FC2ブログ

Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

打吹山長谷寺本堂の実測調査

DSC_0994.jpg


 11月18日(木)。この日は、摩尼寺「奥の院」の現場から飛び出して、倉吉は打吹山長谷寺本堂の実測調査に行ってきました。長谷寺は、摩尼寺「奥の院」に建てられていたであろう懸造仏堂に似て、斜面に形成されら平坦地に立地しており、今回の実測は「奥の院」の復元にむけた類例データの収集が目的です。ここのところASALABでは建造物調査から遠のいていたので、建物の実測をしたことのないゼミ生がちらほら。これはゆゆしき問題です。レクチャーをしながらの実測はおそらく時間がかかることでしょう。この日は普段の現場出勤よりも早い時間に起床し、長谷寺に向かいました。

 調査の振り分けは、以下の通りです。
  床下平面:轟      床上平面:部長
  梁行断面:エアポート  調書・写真撮影:先生

 近いようで遠い倉吉。長谷寺に着いたのは10時半。この日は護摩供養で、内陣では護摩木が焚かれ僧侶が経を上げておられました。邪魔にならないように、まずは床下平面、梁行断面(内陣以外)のスケッチからスタート。今回、建物の実測が初めての轟くんは部長さんのレクチャーを受けながら実測を開始。とはいえ、床下平面の実測は、礎石の形や柱の形状をスケッチするわけですから、発掘現場の平面実測で鍛えた轟は手際よく実測を進めていきました。私も久方ぶりの建物実測ですが、すぐさま感覚を取り戻し、作業は順調。昼過ぎに先生がこられたときには7割方、実測作業が終了していました。

 長谷寺は、本尊を十一面観音菩薩像とする天台宗寺院で、伯耆三十三番札所、中国観音霊場の一つです。縁起によれば、養老5年(721年)の創建で、法道上人を開祖としています。当初は、長谷村(倉吉市北谷地区)に建てられましたが、後に都志都古により現在の地に移築されたという伝承も残っています。本堂は、天正年間(1573~1591年)に造営された後、幾度かの改変を経て、現在の形になったようです。また、内陣の禅宗様の大型の厨子は室町時代後期のもので、重要文化財に指定されています。本堂と仁王門は、最近県指定文化財になったばかりです。

DSC_0942.jpg

[打吹山長谷寺本堂の実測調査]の続きを読む
  1. 2010/11/27(土) 14:36:11|
  2. 建築|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

asa

10 | 2010/11 | 12
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search