FC2ブログ

Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

オホーツクの夏(Ⅲ)

講義


世界遺産暫定一覧表記載資産候補

 一夜あけた29日、午前から会議が開かれた。もちろんオホーツク文化住居復元基本設計のためのミーティングだが、それは黒帯くんのためのレクチュアを兼ねている。まずTO大の准教授がパワーポイントを使って、北海道の先史文化と常呂遺跡群に関するとても分かりやすいプレゼンテーションをしてくれた。黒帯くんには良いオリエンテーションになったと思う。そのパワーポイントは以前、整備委員会でみせていただいた記憶があるのだが、わたしにとっても、常呂先史文化の記憶を呼び覚ますよい刺激になった。 
 だから、黒帯くんではなく、わたしが何度も質問をした。復元の対象となる10号住居の壁、床、柱、竪穴の深さなどに関する情報をできるだけ詳しく知りたかった。また、10号では失われた情報が他の住居跡で残っている場合がもちろんあるので、どれぐらいの類例、参考例があるのかを確かめたかった。黒帯くんは、その問答をずっとメモし続けている。わたしはかれに何度か質問するよう促した。

   「わたしたちはプロ同士で話し合っているが、君はまだ3年になった
    ばかりだから、基本的な用語でもなんでも訊けばいいのだよ」

と言うのだが、かれは恥ずかしげに黙ったままだった。

オホーツク模型02入口 しかし、このミーティングはとても意義深いものであった。なにより残された時間でなすべき作業が鮮明になったからだ。一つは文献のコピーである。オホーツク文化住居の復元に係わるできるだけ多くの文字資料をコピーし、ファイルする。いまひとつは視察すべき復元先行例があきらかになり、それを北見市の担当官とTO大の教授が分担して案内してくださるというのだ。この日の「座講」が「情報収集」と「視察」の途を開けてくれたのである。TO大の先生方は、来年2月に正式な委員会を開催するので、その場で黒帯くんに復元研究の成果を披露してもらおうと言ってくださった。ちょうど流氷の季節。かれをもう一度連れてくることができれば、わたしも本望だ。

オホーツク模型01浅川 昨日のブログでは、市を批判しすぎてしまったかもしれない。今日は自己批判もしておこう。わたしはもっと早くTK町に入らなければならなかったし、それができないわけでもなかった。思い起こせば、8月20日、わたしは仙台にいた。仙台から札幌経由で飛べば、遅くとも21日には町に入ることができたのだ。そうすれば、当方の意図を直接伝えることも容易だったし、インターンシップ当初から黒帯くんのメニューを細かく調整することもできた。恥ずかしながら、東北からいったん帰鳥したのは、六弦倶楽部第8回練習会のための「練習」をしたかったからで、それが黒帯くんを9日間も現場に縛り付けた遠因になったかと思うと、まことに情けない限りである。そうなんだ、わたしは東北で「ギターを抱いた渡り鳥」だったんだ。あのまんま常呂入りしても練習はできたし、22日の夜には鳥取に戻ることも不可能ではなかった。もっとも、わたしが21日に常呂入りしていた場合、TO大以外の学生は参加してほしくない、と発言した人物との間で一悶着あったかもしれない。

田園01


[オホーツクの夏(Ⅲ)]の続きを読む
  1. 2008/09/02(火) 01:31:49|
  2. 景観|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

asa

08 | 2008/09 | 10
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search