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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

摩尼寺「奥の院」発掘調査日誌(ⅩⅩⅩⅩⅠ)

岩窟測量


4度目の正直! 3次元レーザー測量

 9月27日(月)。前回に続きこの日も朝から晴れ間があり、雨で3度も中止となった、岩陰の3次元レーザー測量をついに決行することになりました(↑)。学生は測量に必要な機材を現場まで運搬する手伝いをしなくてはならないため、普段より早い時間に集合。ただし、岩陰の測量中、学生は普段と同じ作業をおこなっていきました。

 さて現時点での断面実測は轟・部長組の3ヶ所を残し、ほぼ終了しているため、轟(「⑧B区東壁)」と部長さん(「⑭A区西壁」)は引き続き断面の実測をおこなうことになりました。2人の担当している箇所が終われば、実測すべき断面は残り1ヶ所(「⑦B区Lトレンチ西壁」)となり、いよいよ長かった断面の線引き&作図の作業も終わりに近づいて来ました。

 B区内にある集石をXY軸にほぼ平行なトレンチ(50cm幅)を設定し、掘り下げていきました(↓)。B区は「黒灰土」が厚く堆積している場所ですが、この集石の高まり部分にはす焼土を含むタタキが顔を出しています。このタタキを剥いだところ、薄い「黒灰土」があらわれました。昨日述べたように、「黒灰土」には下側のタタキ下地層と上層建物廃絶後の表土系の土の両方があり、ここでも両者は錯綜としています。「黒灰土」の下からは凝灰岩を含んだ硬い土が検出され、それにくいこむ安山岩もいくつか顔をあらわしました。他の地区でみられる下層の基壇土とよく似た土です。B区と言えば、長形大土抗の底で凝灰岩盤が検出されおりますが、今回の掘り下げレベルでは集石内まで岩盤は延びていません。顔を出した凝灰岩混りの土と共に、炭交じりの土も発見しました。集石遺構表面の大半の石は動いています。「奥の院」廃絶後に本堂跡に参拝した人が、石をならべて火を焚き供養しなのでしょうか。果たしてこの集石の正体や、いかに…

B区集石トレンチ
↑B区集石トレンチ

 一方、D区谷側の土抗は断面調査のため、武蔵くんが土抗を半割りし、掘り下げていきました。遺物等の発見はありませんでしたが、黒灰土が予想以上に谷側に伸びており、土抗の範囲が拡大するでしょう。下層遺構の写真撮影が終わるまで断面が確認できる程度のレベルで一旦掘り下げをストップします。

 先生はA区北壁のネーミングに没頭しておられました。この断面には玄武岩と思われる大きな礎石風の石があり、断面を精査すると玄武岩の底部は根が多く、黒灰土が囲むように空洞となっており、どうやら動いている可能性があります。その後、15時頃、に武蔵くんが実測し終えたC区西壁の土層注記中に突然の雨。徐々に強くなる雨脚に実測中の学生も一時テントに非難せざるを得ません。雨が弱まるのを待っていたのですが、岩陰をレーザー測量中のAコンサルタントの方々がなかなか降りてこられないため、エアポートさんが様子を伺いにいくと、どうやら岩陰を測量中で、雨に気付かれなかったそうです。

 一向に止む気配を見せない雨ですが、先生はひとりコウモリ傘を手に断面の注記に向かわれ、C区西壁のネーミングをほぼ終わらせました。たしかに大きな傘やポンチョのような雨具があれば、小振りの雨でも作業ができます。早いうちに準備しておかなければ。(轟)

C区西壁
↑C区西壁

  1. 2010/10/02(土) 22:37:53|
  2. 史跡|
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asa

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