
その翌日、千歳空港のトヨタ・レンタリースでヴィッツを借りた。慣れないカーナビも、慣れてしまえば便利なことこの上なく、「二風谷アイヌ文化博物館」と入力するだけで、画面と音声で最短距離の行程を案内してくれる。二風谷アイヌ文化博物館は平取町にある。平取はビラトリ、二風谷はニブダニと読む。いずれもアイヌの言葉を語源とする地名だ。この町はアイヌ民俗文化と義経神社、すずらん群生地などで知られた観光地である。

町を沙流(さる)川が貫く。文字通り、大量の砂を河口に向かって押し流す氾濫源で、北海道の清流渓谷をイメージしてはいけない。ただし、サル(サラ)というアイヌ語は「ヨシ原」もしくは「湿地」を意味するらしい。この暴れる川の流域に近世アイヌの文化が花開き、それを覆い尽くすように近代の開拓地や牧場・牧野林がひろがりをみせる。昨年5月、文化庁は「アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景観」を日本で3番目の重要文化的景観に選定した。その前提として、平取は町の全域を景観法の景観計画区域としている。
重要文化的景観にあたるエリアは、以下の5ヶ所に分かれている。
A: ビラウトゥルナイ区域(ペンケ・パンケ) 北海道日高地方における里山的景観 19,287,600㎡
B: 二風谷区域(ニブタニ) アイヌの伝統を伝える山野と集落の景観 13,022,927㎡
C: 芽生区域(メム) 峡谷との対照が際だつ戦後開拓地の景観 102,494㎡
D: 宿主別区域(シュクシペッ) 牧野・牧野林とスズラン群生地の景観 3,104,855㎡
E: 額平川区域(ヌカ・ビラ) 自然とアイヌの伝統、開拓の営為が織り成す多文化な河川景観 2,207,824㎡
F: 沙流川区域(シシリムカ) 自然とアイヌの伝統、開拓の営為が織り成す多文化な河川景観 6,084,550㎡


二風谷アイヌ文化博物館はB区域の中核施設であると同時に、町教委文化課の所在地でもある。おかげでカウンターの女性に「重要文化的景観」のことを聞くと、文化的景観専用の大きなビニールファイル(上右)に入った地図兼パンフレットを頂戴した。ただし、その女性は専門家ではなく、担当者が昼休憩でいないとの理由で、訪問者がどこに行くべきなのか、うまく説明できない。少々、途方にくれた。なにぶん町の面積はひろく、各区域間の距離も相当ある。いったいどこに行けばよいのか。どこがビューポイントなのか、皆目見当がつかない。まぁ、仕方ない。とりあえず、屋外に復元されているアイヌ・コタン(村)の写真をとり、お土産屋さんに入って休憩することにした。

そこでブルーベリー・ソフトを食べていると、店の奥さんが茹でたてのトウモロコシをサービスしてくれた。こちらの奥さんも、重要文化的景観のことをよく知っているとは言えない。二つばかり質問した。まず第1に、「重要文化的景観に選定されたことで観光客は増えましたか」と問うと、あからさまに「No!」。
「昔は多かったんだけど、今はさっぱりだわ。北海道全体では観光客が増えて
いるっていうんだけど、平取は駄目ねぇ・・・」
次に義経のことを聞いてみた。北海道の人は、ほんとうに義経が蝦夷に落ちのびてきたと信じているのですか、と訊ねると、「そのとおり。だって、あちこちに伝承やら遺跡やら残っているもの」とのこと。平泉で義経は死んだことになっているのですが、という質問に対しては、
「平泉で死んだのかどうか知らないけれど、仮に平泉で死んだとしても、
いったん蝦夷に入っているのは間違いないわよ」
[アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景観]の続きを読む
- 2008/09/03(水) 00:03:42|
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