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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

銀閣の銀箔 -もうひとりの恩師から

 先日、尾崎家住宅をご案内した恩師の、そのまた先達にあたる大学時代の恩師からお手紙と論文をお送りいただいた。これまでお手紙を頂戴したことはあるけれども、今回、驚いたことにワープロ打ちがしてあった。80代も半ばになられたはずだが、ついにパソコンへの挑戦を始められたらしい。
 ここにお手紙の一部を抜粋させていただきます。

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   拝啓、梅雨もそろそろ明ける気配のようですが、日中は暑くなり
  ました。ご無沙汰いたしております、元気にお過ごしのことと存
  じます。(略)
   今年から京都慈照寺の国宝銀閣の修理が始まっています。著名な
  建物のことですので、マスコミ関係でいろいろな話題が取り上げら
  れています。
   銀閣のこの度の修理は長年の疑問を明らかにするいい機会です。
  その一つである銀閣の呼称と銀箔による飾りについて考え、小論に
  まとめてみました。建築研究教会の発行する小誌に発表する機会を
  得ました。ここに同封してお送りいたします。ご参考になれ
  ば幸いです。
   昨今、世間と接触する機会が少なくなりましたが、情報量の
  多いこの時代に、(略)新聞に目を通すだけでは不十分と思い、
  遅れ馳せながらPCとの取り組みを始めました。なかなか
  手強い相手で時間がかかりそうです。
   今後ともよろしくお願いします。お体に気をつけて下さい。
   まずはお礼まで               敬具
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  江戸時代の文献、たとえば『洛陽名所集』(1658)は、慈照寺について、「院の仮庭に閣あり、銀薄(箔か)にして彩しければ、銀閣寺とも云うなり」とあって、銀閣はかつて銀箔をはっていたものがはげ落ちてしまったのだろう、と推定している。その一方で、本居宣長の『在京日記』(1757)をはじめ、『山州名跡志』(1711)、『思出草』(1793)などは、銀閣は名のみが「銀」であり、銀箔貼付を否定する見解を披露している。
 現在、銀閣(慈照寺観音殿)の修理が進められており、2006年に建築部材が銀箔で飾られていたかどうか、痕跡の有無を確認するための科学的調査がおこなわれた。恩師は、この点について、「このような科学的分析によるまでもなく、関係資料を検討したところでは、観音殿を銀箔で飾ることの事実はないと判断できる」と結論づけられている。

 東求堂のことを思い出した。大学2年の設計演習で東求堂の断面図をトレースした。慈照寺東求堂が、日本建築史上、どれほど重要な存在なのか知らないままケント紙に烏口でトレースし、何度も失敗して、その失敗を修正仕切れないまま提出したら、尾崎家に来られた恩師にお叱りをうけた。このたびの恩師は慈照寺研究の権威であり、最大の功労者である。
 卒業してから分かるんだな。教鞭をとっていただいた先生たちの偉大さを。いつまでもお元気で、銀閣の修理をみとどけていただきたい。

  1. 2008/07/15(火) 00:29:34|
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asa

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