驚愕のスケッチ 12月17日(木)。今回のプロジェクト研究では、パワーポイントによる初めての発表練習をおこないました。順番と内容は以下の通りです。
(1)序(2)摩尼寺「奥の院」(3)不動院岩屋堂
(4)岩屋山千手院(5)スケッチ(6)まとめ
今回の発表練習で、各自さまざまな課題が見えてきたので報告いたします。
序 センと呼ぶ山の分布が中国地方全体でみえてきたので、やはり日本全国で調べて分布図にしてみよう、ということになりました。これにより、須弥山(弥山)と共通する「セン」、すなわち古い呉音を残す山(仏教の聖山・修行地)の分布がより明確になります。また、東アジアの地図を使って仏教が日本に伝来した時代の流れを示してはどうかというコメントもありました。仏教伝来以前の固有の山岳信仰に「雑密」「神道」「純密」などが重なっていく経過を年表にするなど、内容の濃い部分になる重要な担当セクションとなりそうです。
摩尼寺・摩尼山 発表は仁王門・本堂・奥の院などを網羅していました。力作ではありますが、研究の焦点を絞るため、今回のプロジェクト研究に関わりの深い「立岩」と「奥の院」に焦点をしぼった発表にすることが決まりました。摩尼山全体については模式図で示し、細かい説明は龍女伝説や円仁再興伝承と係わりの深い「立岩」「奥の院」をクローズアップしていくのです。一方、竜女伝説に登場する円護寺についても調べておくことになりました。
不動院岩屋堂・岩屋山千手院 不動院岩屋堂と岩屋山千手院は関係性深い寺院なので、合同で発表することになりました。不動院岩屋堂については、今の発表では建築に視点が傾きすぎています。周辺環境や岩窟内の状況を織り交ぜることが大切だどいうアドバイスをいただき、視野をもっと広げなければならないと感じさせられました。この二つの寺院が関係あることに気づく契機となったのは、不動院岩屋堂管理人の方からいただいた資料と情報です。不動院と千手院は細い窟道で通じているという伝承があり、「岩屋堂」と「岩屋山」という名称もよく似ています。文献資料は少ないですが、ヒアリングやゼミの皆さんが測量し作成した図面、スケッチなどの材料をふんだんに利用して厚みのある発表になるように改善しなければなりません。
[第12回「修験道トレッキング-山の歴史をあるく」]の続きを読む
- 2009/12/24(木) 00:11:39|
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