FC2ブログ

Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

新羅の道-慶州巡礼(Ⅰ)

R0013146_20101114132244.jpg


南山から見下ろして(上)

 10月29日~11月1日にかけて、研究室のメンバー5名で慶州を訪問した。わたしと部長と轟きは2月に続く再訪である。この旅行は、発掘調査完了を祝い労いのツアーとして企画されたものだったが、秋の長雨のせいで現場作業は遅々として進まず、現場が終わらないまま出国するはめに・・・おかげで、出国時の気分はモヤモヤしていた。が、開きなおって、旅を満喫するしかありませんね。
 今回の慶州行は、9月初旬の甘粛石窟寺院の調査に後続するものである。これまで大同の雲岡石窟、甘粛の莫積山石窟、莫高窟などの中国の石窟寺院を視察し、また山陰地方においても摩尼寺「奥の院」を始め、岩屋堂、鰐淵寺等、岩窟に建築が木造建築が複合する密教寺院を踏査してきた。今回は日本と中国の結節点である朝鮮半島の旧新羅地域に着目した。新羅は日本海を挟んで山陰の対岸にあたり、出雲国風土記の「国引神話」にみられるように、古代の文化的交流が盛んであったと推定されるエリアである。

 慶州は、およそ千年間新羅王朝の都として栄えた。三国時代(前57年~676年)から統一新羅時代(676~935年)の古墳や仏教関連の遺跡が多数残っており、「慶州歴史地域」として世界文化遺産に登録されている。仏教の聖地として知られる南山もその一地区に含まれており、山の岩肌には多数の磨崖仏が残っている。慶州初日(29日)は、慶州国立博物館を訪れ、南山や石窟庵に関する資料文献を収集し、夜ホテルのベッドの上でそれらを広げ、南山の調査ルートを吟味した。
 南山は新羅文化の中心を成す霊山で、全域に数多くの磨崖仏や石仏、寺院跡が散在している。市街地から南に4キロの位置にあり、標高468mの丘陵状の山嶺は南北8キロ、東西4キロに及ぶ。登山口はいくつもあり、登山道も山全体を縦横無尽にめぐっている。日本のガイドブックには南山を東西に横断する代表的なトレッキングコースを3本提示しており、時間と体力に見合ったルートを選ぶよう勧めている。どうやら石仏は谷沿いに集中しているらしく、一筆書きですべての遺跡をまわることはできないようだ。とはいえ、ガイドブックのルートでは私たちが目的としている岩窟仏堂を通らないので、調査隊はオリジナルの調査ルートを設定する必要があった。

IMG_1800.jpg

[新羅の道-慶州巡礼(Ⅰ)]の続きを読む
  1. 2010/11/19(金) 13:32:15|
  2. 研究室|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

asa

10 | 2010/11 | 12
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search