澳門漫遊 一夜明けて、3人はマカオではじめての朝を迎えた。朝陽が洋館1階の大きなフロアにさしこんでいる。その中央に置かれたおおきな円卓を囲んで、3人は椅子に腰掛けた。伸太は、円卓に並んだ料理の数々に目を白黒させている。
「殿、昨晩の広東料理もたいそうな馳走でございましたが、この朝餉も尋常ではございませぬな」
食卓にはすでに青菜の牡蠣油炒め、肉もやし炒め、饅頭、海鮮焼きそば、揚州チャーハンが並んでおり、さらに二人のメイドは続々と蒸し物を運んでくる。小柄で、つぶらな瞳をした小李(シャオリー)というメイドが、まず
「小籠包でございます」
と言って、小さな蒸籠をテーブルにおいた。小籠包といえば江南の名物料理だが、マカオのそれはやや小振りで、スープを薄味にしている。こんどはポルトガル人のミレットというメイドが2種類の蒸し餃子を運んできた。一つは豚肉と黄韮の餃子、もう一つは蝦と白菜の餃子である。こういう蒸籠物が何種類もテーブルに並んでいき、その締めにピータン粥と竹升麺の小椀がひとつずつ客人の前に置かれた。
「伸太も利蔵も、そう、がつがつ食らうでない・・・」
「しかし殿、この料理はほんに美味しうございますな。このように旨いものを食べたことはございませぬ。広東の中国人はみな、朝からこれほどのごっつぉうを食べているのでございますか?」
「金持ちはな」
「百姓は貧しいのでございますか」
「貧しい」
「どれほど貧しいのですか?」
「日本よりも貧しい」
「・・・それにしても、たまりませんな。これで酒があれば・・・」
「朝から酒が飲めるか。その茶が料理によくあうであろうが。飲茶(ヤムチャ)と言ってな、茶をのみ、軽食をつまむ。これが広東の風流じゃ。」
「さようで。これはなんというお茶でございますか?」
「水仙か鉄観音ではないかな」
「烏龍茶とはまた違うのでございますか?」
「烏龍茶にはさまざまな銘柄があるのよ」
小李が控えめに口をはさんだ。
「これは武夷山でとれた岩茶でございます。高山の岩山に自生する茶でして、なかなか手に入らないのですよ」
「福建と江西の境に聳える武夷山か。武夷山にも行ったことはあるが、その岩茶とやらは、たいそう値が高く、とても買う気にならなんだな」と舌右衛門は答えた。
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- 2008/04/07(月) 00:32:33|
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