都に立てるを見ることなくして死ぬことは
   まことに残念である。余が死んでも三年間は死を秘めて置き、
   その間に勝頼は武田の統領としての地位を確定せよ。

 この有名な「信玄遺言」が武田家の統率を乱す。信玄の後継者として勝頼の地位を不安定なものにしてしまうのである。戦国の世にあって、3年という時間は短いようで長かった。結局、3年を待たずして勝頼は甲斐の国主となる。しかし、信玄を神格化する名将や御親類衆とのあいだの溝はなかなか埋まらなかった。すでに、ここに悲劇がある。

 仔細は省略して、話を長篠の戦に移そう。この小説=漫画では「設楽ヶ原の戦」として語られる。なぜ武田は織田・徳川連合軍に敗れたのか。兵力を比較すると、武田方1万5千、織田・徳川方3万5千。そして、織田・徳川方には鉄砲3千丁がある。彼我の兵力の差を武田方が知らなかったわけではない。情報は十分もっている。しかし、織田方の武将の寝返り情報(ガセネタ)に惑わされながら、武田軍は撤退することなく、ついに陣太鼓を打ち鳴らした。
 武田騎馬軍団は負け戦を知らない。信玄から勝頼に至るまで、武田の本隊は連戦連勝。この不敗神話に対する過信が、武田敗北の源泉ではなかったか。
 なぜ武田軍は不敗であったのか。騎馬隊自身が強かったことはいうもでもない。信玄の采配も見事の一言。しかし、もう一つの要因を見逃してはいけない。信玄は負け戦をしなかった。厳密にいうと、「負けるかもしれない戦」を回避してきたのである。400戦負けなしで引退したヒクソン・グレイシーを思い出す。グレイシーは、とくに晩年(現役引退直前)、勝てる相手だけを選んで試合をしたと言われる。高田も船木も、グレイシーからみれば、絶対に勝てる相手として映っていたはずだ。
 信玄には危険を察知する能力があり、ここぞという場面で兵を撤退させる勇気があった。勝頼にもそれがなかったわけではない。勝頼も名将のひとりである。
 しかし、目の前に信長と家康がいた。馬除けの柵の向こうに信長と家康が陣を構えている。ここでふたりの首をとれば、天下が取れる。その誘惑が撤退する勇気を上まわった。もちろん、信長が情報戦をしかけ、武田軍の突撃を促したのだが、信玄ならば判断を狂わせることはなかったであろう。
 冷静に考えるしかない。織田方の鉄砲3千丁。季節は梅雨で、雨が降れば鉄砲が使えなくなる。とはいえ、鉄砲が使えなくとも兵力に2倍以上の差がある。信長が研究に研究を重ねた結果の作戦である。天下無敵の武田騎馬軍団を打ち破るには兵力が2倍以上必要であり、さらに鉄砲3千丁を加えれば自軍の傷手を最小限に抑えられる。
 サッカーに喩えるならば、甲斐は11人(イレブン)だが、織田・徳川は25人で試合をし、さらに飛び道具としてカカとメッシとルーニーを用意したようなものだ。FCバルセロナとガイナーレ鳥取がまともに試合をすれば、鳥取が負けるに決まっているが、鳥取のフィールド・プレーヤーが25人いたらどうなるだろうか?
 はたして会戦の朝、梅雨はあけた。日本一の騎馬軍団の名将たちは陣太鼓の音を聴きながら、鉄砲の餌食となって悉く血にまみれた。

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  1. 2008/01/28(月) 00:00:02|
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武田勝頼(Ⅰ)

 横山光輝の『武田信玄』全5巻は、昨年の大河ドラマの影響であろうが、アンコール版が出回っており、そこいらのコンビニの棚にも並んでいる。それにわたしは捉まってしまった。同じようなオヤジはたくさんいるだろうし、チャックのように、それを股読みしてはまっていく若者も少なくないだろう。
 老若を問わず、全5巻を読み終えた読者は、信玄という武将の偉大さを思い知らされる。かの徳川家康を蹴散らす宰相なんだから。家康を策にはめて浜松城外におびき出し、三方原の戦で壊滅的な打撃を与えたのはご存知のとおり。この一戦だけとっても、信玄の偉大さが分かろうというものだ。相手はそこいらの武将ではない。家康ですぞ。いくら甲斐の騎馬軍団が強力だと言っても、家康を倒すのが容易であるはずはない。家康を知略でも上まわらなければ勝利はありえないのだ。信玄は家康を兵力でも知略でも圧倒していた。事実、徳川軍は武田軍に何度も敗北している。結果、徳川とその背後にいる織田は、信玄と武田の騎馬軍団を異常に恐れ始める。そして、研究に研究を重ねていく。
 
    いったいどうすれば、武田軍を倒せるのか。

 信玄は家康が引きこもった浜松城を顧みることもせず、ただ京へ向かう。さぁ、いよいよ信長との決戦、というところまで兵を進めたのだが、持病の労咳が悪化し、息をひきとる。
 読者はみな思うだろう。信玄があと5年生きていたら戦国の世はどうなっていたのか。近江か京で織田と武田が対戦していたならば、果たしてどちらが勝ったのか。あぁ、残念・・・・という思いにかられながら、裏表紙のあたりをめくっていると、続編の『武田勝頼』全3巻の広告に目を奪われる。原作はもちろん新田次郎、画は横山光輝である。『武田信玄』全5巻を読破した者が『武田勝頼』全3巻を読みたくなならないはずはない。さっそくわたしはネットで『武田勝頼』全3巻を注文した。

 アマゾンを検索して驚いた。横山光輝の作品たるや、その数は無数と言ってよい。何度「次(頁)」をクリックしても、終わることがないエンドレス・ロードだ。ここまでくると、手塚治虫に匹敵する漫画家と位置づけざるをえないのかもしれない。ご存知のとおり、アマゾンで検索すると、売れ行きのよい順にその著者の本が並んでいる。ここでもういちどそのサイトを開いてみよう。予想どおり、横山光輝の売り上げトップは『三国志』。『平家物語』や『徳川家康』がそれに続く。『武田信玄』は第2巻が26位で初登場、第1巻の80位で全巻が揃う。一方、『武田勝頼』はしばらくでてこない。108位に第2巻があわられるも、3巻は254位、500位を過ぎて1巻はまだあらわれない・・・もうやぁめた・・・

 奈良に戻ったら『武田勝頼』全3巻が届いていた。文庫本だった。字が小さくて読みづらいが、帰宅したその夜、3巻を一気に読破した。
 悲しい物語である。 (続)

  1. 2008/01/27(日) 00:36:21|
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加藤家パンフと格闘

 今日の天気は吹雪、時々曇り。しかし、外も荒れ模様ですが、中も荒れ模様。なぜかって、加藤家のパンフと大乱闘中だから。時間がないのは分かっている。けど、まとまらない。進まない。たった16ページとはいえ、みんなに見てもらうものを作るっていうことが、こんなに苦しいことだとは最初は想像できていなかった。

  入れたいものが入らない!

  レイアウトがうまくできない!

  気の利いた言い回しができない!

ないないづくしの状態。それでもなんとかかんとか頑張ってます。

  すべてはいいパンフを作るために!   (部長&編集長)




  1. 2008/01/26(土) 00:13:23|
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湯たんぽ

 昨年10月の引っ越しの際、押し入れの奥から湯たんぽがでてきて、どうしようかと迷ったものだから、

  「これ、捨てちゃおうか?」

と患者に訊いたところ、彼女はぼっとした表情で、

  「もってたら」

と答えた。理由は言わないのだけれど。

 11月に初冠雪があり、あわててストーブをもち出した。アトリエのストーブはファンヒーターではない。古典的な照射型のストーブで、ホィッスル・ケットル(笛吹薬罐)を上にのせる。このエコなお湯で中国茶を楽しんでいる。コップに茶葉を入れて熱湯を注ぐのだ。茶葉をふうふう除けながら茶を啜る。大陸の人はみなこうしてお茶を飲む。1杯めよりも2杯め、3杯めが美味しい。こうした飲み方では、直火で沸騰した100℃のお湯が最適。自動湯わかし器の湯はちと温いでござるよ。
 
 寒い冬の深夜、家に帰ってあかりを灯す。まずアトリエのストーブに火をつけ、笛吹薬罐をのせる。それから、隣の畳部屋(居間兼寝室)の石油ファンヒータのスイッチを押す。スイッチを押すと、気温が表示される。最近、2~5℃ですね。ここから温度がなかなか上がらない。これが木造建築の最大の欠点だとしばしば思う。マンションが羨ましい。夜だと8℃前後までしか上がらないのだから。薄ら寒いけれど、ヒーターの前に陣取り、しばし余暇を過ごす、必ずギターを抱えながらね。
 しばらくすると、アトリエの薬罐が笛を吹き始める。深夜に中国茶は飲みません(眠れなくなるから)。お湯はたっぷり湯たんぽに注ぎ込む。そして、湯たんぽを布団の中へ。ストーブのスイッチがオフになったのを確認してから、ぽかぽか布団に潜り込む。引っ越しでみつかった古い湯たんぽは、見事わたしの日常生活に定着してしまったのである。エコでしょ。さすが環境大の教員だわね、なんていい気になってたら、今年は湯たんぽがブームだって新聞に書いてあるじゃないの。
 たとえば、昨年12月10日のブログに朝日新聞の1面を転載しているのだが、そこに「湯たんぽ・綿入れ 見直そう」という宣伝見出しがみえますね。なんだ、みんな湯たんぽしてるんだ・・・おれひとりのエコじゃないんだ・・・って、ちょっぴり残念だった。

[湯たんぽ]の続きを読む
  1. 2008/01/25(金) 02:17:20|
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タンカンもって笑って -卒業アルバム記念撮影

 最近のブログ熱にうなされて教授は筆休め。今夜は教授にかわって私チャックが、研究室の近況をお伝えいたします。

 本日午後3時に研究室の4年生と左サイドハーフ君の計5名が、4409演習室に集合しました。卒業アルバムに載せる集合写真を撮るためであります。当初は昨日撮影の予定だったのを、肝心の4年生の集まりが悪く、卒業アルバム委員会の方に無理を言ってスケジュールを変えてもらいました。どうもお手数おかけしました。

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 そんなこんなで演習室に入ると、ほのかな柑橘系の香りが漂ってきます。その香りの主は、ハルノさんの実家、沖縄より舞い降りたタンカンちゃんであります。大きさはバレンシアオレンジぐらいで、熟して黄色くなったゆずの感じ?がします。ハルノさんによると、見栄えは悪い(農薬ではなく網をかけて育てるため)が味は良し。硬い皮におおわれており、剥くにはそれなりに時間がかかるのですが、実は程よくしまり、口に頬張ればまるで沖縄の春を先取りしたような甘さが・・・。とまぁ馬鹿な口上はやめにして、とりあえず初めて食べたタンカンはとてもおいしいものでした。どうもご馳走さまでした。

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 撮影は順調で、みんなでタンカンをもち、某大手テレビ誌のノリでカメラに向かいました。その後、卒アル委員会よりわたされたアンケートを書きました。質問には、大学のお気に入りスポットや、鳥取でよく通ったお店などを記入する欄があり、ちょっぴりセンチな気分に浸りました。右も左もわからない鳥取に来て1週間、両親との電話以外はろくに人と会話をする機会もなかったあの4年前。それを思えば、いまの私は大変恵まれているように感じます・・・と、だらだらと思い出にひたってはいけません。私には他に書かねばならぬことがあるのです。まとめなければならない成果があるのです。書いて進まなくては、郷愁の海へと溺れてしまうのであります。

 来週31日(木)の、卒論と梗概集の提出締め切りまであと1週間。そろそろラストスパートです。しかし!右手には教授の間者よりもたらされた「風林火山」の文字が・・・!?これがすべてを忘れさせてくれるんですねぇ・・・あぁ、ついに「火」の章に手が届く・・・あ、ちょっと川中島まで行きたい・・・ある意味寝れないかも。でもちょっとその前に、少しずつでも書かんといけん。書くっきゃないよぉ。(チャック)

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↑謎のカメラマン
  1. 2008/01/24(木) 01:54:49|
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「歩け、あるけ、アルケオロジー」発表会!

 連日の雨雪が奇跡的にストップ。薄ら晴れの空の下のなか、なんとか発表会が終わりました。これから打ち上げ。肉、にく、ニクという要望が高かったので、焼き肉屋さんに行ってきます。フトコロわびしいんだけどな・・・
 というわけで、文章はなし。写真の速報でお伝えします。

10:50~ 指定聴講 山田班「石窯作り」を見学。ピザをたくさん頂戴しました。この日、土器焼き指南役のK先生は仕事で不参加でしたが、妻木晩田関係の方がた3名が来学されました。
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11:30~ ポスターセッション「歩け、あるけ、アルケオロジー」
 12講義室横の展示スペースで衣・食・住・土器作り班に分かれて発表。
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↑衣(籠・編物・貫頭衣)
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↑食(赤米粥・蛤汁・鴨焼き)
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↑土器作り
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↑住(竪穴住居の復原模型)


[「歩け、あるけ、アルケオロジー」発表会!]の続きを読む
  1. 2008/01/23(水) 00:49:12|
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講評会&発表会のお知らせ

 みなさん、昨日のブログみてくださいよ。コメントが3つも入っているんだから。うち1つはわたしのリプライですが、いずれにしても、滅多にないことです、
 1つめのコメントは「未公開」になっているでしょ。ふふふ、「未公開」なんだから、だれがくれたのかしゃべってはいけない。だども、女性ですよ、人妻だす。歴史小説好きの方だそうでして、お目にかかったことはないんですが、ふふふ、わたしにも薔薇色の未来が開けてきたかもしれませんな・・・

 2つめのコメントは、なんと鳥取出身の東大生(正確には院生?)さんからです。昨年2月22日の「東大のスターバックス(Ⅱ)」でとりあげた「東工大×芸大×東大」の卒業設計展&合同講評会について、今年のスケジュールをお知らせいただきました。ありがたいね。
 卒計展の期間は2月14日(木)~3月1日(土)。合同講評会は3月2日(日)@東大安田講堂とのこと。コメントくださった学生さんは、どうやら昨年の1等受賞者のようです。将来超有望の鳥取人ですねぇ、羨ましいな。鳥取出身の学生と言えば、ドイツ・ワールドカップ期間中に西安の留学生さんからもコメントを頂戴したっけ。

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 さてさて、本学はと言えば、プロジェクト研究発表会イブでして、われらが「歩け、あるけ、アルケオロジー -弥生の暮らしをたずねて-」班の1・2年は展示準備の真っ最中です。正確にいうと、「土器製作班」を除いて準備は終わっており、いま演習室で「すきや」の牛丼を馳走しておりました。もうちょっとだ、ほいこらっ、頑張れよぉ!
 明日の予定をお知らせしておきます。

  10:50~11:20 指定聴講「セルフビルダー養成講座-窯でパンを焼こう-」
  11:30~12:00 「歩け、あるけ、アルケーオロジー」発表
      *12講義室前のギャラリーで発表後、山羊小屋前のテントに移動し、
       古代食の試食会!

 なお、御所野縄文博物館の高田館長から「蕎麦の実」を大量に送っていただきました。1年男子T君が今夜、炊飯に挑戦します。出雲風土記の丘で頂戴した赤米ともども試食会に活用させていただきます。
 
    ありがとうございました!

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↑殻付きの蕎麦の実をみたのは初めてのこと。発表会では、これを白米のように炊きあげ、お粥の上にふわりとのせる予定。



  1. 2008/01/22(火) 00:15:52|
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間者感激

 2日めの試験監督はなし。おかげさまで、ゆっくり眠らせていただきました。正月明けから睡眠薬代わりに読み続けていた横山光輝の『武田信玄』(新田次郎原作)5巻もすでに読破し、昨夜はさいとうたかおの『影狩り』を読んで寝た。
 要するに、忍者づいているのです。間者というべきか。昨年、大河ドラマの主役となった山本勘助は『甲陽軍艦』に記された信玄の軍師としてイメージが定着しているけれども、実在を疑う史学論文すら発表されており、どのような人物であったのかまったく分かっていない。『武田信玄』の原作者・新田次郎は勘助を名うての「間者」として小説に登場させている。しかも2重スパイ。もとは今川の間者であったが、今川と武田の同盟関係から武田にも仕えるようになり、両藩の情報を二人の主君に流していたという設定である。新田の原作で興味を引くのは、桶狭間の戦で勘助が暗躍するシーン。桶狭間の民家に義元が雨宿りしていることを信長に知らせたのは勘助で、勘助にその役割を指示したのは信玄ということになっている。勘助は織田勢が近くまで来ていることを義元にも知らせるのだが、義元はそれを知っても動かなかった。勘助にすれば、義元への義理は果たしたことになる。
 以上は史実ではないだろう。しかし、桶狭間の見方が変わった。上洛したい武田にしてみれば、いくら同盟関係があるとはいえ義元に先を越されたくない。だから、背後から今川を突いた。兵力で突いたのではなく、情報で突いたのである。

 横山光輝の歴史漫画はおもしろい。漫画界の司馬遼太郎といったところだろうか。小学生のころ読んだ「伊賀の影丸」や「仮面の忍者赤影」が体に刷り込まれていて、あの剽軽で暖かい漫画の世界に自然と夢中になっていく。伊賀の影丸や飛騨の赤影は妖術使いを打ち破るスーパースターであり、昭和30年代の小学生たちは毎日のように忍者ごっこに明け暮れた。忍者の実態が大名や幕府に雇われた間者であることなど知るよしもなく。

 いつの時代も戦さは情報戦であり、ライアー・ゲームだ。ライアー・ゲームの必勝法は敵方に内通者をつくること。内通者を中国語で「裏通」あるいは「裏通外国」という。また、「特務」とか「特務員」という表現もある。「裏通」なら素人にもできるが、「特務」はプロにしかできない。訓練された「忍びの者」である。


  1. 2008/01/21(月) 00:15:21|
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日本のいちばん長い日

がいま終わった。嘘じゃありませんよ、わたしの実感として、センター試験の入試監督を務める1日が一年でいちばん長く感じるんだから。大きな大学の先生たちが、

    「ねぇ、今年はあたってるの?」

なんて会話してるのを聞くと、アッタマ来るんだから。うちの大学は毎年、全員出動ですからね。若い教員たちは2日連続であたったりするんだから。
 こんなにシンドイ労働もなかなか無いと思うんですが、集合時間にちょっと遅刻したぐらいで「懲罰」くらった先生もいたりしてね・・・

 それにしても、緊張しますよ。とくに最後のリスニング試験の緊張感は、ほんと言葉で表現できないぐらいなんだから。でもね、今日の気分は格別でね。なんたって、息子がセンター試験受けてるんですから、奈良で。受験している高校生みてると、みんな息子とだぶってみえていけねぇや。

   「みんな頑張れ、おれも頑張るからよぉ」

ってとこですかねぇ。

 おかげさまで、2年連続「再試験者」がでたリスニング試験も、今年はトラブルなし。メディアは残念かもね。文科省叩きできないもんね。正直なところ、ああいう滅茶苦茶な試験は早く辞めてほしいんだけど、とりあえず今日は早く帰れるから嬉しい。
 
 では、今夜もまた弥生町で一杯やって、寝ます。

  1. 2008/01/20(日) 00:00:37|
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センター・イブ

 明日はセンター入試試験の監督でしてね。もう帰ります。一杯やって早寝しないとね。

 先週、ユンケル3本セットを買ってやったんです。息子に。息子はセンター入試を受けるんですよ。午後になって、もしも疲れがでたら飲みなさい。午前に飲んではいけない。なぜならば、ユンケルは2時間しか効かないから。2時間分は体力の前借りができるけれども、その時間を過ぎたら、前借りしていた体力までなくなって、一気にだるくなる。だから、飲むなら午後、試験終了2時間前が最適、と指示したんです。

 わたしも1本買っておこうかな。初日は長丁場ですから。例の英語リスニング試験のおかげで、場合によっては夜の9時ころまで試験会場を離れられないかもしれないから。ユンケルでエネルギー補給するしかないかもね。

  1. 2008/01/19(土) 00:26:09|
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第14回 歩け、あるけ、アルケオロジー

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 先週の土器でのお粥作りに引き続き、今日はおかずも作りました。雨か雪が降るかもしれないということでテントを立てていたのですが、その甲斐なく雪が積もるという悪天候のため大学構内での料理作りを諦め、加藤家の囲炉裏での作業となりました。
 今日作った料理は、お粥・はまぐり汁・鴨肉焼き・煮サトイモです。加藤家ではチャック先輩が炭に火を起こしていて下さったので、まずは料理の準備から始めました。悪戦苦闘の結果、いくつかの問題点や改善点が出てきました。

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【お粥】
 米1カップと水5カップを土器に入れ炊きました。火力が先週よりも強かったので、5分程で沸騰が始まりました。そして蓋を開けずに35分待ち、40分後にお粥が出来上がりました。今回のお粥はジャリジャリ感なく、塩を少し入れるととても美味しかったです。

【はまぐり汁】
 土器に水3カップと昆布5枚、はまぐり11個を入れて火にかけました。25分程経った時に蓋と土器の隙間から白い泡が吹き出して来ました。はまぐりの灰汁がたまり、吹きこぼれたようです。この灰汁を取って土器の中を覗いてみるとすでに沸騰し、はまぐりの口が開いていたので、35分の時点で完成として火からおろしました。灰汁を完全に取ることが出来なかったので、汁を食べる際に泡が残っていたことが少し不快でした。味自体は貝のくさみがあり薄味だったので、改良が必要だと思いました。貝のくさみを取るために、本番では生姜を少し入れようと先生が指示されました。生姜は魏志倭人伝に記載された調味料の一つですが、「倭人は食さない」とあるので、使うべきかどうか悩ましいところですけれども、やっぱり味は良いほうがいいですからね。

【鴨肉焼き】
 先を削って尖らせた割り箸に鴨肉を刺して、火の側に刺して焼きました。しかし、割り箸を刺していた場所が熱をもっていたので、割り箸の根本から黒い煙と共にじりじりと焼けてしまいました。なので、石を2つ置きその間に火のついた炭を置き、2つの石に肉の付いた割り箸を渡して「豚の丸焼き」の様に変更してみました。その結果、燃えることはなくきちんと焼けました。鴨肉から垂れる脂が炭にかかり、煙がたくさん出てしまいました。

【煮サトイモ】
 洗ったサトイモを土器に入れて煮て、煮立ったところで皮を剥いて塩をかけて食べる予定でした。しかし、使用した土器の水漏れが酷いせいで下に置いた炭の火を消してしまい沸騰しなかったので、1時間半以上経っても完成できませんでした。この結果から、煮サトイモを発表時に作ることはやめることにしました。

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 今日のプロ研で出てきた問題点・改善点をふまえて、発表の時にきちんとできるように考えます。

今後の予定
 金曜日に発表のためのパネル作りと打ち合わせをします。
 月曜日に調理場の確保を行います。ヤギ小屋前でかまどを作り火を焚いて地面を乾かし、シートなどで覆って当日乾いた地面を確保できるようにします。
 その他、当日のための食材を買いに行きます。
 学内Webにアップするものは当日の様子も入れるため、来週提出します。(環境政策学科1年I.T)

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↑試食(左:はまぐり汁、右:赤米のお粥と鴨の串焼き)


  1. 2008/01/18(金) 00:04:14|
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Afternoon Tea -モリさんがやってきた(Ⅱ)

 12日の土曜日にチャックから奈良にメールが入った。モリさんが演習室にあらわれ、お土産を置いて帰っていったのだという。なんでも、卒業生による就職説明会?があって大学から招聘されたらしい。
 あれれ、いつでもわたしの居ないところを見計らってあらわれるのねん、残念至極・・・そう言えば、尾崎家の報告書をわたしてなかったことに気づき、チャックに電話したのだが、すでにモリさんは大学から消えていた(駅前で打ち上げをしていたらしい)。まぁ、報告書をわたす機会はまたあるでしょう。

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 時は流れて火曜日のゼミ。演習室のテーブルにつくと、モリさんのお土産がおいてあった。チャックの貼り紙あり。

   15日(火)のゼミまで開封厳禁!

 その横には「風土記の丘」で頂戴した古代米(赤米)も袋に入れてあり、こちらは22日のプロジェクト研究発表会に使用予定と記してある。

 15日になったんだから、開封してもいいのね。ゼミで半数の学生の指導をした後、お茶の時間に開封させていただきました。その名も「Afternoon Tea」という銘柄の洋菓子でしてね、3時のおやつ、美味しかった。ここだけの話なんすがね、わたしだけ2個食べたんですよ。学生は1個、わたしは2個なんだ、ふふふ・・・
 そうそう、1週間前のゼミでは、西河夫妻がお歳暮に送ってくれたラスクでお茶しました。こちらも高級のラスクでしてね、「Cybell & 麦工房」という銘柄です。上品な味でしたね。
 ゼミの先輩諸君、これからはあまりお気遣いなく・・・なんて全然思ってませんからね、お土産、お歳暮、お中元、大歓迎です。なんたって、わたしの懐冷えてますから。学生はよう食うしね。君たちの支援なしでは生きていけません。ビール、お菓子、おつまみ、なんでも歓迎です!

 ちなみに、ラスクの箱はネームランド本体の収納箱、「Afternoon Tea」洋菓子の箱はそのテープ収納箱としてコンバージョンされております。みんな、整理魔チャックの仕業。

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 ゼミが終わってそのまま演習室で作業していたところに昨日のブログがアップして、そこに映っている広島焼の写真をみたら、またしてもお好み焼きが食べたくなってしまった。ひとり黙ってお好み焼き屋に行けばいいものを、ちょっとした出来事があったために、不覚にも、ゼミ生一同誘ってしまった・・・
 まぁ、新年会の代わりです。新年会なんかやるつもりは全然なかったんですがね。7日に学期末が始まり、当面の目標は全員の正月気分を吹き飛ばずことでした。4年は卒業研究のラスト・スパート、3年も演習の仕上げに没頭してほしい。三が日過ぎれば、あけまして目出度くも悲しくもありゃしません。

 ゼミ生諸君!美味しいお菓子とお好み焼きを馳走されたんだから、踏ん張ってね、君たちは寝てはいけません。


  1. 2008/01/17(木) 00:25:44|
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24時間中国一周(Ⅳ)

1月11日(金): (浜田)→広島新幹線口17:55~19:00 →京都20:45

 広島市内の渋滞のせいで新幹線口に着いたのは午後6時前。ここで一休み。乗物に揺られてばかりの人生に少々飽きてきた。そして、無性に「広島焼き」が食べたくなったのである。駅の食堂街の地図をみると、もちろんありますよ。広島焼きの店がないはずはない。いちばん近くのお店に入って広島焼きを食べましたぜ。いや、うまかった。最近、おいしいお好み焼き食べたいって、よく思うのね。鳥取にはないもんね、残念ながら・・・

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 で、午後7時発の「のぞみ」に乗った。京都では某メディアのディレクターが待っている。すでに浜田の現場にいちど電話があった。新幹線でもいちどやりとりがあり、京都の八条口で待ち合わせることに。
 ここでちょっとしたトラブル発生。京都到着直前に携帯電話の電池が切れてしまったのである。京都駅で下車し、新幹線プラットフォームのキオスクで充電池を求めるも、しばらくどこにプラグを挿していいのか分からない。なんたって買ったばかりの白いフォーマだ(以前の番号のままですよ!)。携帯音痴のわたしがおろおろしていると、キオスクのお姉さんが助けてくれた。携帯の横についてるんだ、コンセントが。そこに充電器を突き刺したら、電話は動き始めた。なんとかディレクターと落ち合うことができたんです。
 ディレクターはわたしを改札口近くの喫茶店に誘った。すると、ウェイトレスは言う。

   「9時半で閉店ですが・・・」
   「あぁ、話はすぐに終わりますから」

とディレクターは答える。わたしは「終わらない」と思っていたが、まぁ仕方ない。その店には9時45分までいた。協議は佳境を迎えていたが、ウェイトレスがやってきて、閉店を告げた。

 わたしたちは駅の歩道をずいぶん歩き、ホテル・グランヴィアのラウンジにある「ラ・タン」という店に場を遷した。「ラ・タン」は懐かしい店だ。長女が京都の某芸短に通っていたころバイトしていた高級レストラン。ここで打ち合わせを再開。
 詳しいことはまだ書けない。ある番組でCGを制作することになり、わたしの協力が必要だとのこと。協力してあげたいと思うのだが、いくつか障壁が横たわっている。しかも、時間があまりない。どうしたらよいのか。
 少し前の自分なら、さっさと撤退するところだが、少し大人になったのだろうか(五十の男が言う科白ではないね!)、なんとかしてあげたいという気持ちが消えることはなかった。若いのになかなか礼儀正しいディレクターさんだったしね。
 さて、どうなることやら。いずれ結末をお知らせすることになれば、話はうまく運んでいったということでしょう。


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  1. 2008/01/16(水) 00:07:43|
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24時間中国一周(Ⅲ)

1月11日(金): 松江11:23→浜田12:56~15:45→(広島)

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   浜田、ハマダバダ、ハマダバダ~ 浜田、ハマダバダ、ハマダバダ~

と鼻歌うたいながら、わたしは特急「スーパーおき」に揺られていた。なんて真っ赤な嘘で、ちょうど昼時だから列車のなかで駅弁を食べ、ただちに昼寝モードに。
 松江から浜田まで車では3時間もかかる。鳥取から浜田なら6時間。みなさん、ほんとにいちど地図をみてください。浜田は遠いよ。石見銀山のちょい向こうぐらいのイメージでいたんだけど、太田市の向こうは高校野球で有名な江津市で、その向こうが浜田市。でも、特急にのると結構早いのね。松江から1時間半で浜田に着く。そのあいだ、わたしはカニ寿司の弁当を食べていた。カニ寿司と言えば「元祖カニ寿司 あべ鳥取堂」しか知らないわたしは、はじめて出雲のカニ寿司を味わったのであった。
 浜田駅に着くと、旧知のYさんお出迎え。以前、出雲国府の現場でご説明いただいたことがある。浜田の現場に移って2年めとのこと。現場まで25分ぐらいだろうか。車中で雑談。鳥取で弥生集落が続々と発見されるのに対して、島根で少ないのは地形と関係あるのではないか、と言われる。島根の山は急峻でムラを作りにくかったのだろうという説。しかし、あれだけの青銅器が出土する県ですよ。集落がないわけはないのではないでしょうかね。ただ、発掘調査であたっていないというだけのことではないだろうか。

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 今回、焼失住居跡の調査指導した道休畑(どうきゅうばた)遺跡は浜田湾に近接する山の上にある(↑いちばん上の写真)。時期は弥生後期中葉~終末期。これまで竪穴住居跡9棟、貯蔵穴8基、掘立柱建物跡11棟がみつかっている。焼失住居SI06は、斜面に立地する直径約4.4mの円形竪穴住居。出土した土器片により弥生終末期の遺構と推定されている。山側に周堤溝をともなう。中央から南側(谷側)にかけてよく焼けており、赤い焼土が堆積する一方で、北側(山側)に板状の垂木が扇状に倒れ込んで炭化している。垂木の上には横方向と縦方向の茅を確認できる(↓)。

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 これだけ残りのよい焼失住居跡の発見は、島根では太田市の鳥居南遺跡(弥生後期)以来のこと。鳥居南遺跡は2000年前後の発見で、わたしが遺跡を訪れる直前に撤去されていた。やはり板状の垂木がずらりとならび、その上を赤い焼土がパックしていた。茅が遺存しているという点では、道休畑のほうが鳥居南よりも情報量が多い。茅の残り方は妻木晩田と同じである。つまり、板状垂木の上にまず横方向の茅を敷き、次に縦方向の茅を葺いて土を被せるタイプの土屋根住居である。
 すでに述べたように、道休畑SI06には山側に周堤溝も残っている。周堤の幅は約2m。おそらく山側にはテラス状遺構も存在したはずだが、遺構検出面はかなり低く、その面は削りとられていた。

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↑土嚢袋のある位置が周堤溝

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  1. 2008/01/15(火) 00:59:10|
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24時間中国一周(Ⅱ)

1月10日(木): (米子)→松江20:31 ~ 11日(金)松江11:23→

 松江で予約していたホテルは1泊2食付きということになっているが、チェックイン時に夕食券が必要かどうかを問われる。外で食事する客も少なくないからだ。わたしも米子の「夢」でクジラの竜田揚げと大山蕎麦をたいらげている。だから、もう夕食はいいだろうとも思うのだが、せっかくの夕食券を「要りません」というのももったいない。夕食券を受け取り、カレーセットを注文した。とりあえずカレーは食べたのだが、おかずのコロッケを残してしまった。
 部屋に入り、テレビをスイッチ・オン。鳥取の家にはアンテナがないので、衛星放送以外の番組をみることができない。おかげで最近、民放のくだらないバラエティ番組を新鮮に感じるようになっている。その手の番組をみながら満腹感で眠りに落ち、目覚めたら深夜の11時半。しばらく眠れるはずもなく、またしても、ちょいとそこまで、遊んできましたよ。

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 11日は8時起床。朝食後、8時40分にチェックアウトした。県文化財課お二人のお迎えで「八雲立つ風土記の丘」へ。ここに8世紀の庶民住居を復元することが急遽決まった。「八雲立つ風土記の丘」に8世紀の建物を3棟復元しようという構想がもちあがったのは環境大学開学の翌年、2002年度のことである。開学2年目なのだから「研究室」が存在するはずもなく、さてどうしたものかと悩んでいたのだが、2級建築士資格を取ったばかりの社会人入学生がいて、「バイトでやってみるかい?」と訊いたら大乗り気で、夏休みにその学生を指導しながら設計を進めていった。
 基本設計を終え、2003年度に島根県の住宅供給公社が実施設計を進めていった。すべての図面と仕様書が揃ったのだが、まもなく出雲古代歴史博物館と併行して進められていた古代文化センターの構想が頓挫してしまう。センターの屋外展示の一部として風土記の丘に建設されることになっていた3棟の復元建物の計画も中止の憂き目にあってしまった。地方財政の厳しさを噛みしめたものである。古代文化センターの構想は依然宙に浮いたまま実現の目途はたっていない。しかし、復元建物1棟の建設だけが決まった、という知らせが昨年末に突然届き、担当者が大学まで挨拶に来られた。
 今回は建物がたつ「八雲立つ風土記の丘」で、関係者全員が集まっての最初の打ち合わせである。正直、「しんどいな」と思っていた。ただでさえ忙しい年度末に復元建物が着工し、年度内に竣工するのである。その設計者がわたしであり、施工管理に携わらなければいけない。仕事が一つ横から割り込んできたようなものだ。年末に表敬訪問を受けたときには、図面をみて「直したい」と思うところが多々あったけれども、実施設計図をみても「まぁいいや」という諦観のほうが先にたった。

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 模型をみて、その気持ちが変わった。設計に携わったころ、青谷上寺地建築部材の研究はほとんど進んでいなかった。しかし、ここ2年ばかり、青谷上寺地部材の研究が飛躍的に進み、弥生建築の先進性を思い知らされている。このままだと弥生建築と奈良建築の差異を表現できないことを実感し、いきなりいくつか修正の指示をした。とりわけ束立の小屋組があまりに不安定なので、鳥居組を採用するようにお願いした。あとは扉口や窓などの開口部も気になっている。
 建物がたつ敷地の景観はみごとなものだった。遠景に神奈備山、近景に古墳。いかにも「神の国」出雲という雰囲気が充ちている。ここに小さな桁行3間の建物を建てて、この神秘な景観をいっそう向上させることができるのかどうか、不安なところもあるが、やりがいのある場所だと思った。次回はこの現場に原寸の材料を並べることになる。
 
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 ↑材料サンプル(小舞などに使う雑木)

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  1. 2008/01/14(月) 00:27:04|
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24時間中国一周(Ⅰ)

1月10日(木): 鳥取17:45→米子18:40→(松江)

 「歩け、あるけ、アルケオロジー」の米炊き実験を見終えることなく、ひとりぼっちの旅に出た。風が向こうで騒ぐからさ。
 17時43分発の「スーパーまつかぜ」に乗り込み、いよいよ中国一周の旅が始まった。最初の降車駅は米子。18時40分着。改札口の向こうで、妻木晩田事務所の若い二人が待っている。
 じつは米子は素通りするつもりだった。年末に事務所で話し合った時には「米子で下車する」と口約束していたのだが、目的地の浜田市を地図で確認すると、松江から遠く遠く離れていて、ほとんど萩に近い位置にあり、米子で下車している場合ではない、と判断したのである。もちろん事務所のメンバーには黙っておいた。あとで事情を説明すればいいさ、とたかをくくっていたのだが、もともと浜田からの情報は妻木晩田事務所経由でもたらされたものだから、事務所のメンバーもわたしの動向を睨んでいたのであろう、あっさり捕まってしまったのである。

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 若い二人は「庄屋にでも生きましょうか」と言う。「いや、一杯やるような暇はないしね、スーツケースを持ち歩いているから、できるだけ駅に近い店で急ぎ話を詰めてしまおう」と答えた。
 駅をでて右に折れると、3軒ばかり飲食店が連なっている。なんか見覚えがあるぞ。大きな緑の垂れ幕のような暖簾に「夢」と書いている。あれっ、いつか来たよな、ここ・・・
 そこは、昨年6月25日に開催された六弦倶楽部第2回練習会の会場になったカントリー・パブレストラン「夢」であった。中に入ると、練習会の写真が壁にべたべた貼ってあり、なかにはわたしの写真も含まれている。
 あの6月、初めて練習会に臨むわたしは、米子に前泊した。その夜、当日の会場がどんなところか探りをいれようと、この店を夕食の場に選んだ。記憶に残っていたのはクジラの竜田揚げと大山蕎麦で、今回も同じものを注文した。
 ママさんは、わたしのことをよく覚えていた。

  「たまたま通りかかったんですよ。」
  「えっ、たまたまなの? ここに来たくて来てくださったんじゃないの??」
  「はい、たまたま。まったく、たまたま、です。」

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 店での打ち合わせは小一時間で終わった。泊まりは松江なので、また列車に乗らなければならない。店をでるとき、ママさんは言った。

  「こんど27日にまた練習会があるんですよね、来られるんでしょ!?」
  「それがね・・・」

 さて、どうなるだろうか。直前に東京出張が決まっていて、もしこの会場を訪れるとすれば羽田から米子に飛ぶフライトを使わなければならない。それは別に構わないんだけど、練習会に参加するとしてもギターがないではないか。聴衆として参加させていただきますかね。それも侘びしいねぇ・・・ちょっと悩んでおります。

  1. 2008/01/13(日) 00:33:10|
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魔法の山(Ⅱ)

 舞台は昭和42年夏の鳥取。主人公の「ぼく」、ケンイチは11歳、小学5年生。父は6歳のときに亡くなった。母は大病を患い、手術のため大阪の病院へ向かおうとしている。妹は母の病状を知らされていないが、「ぼく」はすでにおおかたの事実に気づいている。母の病は治らない。

 ケンイチは夏休みになると、毎日のように城跡で遊んだ。蝉を捕ったり、ザリガニを獲ったり、城の抜け穴に入っては怖くなって戻ってきたり・・・。しかし、友だちも家族とどこかに遊びに行ってしまった。そんなある日ケンイチは、一人で洋館(仁風閣)を転用した郷土科学博物館に迷い込む。そこで、かすかな声を聞いた。

  「おい、聞こえるか。なあ頼む、おれを助けてくれ。」

 その声の主は、金網に覆われた水槽に閉じこめられたオオサンショウウオだった。

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 このオオサンショウウオは「トトロ」に似た超自然的存在として描かれている。純な子どもにしか声が聞こえないという設定。そのオオサンショウウオは、じつは城跡(久松山)をまもる精霊の化身であり、「自分を助けてくれるならなんでも願いを叶えてあげよう」とケンイチ兄妹を説得する。
 母の病を救いたい兄妹は休館日に博物館に忍び込んで、オオサンショウウオをバケツに移し、迷路のような抜け穴を歩き続け、城山の中心にある聖水池にオオサンショウウオを解き放つ。すると、オオサンショウウオはその見返りに兄妹を母のいる大阪の病院にワープさせる。案内人は若くして亡くなった父親。父に連れられて兄妹は母の療養する病院へ。このあたりの展開もトトロの猫バスを思い起こさせる。
 気がつくと、兄妹は城跡の裏側にある霊泉の井戸端に寝ころんでいた。しばらくして、瀕死の母が奇蹟的な回復を遂げ、鳥取の家に戻ってくる、というお話。

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  1. 2008/01/12(土) 00:07:52|
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第13回 歩け、あるけ、アルケオロジー

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 あけましておめでとうございます!
 プロ研が再開しました。 

 今日は前回に引き続き土器で米を炊きました。
 今までの火起こしでは先輩方に手伝って頂いたのですが、今回は一年生だけで挑戦しました。
 新聞紙やワラを使いすぎたようで、ススが出るばかりで中々火がつかなかったので、通りがかった政策学科のK先生に助けて頂きました。

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 ようやく火がついて、米を炊き始めました。
 前回は炊き上がった飯がジャリジャリしていたので、今回はそのジャリジャリをなくす事を考え、ご飯ではなくお粥を目指しました。
 お粥にすると、ジャリジャリする原因となる粒が底に沈むため、ご飯のように底をさらって混ぜない限り大丈夫だろうと土器作りのK先生が電話で教えてくださったからです。
 水の量を変えて2つの土器で米を炊きました。
 米:水が1:10の方は1時間ほどかかってちゃんとお粥になりました。試食してみたところ、前回のようなジャリジャリ感はなかったです。
米:水が1:7の方は1時間半もの間炊き続けた結果、柔らかくなりすぎてしまいました。もうちょっとさっぱりした感じにしたいので次はちゃんと時間を計って炊こうと思います。

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今後の予定
 来週も今回同様、米を炊きます。
 来週の課題は火起こしを上手くやる事と、火の維持をやる事です。
 発表の準備を進める事も同時に考えます。
 ポスター展示と学内WEBに弥生食の試食会ですから、大変ですね。(男のティラミス)

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  1. 2008/01/11(金) 00:47:49|
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魔法の山(Ⅰ)

 La Montagne Magique というフランス語の本が届いた。著者はJiro TANIGUCHI。谷口ジローである。
 昨年11月、トマトさんが卒論関係の取材で市史編さん室を訪問することになった。N室長は谷口ジローが『父の暦』や『遙かな町へ』を描く際に取材の案内役を務めた方で、トマトさんは谷口が鳥取や倉吉のどのあたりを歩き、どのような資料を収集したのかを直接伺って確かめようとしたのである。
 トマトさんの訪問前にわたしは室長にメールをいれて挨拶をした。翌日、さっそく丁寧な返信を頂戴したのだが、そこには衝撃的な情報が含まれていた。

   ちなみに、先月、フランスでジローさんの「魔法の山」が翻訳出版
   されました。鳥取市を舞台にした作品(科学博物館時代の仁風閣が
   メインの舞台となっています)で、日本では雑誌に2回に分けて
   発表されたまま埋もれていた作品です。フランスでは美術書の
   扱いで、オールカラー版として出版されました。現地での購入を
   依頼したフランス留学中の鳥取大学の学生さんがすっかりジロー
   さんに興味を持ってしまい、卒論にマンガ文化の国際比較論を
   やりたいと言い出したのも嬉しい反響でした。

 谷口ジローは鳥取を舞台とした新しい漫画作品を発表しており、それがフランスで単行本化していたのである。さっそくネットで検索したところ、『週刊ヤングジャンプ』2005年12月1日・8日発売の新年(2006)1号・2号に連載されていることが分かった。とはいえ、ヤングジャンプ誌の古本入手は絶望的であり、また日本語版の単行本は出版されていない。わたしとトマトさんは室長にお願いして、掲載誌と仏訳本をお借りすることにした。
 仏訳本は貴重本であり、著作権の問題もあるからコピーなどできるわけはない。ただ、ヤングジャンプ誌掲載の日本語版についてはコピーをご許可いただいた。それをトマトさんはもちろんただちに読んだのだが、わたしはと言えば11月~12月の忙しさが尋常ではなく、コピーをトマトさんのもとに預けたままになっていたのである。

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 年があけて紀伊国屋書店のサイトから仏訳本を発送したメールが届いた。ネットで注文したのが11月27日だから、約40日で手許に届いたことになる(いま注文すると半年近くかかるらしい)。仏訳本が届いたのは結構だが、フランス語が読めるはずもない。しかし、仏訳本のおかげで、トマトさんに預けているコピーのことを思い出した。
 昨夜、わたしは急ぎそれを仮製本し、帰宅したソファベッドで「魔法の山」を読み始めたのだった。(続)


  1. 2008/01/10(木) 00:39:05|
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線画でチラリズム

 新年の仕事が始まりましたよ。演習5コマあるんです、火曜日は。学生諸君は、まだ寝てますね・・・おまぁら、ほんま正月休み何しとったん!?
 4年生は盆も正月もアルカイダ、じゃなかった、あるかいな!?(←座布団1枚) 
 休んでもよいのは、わたしと3年生です。4年生は休んじゃいけません。プッチーニの『トゥーランドット』じゃないけどね、

    (4年生は)だれも寝てはいけない!

 でも、みんなのんびり休んでたみたいだなぁぁぁ・・・とくに進捗に難ありは女子だぞ・・・

 一人だけ休んでおらん男がおったんです。年末年始、一日数回わたしのところにメールを送ってくる。青谷上寺地の部材を使って大型高床倉庫の復元設計を進めておりまして、このプロジェクトのリーダーは大分に帰って10日間、いつもブログに「拍手」をくれるkyonkyonちゃんと戯れあっておったらしいが、かのエアポートは山本勘助のごとく陰で動きまわり、桁行3間の復元パースを完成させてしまった。
 わたしゃ疲れてまひてね、帰国直後から背中の痛みに襲われてふらふらしているのに、夜ごと図面がどさっと添付資料で送られてくるわけです。もちろん反応しないわけにはいかないんだけど、プリントアウトして赤を入れてスキャンするのがしんどいから、文章でたくさん指示しました。したら、また返ってくるのね。いま数えてみると、帰国した12月27日から新年6日までのあいだにじつに25回の受信メールを確認できます(さすがに元旦はなし)。当然、わたしも25回返信しているわけです。
 エアポートも淋しかったんでしょうよ。GFが正月休みで帰省しちゃってね、ありあまるエネルギーをCADにぶつけるしかないわけだ。おかげで、高床倉庫復元の3バージョンが完成しました。
 まだ色はついてませんが、線画でチラリズムしちゃいましょうかね、ふふふ。

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  1. 2008/01/09(水) 00:27:48|
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アコースティックでないアコギの世界(Ⅴ)

 えっ、結局、エフェクター買ったんかって?

 それがねぇ、天理楽器に行くことは行ったんですよ。で、店長にズームっていう器械をいろいろ試してもらったんですが、もうひとつ決断ができませんでねぇ・・・。
 昨年は患者の病気のことがあり、鬱々とした気持ちを晴らすために楽器やCDを買い漁って憂さを晴らしていたところがあるんですが、患者も元気になってきまして、昨夜も記したように、なんか今年は昨年ほど音楽にのめり込めるかどうか怪しい感じがしてきましたね。それに、やっぱりね、例のサブプライム・ローン問題がわたしの懐にも暗い影を落としておりまして、今年は財布の紐をしっかり締めるぞ、もう学生には絶対奢らないぞ、なんて覚悟して鳥取に戻ってきたわけです・・・ごめんなさい。

 さて、PA特集を組んでいる『現代ギター』12月号の表紙はアンドリュー・ヨークでして、 かれもインタビュー[p.20-23]のなかでPAや録音器材について少しだけ発言しているので引用しておきましょう。

   ヨーク: アンプについては、トランスピックアップを作ってきたゲイリー・ハル製作
      の特別なピックアップをデイリーのギターに取り付けたのが1本ありますよ。
      より自然な音にするためにギターの前に置いた良質のマイクとピックアップ
      の音とをブレンドしています。ときどき反響効果を使うことはありますが、
      それ以外に効果機材は使っていません。(略)録音は自宅でプロツール
      digirack 002を使っています。プラグインのリバーブはaltiverbを使います。

 これまたご存知でしょうが、いちばん新しい『現代ギター』2008年1月号の表紙はイョラン・セルシェルでして、かれもインタビュー[p.45-49]のなかでアンプについて触れています。昨年11月のソロ・コンサートではアンプなしだったんですが、以下のように述べています。

 セルシェル: (前略)必要とあればアンプを使いますからね。たとえば、
      ギル・シャルハム(バイオリン)とアメリカの大きな会場で演奏したとき
      にも、アンプを使いました。とはいえ、私が持っている星野良充氏のギター
      はとても大きな音量が出るので、比較的大きなホールでもいけると思います。
      (略)今は星野ギターと長年愛用しているホセ・ラミレスのギターを、
      だいたい半々ぐらいの割合で使い分けています。こうした選択肢がある
      と助かりますが、どうしてもアンプが必要な時には、アンプを使います。

  以上、知っている人はだれでも知っている余談でした。(完)


  1. 2008/01/08(火) 00:15:30|
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諸悪の根源

 「ゆららの湯」に浸かってきた。検索してみると、じつに昨年の9月25日以来のこと。その前が4月30日だから、今年度はわずか3回しかあの大浴場に行っていないことになる。
 15ヶ月前までは、週に1~2回通っていた大浴場である。じつは、中国から帰国してから正月三が日まで、ずっと背中が痛かった。肩こりが背中全体にひろがったような症状で、要するに過度の「けんびき」なのだが、いくら眠ってもこの痛みがとれない。帰国後3~4日して、ようやく眠ればその分だけ痛みが薄らいでいくようになった。1日3回眠りに落ちてしまうのである。夜寝て目覚める。おせちとお餅を食べて、お屠蘇(わが家は梅酒です)を飲めばしばらくしてソファで眠りに落ちる。夕食で一杯やるとまたぐーぐー寝てしまう。こうして何度も眠りに落ち、どうにかこうにか背中の痛みが消えていった。痛みが消えるのに1週間もかかってしまった。そのあいだずっと「ゆらら」で湯治したい、背中の凝りをほぐしたい、と思っていた。しかし、体が動かない。体がソファに張り付いたままアクションをおこさないのである。

 そもそも諸悪の根源は何なのか。ここ半年、いや1年の疲れがどっと溜まったからだろう。たしかに患者の問題では神経と体力をすり減らした。しかし、彼女の具合もずいぶん良くなってきているし、忙しいといえば忙しいが、わたしの場合、毎年忙しいのであって、昨年が例年に増して忙しかったわけではない。
 諸悪の根源は「ギター」なのだ。ここ1年ばかり、わたしは寝る間を惜しんでギターを弾いてきた。とくに鳥取の下宿で一人の夜を過ごすとき、耳にヘッドフォンをつけてギターを弾く時間がながい。一昨年までは、早起きして自転車を漕ぐのを楽しみにしていたのだが、その時間を削ってでもギターの練習をした。奈良の自宅では、夕方になると近隣のグラウンドまでサッカーボールを蹴りにいくことがしばしばあったのだが、ギターに熱中しはじめてからこのかたサッカーに対する熱意も消えていった。
 そして、わたしの体調は悪化し、体重は増えていった。

 いましがた、わたしは「ゆららの湯」に浸かってきた。大浴場に行こう、という意欲が湧き、それを実行にうつせたのである。すでに背中の痛みはひいている。痛みがひいたから、つまり健康な状態に戻ったから体が銭湯に向かったのだろう。
 ひょっとすると、少しだけ生活を以前の姿に戻そうとしているのかもしれない。少なくとも、冬休みは終わった。

 で、とりあえず、いつもの恐い先生に戻ります。
 銭湯モード、じゃなかった、戦闘モード突入! (←座布団1枚!)

 ゼミ生諸君

   正月気分も抜けたでしょうね。

   卒業研究の〆切まであと3週間あまり。

   火曜日のゼミはびしびしいきます。

   とろとろしてると地獄をみますよ、ふふふ・・・




  1. 2008/01/07(月) 02:06:18|
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アコースティックでないアコギの世界(Ⅳ)

 すでにお読みになった方も多いでしょうが、『現代ギター』2007年12月号で「ギターPAを考える」という特集が組まれています[p.33-39]。ここで主役となっているのは、村治佳織スペシャルプロジェクト(2006年3~4月)で採用された「MSデジタルPAシステム」。正直、なんのこっちゃわかりませんが、まず村治嬢自身のインタビュー発言を引用して、ギターPAに内在する問題点を示しておきましょう。 

  村治: 主催者は、コンチェルト[訳注:コンサート]に関してはできたら
     生でやってくれっていう場合が多い。お客さんは、聴こえたほうがうれしい
     んですが。お客さんの耳というのはCDバランスで本番も聴けるものと
     思っていますから、そこがつらい。CDは本当にいいバランスでギターの
     音が全部聴こえている。それで楽しみに来て、いざ聴いてみたら「ギターが
     全然聴こえないじゃないか」っていうことになっちゃう。(略)コンチェルト
     は他が全部生音ですから、そこにスピーカーの音が加わるというのは非常に
     違和感がありますし、指揮者によっては絶対拒否する方もでてきます。

 一言でいうと、生音では音量が足りないが、音量をスピーカーを通して拡大すると、ギターの音でなくなってしまう、ということですね。この矛盾に、すべてのクラシック・ギタリストは悩まされてきたわけです。妻木晩田遺跡の野外コンサートで「ギターの生音が聴いていただけなくて残念だ」という発言があったのはこのことを意味するのでしょう。
 一方、アコギ世界の場合、ギターにプラグをつけてアンプに接続し、スピーカーを通して「生音に似た別の美しい音に変換すること」に努力してきたように思われます。プラグを拒否しPAに無頓着であったのは高田渡ぐらいかもしれませんね。この結果として生まれてきたのが、マイケル・ヘッジスに代表されるエレクトリック・アコースティック・ギターの芸術?ではないか、と思うのです。だから、アンプを使わないで勝負できるアコギ・ソロの演奏家が果たしてどれくらいいるのか訝しがるのは、おそらくわたしだけではないでしょう。

 さて、村治2006プロジェクトで採用されたMSデジタルPAシステムについて、その実体をわたしはまったく知りませんが、とりあえず前掲誌から基礎情報を引用しておきましょう。それは、富士通テンのスピーカーECLIPSE TDを核に、マイク、マイク・プリアンプ、専用設計されたスピーカー駆動用パワーアンプをセットにしたクラシックギター、アコースティックギター用のPAシステムであります。また、ECLIPSE(イクリプス)TDシリーズは「空気の動きをいかに正確に再現するか」を追求した結果生まれた「タイムドメイン理論」に基づいて命名されたそうです。その性能に惚れた最初のギタリストはジョン・ウィリアムス。TDシリーズはスピーカーの大きさから4つのモデルに分かれますが、大型か小型のどちかを選択するのが標準的だとのこと。
 なんちゃって、わたし自身はこんな(高価であろう)PAシステムを購入する余裕はありませんので、六弦倶楽部か山陰ギターオフのメンバーがなんとかしてくれんかな、なんて甘い期待を抱いておる次第です・・・ごめんなさい (続)   

  1. 2008/01/06(日) 19:13:10|
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t の謎(Ⅱ)-FC2アクセス解析10・11・12月篇 

 仕事始めになってようやくブログへのアクセスが増えてきました。だんだん日常の世界に戻ってきたんですね。しんどいんだけど、前3ヶ月分の総括をしておきましょうかね。
 後期の3ヶ月はまぁ忙しかった。1年を振り返ると、忙しさのピークは3度あります。1回めは7~8月。前期終了から海外調査にかけての時期です。次は11月。後期が始まって10月は序章、11月はともかく忙しい。1年のピークですね、ここが。1ヶ月が45日か50日ある感じ。12月も忙しいけど、12月は11月の祭りの後でス~と流れていくような気がしませんか。3回めはもちろん年度末です。

 では、いつものように、ユニークアクセス(UA)とトータルアクセス(TA)の変化から。以下の表記は、月総数(1日平均)をあらわします。

  2007年10月  UA=4169(134)  TA=10069(324)
       11月  UA=4500(150)  TA=10756(359)
       12月  UA=4157(134)  TA= 9241(298)
 
 これを2006年と比較しておきましょう。

  2006年10月  UA=2990(96)   TA=8145(263)
       11月  UA=3918(133)  TA=10127(338)
       12月  UA=3826(123)  TA=8189(264)

 というわけで、前年に比して順調な伸びを示しています。一方、2007年度夏期と比較してみましょう。

     7月  UA=4514(146)  TA= 9739(314)
     8月  UA=4294(139)  TA=10119(326)
     9月  UA=4003(133)  TA=10511(350)
  
 夏から秋にかけては横ばい状態。UAが月に4000件以上、TAが10000件以上をキープしていれば、とりあえず高め安定とみてよいでしょうか。とくに2007年11月はUA、TAの平均値が過去最高値を示しています。「最長の垂木」記者発表、同講演、六弦倶楽部練習会@加藤家、弥生土器作り、「知の財産」シンポ@加藤家などのイベントが目白押しでしたからね。然るべき結果というほかありますまい(1年前は「楼観」と脳内出血で大騒動でした)。 

 つぎに、ヤフーやグーグルなど検索エンジンによるアクセス総数の推移をみると、

   10月:1856  11月:2145  12月:1940

で、夏期から漸増しています。11月がやはり突出してますね。これを都道府県別にみておきましょう。左から10月→11月→12月のパーセンテージを示しています。

    1位 鳥取37.95%  → 鳥取39.00%  → 鳥取32.45%
    2位 島根13.16%  → 東京13.51%  → 東京12.71%
    3位 東京10.54%  → 島根10.15%  → 島根09.66%
    4位 大阪10.46%  → 大阪06.05%  → 大阪04.93%
    5位 岡山02.61%  → 神奈川03.9% → 京都04.66%
    6位 神奈川02.23% → 京都03.76%  → 兵庫03.85%
    7位 京都02.00%  → 岡山02.89%  → 神奈川03.44%
    8位 愛知01.92%  → 兵庫02.62%  → 岡山02.50%
    9位 兵庫01.46%  → 福岡01.95% → 愛知02.23%
    10位 埼玉01.38%  → 北海道01.81% → 石川02.16%
        福岡01.38%

 鳥取の1位はさておき、4位に沈没していた島根とベスト3の常連であった大阪が入れ替わってきました。東京はあいかわらず強く、2~3位をキープしています。その他では、ベスト10から消えつつあった兵庫のアクセスが回復してきました。

 続いて、検索エンジン使用のサーチワード順位をみてみましょう。左から10月(11月)[12月]のパーセンテージを示しています。

  1位 lablog 6.85%    (lablog 6.49% )   [lablog 4.24%]
  2位 浅川研究室 2.75%  (浅川滋男 2.42%)  [浅川研究室 2.22%%]
  3位 t  1.88%     (浅川研究室 1.91%) [変則チューニング 1.91%]
  4位 変則チューニング  1.83%     (t 1.86%)    [t 1.39%]      
  5位 浅川滋男 ブログ 1.40% (浅川滋男 ブログ1.86%)  [グリコ森永事件 てっちゃん 0.72%]
  6位 障子張り 1.07% (変則チューニング 1.72%)  [六弦倶楽部 0.56%]
  
 相変わらず研究室関係の検索語が上位を占めていますが、問題は謎のサーチワード「t」でした。これがベスト5に登場したのは前回からで、それをブログにアップして公開したのが10月12日のことでした。すると、3日後の同月15日、某愛読者から「サーチワードの謎」というメールを頂戴したのです。以下、抜粋引用させていただきます。

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  1. 2008/01/05(土) 17:11:48|
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ライアー・ゲーム

 昨夜は関西TVの深夜放送で『ライアー・ゲーム』総集編の最終回をきっちりみた。神崎なおという少女は主張する。このゲームは「嘘つきゲーム」って名前ですけど、本質はその逆。「正直さ」を問うゲームなんだ、と。

  「自分だけ儲けよう。自分だけ助かろう。なんて気持ちをみんなが捨てる事が
  できたら全員が助かるじゃないですか!」

 嘘つきゲームは3回戦を終えた。なおとなおを支える秋山という青年がなんとか勝利を納め、しばらくして秋山はライアー・ゲームの首謀者に呼び出される。秋山は問う。

   「4回戦はいつ始まるんだ?」
   「4回戦? すでに始まってるんじゃないかね、君たちの身のまわりで・・・」

 要するに、この漫画の主旨は「人生は嘘つきゲーム(ライアー・ゲーム)であり、それに勝利するのは誠実さだ」ということなんだろう。なんてことを漠然と考え始めると、眠れなくなってしまった。まもなく再開する戦いの日々が頭をよぎり始めたからである。

 一夜あけて、長女が東京に戻る日になった。高の原駅まで送っていった。家族5人とデブ1匹で過ごした、ささやかながら穏やかで幸福な正月休みが終わろうとしている。
  
 わたしは次女から『ライアー・ゲーム』の原作六巻分を借りて読み耽った。漫画の連載と併行してテレビ番組が放映されたため、途中でテレビが漫画を追い越してしまったらしく、3回戦の内容は大きく異なっている。漫画のほうがはるかにシビアな戦いで、頭がこんがらがってしまったが、なおと秋山は、これまで同様、自らを犠牲にしておおくの参加者を救い、次の戦いへと駒を進めいった。
 自らを犠牲にして他を救うものと、自らの利益を追求するもの。ライアー・ゲームへの復帰が、わたしにも近づいている。


 
  1. 2008/01/04(金) 23:36:46|
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アコースティックでないアコギの世界(Ⅲ)

 年末に中川イサトの『アローン』と岸部眞明の『オープン・チューニング&フィンガー・ピッキング』をみくらべた後、わたしは続けて『Fobbiden Play』というDVDをみたんです。作夏の訪越時に入手していた大量のDVDのうちの1枚でして、とくに時間が余っていたわけでもないんですが、購入後3ヶ月たってなんとか視聴することができました。このDVDには驚愕しましたね。
 福田進一と渡辺香津美のギター・デュオ。福田進一は村治佳織の先生で、パリの国際ギターコンクールで優勝してます。いま最も活躍しているクラシック・ギタリストの一人で、年に2~3枚のペースでアルバムを出してる。福田、アンドリュー・ヨーク、イヨラン・セルシェル、ローラン・ディアンスは同世代でしてね、じつはわたしとおなじ1956年か1957年の生まれのはず。対して、渡辺香津美はわたしたちよりも3つか4つ上だったんじゃないかな。
 演奏曲目と使用ギターを紹介しておきます。使用ギターは前者が渡辺、後者が福田です。

  1.ブロンズ(エラーズ ブーシェ)
  2.[V.ロボス]エチュード第1番(ジェイコブソン ブーシェ)
  3.ノルウェーの森(ジェイコブソン トーレス)
  4.アヴェ・マリア(ハウザーⅡ ラコート)
  5.無伴奏バイオリンのためのパルテーィタ第3番(エラーズ ブーシェ)
  6.フール・オン・ザ・ヒル(エラーズ ブーシェ)
  7.ミッション・サン・ザビエル(ハウザー ブーシェ)
  8.禁じられた遊び(ジェイコブソン ハウザーⅡ)
  9.ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ(ハウザーⅡ ブーシェ)
  10.火祭りの踊り(ジェイコブソン ブーシェ)

 アルバムのタイトルになっている「Fobbiden Play」は7番目に演奏される「禁じられた遊び」の直訳ですが、正確にいうと「禁じられた遊び」は映画(1952)の題名でして、イエペスが弾いた曲の原題は「愛のロマンス」。なにが言いたいのかというとですね、「禁じられた遊び」という題名の曲が含まれているから、DVDのタイトルに使われているわけではなく、クラシック・ギタリストとジャズ・ギタリストがやってはいけないプレイをやっているからアルバムのタイトルが「禁じられた遊び」になっているわけで、その象徴的な曲が「愛のロマンス(禁じられた遊び)」だということです。言うまでもなく、クラッシクでは作曲者の書いた譜面に最大限敬意を払い、それをどのように解釈し美しく演奏するのかが課題となるのですが、その演奏にジャズ・ギターのインプロビゼーションをかませようという企みを「禁断の遊び」と呼んでいるんですね。それをまた1台が数百万~数千万円する(らしい)名器をもちかえながら演奏するという試みであります。

 いや、脱帽の一言。イサトさんや岸部さんには申し訳ないけれど、これはね、ちょっと別次元の世界というほかない。特別な訓練をうけてきたエリートだけが入れる紫禁城です。アコースティック・ギター芸術が存在するとすればこういうものだ、ということを教えてくれるDVDですよ。

 えっ、おっかしいだろ、おまえ、あれだけ香津美の悪口書いといて、なんでまたそないに誉めるのよ、矛盾してるでねえか!ってお叱りが聞こえてくるのは重々承知しております。
 でもね、ここでの渡辺香津美は素晴らしい。『おやつ』とか『ギター・ルネッサンス』とか倉吉のコンサートで幻滅した香津美ではない別の渡辺香津美がこのDVDのなかにおります。すばらしいギタリストですね、文句なし! なぜだろうって考えたんですよ、結構ながい時間をかけて。やっぱり、これは福田進一の存在がおおきな重しになっているとしか言いようがない。おそらく現在の日本で最高峰のクラシック・ギタリストである福田の存在が、渡辺に抑制を効かせている。ほっておけばタコ糸が切れてしまい、どこに飛んでいくかわからない香津美にちゃんとした居場所を与えている。居るべきポジションに香津美は居るんですね。それをコントロールしているのが、福田の存在感でしょう。
 だとすれば、福田がただただ偉大という結論になってしまうけれど、じつは逆の言い方もできるんですよ。


[アコースティックでないアコギの世界(Ⅲ)]の続きを読む
  1. 2008/01/03(木) 22:59:14|
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本日休業

 食っちゃ寝、食っちゃ寝の正月休みです。 
 でも、ときどき心臓が痛むの、なぜだろう?

 『ライアー・ゲーム』っておもしろいね。松田優作の息子、かっこいいわ。これからまたみますよ、昨夜の続き。


  1. 2008/01/02(水) 23:58:43|
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