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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

木綿街道のこと(ⅩⅤ)

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町家の調査(4)

岡茂一郎商店
 岡茂一郎商店は新町の「横丁」に位置する。新町をとおる街道筋は、本石橋家や旧石橋酒造が軒を連ねる南北軸がメインストリートになっているのに対し「横丁」はそれに直交して船川へ向かっていく道で、これも「松江杵築往還」の一部である
 調査建物は木綿街道内に三つある醤油蔵のひとつ。創業は四代目茂一郎の頃で明治31年[1898]からだという(今の所有者は七代目)。三代目までは同じ場所で石屋を営んでいた。
 敷地は横丁の両側を範囲とし、南側を店舗兼住居、北側を工場(コウバ)としている。南側はオモヤ、蔵2棟に茶室と付属屋(便所・風呂)が建ち、昭和22年に茶室の新築と併せて作庭した庭園がある。周辺には、岡氏所有の借家が数棟あり、同地区内で有力な商人であったことがうかがえる。
 オモヤは切妻平入形式で、ツシ2階とまではいかないまでも周辺の平入町家に比べると2階の「せい」は低い。また、1階は出雲格子・縦格子・下見板貼、2階は縦格子と、腰に四半張りの海鼠壁がまわっており、建具をサッシに変えてはいるものの町並みの景観に寄与している。

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 間口(東西)七間半×奥行(南北)五間で、東側三間は背面に座敷を二間半増築している。また、西側二間についてはもともと別棟(借家?)であったが、大正末の大規模改修の際に小屋上げをして大屋根を繋げている。内部には大胆にも小屋組みが残っており、当時の2階高を知ることができる。

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 現在の大屋根は和小屋組で、棟通りに牛梁を架け、その上に軒から一間とばして小屋梁を架ける。小屋梁より上は束で母屋を支えて貫を通している。
 固定資産台帳によればオモヤは明治28年[1895]の建築。重伝建地区倉吉の町家においては、明治中期頃に高二階の町家に建替えられたと推定しており、年代観としては妥当なように思われる。気になるのは、創業が明治31年で建築年代とは3年の時期差があるのだが、この期間を醸造を始める準備期間とみてよいのだろうか? 再訪時に確認したい。
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  1. 2011/09/11(日) 12:42:08|
  2. 景観|
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asa

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