FC2ブログ

Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

木綿街道のこと(ⅩⅠ)

R0026304.jpg


町家の調査(2)

Sh邸(中町)
 2日目に調査したSh邸は、木綿街道の範囲外にあたる中町の切妻妻入型町家である。中町は本陣などが置かれて平田の中心であった本町の南側に位置し、湯谷川を境にしている(↓)。寛政四年(1792)の「万差出帳(よろずさしだしちょう)」に「中町」の記載はみられない。また、明治29年の『平田町沿革誌』によれば、中町の東側は嘉永六年(1853)頃、西側は明治4年(1871)頃に新設されたという。
 このように街区は比較的新しい時代の開発だが、貞享四年(1687)の川違い(流路の整備や治水工事)以降、「杵築往還」の一部となっている。それまでの往還ルートは本町から湯谷川沿いを西に向かう道であった。杵築往還の敷設から中町の成立までは200年近い時間差があり、町の成立年代についてはもう少し詳細な調査が必要だろう。ちなみに、Sh邸は中町の西側に位置している。
 Sh邸は、切妻妻入型の町家で外壁は漆喰塗り。また海鼠壁の意匠もみられ、平田における代表的な町家の類型といえるだろう。ここで、漆喰塗り町家の定義についてふれておきたい。漆喰塗りの町家については、川越の「土蔵造」の町並みがよく知られている。それに対して、昭和40年代に実施された京都大学上田篤研究室(都市計画)による平田町並み調査では、『町家・共同研究』(1975)に「塗り家」という呼称を用いて定義している。土蔵造との違いについては不明ながら、強いて言うならば桁や梁・庇は木部を露出させている町家(↑)が「塗り家」であり、木部を土で隠している町家が「土蔵造」ということだろうか。ひとまず当面は上田研究室に倣って「塗り家」造と呼ぶことにしたい。

R0026324.jpg

[木綿街道のこと(ⅩⅠ)]の続きを読む
  1. 2011/08/14(日) 08:16:57|
  2. 建築|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

asa

07 | 2011/08 | 09
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search