鮎の茶屋 慶長十五年六月のある夕刻、下呂舌右衛門は自宅の座敷で電子映像をみながら酒を酌み交わしていた。
「伸太、今回の大和蹴鞠団はあまり強くないのぉ」
「はぁ、なにぶん、あの爺古とか申す伯剌西爾人の監督の采配が訳わかりませぬゆえ」
「利蔵、その爺古とか申す南蛮人を始末できぬか?」
「はっ、できぬことはございませぬが、とりまきを甲賀者が固めております故、利蔵ひとりではたやすい仕事とは申せませぬ・・・」
伸太と利蔵は舌右衛門の側近ではない。伊賀から3年契約で雇いいれた間忍(しのび)のものであった。いつもは床下か天井裏に潜んで舌右衛門と密談におよぶのだが、この夕刻は大和蹴鞠団と朝鮮蹴鞠団の試合があり、舌右衛門は蹴鞠好きの伸太に電子映像を馳走していたのである。利蔵もその恩恵にあずかった。
ふと電信音が鳴った。
「・・・・あっ、いまね、サッカーの試合みてるから・・・・」
と答えて、舌右衛門は手機を切った。
「どなた様でござりますか?」
と伸太が訊く。
「・・・鮎よ、鮎じゃ。」
「あっ、鮎姫がお呼びでございますか? さっそく薬研堀へ参りましょう。」
「阿呆、おまえ、蹴鞠が視たいのではないのか?」
「いえ、まぁ、その、あの茶屋には美しいおなご衆が多ござりますゆえ」
「鮎の電信はな、本気ではない。営業じゃからの・・・」
「そうでしょうか、なんと申されておりましたか?」
「このまえの占いの続きしようねって。」
「あれは楽しうございましたな。拙者、鮎さまも殿のこと、まんざらではないと思いまするが・・・」
「おまえはわしを出汁にして、あの茶屋へ日参しようという魂胆がみえみえじゃ。鮎はわしに惚れてなどおらぬわ。」
「では、行かぬのでございますか?」と利蔵が訊いてきた。
「おまえも行きたいのか? 」
「はい、無論でございます。まだ行ったことがございませんゆえ、是非・・・」
試合は引き分けに終わった。
「靄靄とした気持ちを晴らすには、茶屋へ行くのが一番にござりまするぞ」
と伸太がせかす。
(3人分か、また金がかかるわい)
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- 2008/02/03(日) 20:21:09|
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