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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

晋の道-山西巡礼(Ⅸ)

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世界文化遺産「古都平遙」(Ⅱ)-双林寺と鎮国寺

 平遥城内をめぐり、その歴史的な景観と街をとりまく雰囲気にすっかり酔いしれた私たちは、昼食をはさんで城外の双林寺と鎮国寺(いずれも全国重点文物保護単位)を訪れた。平遥古城と双林寺、鎮国寺は、「古都平遙」として1997年に山西省初の世界文化遺産に登録されている。

DSC05471.jpg 双林寺は、平遥古城から南西に約6kmの橋頭村に位置する。創建年代は北魏(386~543)にまで遡り、境内の碑文から北斉武平2年(571)の重修も知られる。もとの名は中都寺。今に残る大半の堂宇は明代(1368~1644)の再建にかかり、唯一大雄宝殿だけが金代(1115~1234)の遺構である。到着して驚いたのは、境内の周囲を高い城壁がぐるりと廻っていることだ。また境内への入口も古城を思わせるかのような堅固な城門である。これまで山西省で見てきた寺院で、このような防御施設をもつものはなかった。内部の境内は、「天王殿」「釈迦殿」「大雄宝殿」「娘娘殿」を中心軸上に並べた三進院で、その西側に「土地殿」「地蔵殿」「菩薩殿」、東側に「伽藍殿」「羅漢殿」「千仏殿」を配置している。

P1020684.jpg 天王殿は、尾垂木二本付の二手先で、中央扁額背面の中備に斜供を用いている。尾垂木の形状は仏光寺文殊殿などとはまったく異なり、先端を細くする明代の特徴がみとめられる。斜供は明代まで受け継がれていることがあきらかになった。一方、釈迦殿には斗供がなく、出桁のみでとてもシンプルなつくりをしている。小屋組はいずれも二重虹梁上に豕叉首を組みあげており、屋根は切妻で軒に反りはない。
 金代再建の大雄宝殿は、尾垂木一本の二手先で、仏光寺大殿と同様に軒小天井をもつが、二軒とする。内部の中央間には「藻井」という八角形の装飾天井を設けているが、その他はすべて化粧屋根裏。小屋組は二重虹梁に豕叉首を組み、屋根は入母屋で軒は反り上がっている。ふと庇の側柱に目を向けると柱は明らかに内転びしていた。わざと転ばせているのかどうか悩ましいところだが、教授がおっしゃるには、側柱と身舎柱を繋虹梁で結んでいないために構造的に弱く、800年の時を経て柱が内転びし、組物が外側に傾いたのではないかという。応県木塔と同様、急いで修理しなければならない建物であろう。

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 この寺院には、宋・元・明代の彩色塑像があわせて2000体以上も安置されており、その3分の2がほぼ完全な形で現代に伝わっている。とくに有名なのが千仏堂に鎮座する千寿観音像(↑↑いちばん上の写真)。フラッシュを焚く撮影は禁止されているが、レプリカを天王殿の前に展示しており、こちらを撮影できる。双林寺の塑像は全国的にも大変有名で、この日(6日)も、河北省石家荘の芸大学生が四天王像を前に、木ベラ片手に粘土を轆轤にのせ、顔の模写をしていた。境内を囲む城壁がいつの時代に作られたものか今回確認できなかったが、ひょっとすると、これら美しい塑像が多く残された背景と関係しているかもしれない。

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  1. 2009/09/17(木) 00:30:25|
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