Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

なめし皮のタンゴ(Ⅰ)-第10回六弦倶楽部練習会

せつあん20090428033048f9f
【六弦倶楽部練習会でモーリスSJー171を披露するセッツァン】

 週末の土曜日、予定よりも1時間早く目覚まし時計が鳴った。これが災いをもたらす。眠くて仕方なかったが、この日は音楽イベントが二つ連続するので、ちゃんと起きなきゃいけない。とりあえずシャワーを浴びたが、予定のコンサートまでずいぶん時間がある。朝ご飯でも食べよう。

 家の前には「」がある。雀ゲーというのは不思議なもので、時間がありあまっているときには、勝てない。100円コインがどんどん無くなっていく。ところが時間がないと勝つのです。この日もずっと負け続けていたのに、「さてコンサート会場に移動するか」と諦め始めたとたんに、跳満でロン!
 ポイントが30以上溜まってしまった。大急ぎでやりましたよ。山下和仁のリサイタルは12時半開場、13時開演。会場の鳥取市文化ホールまで傘をさして歩いていった。12時50分ころ会場に到着。ロビーでいきなり声をかけられた。「駅前の楽器屋さん」の店長がなんとスーツを着て、CD・DVD売り場を仕切っているではないか。「新作のDVD、予約受付中です」と言われたので、とりあえず記名したが、じつはあとでキャンセルした。

 山下和仁は、いかにも天才少年が40代になったというべき風貌をしていた。良くも悪くも、学者風である。ものすごく頭の切れる少壮の学者さん、といった印象。
 ながながと書いても仕方ないので、結果を述べると、わたしはまたしても眠ってしまった。眠っただけではなく、鼾をかいてしまい、前列斜め左のお客さんに膝を叩かれて目を覚ました。猛烈に恥ずかしかった。睡眠不足と雀ゲーで疲れていたのは事実だが、もの静かなクラシックギターのリサイタルで鼾をかくとはなんたることか。考えてみれば、クラシックギターのコンサートは3回めで、1回めのセルシェルでは最後に眠ってしまったが、2回めのヨークはずっと目をあけていた。3回めの山下和仁では、第1部から目を閉じていて、第2部の途中から眠りに落ち鼾をかいた。山下さん、および私の周辺に坐っていた聴衆のみなさんに深謝申し上げます。

01返照混合


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  1. 2009/04/30(木) 00:08:32|
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感想 「山で最期を迎えたい」

 昨年度の日本放送文化大賞グランプリを受賞したドキュメンタリー作品「 山で最期を迎えたい -ある夫婦の桃源郷」(山口放送制作)については、さいわい県内でDVDに録画していた方からダビング・データをお送りいただき、4月24日(金)のゼミで放映会をおこなった。会場は加藤家住宅のロフトである。じつは、制作元の山口放送の担当者とも連絡をとりあい、校印を押した借用依頼文書を送付したのだが、いちど電話があって内諾を得たにも拘わらず、今に至るまで映像メディアが送られてきていない。
 DVDをお送りいただいた県内在住のFさんには、この場を借りて御礼申し上げます。
 さて、このドキュメンタリー、やはり学生諸君にもそうとう大きな衝撃を与えたようである。ただ、わたしたちの世代とは違って、若い学生諸君がこの作品をどうとらえたのかは分からないので、感想を書いていただくことにした。通常、1回のゼミのレポートは1名ということになっているのだが、今回の場合、作品の重みが桁外れなので、1学年から1名を選抜し、計3名に感想文を書いてもらうことになった。いつもどおり、ジャンケンで執筆者を決めようとしたところ、3年生の武内くん(武内はハンドルネームで本名ではありません)は挙手して「書きたい」と自主的に申し出た。4年生はジャンケン、院生は2名とも書くかと思いきやエアポートがパスした模様。
 どうぞ若者の感想を読んでやってください。

10山で最後01


「愛」という希望
 この作品は山口県の山奥、水道も電気も通っていない場所に二人だけで住む夫婦とその家族を17年間も追ったドキュメンタリーです。どんどん歳をとってゆく夫婦と、「親を支えてあげたい」「恩返しがしたい」家族。そこには、過疎化や高齢化社会など様々な現代社会が抱える問題がメッセージとして込められていたと思います。
 でも、私がこの作品をみて感じたもの、それは憧れと希望でした。この夫婦の生活には愛がたくさん詰まっています。スクリーン越しに伝わってくる微笑ましさや幸せ。幾年が過ぎても変わらないのであろう仲の良さは、私には何よりも羨ましく写りました。 
 歳をとり、寝込むことが多くなった夫に「何もしてあげられなくてごめんね」と涙しながら夫の手を握る妻。年老いてゆく夫婦を支えてあげる為、住み慣れた土地を捨て、夫婦の側にいてあげる娘夫婦。家族にも愛され、互いが互いを愛し続ける。それは、この世で一番幸せな事ではないでしょうか。
 「山で最後を迎えたい」。この作品は、本当に大事なものが何なのかを教えてくれる素晴らしいドキュメンタリーだと思います。
 こんな夫婦になりたいという憧れ、人生とはなんて素晴らしいんだという希望を抱き、愛の大切さを再確認し、私は泣きました。
 皆さんにも是非見ていただきたい。見れば分かる、私はそう思います。
 そして、大切な人や家族のことをもっと考えれたのならそれは幸せな事だと私は思います。
                                              (3年:武内)

ひねくれてるのかな?
 はっきりいって、これほどの番組だとは思っていなかった。家族の絆、暖かさに心底感心した。私自身はと言えば、親戚付き合いも少なく、兄妹の仲もそんなに良くない。それが普通だと思っていたから、この内容には正直ショックを受けた。もし、自分の親が「山で最期を迎えたい」と言ったら、果たして理解してあげることが出来るだろうか。考えたくないけど、親が癌を患った場合、あのドキュメントのように兄妹で団結して真剣に討論することができるだろうか。何だか、気持ちがモヤモヤした。
 おじいさんが癌で亡くなってしまっても尚、三女夫婦が山仕事を続けている場面では今までと変わらぬ毎日を過ごす「強さ」みたいなものを感じた。これは、認知症が進んできたおばあさんのためなのか、自分たちの生きがいとして継続しているのか、私にはわからなかった。しかし、どういう理由であれ、山で暮らすことを決めた老夫婦も、それを見守る娘夫婦も後悔のない人生をおくるために、この家族は真剣に生きている。私にはとても眩しかった。
 最後の場面で、認知症のおばあさんが山にむかって必死におじいさんを呼んでいる。娘さんが「おじいさんの声、きこえる?」というと「きこえない」と不安そうに答える。このおばあさんの表情が心に焼き付いてしまって忘れられない。これは、私が中学生のときに母にさせてしまった表情に似ている感じがして、その時の気持ちにダブってしまったからだ。
 私はドキュメンタリを見ると、自分の人生について深く考えさせられるし、自身のだらけている感覚にも嫌悪感を抱くことが多々ある。それが何だか心地良くないので、普段は積極的にドキュメンタリは見ない。去年、キム姉さんの論文のお手伝いで関わった板井原の「限界集落」に絡めて見てみようかなと思っていたけど、そんな余裕は無かったな。
 しかし、これだけのドキュメントをみて、「死」「認知症」「介護」の現実を目の当たりにし、単純に感動することができなかった。むしろ、まだ家族のだれも亡くなってないし、葬式に一度も参加したことがない私にとっては、未経験のこれらの言葉がとても恐ろしい気がして、恐怖心のほうが大きく、少し不安になった。でも、みんなは「とても感動した」と、いい話を見てスッキリしたという表情で話していた。やっぱり、私はひねくれてるのかなと思って少しヘコみましたね。純粋じゃないのかな?
 これを見てから、いろいろ考えさせられました。ドキュメンタリは見応えあって好きな反面、ちょっと苦手かもしれないですね・・・(4年:黒帯)

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  1. 2009/04/29(水) 00:01:35|
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第3回「古民家のリサイクル -カマド復元と蕎麦打ち-」

カマドか解体前【解体前のカマド】
  

 お久しぶりです。新4年の狩人改め黒猫です。とうとう4年になって、就職戦線もたけなわ、学業と就活をともに頑張っていきたいと思います。

 2009年前期プロジェクト研究1&3「古民家のリサイクル-カマド復元と蕎麦打ち-」では、2年ぶりに鳥取市倭文の加藤家住宅修復プロジェクトが再開されました。私とガード君は1・2年生7名のプロジェクト研究を指導する立場となり、それを卒業研究に結びつけることができれば幸いです。4年としての自覚と責任を持ち、このプロジェクトが成功するよう、うまく1・2年生をリードしていきたいと思います。
 さて、2年半前の第1期修復工事の際、トオリニワの板間上におかれていたカマドを解体し、その部材を裏庭にブルーシートでくるんで放置していました。このカマドを、とりあえず原位置に復元しなければなりません。

 ASALABのモットーは「セルフビルド&ゼロエミッション」。大学裏山の「ツリーハウス」「廃材でつくる茶室」に始まり、加藤家住宅でも「イロリの復元」「縁の修復」「ロフトのアトリエ化」などに受け継がれ、加藤家住宅の「ローコスト修復」に貢献してきました。今回も「セルフビルド&ゼロエミッション」のコンセプトを徹底してカマドを復元します。再利用できる材料はできる限り多く再利用し、修復の際に廃棄物となった材料を活用し、コストなしの復元をめざしています。

02カマド部品撮影01全景01

 思い返せば、ぼくは1年の前期に「イロリの復元」に携わり、「セルフビルド&ゼロエミッション」のコンセプトで火棚の制作を担当しました。それが3年前のこと。時間がたつのは速いですね(そういえば、先日の飲み会ではあっちの話だけでなく、アインシュタインの「時間」についても講釈をうけましたよ)。入学した直後で、何も分からずにいきなり火棚の制作なんて無理じゃないかなあ…?と思っていたのにできちゃった。その火棚は今でも加藤家の板間に吊るされ続けています。そういう活動に携われたことは誇りであり、2年次の「ロフトのアトリエ化」では火棚制作の成果を発展させることができました。わたしはアトリエ班のリーダーでしたが、1・2年は当事の先輩方に依存しがちになってしまい、多くの面で手を貸していただきました。アトリエづくりは成功したのですが、本来「プロジェクト研究」とは自分たちで問題を発見し解決する事を目標としており、先生や先輩方にはあくまでアドバイザで、相談に乗ってもらったり、少しお手伝いをしてもらうぐらいにしなければならなかった。そのことをふまえ、1・2年生を指導していけたらと思います。

03カマド部品洗い01

 さて、カマドは解体された釜や土台がブルーシートに包まれていましたが、2年半のあいだ放置状態だったため、腐朽や劣化が進んでおり、材料が復元に耐えうるか、どれがどの部位に当たるのか、暗中模索の状態です。まるで、大きな土器を復元していく立体パズルのような作業がこれから待っているわけです。22日(木)は、ばらならになった部材を仮番付しながら、写真撮影し、さらに水で洗浄して板間のブルーシート上で乾燥させるところまでもっていきました。1・2年生は3班に分け、順次、解体部材を撮影・洗浄し、仮番付はガード君、板間での部材整理は院生の部長さんが担当してくれました。
 04カマド接置01痕跡01 04カマド接置02土台01表01 04カマド接置02土台02裏01

 一方、先生と先輩はまた別の大仕事に取り組んでいました。まず先輩たちがトオリニワの土間におかれていた荷物を片づけ、板床面を清掃しました。すると、かつてカマドかおかれていた痕跡がみごとにあらわれました。まるで発掘調査の遺構検出をしているようです。次に、カマドの土台を痕跡の真上に移そうとしましたが、カマドの土台部分は湿気で框の下端が腐りはじめています。なにより、土台は3~4名では動かせないほど重く、じつに6名の人が集まってきました。そこで、まず90度回転させて裏面をみたところ、セメントの床面を支える3本の根太が腐朽しており、セメントは陥没寸前の状態になっています。教授の指示により、3本のうち2本の根太をとりさり、かわりに角材をセメント床の中央に2本置き、その下から、板と鉄板でセメント面を支えることにしました。そして、6人で数十キロの土台をもちあげました。裏口から土間に入れれば良かったのですが、狭すぎて断念し、大まわりで表から土間に入りました。両開き戸を外して、なんとか土台をもつ6名が中に入っていけたのです。下にわたした板をもった教授はいつものごとく、「生まれてくるんじゃなかった・・・」を連発されていました。土台は、結局、原位置ではなく、トオリニワ板間の端部に角材で浮かした状態で仮置されました。これは乾燥のためです。

07土台運び02圧縮


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  1. 2009/04/28(火) 00:00:25|
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フットサルシューズ余話

フットサル・シューズ02大給02アップ


 ミニサッカーの翌日、就職活動から帰ってきた黒帯くんに足のサイズを訊ねた。

   「26センチぐらいです・・・」

と言うので、購入したばかりの25.5センチのフットサルシューズを履いてもらったところ、ぴったり。わたし(=教師)が履いたとき、靴ひもをいっぱいいっぱいにのばしてやっと足が入るには入ったのだが、ひもが結べないという惨めな結果をみたのに、黒帯くんの26センチの足には、ごらんの通り、ぴったり納まっている。本人もいたくお気に入りで黄緑色のシューズが「欲しい」という。クンフー有段者のかれは「サッカーがしたい」のだ、と。
 わたしは良い人ですよ。ほぼ半額で、1回しか履いていないシューズを譲ることにしました。それにしても、格好いいな。フットサルシューズとして格好いい、というよりも、おしゃれシューズとして、とてもカッコイイ。ジーンズによくあう、というか、ジーンズがひきたって男っぷりがあがる、というか、なんか妙にモテそうな都会のファッションだねぇ・・・正直、譲るのが惜しくなってしまいました。
 わたしと言えば、新しいシューズを探すしかない。横幅が狭いのはプーマの特徴だと思ってたんですが、ナイキも同じだった。残るはアディダスとアシックスか・・・

 ちなみに、上下の写真に映っているボールは、2005年にグラスゴーのレインジャーズショップで仕入れたものです。

フットサル・シューズ02大給01全景


  1. 2009/04/27(月) 00:20:08|
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着任のご報告

 昨日(22日)の駐車場でのミニ・サッカーを終え、翌日にバッチリ筋肉痛になっている自らの肉体に安堵している昼下がりの午後・・・
 初めまして、ブログ執筆者としてお初にお目にかかります、清水タクオと申します。
 この名前を聞いて、ピンとこられたあなた!なかなかのLablog愛読者かとお見受けいたします。(先のガード君のブログにて登場しておりますが・・・)
 何度かブログに登場していますのでご存知の方もいるかと思いますが、簡単に自己紹介とご報告を。
 私、清水タクオは鳥取環境大学浅川ゼミの「1期生」として4年前に大学を卒業。ゼミ生時代は先生ご指導のもと「木造建築」の知見を深め、社会人となっても、兵庫県の工務店・島根県の設計事務所と、ここでも「木造建築」に携わる仕事に従事してきました・・・
 そしてこの度、紆余曲折を経まして鳥取環境大学の「嘱託職員」として4月1日より着任する運びとなり、社会人の立場として大学に戻ってきた次第です。というわけで、今後ブログに登場することも多くなるかもしれませんが、以後お見知りおきよろしくお願いいたします。
 さて、今回は着任報告の場をお借りしたほかに、Lablob執筆初仕事として、チームASALABのサッカー活動報告をする機会を頂戴しました。ただ、サッカーについてはガード君が報告してくれていますね。ということで、私はその活動の舞台裏と、ガード君の活躍について少々報告したいと思います。

タクオ01ホワイトボード 木曜日の夕方、先生からプロ研1・3終了後にサッカーをしよう、と呼びかけをいただき、先生・ピヴォ君・エアポート君・ガード君・アシガル君・黒猫君の7人でサッカーをする運びとなりました。ぼちぼちメンバーが集まる中、普段あまり運動をしていない先生や私が意気揚々としている傍ら、なにやらピヴォ君は浮かない様子。どうやら20時から自身が所属しているフットサルチームの練習を予定していたそうで、練習に遅れることを危惧していたようですね。ということで、「先生をバテさせたら早く終わるのでは・・・」と2人で画策したわけです。(先生、申し訳ありません・・・)
 そこで、ボール回しが始まって間もなく、先生に「鳥かご」なるパス回しのゲームを持ちかけました。「鳥かご」というのは3・4人くらいでボールをまわし、1人がオニ(ディフェンス)になってボールを奪い、奪われた人がオニになる、というものですが、このオニがきついんです。ボールを奪うために動き続けなきゃいけませんからね。
 2人の企てを知る由もない先生は、この提案に快諾。計画通り「鳥かご」をすることとなりました。ただ、ここで誤算が生じます。先生の動きが良いんですよ。ボールタッチもさすがなもので、なかなかオニにならないんですね。こりゃ作戦失敗か・・・と思いながら、ゲームも後半に差し掛かかったとき、なにやら一人の男の目つきが変わります。そう、ガード君です。最初のうちはおとなしかったガード君ですが、次第にその本領を発揮します。中田ヒデばりのキラーパス(味方殺し!)を連発し、疲労からパスを拒否する先生に容赦なくパスを浴びせるガード君。彼のブログを読んでみると、どうやら作戦だったようですね。いや、お見事でした。
 そのおかげ?もあってか、その後の4対3のミニゲームが終わったのが7時過ぎ。先生は「もうダメ・・・」「生まれてくるんじゃなかった」を連発し、かなりお疲れのご様子でしたね。シューズを一人では脱げないということで、紐を緩め、脱がせて差し上げました。

 礼には及びませんよ! 

駐車場サッカー03左サイドハーフ 作戦成功の証として、疲労困憊で横たわっている先生とご一緒させていただき記念撮影を終えたピヴォ君は、倉吉でのフットサルの練習に、足早に帰っていきました。練習には間に合ったんでしょうか・・・
 その後、サッカーを終えた6人は、先生にお誘いいただき焼肉を食べに行ったんですが、「鳥かご」で大活躍だったガード君は先生からのリベンジとも思える質問責めにあい、落ち込んでましたね!

 いや、楽しかったです。ぜひぜひまたやりましょう。目指すはTUESカップ優勝!ですかね。

  1. 2009/04/26(日) 00:06:11|
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チームASALABの産声

駐車場サッカー01大勢


 2009年4月23日夕刻、鳥取環境大学駐車場で小さな産声があがった・・・・・・・!?

               その名も チームASALAB!!
             これから新たなる伝説が始まる!!

 4月20日の「孤独なサッカー」を読んでいただければわかるが、ASALABの教授と一部のゼミメンバーが肥満気味であり、それを解消するために教授が好きなサッカーをすることを提案され、ついに駐車場ミニ・サッカーが実現しました。

 この日はプロジェクト研究1&3のため加藤家で作業をした(詳しくはあとで黒猫君から報告があります)。その時、教授は肥満者とサッカー経験者に「プロ研が終わったらサッカーをしよう」と誘われました。私、ガードも誘われたのですが、理由はもちろん前者のほうです。大学に戻ってゼミ室でくつろいでいたところ、エアポートさんの携帯電話がなった。どうやらサッカーを始めるようだ。そして、エアポートさん、福井さん、ガードの3人は今にも爆発するサッカー熱を心に秘め駐車場まで駆け下りていった!

フットサル・シューズ01全景 駐車場に到着すると、目の前には2人の熱きサッカー野郎、教授とタクオさんが立っていた(この時、教授は新しい黄緑色のシューズを履いて熱く燃えていたが、この後このシューズが引き起こす悲劇にはまだ気づくはずもなかった・・・・・)
 ついに駐車場に集まった熱きサッカー野郎5人!燃え滾る熱さを胸に秘めたまま1対4が始まった。四角いエッジに立つ4人が2タッチまででパスをまわし、中にいるディフェンダーが球に触ったら、ディフェンス交替。前半はエアポートさんと私ガードがよくボールをとられ、ディフェンスをする時間が長かった。しかし、後半はお歳のせいか、教授の足が動かなくなり、ディフェンス回数が増えていった。これはきっと私の作戦のためなんです。途中から息が切れ始めた教授は、「パスをまわすな!」と言われるのですが、わたしは随時パスを送っていたからです。
 後半に入っても、ほとんどディフェンスしていなかったのがタクオさんとピヴォさん。さすがこの2人は上手く、ボールタッチがソフトでした。感動です!!
 1対4が始まってからしばらくするとクールな奴等があらわれた。黒猫君とアシガル君である! この2人が参加し3対4のミニ・ゲームをすることになった。この時から教授の足に異変が起きていた。教授はその異変を我慢し、ゲームを始めたのである。教授熱いです!!
 前半は教授のいる3人チームがおされ気味の試合はこびとなった。ピヴォさん率いる4人チームは優勢なりながらも最後シュートがなかなか決まらないでいた。っとその時! 隙をうかがっていた3人チームがシュートを放ちゴール! アシストが教授で、シュートは黒猫くん。何が起こったのか4人チームはわからないでいた。
 後半になると、4人チームも黙っているはずはなく、シュートを放ち同点ゴールを決めた。ここで教授の足が限界に近づき、最後1点取ったチームが勝利という事で終わろうとタクオさんが提案し、試合再開!
 最後1点が長引くと思われたが、ピヴォさんのパスをもらった私ガードが、ごっつぁんゴールを決めて4人チームの勝利で終わった。

駐車場サッカー02靴がぬけない

 しかし、事件はその時起こった。なんと教授は買ったばかりのフットサル専用シューズが足にあわず、靴ずれを起こしてしまったのだ。教授によると、通販で買ったシューズ(25.5㎝)は長さはちょうど良いのだけれども、幅が狭すぎて、靴ひもをゆるめてなんとかはけたのだが、ひもを結ぶことができなかった。その結果、試合終了後、自ら靴を脱ぐことができず、タクオさんとピヴォさんに脱がせてもらったのでした!
 本当にこれは大変でした。


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  1. 2009/04/25(土) 00:00:19|
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ギター

 さきほどまで報告書印刷代しかいただけない科研3年目の申請書類を書きながら、『ギター』というCDを聴いてました。ネットを彷徨っていて、たまたま『ギター』というタイトルのCDにであったんです。CDのタイトルが、

   『ギター』

ですよ。作者は戸張大輔という人。聞いたこともない方ですが、いくつかのレビューを読むと、「天才」と絶賛されており、アマゾンでも4つ★半か五つ★だった・・・ここまで高く評価されていて、『ギター』というタイトルのCDを買わないギターマニアは少ないのではないですかね??

 ジャケットのコピーはこんな調子です。

   戸張大輔:天才音楽家。山塚アイ氏がREMIX誌95ペスト・アルバムに
   「天才。古代の叡智を感じる」と選出した初作『ファンタジー』をはじめ
   自主カセットを数本制作、一部の注目を集めました。そのドリーミィな
   音楽は「NHK『ラジオ深夜便』を聞き終わった早朝聴いたんだけど全く
   違和感なかった」(豊田道倫氏、談)というように、スタンダードに成り立つ
   ものであり、「(アタウァルバ)ユバンキを感じた」(直枝政広氏、談)という
   ように、素朴ではあるが真に国際性を備えたものであります。

 悲しくなるような日本語の文章表現ですねぇ・・・インディオの伝説的レフティ音楽家、ユパンキはさておき、山塚某も豊田某も直枝某もわたしゃ知りません。とにもかくにも、この戸張という「天才音楽家」の音楽の良さがさっぱり分かんない。さんざん考古学に関わってきましたが、「古代の叡智」がいったいどこに流れているのか。ドリーミィってのはクリーミィではないだろうし、朝聴いて違和感がなければスタンダードで、ユパンキを感じたら国際的だというのは、どういう論理なのか。論理がないから天才なのか・・・いまは東国に行ってしまった某君を彷彿とさせてくれた点でこの文章に感謝しないといけないのかもしれません。

 『ギター』とほぼ同時に届いた細野晴臣『泰安洋行』、ティン・パン・アレイ『キャラメル・ママ』、マーカス・ミラー『シルバー・レイン』はいずれも素晴らしかった。細野さんはわたしにとっていまや高田渡の聖域に最も近づきつつある存在です。マーカス・ミラーはもともとそんなに好きじゃなかったんだけど、全世界を見渡してジェフ・ベックとサシで渡りあえるベーシストはM2ぐらいかな、と・・・あっ、そうか ベック vs 細野 も悪くないか、こっちのほうがおもしろいかもしれん・・・(余談ながら、「シルバーレイン」のボーカルはクラプトンです)

 どなたか戸張大輔という天才音楽家の素晴らしさをご教示いただけませんでしょうか。 


  1. 2009/04/24(金) 00:26:08|
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『紅楼夢』を読む

 大学院授業のオリエンテーションを終えました。

 中国語のテキストを読みます。テキストは『紅楼夢』。冗談だと思うでしょ? まともに中国語を学んだことのない修士課程の1年生に『紅楼夢』を読ませる??
 『紅楼夢』の原文なんか、帝国大学の院生に読ませても、わたし自身が読んでも、間違いだらけの訳になってしまいます。読むのは『紅楼夢』の絵本です。図書情報を示しましょう。

   原著: 曹雪芹  高鶚
   書題: 中国古典四大名著『紅楼夢』 児童注音版連環画(192p.)
   出版社: 北京少年児童出版社
   出版年: 2007年7月
   ISBN: 978-7-5301-2024-8/1・745
   定価: 18元

 『紅楼夢』は日本の『源氏物語』と比肩される中国貴族の恋愛小説です。ただし、『源氏物語』は平安時代で、『紅楼夢』は清の時代のお話。両者は恋愛小説ですが、じつは当時の貴族住宅を理解する上で欠くことのできない史料でもあります。それが証拠に、池浩三氏は寝殿造住宅に関する専門書として『源氏物語-その住まいの世界-』(1993)と題する大著を刊行しています。『紅楼夢』については、これに匹敵する建築史学的業績はないように思うのですが、いわゆる「四合院」系の貴族住宅がどのように使われたのかを知る文献資料としてこれ以上のものもないでしょう。いずれだれかが『紅楼夢』の建築史学的解釈を試みる大著をあらわしてくれることを期待してます・・・なんちゃって書いたら、「おまえがやれっ!」て野次が飛んできそうですね・・・

紅楼夢(絵本) この絵本の良いところは、中国語文章を構成するすべての漢字の上にピンイン(併音)が併記してあることです。漢字の発音が分かるだけでなく、中日辞典を引きやすい。部首索引に頼る頻度が大きく減るでしょう。この絵本を読む目的は、もちろん中国語の基礎を学ぶことですが、「会話の基礎」を身につけるためではありません。中国語を「読む力」を身につけることが目標です。辞書を引きながら、報告書レベルの中国語を読めるようになってほしい。後期には適当な論文もしくは報告・紀行文などを探し、それを輪読し翻訳したい。前期はその講読のための基礎を『紅楼夢』の絵本から学ぶのです。
 さて、中国語を学んだ経験のない院生諸君に対して、どのような教育方法をとるべきか。今回、わたしはアナログに徹することにしました。各自、原稿用紙を用意し、以下の手順でホームワークを進めます。

 1)原著の漢字を筆写する。原稿用紙の1マスに漢字1文字が対応するように書き写します。
 2)筆写した漢字の真下の欄にピンインを筆写していきます。
 3)筆写した漢字は中国の簡体字なので、これを日本の漢字に改めて原稿用紙のマスを埋めていきます。本来は正式な「繁体字」に直したいところですが、これは煩わしい作業なので日本の「簡体字」に改めることにします。
 4)そして、訳文を日本語で書いていきます。

 以上がホームワーク。授業でホームワークを発表します。おそらく訳文は間違いだらけでしょうから、それを教師が修正していく。ここでわかりにくい文法等についても、説明します。
 こんな具合に授業を進めていく予定です。さて、うまくいくかどうか?

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  1. 2009/04/23(木) 00:56:39|
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ETC

 ついにETCを体験しました。ゲートに入るとき、少し緊張しましたね。
 ETCのセットアップは2週間以上前に終わっていたのですが、カードがなかなか来てくれなかった。言わずもがな、ETCバブルの影響です。通常ならカードは2週間で届くはずなんですが、いまは3~4週間もかかる。
 深夜割引、半額ですよ、みなさん。吹田から佐用までの中国縦貫道の料金が1650円だった。これは安い。近畿自動車道は500円が250円。ところが、第2阪奈道は割引なし。ここいらが割引の難しいところですね。ダンピング・エリアをしっかり把握しておかないと。1回めの走行を経験した結果、わたしの場合、深夜11時過ぎに奈良をでて、第2阪奈(高速)は使わずに、国道163号を西行し、門真あたりで近畿自動車道に乗るのが最安値であることが分かりました。この時間帯に運転すれば、午前2時半までに鳥取に着くでしょう。この場合、片道の高速運賃が1900円(1650+250)になる。往復で3800円ということは、50%割引だから、3800円得しているわけで、セットアップ料金14500円(補助なし)は4回の往復で元がとれる勘定です。 

 しかし、TVタックルで大竹まことがヤなこと言ってたなぁ・・・次の総選挙で民主党が勝利しマニュフェストが実現するならば「高速料金0円」となる。この場合、あわてふためいてセットアップした大勢の国民はバカをみたってことになるではないの???
 いや、バカではない。とりあえず、奈良と鳥取を4回往復すれば元はとれる。4回往復した後に解散、総選挙の運びとなれば、万々歳だわね・・・といいますか、いまの情勢では民主党の単独政権は難しいので、大連立その他政局に動きがある場合、「高速料金0円」がただちに実現するとはちょっと思えませんね・・・



  1. 2009/04/22(水) 00:38:11|
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『孫子』-解答のない兵法

 岩波書店から贈呈本が届いた。めずらしいことである。

   『孫子』-解答のない兵法

という新刊書。岩波が企画する「書物誕生 あたらしい古典入門」シリーズの一冊である。著者は日本を代表する中国語学者で、わたしとは縁遠い方のようにみえるが、これがそうでもない。大学の1期先輩で、出身が松江だったこともあり、学生時代、同じ山陰のライバル?として「目糞、鼻糞を嗤う」戦いをくりひろげておりました・・・
 それにしても、『孫子』という書物をご贈呈いただくのはもったいないことだと恐縮しきり。もちろん、孫子という人物やその兵法に興味をもっていないわけではないけれども、わたしの専門は「建築」であって、贈呈の対象リストから漏れたとしてもなんら不思議ではない。十年以上お目にかかっていない方でもある。なぜ、松江の先輩はわたしに『孫子』をお贈りくださったのだろうか。
 記憶が曖昧なのだけれども、ひょっとしたら、拙著『出雲大社』(2006)を贈呈したからかもしれない。出雲の出身だということで、贈呈した可能性はあるのだが、自分自身の記憶が定かではないのが悩ましい・・・

 著者は中国語学の専門家であるから、原典解読にあたって一語一句の検証が緻密なことでよく知られている。ところが、驚いたことに、引用する『孫子』の原文・読み下し文・現代語訳は、「原則として岩波文庫版の金谷治訳注『新訂 孫子』(2005)によることとした」と序に書いてある。その理由は、

   金谷訳は『孫子』原典の味わいをそのまま伝えようとしており、
   解説も簡にして要を得た信頼すべきものである。

 ここに使われている「信頼すべき」という形容詞に痺れた。著者ほどの中国言語学の大家ならば、『孫子』原典の一言一句を厳密に読み直す作業からスタートすることも可能であろうに、その仕事は先達の業績に委ねるというのだ。信頼すべき研究者が信頼すべき書として扱っているのだから、金谷本『孫子』の重みは計り知れない。
 この序を読むだけでも、心が痛む。自分は「研究者」として、どれだけ「信頼すべき」仕事をしてきたのか、とふりかえるならば、正直、うしろめたい。あちこちの情報を切り貼りして、どこまでがオリジナル・データで、どこまでが引用なのか分からない「雑文」ばかり書いてきたキャリアが恥ずかしくなる。

 『孫子』はまだ読み始めたばかり。概説書ではあるけれども、それほど簡単に読破できる書物ではない。いまはまだ冒頭の部分。孫武は実在の人物なのか。『孫子』は複数の人物が著した書ではないか。とすれば、書の成立年代はいつごろか・・・少し前に似たような文を読んだ記憶が蘇ってきた・・・ネパールにもっていった司馬遼太郎の文庫本『真説 宮本武蔵』。宮本武蔵という剣豪は、ご存知のように、じつは複数いたのではないか、という説が根強くある。司馬はこれを検証し、『五輪書』の名文を著し「枯木鳴鵙図」を描くような才をもつ人物は唯一人としか言えない、と結論づけていた。
 ならば、孫子はどうなのか。少なくとも、孫子は二人いる。春秋時代の呉孫子(孫武)と戦国時代の斉孫子(孫臏)であり、さて、二人の著した書にはどのような関係があるのか。これを理解するだけでも、なかなか大変だ。詳細はぜひとも本書をお読みください。


  1. 2009/04/21(火) 00:15:55|
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孤独なサッカー

 一念発起しましてね。奈良で週末をすごすと、ソファに根がはえて動かなくなる。鳥取では、少しマシです。自転車に乗るとか、久松山をトレッキングするとか、市街地を歩きまわるとか、大学の階段を4階まで上がるとか、少しは体を動かす機会がある。奈良では、ほんとにまったく動かないので、肥満が加速するだけでなく、体調が悪化するのですね。
 なにをすべきか、考えたんですが、いうまでもなく、わたしにはサッカーしかない。ワイフに命じて、古いトレーニング・ウェアを探してもらったんですが、あまりよいのが見つからなかった。

  志は道具から始まる。

 さっそくサティへ。「スポージウム」という店で、ナイキのバーゲンをやってまして、ジャージの上下を定価の3割引で仕入れました。しかし、ジャージだけでサッカーはできない。ナイキのボールはおいてなかったので、アディダスの4号球を買いました。大人用の5号球は、すでにもてあます体になってしまっているだろう、と自ら判断した次第です。

新しいサッカーボール01

 わたしの決意のハードルは低い。「1日、少なくとも30分ボールを蹴ろう」という決意です。夕方、ジャージに着替えて近隣公園のグラウンドへ。グラウンドに着くまでのランニングで、すでに息はあがってました。グラウンドに着いてからの30分が長いのなんの・・・ダッシュなどとんでもない。4号球を蹴っても、思いどおりには飛んでくれません。ゆるりゆるりとドリブルしながら、ときにフェンスに向かってロビングをあげる。これを何度か繰り返すのですが、時間は遅々として進まない。
 一人のサッカーは孤独ですよ。仲間が一人いれば、一気に楽しくなるんだけれども、相棒はボールだけ。それでも、ボールのない単純なランニングだけだと、わたしは耐えられない。ボールがあるからこそ、孤独に耐えられる。いや、ハードでした。今日はできなかったけど、明日はリフティングに挑戦しよう。

新しいサッカーボール02 帰宅して風呂に浸かったら、お腹はぺこぺこ。食欲がもりもりでてきましてね。醪キャベツ、もずく酢、イカそうめん、とろろ昆布湯豆腐(これ美味いよ!)などをアテに焼酎をぐびぐび・・・仕上げは娘の特製キーマカレー。その後、浅田真央の200点演技も視ずにぐぅぐぅ眠ってしまいました。
 体調良いですよ。わずか半時間の一人サッカーで、体重は変わるはずはないのだけれども、体を軽く感じる。明日も必ずやります。

 それから携帯メールでピヴォに訊いたんです。フットサル専用シューズを買いたいが、どうしたらよいのか、と。

  > ネット通販が安く手に入るとおもいます。

という返事がかえってきた。さっそくナイキのシューズを注文。

 2期生が4年のとき、夕方になると、裏の駐車場で4対4ぐらいのミニ・サッカーをよくやっていたんです。今年はそれを復活させようかと思ってましてね。プロが2名いるので、レベルは高いでしょうが、肥満気味のエアポートやガード君あたりもダイエットに活用してほしいものです。

  1. 2009/04/20(月) 00:14:55|
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久松山に思い馳せて

西高グラウンド01発掘調査001

 桜の花びらも散り、ちょっと寂しい今日この頃。どうも、こんにちはアシガルです。
 ASALABも徐々に本格的に活動が開始し、新4年生としてエンジン全開で頑張りたいと思います。先生を始めLablog愛読者の皆様、今年もよろしくお願いします。

 さてさて、話しを戻しまして金曜日は天気もよくちょっと足をのばして野外でのゼミ活動となりました。
 17日(金)のゼミでは、今現在鳥取N高校の東グラウンドで行われている発掘調査の見学に行きました。この見学は僕にとってとても大切な見学となります。なぜかといえば、ボクの卒業研究のテーマが決まりまして、そのテーマは「史跡と共存する校舎の設計と復元建物の活用(仮)」です。いや~、壮大なテーマですね。大まかな内容は、復元建物を学校の施設として利用し、鳥取城の史跡と景観にふさわしい設計案を提案することです。
 その史跡の理解を深めるために、市教委のSさんを初め、多くの方が今日の史跡案内の機会を作ってくださいました。本当にありがとうございました。

西高グラウンド01発掘調査003

 ボクは、発掘調査現場を見学するのは初めてで、とてもドキドキしていて内心緊張していました。でも、発掘調査員の方の丁寧な説明は分かりやすく、とても勉強になりました。
 ボクが気になったのは、正方形に区画され地面に埋め込まれた石の遺構面でした。正確にはまだなんの遺構なのか分からないのですが、教授ははやくもピンときたようで、「何があった遺構だと思う?」と質問を投げかけるれたんですが、みんな黙ってしまいました。教授によると、まわりの平べったい石敷きは「雨落ち溝の底石」で、内側のごろごろした石の詰め込みは基壇下のチギョウではないか、とのことです。チギョウという用語は初めて聞く用語で、なんのことやらさっぱり分かりませんでしたが、あとで教えていただいたところ、「地業」のことで、建物の地下に作る地盤固めのことだそうです。教授の推測が正しいならば、ここに幕末ころの大きな建物がたっていたことになります。

 本当に歴史って奥が深いですね。今まで歩んできた人々や時代が遺構となり目の前にあることに震えがきました。まだまだ、史跡の知識や分からないことだらけで暗中模索の日々が続くと思いますが、今回の史跡案内でかけがいのない経験ができ、卒業研究に向けての情熱がより一層増し、エンジン全開で取り組みたいと思います。
 史跡見学のあとは隣にあるダウラで報告書班ごとに編集のチェックを受けました。これもなかなか大変な作業です。疲れた心をダウラの紅茶が癒してくれました。(桂小枝のモノマネは、またの機会に披露させて頂きます) 【アシガル】

西高グラウンド01発掘調査002


  1. 2009/04/19(日) 00:52:26|
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広告の消し方

 LABLOGの熱烈な読者ならば、お気づきだったと思いますが、1週間ばかり前から広告が自動的に掲載されるようになってしまい、サーバーには申し訳ないんですが、あまり良い気がしてなかったんです。こういうときは、Mr.パソコンことホカノ君に頼るしかない。何度かメールでやりとりし、ご尽力いただいたのですが・・・広告は消えなかった。
 もちろん、広告はLABLOGにだけ自動アップされていたわけではありません。同じサーバーを使っているブログにはみな同じ現象が発生しているはずです。一昨夜、広告の消去に成功したブロガーのサイトを発見し、さっそくコメントして広告の消し方を教えていただきました。メールで以下の連絡があり、実践すると、たちまち広告は消えてしまいましたよ。

> 広告の消し方ですが、
> 環境設定の変更→ブログの設定→アカマイの設定。
> そこで「利用しない、広告を表示しない」をチェックです。

 というわけで、ブログの広告を消したいと思っているみなさん、ぜひともご活用ください。

 とりあえず「狩人」改め「黒猫」くん、倭文日誌の広告を上の手順で消去してくださいな。



  1. 2009/04/18(土) 00:15:13|
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第2回「古民家のリサイクル -カマド復元と蕎麦打ち-」

野外のカマド部材02

 4月16日(木)。天候が悪かったため、予定をしていた裏山のツリーハウス見学は延期。加藤家住宅の見学に変わりました。加藤家住宅に着いた後、パンフレットをいただき、今まで加藤家住宅で修復してきたところの説明をしてもらいました。最初に説明されたのは、ジャッキアップによる床や柱の修理方法。次にイロリの復元。それから、ロフトにあがりました。屋根の構造、アトリエのための家具修復、そして、2階の仏壇と梯子の側桁を利用して造った手すりの説明を聞きました。
 それから1階に降りて、自分たちが取り組むカマドが置かれていた場所を確認し、裏庭で解体されたカマドの材料をみせていただきました。さらに、5期生の福井さんが卒業研究で取り組んだ縁の手摺りの修復についても説明をうけました。
 最後に、イロリに戻り、来週以降のプロ研の段取りを話し合いをしながら、焼きトウモロコシと焼きジャガイモをいただきました。
 今回、加藤家住宅の説明を聞いたなかで、自分は「イロリの復元」がすごいと思いました。なぜかというと、イロリの形やイロリの材料の収集方法が「セルフビルド&ゼロエミッション」に基づいていたからです。自分も、これから取り組むカマドの復元は「セルフビルド&ゼロエミッション」のモットーをうけついで復元をこなし、完成させるようがんばろうと思います。(環境デザイン学科2年Y.H)

野外のカマド部材03


野外のカマド部材01


  1. 2009/04/17(金) 00:18:05|
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機搶弾鏈盒袋

弾丸入れ01
 ひょんなことで小さなショルダーバッグがみつかった。草色の布地のバッグ。だれがどうみても軍事用の布袋だ。なぜこのような布袋がわが家にあるのか。薄れた記憶を呼び戻して、つらつら考えるに・・・おそらくハノイでTシャツか何か土産物を買った際、おまけにもらったものじゃないかな・・・ほら、ボタン留めのバッジは赤い星でしょ。ベトナム国旗は赤地に黄色の星だけれども、赤い星はベトナム社会主義の象徴でもある。いや、中国も人民帽の真ん中に赤い星のバッヂがついているな・・・
 フタをあけて驚いた。フタの裏面に以下の記載あり。


    五六式762班用機搶
    弾  鏈   盒   袋
    3521 六九年度制

 機搶(ジーチァン)は機関銃、鏈(リェン)は鎖、盒(ホー)はフタ付のいれもの、袋(タイ)はバッグのことである。和訳してみよう。

   五六式 762班用の機関銃
   ベルト状につないだ弾丸を入れるフタ付布バッグ
   3521 一九六九年度制作
   
 1969年と言えば、ベトナム戦争の転機となった年である。前年の旧正月(テト)、ベトコン・北ベトナムの大攻勢がはじまり、米軍は劣勢を強いられた。翌年、南北ベトナム、解放戦線、アメリカの4者によるパリ和平会談が始まる。
 その年にこの弾入れバッグは制作されたことになる。というのは真っ赤な嘘で、このバッグは1969年に制作された弾入れバッグのレプリカ商品である。生地もボタンもバッジもみな新しい。しかし、それでも、中国人民解放軍がベトコン・北ベトナムを支援したことの証だと思いたい。なにぶん記憶があいまいで、ひょっとしたら、訪中の際に仕入れたものかもしれない、と少し不安になってきたのだが、ベトナム戦争に中国軍やソ連軍が参戦していたことはもはや常識の範疇に属すであろう。中国を彷徨していると、ベトナムで従軍した経験のある老人にもまれに出会う。

 さてさて、数日前、コロポックルズがトリオで研究室にやってきた。お土産は「香住鶴」。2時間ぐらいおしゃべりしたかな。そうだ、この小さなショルダーバッグを「香住鶴」のお返しにしようか・・・なんて一瞬閃いたのだが、よく考えてみれば、ここ数年使い続けてきた黒いショルダーバッグの金具が壊れて使えなくなっていたんだ。草色をした機関銃の弾入れはその代用品としてぴったりのサイズをしている。 
 しばらく愛用します。

弾丸入れ02圧縮


  1. 2009/04/16(木) 00:43:33|
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メニエール

 久しぶりに患者の定期検診につきあって県立病院に行きました。朝早く起こされて大変だった。いつもは娘が車にのせて行くのですが、「事実上の内定取り消し」被害に遭った彼女は「会計士になる!」と宣言し、年収■千万円をめざすそうです。わたしが高利貸しとなって授業料を立て替えた。この日は、京都の有名な専門学校にその授業料を納める日で、娘は病院に付き添えなかったのです。
 検診は結構ながかった。というのも、患者は最近しばしば目眩を覚えるらしい。とりあえず血液検査をすることになりましてね。心配しましたが、結果は異常なし。こういう場合、最悪のケースは「即入院」ですから、ちょっとびびりましたよ。あっ、そうか、病状をお話ししておきますと、患者の脳動静脈奇形はほぼ壊死していますが、完全に壊死したわけではなく、だからこうして病院通いを続けています。もともと大きな脳動静脈奇形だったので、3年経過をみて、壊死しきらないなら、もう一度ガンマナイフだと大阪の病院から言われていたのですが、術後3年半にして壊死もしていないし、2度目のガンマナイフ手術をしたわけでもありません。まだ、様子見が続いてます。

 ところで、目眩といえば、イチローですね。検査待ちの時間つぶしに病院の売店で『週間現代』を立ち読みしたところ、イチローの病気は「胃潰瘍」ではなく、「メニエール」ではないか、という記事が大きく掲載されており、完全読破してしまいました。
 可能性はおおいにある。初戦と決勝戦をのぞくイチローのWBCはおかしかったもの。極度のプレッシャーからストレスが蓄積し、ノイローゼと不眠症で三半規管に異常をきたしていたのではないか・・・同業者にはこの病気を抱えている人が結構いて、わたし自身それらしき症状を経験したことが二度あります。一度めは平城宮の発掘現場で青空がくるくる回転し始めましてね。現場で体力を消耗しているのに、夜に書かなきゃならない原稿がたくさんあって、ふらふらだったんでしょう。二回目は、鳥取から奈良へ向かう中国縦貫道で車の前の景観が揺れ始め、どうにもこうにもならなくなり、赤松PAでストップ。家内と娘が軽自動車で迎えにきてくれたことがあります。こちらも過労ですよね。深夜型の不規則な生活、原稿書きすぎ、長距離ドライブの疲労が重なったのでしょう。

 イチローはマリナーズでの評判が芳しくない。チームの勝利よりもヒットの本数を優先するから、「チームプレーのできない選手」と酷評されているようです。8年連続200本安打は凄い記録だけれども、毎年最下位争いをするような弱いチームの1番バッターだからできるんだ、と批判されると、国鉄スワローズ時代の金田(400勝投手)が思い出されて、ちょっと反論できないな・・・200本安打、もういいんじゃないですか。記録だけが人生じゃないよね。MLBの優勝争いをするチームで、WBC決勝のような痺れるイチローをみてみたい。
 メニエールを転機にできないものでしょうか?

  1. 2009/04/15(水) 00:17:33|
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『青谷上寺地遺跡出土品調査研究報告4 建築部材(考察編)』刊行!

 年末年始を費やして書き上げた原稿が活字になり、公刊されました。

 青谷上寺地遺跡出土の建築部材(弥生中後期)については、これまで2006年度講演記録(最長の柱)、2007年度講演記録(最長の垂木)、2007年度とっとり「知の財産」活用推進事業報告書で成果を公表してきましたが、今回はそれらの成果を総合し、現段階での定稿としたものです。
 報告書は7章構成となっており、研究室で担当したのは第4章で、題目は以下のとおり。

    浅川・嶋田 「青谷上寺地遺跡出土建築部材による弥生建築の復元」
           (巻頭図版1~8、本文p.27~72、図版1~14)

青谷上寺地報告書0901表紙 青谷上寺地の建築部材に係わる復元研究は、日本の考古学・建築史に画期的な成果をもたらしたと自負しています。おそらく、わたしがあの世に旅立ってから、評価が高まるにちがいない・・・
 それにしても、われながら、よくここまで考古寄りの仕事をしているもんだ、と呆れてしまいますね。すでに何度かブログで告白してきましたが、今年度以降しばらく「考古」から離れますので(講演が二つ入ってますが、かなり前からの依頼だったので例外)。北海道・東北の仕事はガード君と黒帯君のおかげでなんとか片づいたし、この報告書で青谷上寺地もいったん打ち止めです。青谷と言えば、一生忘れられない出来事となったのが2006年11月10日の記者発表ですね。あの日、ワイフは脳内出血で倒れて瀕死の状態となり、翌11日、「楼観」報道が全国大手4紙の一面を飾って、それを病院の売店で買って読んだのが、もう二年半前か。その青谷の仕事も、しばらくお休み。その他、「考古」寄りの原稿や復元設計はもちろん、委員会もお休みの方向で調整するつもりです。
 先週金曜日の初ゼミで、このことを学生諸君に告げました。新4年生は半年かけて竪穴住居の復元を学びましたが、みな「次は別のテーマをやりたい」と言います。卒業研究でもう一度「竪穴住居」をやりたい、という学生はいません。まぁね、気持ちはよく分かる。
 今後、ASALABの研究活動は、以下の2つが軸になっていくでしょう。

   1.木造建築・古民家再生(院生Aを中心としてハードな建築研究)
   2.景観・町並み・集落の調査と保全(院生Bを中心としてソフトな「環境」系の研究)

 話がそれてしまいましたが、肝心の図書情報をお知らせしておきます。 

  報告書名: 青谷上寺地遺跡出土品調査研究報告4 建築部材(考察編)
  発行: 2009年3月30日
  編集・発行: 鳥取県埋蔵文化財センター
  印刷: 山本印刷株式会社

 なお、この冊子は1000部印刷され、1部あたりの単価は1100円だそうです。頒布についてはどうなるのか知りませんが、いずれ鳥取県埋蔵文化財センターの「新刊情報」サイトに掲載されるでしょう。


  1. 2009/04/14(火) 05:31:55|
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2009年度ASALAB始動!

ケーキ09001
 
 読者の皆様、うららかな春日和となりましたが、お元気でいらっしゃいますでしょうか。今年のサクラ開花予想は天候の急な悪化により、ことごとく惨敗してしまったようで、鳥取の桜はようやく満開を迎えました。土手を愛車で駆れば、ヘルメットの隙間から芳る春の匂いに、すっかり心がなごまされます。日ごとに暖かさが増し、外出が楽しい季節になってきましたね。

 さて、年度が改まり、ASALABも新3年生を迎えました。9日(木)に1・2年生の演習がスタートし、10日(金)からいよいよ3・4年(プロジェクト研究5&6)・院生合同のゼミも始まりました。初ゼミでは、お互いぎこちない挨拶と自己紹介から。新3年生は皆明るく元気で、今期の活動もまた順風満帆となるでしょう。
 それとは裏腹に新4年生はどこか浮かぬ顔。百年に一度の経済危機は就職活動に大きく影響し、これから始まる卒業研究との板ばさみに、ついつい無口に。あまりに暗いので、先生はアシガル君に得意技「桂小枝のモノマネ」を強制したりして・・・先生は大笑いしていましたが、新3年生はひいちゃったかもしれません。
 さてさて、どんなに天候が悪化しようとも、どんなに急激に冷え込もうと、耐え抜いた桜のツボミは必ずきれいな花を咲かせます。今はひたすら開花に向けて、ひとつひとつ事をなすしかありません。私もひたすら努力して、努力の中にあるチャンスをつかまなければ!
 新3年生3名、新4年生4名、新院生2名と先生の総勢10名・・・だけじゃなかった・・・謎のOB1号が初ゼミに姿をあらわし、あっれ・・・名刺作ってるよ、この人・・・いずれ、ブログ上で自己紹介があるでしょう・・・ともかくみんなで大恐慌のなかの荒波を越えていきましょう!

 まずはケーキと台湾烏龍茶で乾杯!

 食後はさっそく活動開始。昨年度の卒業研究(論文部門)で金賞、銀賞を勝ち取ったキム姉&部長の卒業論文と、ホカノさんの修士論文を報告書にする第一回編集会議を開催。毎年4年生は、この仕事から編集ソフト「インデザイン」の使用方法と編集技法をマスターし、自身の卒業研究の編集作業やレイアウトに役立てます。昨年まで編集を担当してきた新院生は、今後は教える側にまわり、今まで培ってきた業を伝授することとなるでしょう。
 伝授されたからには、果たし状のとおり、金賞ですよ、金賞!

 ケーキ090023年 ケーキ09003全員

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  1. 2009/04/13(月) 00:17:02|
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爵士四重奏(Ⅱ)

 第1期フォープレイの演奏は、凄まじく洗練されてポップなジャズです。これはあきらかにジャズなんだが・・・どこか懐かしい匂いがする。3つの音楽が頭をかすめた。

 まずはスタッフ。1970年代から80年代初頭に東海岸で大活躍したイージー・リスニング系のグループですが、かれらの根っこにあるのは、ジャズではなく、リズム&ブルースで、いま聴きなおすと、コーネル・デュプリーやエリック・ゲイルのギターはそれほど洗練されていない。スタッフは、やはり肉食系でしょうね。R&B指向は後のガッドギャングでさらに鮮明になっていった。クルセイダーズのことを思い起こすと、ラリー・カールトンはむしろ「スタッフ→ガッドギャング」系のバンドのほうが活きるかもしれませんね。
 次に浮かんだのが、高中正義。「ブルーラグーン」、懐かしいでしょ。歌のないチューブですよね。夏のインスト・ミュージック。学生時代、助手席にガールフレンドを乗せて流す音楽といえば、高中かボズ・スキャッグスってところでした(さらに音楽通ならルーサー・ヴァンドロス?)。いま聴いても、高中の作曲力はたいしたもんだと思いますが、しかし、あのギターは紛れもなくロックですね。草食系に分類してもよいけれど、ジャズでは決してない。

シッキム01

 わたしが行きあたったのはナベサダなんです。渡辺貞夫。これまた学生時代に遡るんですが、『カリフォルニア・シャワー』(1978)から『オレンジ・エクスプレス』(1981)あたりにかけての爽やか資生堂CM系フュージョン時代のナベサダですよ。メンバーを調べてみるとおもしろい。『カリフォルニア・シャワー』のリズム・セクションは、デイヴ・グルーシン (p)、リー・リトナー (g)、 チャック・レイニー (b)、ハービー・メイソン (d)。ほら、フォープレイのうちリトナーとメイソンの2名が入ってる。この音楽はジャズです。当時、「フュージョン」という枠にくくられていたけれども、ジャズメンでなければできない曲作りと演奏になっている。ロック系のミュージシャンでは不可能な草食系の洒落た都会の音楽。当時、ナベサダは、一方でグレイト・ジャズ・トリオ(H・ジョーンズ、R・カーター、T・ウィリアムス)と共演し、『アイム・オールドファッション』というパーカー系ハードバップの真髄ともいうべきアルバムを作ってましたからね。こういうルーツをもっているミュージシャンがポップな路線に踏み出してできあがったのが『カリフォルニア・シャワー』だ。

 結論を急ぎましょう。一つの大胆な仮説として読んでいただければ幸いですが、フォープレイの音楽はナベサダが創り出したジャズ系のポップ&フュージョン・サウンドに根ざし、そのサウンドからホーンを抜いて音楽の洗練度を高めたものと言っていいんじゃないか・・・反論もあるでしょうね。

 以下、強調しておきます。リー・リトナーという怪物ギタリストにとって、フォープレイほど自身の良さを表現できている音楽集団はない、とわたしは思う。リトナーのリーダーアルバムよりも、フォープレイにおけるリトナーのほうがはるかに素晴らしい。リトナーがもっている本来の凄みを引き出している点で、ボブ・ジェームスの存在は大きい。ネイザン・イーストのスキャット・ベース、そして繊細なメイソンのドラムスとの相性も抜群だが、なによりリトナーの表現力をフル稼働させているのはジェームスのコンセプトではないかな。おそらくリトナーはこのことに気づいていない。自らがプロデュースするリトナーのほうが上だと思っているのだろう。でなければ、どんなに忙しくても、フォープレイを脱退するはずはないもの。
 脱退からすでに15年近い歳月が流れている。いちど解散して再編成すればいいんだ。カールトンに悪いかな。(完)

ゆきやなぎ01


  1. 2009/04/12(日) 00:01:21|
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爵士四重奏(Ⅰ)

ゆきやなぎ02

 3月14日、ネパール旅行最後の一日の昼下がり、半時間だけタメルという下町の商店街で買物をした。わたしはCDショップに直行。ベトナムと同じで、英語版のジャケットに漢字タイトルを貼り付けた中国からの輸入盤が溢れている。時間がなかったから、選ぶ余裕もへったくれもなく、だっだだだっとCD6枚、DVD2枚を買い漁った。
 ミニバスに到着する直前、「タメぶら」されていたご婦人二名と合流。合流するや否や、高山さんはわたしの買物袋を許可なくとりあげてCDをじろじろチェックし、セレブ調に申されました。

  「あっ、ジャック・ジョンソン、お好きなんですか・・・でも、ニール・ヤングは
   ちょっとオジサンって感じ・・・」

  (オジサン??・・・オバサンがオジサンって言うな!)

 今回の拾い物は2枚組DVD『爵士四重奏-完美之夜演唱會實況-』。「爵士」を北京語で読むと「ジャンシ」ですが、広東語だと「ジャッス」に変わる。ここまで書けばおわかりでしょう。「爵士」は「ジャズ」。だから、「爵士四重奏」を直訳すると「ジャズ・クァルテット」となります。もちろん、そんな固有名称をもつバンドは存在しない。「フォープレイ」のことですね。
 オリジナルのDVDタイトルは『An Evening of Fourplay』。1994年のリリースだから、まさに第1期フォープレイの全盛期にあたる。フォープレイの結成は1990年で、デビュー作『フォープレイ』(1991)、第2作『ビトゥイーン・ザ・シーツ』(1993)、第3作『エリクシール』(1995)がいずれもゴールド・ディスクを獲得し、第3作はグラミー賞にノミネートされた。
 じつは、ほとんど毎晩、このDVDを視ながら眠りについている昨今です・・・睡眠をいっさい妨げない心地よい音楽に感謝。

 リー・リトナーというギタリストには偏見を抱いていた。正直、脱帽しました。これまで『キャプテン・フィンガー』ほか3~4枚のリーダー・アルバムを入手し聴いてきたが、あまり良い印象をもっていなかった。ジャズ系というよりもロック系のフュージョン・ギタリストで、ラリー・カールトンの『夜の彷徨』に匹敵するようなインパクトのあるリーダー作はない(と思っていただけで、ほんとはアル)。わたしのなかでは、あきらかにカールトンのほうがお気に入りだった。ところが、第1期と第2期のフォープレイを比較して、リトナーを擁する第1期のほうがはるかに評判が良く、その理由をはかりかねていたのである。

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  1. 2009/04/11(土) 00:06:18|
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第1回「古民家のリサイクル -カマド復元と蕎麦打ち-」

 4月9日(木)から大学の講義が始まり、プロジェクト研究1&3も第1回目を迎えました。プロジェクト研究1~3は昨年まで3学科合同の演習でしたが、今年から環境マネジメント学科が新設され、4学科合同の演習となりました。
 さて、この1年半、「歩け、あるけ、アルケオロジー」「魔法の山」「限界集落アンソロポロジー」という人文社会系テーマを続けてきましたが、ひさびさ「古民家のリサイクル」シリーズ(2006年度前期~2007年度前期の加藤家住宅修復プロジェクト)が復活します。
 加藤家住宅では、2003年の基礎的調査、2006年度前期の本調査を経て、2006年度後期にローコスト&セルフビルドをモットーに修復工事をおこないました。また、2007年度前期にはロフトをアトリエに変身させ、昨年度は5期生のピヴォ君が、卒業制作において縁の手摺りの修復をおこないました。
 今回は、2006年10月に解体したカマドの再現を目指します。メンバーは1年生4名、2年生3名の計7名。これを4年生&院生6名(+謎のOB?)がサポートします。

 以下にシラバス掲載のテーマと授業概要を転載します。

【テーマ】  古民家のリサイクル -カマド復元と蕎麦打ち-

【授業概要】 鳥取市倭文(しとり)の古民家「加藤家住宅」(登録文化財)の裏庭に、2年前の修理事業で解体した石張りカマドの材料が放置されています。この古い材料を使って、民家の土間にカマドを再現しようというプロジェクトです。カマドが完成したら、みんなで蕎麦打ちに挑戦します。蕎麦の粉を打ち、カマドの釜で湯を湧かして麺をゆがき、ざる蕎麦を作ってみんなで試食するのです!
 スケジュールは以下のとおり。
   4月: オリエンテーション、加藤家住宅見学など
   5~6月中旬: カマドの復元
   6月下旬: 蕎麦打ちの実習と試食
   7月: 資料整理と発表会(パワーポイント使用)

 私もこの春から大学院生となりました。昨年は自分の卒業研究で精一杯でしたが、今後は後輩のサポートも充実したものにしたいと思います。これからもよろしくお願いします。(部長)

カマド記念撮影167
↑前列:4年生・院生・教授  後列:1・2年生

  1. 2009/04/10(金) 00:13:06|
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研究科長挨拶

 この4月1日付でわたしが就任したポストは大学院研究科長です(任期2年)。いつかお知らせした学内選挙とはこのポストを争う投票だったんです。研究科長が出席すべき会議は6つあります。教務委員も辞めてませんし、学科会議と教授会は当然出なければならないので、ざっと頭に思い浮かぶだけでも学内で出席すべき会議は9つか・・・かつて、教務委員と入試委員と広報委員と大学院研究科小委員会委員を併任した経験があり、そのとき出席すべき会議の数は7つでした。このときもしんどかったけど、これからの2年間はもっと忙しい。
 わたしは教授陣のなかでいちばん若い、というわけではありません。若いほうから3番目です。多くの先輩たちの顔を思い浮かべると、わたしより適任の方はいくらでもいる。自分は研究科長として不適切な人材だと強く思うのですが、選挙で票が集まってしまったのだから辞退するわけにもいきません。そんなこんなで、少し憂鬱な日々を過ごしていたのですが、先日、新聞を読んでいたところ、山陰の近隣国立大学で、新たに二人の副学長が就任し、そのうちの一人が高校時代の同級生であることを知りました。かれは学年一の秀才でした。人望も篤く、高校時代の担任は「将来、鳥取県知事になるのではないか」とよく漏らしていた人物です。大学はおなじKY都大学ですが、かれは医学部、わたしは工学部。頭の出来には雲泥の差があります。
 大学を卒業してまもなく、かれは今の大学の講師に就任しました。わたしが就職したのは、オーバードクターを経た30歳のとき。ともかく出来がちがうのです。かれとはもう25年ほど会っていませんが、じつは家内が大病を患ったとき、電話をかけて相談にのってもらったことがあります。
 同級生なんだから、同い年です。52歳。こういう歳になったんだ、とは思いますが、かれとわたしでは人間の出来もちがうし、頭の出来もちがう。かれは副学長になって然るべき人だけれども、わたしは多くの先輩をおしのけて研究科長になるような人徳も人望もありませんし、その大役を務めあげる自信もありません。ただただ、学内外の皆様のご支援だけが頼みの綱です。なにとぞよろしくお願いいたします。

 昨日の1限、フレッシャーズ・セミナーのなかに組み込まれた「研究科長挨拶」で、大学院生を前に25分ばかりのスピーチをしました。岡垣くんの入学式「宣誓」のような原稿があるわけでもなく、ただ「ぬるま湯」に浸かってはいけない、というお説教をしただけですので、話の内容は割愛させていただきます。

夜桜001
 


  1. 2009/04/09(木) 00:12:04|
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大学院進入生総代 宣誓

宣 誓

 本日は、私たち新入生のために入学式を執りおこなっていただき、誠にありがとうございます。また、多くの方々より温かいお祝いの言葉を賜り、心より感謝申し上げます。
 本年は、100年に1度といわれる経済危機により、多くの企業や家庭に甚大な被害を与えております。その為、省エネ、エコ活動はいっそう盛んとなり、我々の身の周りをつつむ「環境」は今まで以上に複雑化しつつあります。現在、世界の社会的価値基盤は大きく転換しており、その転換が「環境」をキーワードになされている事は、もはや言うまでもありません。
 昨年度まで私は、鳥取環境大学 環境デザイン学科に所属し、住環境について学び、おもに日本建築史と木造古建築の修復・復元研究に携わってまいりました。これら古建築を学ぶことは、「文化」を通して我々人類が長いスパンをかけて培ってきた「環境」を知る意味でも重要なものであります。さらに、学部において今日の古建築の修復や復元をめぐる活動は、想像以上に複雑なものであることを実感し、建築技術の習得にとどまらず、修復復元に関する理論や歴史、さらにはそれらをとりまく景観について研究を深める必要があると感じ、鳥取環境大学大学院に入学することを決意いたしました。

2009卒業式02岡垣02演壇 具体的な研究の第一歩として、今まで学んできたことを礎に、まずは鳥取県内に残る中世建築や遺跡の調査・分析をはじめに、これらを取り巻く自然環境や歴史・文化が織り成す鳥取県独特の文化的景観および遺跡景観について研究をしていきたいと考えております。これらを通して、日本をはじめアジアの文化遺産を後世に受け継ぐための方法を多面的に研究し、周辺環境を含め個々の対象に応じた保存・修復および復元のあり方を理論的・実践的に検討していき、さらには木造建築に限らず、東洋建築史・考古学・遺跡環境整備についても幅広く学び、独創的な修士研究に結実させたい所存であります。
 これまで以上に、専門的かつ高度な研究活動をおこなう大学院に入学するにあたり、期待に日々胸を膨らませておりますが、進学にあたり経済的・精神的に支え応援してくれた家族をはじめ、本日ご臨席いただきました皆様のご期待に応えられるよう、持てるすべての感性と知性を駆使し、勉学に取り組む決意であります。
 私たちは、本学大学院のさらなる発展とともに、日本、さらには世界に貢献するため、諸先生方の豊かな学識と、学問に対する思いに喚起されながら、鳥取環境大学大学院の新たな伝統を築き、明日のよりよき専門家となるべく日々研鑚を積み重ねることをここに約束し、環境情報学研究科入学生を代表し、宣誓といたします。

2009年4月4日
鳥取環境大学 大学院 環境情報学研究科
環境デザイン領域 2009年度 総代 岡垣頼和

  1. 2009/04/08(水) 00:22:18|
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2009 FC2アクセス解析1・2・3月篇

 年度が変わったので、恒例のアクセス状況報告をしておきます。まず概要から。1月は正月休みにドガンと落ち込みましたが、後半から上旬の凹みを取り戻すほど回復し始め、2月はユニークアクセス(UA)とトータルアクセス(TA)ともに新記録を更新しました。日数は28日しかないのに、ユニークアクセスが7000件に届こうかという勢いでしたからね。7000件を突破できなくて、残念でした。やはり選挙に関わる報道が注目を集めたのでしょうね。卒業生たちも2月いっぱい校舎に溢れていました。3月前半は2月のペースをほぼ持続して勢いがありましたが、後半になってダウン。学生が消えちゃいましたからね。教員も春休みです。全体の傾向としていえることは、ユニークアクセス(UA)が着実に増加の傾向をみせているのに対して、トータルアクセス(TA)がやや伸び悩んでいることでしょう。

 それではこの3ヶ月のユニークアクセス(UA)とトータルアクセス(TA)をお知らせします。毎度のことですが、以下の表記は、月総数(1日平均)をあらわします。

   2009年1月  UA=6465(209)  TA=12216(394)
   2009年2月  UA=6976(249)  TA=13005(464)
   2009年3月  UA=6889(222)  TA=13379(432)
 
  つぎに、ヤフーやグーグルなど検索エンジンによるアクセス総数の推移をみると、

    1月:3778   2月:3527   3月:3642

となっています。昨年秋期と比較すると、UA・TAの増加に比べて、検索エンジンによるアクセスは増えていないことが分かります。これを都道府県別にみておきましょう。左から1月→2月→3月のパーセンテージを示しています。

    1位 鳥取21.56%  → 鳥取26.94%  → 鳥取22.09%
    2位 東京13.47%  → 東京11.01%  → 東京13.08%
    3位 大阪09.03%  → 大阪08.60%  → 大阪10.44%
    4位 京都05.84%  → 島根06.05%  → 兵庫06.70%
    5位 神奈川05.54%  → 兵庫04.91% →  島根05.78%
    6位 兵庫04.39% → 京都04.82% → 京都05.49%
    7位 島根03.99%  → 神奈川04.00%  → 神奈川04.31%
    8位 愛知03.49%  → 千葉03.27%  → 愛知04.02%
    9位 埼玉02.94%  → 愛知03.09% → 千葉03.48%
    10位 千葉02.89%  → 埼玉02.13%  → 埼玉02.47%

 昨年11月には東京が首位に立ちましたが、12月以降現在まで2位のままです。全体の傾向は変わりせんが、島根が弱くなりましたね。

桜祭り001

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  1. 2009/04/07(火) 00:13:12|
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2009 入学式

2009卒業式01
 
 4日(土)、入学式が無事終わりました。

 今年は、驚いたことに、開学以来初めて、前年度の入学者数を上回るというだれも予想しなかった「小さな幸福」に恵まれ、教職員一同、安堵の胸をなでおろして入学式を迎えました。とても不思議な結果なんですね。入試の志願者・合格者数は昨年を下回っているのに、入学者数が昨年を上回ったんです。これからじっくり現象の背景にメスをいれていかなければなりませんが、世界大恐慌の影響を無視できないだろう、と個人的には思っております。世界大恐慌の嵐が家庭にまで吹きすさび・・・むぅぅぅ、これ以上拙速な見解を述べるのは控えましょうか。
 ただ、ひとつ気になっていることがあります。ETCがバブルに浮かれているでしょ。言うまでもなく、あれは「期間限定」の高速料金値下げサービスの恩恵にあずかりたい、という欲望のあらわれでして、恥ずかしながら、わたしもさっそくETCをセットアップし(補助金は受けていません)、いまカードが届くのを待っています。あれほどETC嫌いだったのに、値下げサービスの幅が尋常ではないので、とうとう手をだしてしまいました。なんたって、奈良-鳥取の長距離運転をまだまだ続けなきゃなりませんから。
 なにが言いたいのかというとですね、今年度の特異な入試成果を考慮するらば、思い切って「期間限定」の授業料値下げサービスに踏み切るのも決して悪くはないだろう、と頭に思い浮かんだわけです。深刻な経済不況のなかのETCバブルがシミュレーションたり得るのかどうか・・・・

 今年から入学式は本学の11講義室でおこなわれることになりました。世間では学内から学外へと式場が移る傾向があるそうですが、本学はその逆。でも、べつに卑下することは全然ない。11講義室は故内井昭蔵(建築家)の傑作ですから。なかなか風格のあるホールですよ。スポンサーを探して冠名称を付ければ箔が付いて、学内の名物ホールになるかもしれません。今年は珍しく平井知事が代理ではなく自ら出席され、祝辞をいただきました。グリーン・ニューディール政策など最新の話題を盛り込んだイキの良いスピーチで、副知事時代とはやっぱり迫力が違う、というか、さすが選挙に勝つ人の話しっぷりはたいしたもんだ、と感心しきり・・立て板に水を流すようなスピード感のある祝辞でした。

2009卒業式03剣舞


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  1. 2009/04/06(月) 00:07:41|
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「弥生建築 -卑弥呼のすまい」展

 早くもガイダンスが始まりましたよ。いま3日の夕方です。編入学生が2名いて、単位互換の作業に苦しんでました。今年もまた教務委員なんです・・・
 
 その前に埋蔵文化財センター所長の表敬訪問あり。お待たせして、すいませんでした。なんかガイダンスが長くなってしまいまして、今年から。
 さて、年末年初に苦しんだ原稿を含む報告書が刊行されたのですが、諸般の事情あり、まだブログにはアップしないで欲しい、とのことですので、今日は表記の展覧会についてお伝えします。

 来たる4月25日(土)から6月7日(日)まで、大阪府立弥生文化博物館で「弥生建築 -卑弥呼のすまい」展が開催されます。弥生文化博物館と言えば、橋本知事就任直後には「閉館?」報道で世間を騒がせましたが、ご健在のようで、一安心ですね。わたし個人にとっては、すでに記憶の彼方に消してしまいたい出来事がありまして、まさか再び彼の地に立つとは夢にも思っておりませんでした。事情を知る人たちはみんな嗤っていることでしょう・・・

   ギタリストを嗤え!!

 というわけで、この春季特別展に関わる考古学セミナーの第3回で講演することになりました。じつは図録への原稿執筆も依頼されたのですが、年度末のいちばん忙しい時期に〆切があたってしまい、お断りした次第です。正解でしたよ。受けていたら、ネパールに行けなかっただろうし、いくつかの研究申請も書けなかったでしょう(本日、一件「採択」の朗報あり!)。

 講演の日時・題目等は以下のとおりです。

    5月31日 14時~ 「弥生建築の実証的復元 -青谷上寺地遺跡の衝撃-」

 講演時間は1時間半で、15時半からの30分は金関恕館長との対談となっております。乞御期待!

 弥生博01チラシ01表 弥生博01チラシ02裏
   

  1. 2009/04/05(日) 00:09:29|
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スケッチ・オブ・ハロン

圧縮01表紙VietnamSketch1
 圧縮02扉VietnamSketch3
 圧縮03平面VietnamSketch5

 奈良で春休みを1週間すごした。奈良のソファは居心地がよい。お尻から根っこが生えていく。あれもしたい、これもしたい、と思うのだけれども、根っこがソファの奥深くまでくい込んでいて動けません。ネパールのトレッキングで毎日汗を流したのが遠いとおい日々になってしまった。結果、体重は元に戻り、また礼服のウェスト対策が大変だ・・・

 大学に戻って郵便物を受け取った。なかにエーペックスインターナショナルという会社の封筒があり、開いてみると、『SKETCH』という情報誌が入っている。なんだまた、どこかのカタログか、とゴミ箱に捨てそうになったその瞬間、「ハロン湾水上村を訊ねて 海に生きる、海を生きる」という表紙の特集見出しに眼がとまった。その下には「無料 Free!」とも書いてある。
 はぁぁ・・・そうか、これがハノイで編集しているというフリーペーパーか・・・果たしてページをめくると、ハロン湾の水上集落が華々しい特集(p.10~21)として巻頭を飾っているではないか。

 今年の1月9日、ベトナム在住の日本人女性編集者から「ハロン湾関連論文に関する問合せ」と題するメールを頂戴した。「私はベトナムで、日本人在住者&旅行者のためのフリー雑誌『スケッチ』(http://www.vietnam-sketch.com)の編集しております」という自己紹介に続いて、4月号でハロン湾の水上村についての特集を予定している、と書いてある。
 要は、編集にあたって、わたしたちが書いた論文を読みたい、ということなのだが、ブログに気づくのが遅すぎて時間がなく、「ベトナムでは日本語の書籍を郵送で持ち込むのにはたいへん時間がかかる」ので、「もし、ハノイ市内で、それらを読めるところ、またはお持ちの方がいらしたら、教えていただくわけにいかないでしょうか」という問い合わせであった。
 共同研究者であり、論文のファースト・オーサーである同僚にお願いし、建築学会中国支部と北京の日中韓建築学会で発表した短い論文をpdf形式でハノイの編集部に送信してもらった。お役に立ったかどうか分からないが、10ページに中国支部発表の論文名が「参考文献」として掲載され、15ページに図示された筏住居の略平面図もわたしたちの論文から改変掲載したもののようにみえる。この両ページを以下に転載させていただきます。

 2009年は科研の最終年度。報告書を編集しながら、水上集落研究の拡張発展をめざす新たな研究申請にトライしたい。



  1. 2009/04/04(土) 00:02:47|
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『縄文時代の考古学』8巻 刊行!

縄文時代の考古学8表紙 『縄文時代の考古学』8巻「生活空間-集落と遺跡群-」が刊行されました。このシリーズの内容見本を紹介したのは、遙か2年前のこと。遙か、というほどでもないか・・・
 わたしは「居住の技術-縄文時代」(p.47-64)を分担執筆した。これが出来の悪い原稿でして、最終校正の段階で「もう廃棄処分にして欲しい」と編集者に訴えたほど悲惨な内容です。どこが気にいらないのか、というと、なによりいま頭で考えていることと書いていることにズレがある。書いてしまったことは10年前の情報に基づいていて、「もう使えない」とか「間違っている」とか自分でも分かっていることをまた書いてるんだから。なぜそれを修正できないのかというと、復元図や復元模型を作り直す余裕がないから。そもそも、研究所を離れて以後、東北・北海道・九州などの縄文遺跡と係わる頻度は著しく少なくなり、新しいデータをあまりもっていない。年が経つに連れ「縄文」という対象に興味は薄れていくばかり。今は執筆を受けるのではなかったと、一頻り後悔しています。

 税込み5250円という高い本ですが、わたし以外の執筆者は新進気鋭の専門家ばかりですので、ぜひともお買いあげください。

 以下、図書情報。

  書名: 『縄文時代の考古学』8巻 「生活空間-集落と遺跡群-」(235p.)
  編者: 小杉康・谷口康浩・西田靖民・水ノ江和同・矢野健一
  発行所: (株)同成社
  発行年月日: 2009年3月20日
  定価: 本体5000円+税
  ISBN: 978-4-88621-463-8C3321

縄文時代の考古学8帯


  1. 2009/04/03(金) 00:05:42|
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条件変更による事実上の内定取り消しについて

 「内定取り消し」に怯えていたのは、いまはなき某院生君であったが、かれはおそらくすでに辞令を頂戴して関東で研修を始めていることだろう(大丈夫かな?)。

マドモアゼル 人ごとではなくなった。次女が被害にあったのだ。なかなか質の悪いやり方です。「内定取り消し」の通知を使わずに、入社を自主的に断念させようという狙いが透けてみえる「店舗閉鎖=人事異動」の手口。今回の場合、なにより通達の「時期」が尋常ではなかった。

 事件が勃発したのは3月27日。娘の就職内定先から一通の速達が届いた。封筒をあけると、「日本の経済環境を踏まえたグループの方向性」と題する書類が入っている。世界的金融危機による経済環境の悪化に早急に対応するために本年8月1日をもって大阪店を閉店する、という通達である。次女はこの大阪店で働くことになっており、昨年10月より月に2回のペースで研修に通い続けてきた。会社によれば、この研修は「バイト」であり、バイトに来ない内定者もいるから雇用とは関係ないというが、次女は大阪店での就労を前向きにとらえて研修に通い続けてきたのである。

 最後の3行にはとくに注目されたい。

   大阪店を8月末退去とし、大阪店勤務予定者に関しましては、4月1日より
   実施します研修の状況によってご本人の適性を判断させていただき、
   勤務地変更を行います。勤務地変更に関しましては追って通知致します。

 母親の病状のこともあり、奈良の自宅から通勤できる範囲で就職先を探してきた次女にとって、大阪店の閉鎖は事実上の失職を意味する(他の店舗は東京と静岡のみ)。
 さて、この文書は2009年3月17日付の発行となっている。しかし、封筒のスタンプをみると、3月26日午後に奈良西郵便局に届いたことが分かる。わが家に届いたのは翌27日。

   3月27日にこの文書を受け取ったのです。

 投函地は静岡。「速達」の朱印が押されているので、投函日は3月25日と思われる。一方、次女の大学の卒業式は3月21日であった。学位を授与された後にこのような文書で通知されても、次女には選択肢が2つしか残されていない。一つは就職を断念すること、いま一つは内定先の指示に従って入社し、8月末まで大阪店で働くこと、である。
 次女はたちまち入社の意欲を失ってしまった。28日・29日は土日なので、会社にも大学にも連絡はとれない。30日(月)になって、娘は朝から大学にでかけ、就職担当者と話し合ってきた。担当者によれば、こういう「条件変更」等による就職意欲の喪失を狙う手口はいくつか報告・報道があるけれども、「内定取り消し」ではないので、大学側としては抗議しにくいし、抗議しても効果はない、と言われたという。

条件変更01内定取消01記事
↑朝日新聞夕刊(大阪本社)2009年3月31日の記事。
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  1. 2009/04/02(木) 00:17:20|
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asa

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