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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

第3回「修験道トレッキング-山の歴史をあるく-」

02まに寺03立岩01


摩尼山再訪

 10月15日(木)。今回は摩尼山に登ってきました。15:30ごろから門前の石段を登り始めました。「仁王門」→「本堂」→「善光寺如来堂」の境内コースを通って山道に突入し、この世とあの世の境という「法界場」から「六角堂」「展望台」、そして「立岩(山頂)」を経由し、そこから少し下って反対側にある「奥の院」をめざすトレッキングです。

02まに寺01羅漢01 まず、石段を少し登ると仁王門が見えてきました。仁王門で私たちが作成した資料を配り、説明しました。しかし自分たちが作成した資料に掲載されている「十六羅漢」「帝釈天」などの意味がわかっていなくて、まだまだ勉強が足りないと後悔の嵐でした。次回は「なるほど」と思ってもらえるような資料を作ろうと今から燃えています!
 仁王門には、釈迦如来仏(仏教の開祖の尊称)と十六羅漢(←羅漢とは仏教の修行で完全に悟りを開いた修行者)、仁王が安置されていました。私たちは階段を使って門の上に登り、格子の隙間から十六羅漢を見ました。それは、さまざまな格好をしていました。

02まに寺02本堂01

 仁王門をあとにし、さらに石段を登っていくと摩尼寺の本堂に着きました。そこで住職さんにごあいさつし、本堂(↓)を参拝しました。境内の奥のほうにある善光寺如来堂は浄土真宗のお堂ですが、摩尼寺はもともと天台宗のお寺でするから、現在の摩尼山には2つの宗派が同居しているのです。
 善光寺如来堂の縁を通りいよいよ山道に突入です。「法界場」には江戸時代に刻まれた石像がたくさん並んでいました。ふたたび登っていくと、見晴らし台という開けた場所に出て目の前には久松山と鳥取砂丘が広がっていました。

02まに寺04岩窟02仏がん さらに登っていき山頂につきました。山頂には摩尼寺の開基伝説の中で「長者夫婦が娘の行方を捜して山頂まで来たとき、娘が帝釈天の姿になって降りてきた」と記される立岩がそびえ立っています(いちばん上の写真)。とても大きな岩で、その上まで上がることはできませんでしたが、岩の際から見た風景は鳥取の山が一望でき、とてもきれいでした。
 少し休憩を入れ、「奥の院」に向かいました。向かう途中にあった岩窟の中に五輪の石塔(←)と秘蔵仏が祀られてました。教授は「開山当初の仏堂かもしれない」とおっしゃっていました。2年生のスケッチが上手な先輩に「スケッチをさせる題材がまた増えた」とおっしゃっていました。少し先輩が気の毒でした・・・笑

02まに寺04岩窟01外観
 

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  1. 2009/10/19(月) 00:20:34|
  2. 景観|
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asa

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