Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

亀茲の砂塵(Ⅴ)

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キジルガハ千仏洞

 キジルガハ千仏洞はクチャから北西12㎞のゴビ丘陵にある石窟群で、やはり重点文物保護単位です。この日は、キジル千仏洞から派遣された姚さんという女性ガイド(私と同い年)が笑顔の素敵な美しい女性で、男性陣はうきうきされていました(笑)。
 キジルガハは「赤い白鳥」という意味。先生は「赤い白鳥って何? 白い黒人って言っているようなもんでしょ??」なんて質問して、車内を賑やかにされていました。キジルガハ千仏洞は宮殿寺院と呼ばれ、貴族階級の寄進した仏教寺院です。また、ギジルガハ千仏洞は、キジル千仏洞に比べて少し遅い5~9世紀に造営されたもので、全部で46窟が開削されています。クチャから近いこともあり、容易に人が見に来られることから、大部分が壊れてしまったそうです。さらに、洪水や地震、戦争などの影響もあり、破損が激しく、壁画などが残っているのは11窟にすぎません。今回は以下の9窟を視察しました。

  11窟(6世紀)中心柱窟
  14窟(6世紀)中心柱窟
  15窟     中心柱窟
  16窟(6世紀)大像窟
  13窟(6世紀) 中心柱窟
  27窟(7世紀) 僧房窟 書庫あり
  30窟(7世紀) 中心柱窟
  32窟(7世紀) 中心柱窟
  38窟(4世紀) 中心柱窟

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 11窟は6世紀に造られた中心柱窟です。元々前室があったそうですが、今は崩れてなくなっています。その前室は走廊のようになっていて、11窟と12窟を繋いでいたと思われます。壁画はよく見えませんが、下には説法図、上には飛天図、天井には天相図が描かれています。天相図には仏、真ん中に雨の神である龍、ガルーダ(人の顔をもち鳥の体をした釈迦の保護神)、仏、風神、馬に乗る仏、太陽神(車輪に乗る仏)がみられます。また後ろは特別で、ひし形に絵が配列されています。ジャータカが描かれ、そこには釈迦の前世を象徴する猿や鹿、馬が見られました。また、燃えている兎も発見。これは水の悪魔だそうです。色々な物語が描かれているようです。
 14窟は金持ちの貴族が寄進した石窟で、壁画などの表面はすべて金箔で貼られていたようですが、いまははぎ取られています。14窟には、弥勒菩薩の説法図が描かれています。釈迦は涅槃の後、仏になることから、弥勒菩薩は未来の象徴で、未来の仏と呼ばれています。弥勒菩薩の両側に立つのは弟子だそうです。合掌供養する天人が立っています。天井にはさまざまな飛天が描かれています。
 16窟は6世紀のもので、「大像窟」と呼ばれる中心柱窟です。外に立つ仏は元々主室に置いていたそうで、両側下の部分には金剛力士立像がありました。天井にはひし形配列の壁画があり、釈迦座像が見られ、天井の一番高い部分で飛天が踊っています。後室には涅槃台もありました。

01キジルガハR0030055

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  1. 2011/11/30(水) 00:03:17|
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第9回「猫」プロ(その2)

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 24日、学生たちがデータ入力などの作業を進めるなか、A教授はインタビューを受け入れてくれそうな愛猫家のみなさんに電話でアポをとられていました。そのなかで、カフェ黒田の写真展に出品されていた八頭町のAKさんが、いきなり「今夜、カフェ黒田で」と提案され、先生も驚かれていましたが、なにより取材先のスケジュールが優先されますので、24日18時半からインタビューをおこなうことになりました。ちょうどそのとき、京都大学農学部の2年生が2名、農業支援のためAKさんの家にホームステイされていて、AKさんの息子さんと京大生2名に対して、できたてほやほやの調査シートを使ってインタビューすることになりました。なお、AKさんはカフェでオカリナの練習に参加され、代理で息子さんが取材を受けた格好になりました。

「猫」プロ 第1回インタビュー

 日時  2011年11月24日(木)18:30~
 場所  カフェ黒田
 参加者 AKさん
     Sさん(京大2年 農業交流ネットサークル)
     Hさん(京大2年 農業交流ネットサークル)
     A教授、S助教、タクヲさん
     猫プロ2年:岡田・木島=インタビュー、福山=ビデオ撮影

 AKさん(26)は生まれたときから身近に猫がいたそうです。猫と過ごす日々の生活が当たり前でした。今までに飼われた猫の名前の由来をお聞きしたところ、以前飼われていた三毛猫は「みけ」、現在飼われている猫は年の暮れに秋山家の一員になったため「くれ」と言うように、見て感じたままの命名でありながら、猫に対する愛情を感じるエピソードだと感じました。また、ハスキー犬の「ハスキー」も飼っておられるということで、犬と猫の相性やおもしろいエピソードについてお聞かせいただきました。「ハスキー」は先住者だったので、子猫の「くれ」が家に来たころは、「これは何か?」と確かめるように匂いを嗅いでいたそうです。そして、じゃれてくる「くれ」に鼻をひっかかれても、怒らず相手にしなかった。人にされて嫌だと思うことでも、猫にされると愛らしく感じてしまうとよく聞きますが、「ハスキー」も同じ想いだったのでしょうか。そんな2匹の戯れを想像し、温かい気持ちになりました。AKさんは猫だけにある魅力について、

  「犬は自ら人によって来るが、猫は人から寄っていく動物である」

と話されました。また、Hさんは猫アレルギーを持ちながらも「くれ」の虜になってしまわれたそうです。このような多くのエピソードを通して、猫は人の感情を読み取り、慎重に心を許していく動物であると思いました。「くれがいないならいないでハスキーを触る機会が増えるだけだが、くれがいるから家の雰囲気が良いのも事実」という発言を聞き、猫は空気のような存在であり、鎹(かすがい)でもあるのだと思いました。(建築・環境デザイン学科2年 KN)
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  1. 2011/11/29(火) 00:42:57|
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第9回「猫」プロ(その1)

学内でのデータ整理

 11月24日の「猫」プロ研活動は以下の通りです。

01.リーダーを中心に以下の役割分担を決める

 ①「猫」本データベースの入力 (3名)
 ②カフェ猫データシート作成 (3名)
 ③「地域猫」資料のダウンロードとコピー (1名)
 ④『クロワッサン』2001/11/25 特集「猫は不思議。」を読み込み、
  愛猫所有者に対する取材用シートの作成準備(2名)

02.演習室で作業
 13講義室で学生が自主的に役割分担を協議した結果、以下の班分けとなった。
  ①班:佐藤、福田、米村   ②班:福山、西村、藤井
  ③班:上村         ④班:岡田、木島

03.ブログ(活動報告&感想文)のジャンケン勝負!
  ジャンケンするまでもなく、私に決まった。

04.音楽班は「ブライト・サイズ・ライフ」「恋は桃色」について検討


活動の感想

 24日は今まで行なってきた活動をまとめ、次の活動への準備をしました。
 ①「猫」本データベース班では、研究室にある「猫」本をすべてデータベースに入力し、いつでもメンバーの感想文を入力できるように準備しました。すでに提出された感想文はある程度要約して入力しましたが、量が多かったのでなかなか大変でした。本の情報を調べている際に、読んだ方のレビューがあったので流し読みしていたのですが、猫を飼っている人も飼っていない人でもぜひ読んでほしいというレビューが多く見られたので、これから「猫」本を読んでいくのがもっと楽しみになりました。
 ②カフェ猫データシート班と④取材用シート作成班も、今までのまとめと次回への準備が順調にできていたようなので良かったです。今回の活動で心機一転し、今後の活動にもっと力を入れて頑張って行きたいです。
 ③「地域猫」については、以前私の家は野良猫の被害でとても悩まされていた時期があったので、地域住民と地域猫のような関係が少し羨ましかったです。(環境政策経営学科1年SA)

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  1. 2011/11/28(月) 18:05:41|
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亀茲の砂塵(Ⅳ)

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キジル千仏洞

 クチャのキジル千仏洞(3~9世紀)は中国最古の石窟寺院として知られています。もちろん国級重点文物保護単位。「キジル」とはウイグル語で「赤」のこと。赤い岩肌にちなんで名づけられたようです。石窟は東区、西区、後山区、内区に分けられており、今回見学したのは西区です。まず4人で27窟・32窟・38窟・34窟・47窟・8窟・10窟の順に見学しました。以下、年代と型式を整理しておきます。

  27窟(7世紀) 中心柱窟
  32窟(5世紀) 中心柱窟
  38窟(4世紀) 中心柱窟
  34窟(3世紀) 僧房窟。5世紀に中心柱窟となった。
  47窟(4世紀) 中心柱窟
  08窟(7世紀) 中心柱窟
  10窟(5世紀) 僧房窟

 仏教考古学専攻のSさんと先生は高額の見学料を払い、1973年発見の新1号窟も見学されました。新1窟の詳細を私は知りませんが、後室に涅槃像(塑像)の残る唯一の窟だそうです。他の窟では、涅槃台だけが残り、涅槃像はなくなっています。キジル千仏洞に石窟は全部で339ヶ所確認されており、うち256の窟の門扉に番号が付けられています。今回見る7つの石窟は見学が可能な石窟ですが、保存状態が良いものから破壊されたり、盗掘にあったものまでさまざまで、壁画をみることでできる石窟は80ヶ所ぐらいにとどまるそうです。また、キジル千仏洞の仏像は全て塑像のため、崩壊しやすく、89基残るのみです。小乗仏教の遺跡とされ、壁画には釈迦の前世の物語について描かれています。
 今回見学した石窟でも壁画の残骸を見ることができました。また、本尊仏背面の壁面は「中心柱」とされ、石窟全体を構造的に支える役割を果たしています。「中心柱」の両側に通路がある、主室と後室をつないでいます。その後室に涅槃台のあるものが多いのですが、涅槃像は新1窟でしかみられません。カメラの持ち込みを禁じられたため、写真撮影できなかったのが残念でなりません。
 最初に見学した27窟も「中心柱窟」にあたります。27番は初唐(7世紀)に造られたもので、中心に釈迦立像、両側には釈迦座像を安置していましたが、地震や宗教戦争などの影響で全て失われました。壁画もはぎ取られています。仏壇の中には小さな穴が見受けられました。これは木の棒を差し込んで像を支える役割をするものだとのこと。他には入口の上には弥勒菩薩の説法図が黒と白で描かれ、立体感を見せていました。門扉両側には金剛力士像のための壇、後室には涅槃台や火葬図なども見ることができました。前室は前側半分が崩れています。
 32窟は5世紀の中心柱窟。ここにも、木の棒を差し込む穴が沢山見られ、棒の上に粘土を塗って山を造り、須弥山としていたそうです。上に残る壁画はひし形で描かれ、因縁物語を表しています。

 38窟では、美大の学生が卒業研究のため壁画を模写していました。4世紀に造られた中心柱窟で、壁画には様々な楽器が描かれており、「音楽窟」とも呼ばれています。笙、シンバル、シチリキ、4絃琵琶、ネックレス(も楽器だったそうです)、ハープ、竪琴、リーラー(琵琶の一種)などが描かれていました。入口には弥勒菩薩の説法図も残っています。天神は男性ですが、姿がとても綺麗で「中国のビーナス」と称されているそうです。天井には天象図に月、風の神、双頭のガルーダを描きます。トハラ語も見ることができました。まだ研究中で、解読はされていませんが、他の石窟では見られない文字だとのことです。38番を出ると、上に天井梁のような在の痕跡も確認できました。前室の構造を想像させます。

38窟
↑パンフのスキャンです [亀茲の砂塵(Ⅳ)]の続きを読む
  1. 2011/11/27(日) 23:52:27|
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摩尼寺「奥ノ院」遺跡の環境考古学的研究(Ⅵ)

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摩尼山から箭渓へ

 23日(勤労感謝の日)、摩尼寺から福部町の箭渓(やだに)へぬける山道をトレッキングしました。天候はあいにくの曇りですが、雨は降っていません。タクヲ&ナオキがまず箭渓の登山口に車を一台置き、11時に集合場所の門脇茶屋喫茶部に集合。A教授、N教授と合流して喫茶店で前休憩を入れ、いざ出発。
 まずは長い石段を登り、摩尼寺境内へ。階段を登り始めてすぐ、A教授の元気のない声が聞こえてきました。21日に中国から一日遅れて帰国したばかりで、中1日での登山に体が悲鳴をあげていたようです。N教授は空手道の達人でして、体力には自信をおもちですが、あとで聞いたところ、やはり石段の終わりのほうで吐きそうになっていたそうです。
 境内にあがって本堂を参拝すると、いままさにご住職は堂内で読経中でした。奥様に『大山・隠岐・三徳山』報告書と「山林寺院の原像を求めて」シンポジウムのチラシをお渡し、山頂の立岩をめざします。道中の石仏に手を合わせつつ、休み休みに山道を上がっていきました。N教授は山陰海岸ジオパークのマネジメントに係わっておられるからか、山上から望む海岸線の景観に感嘆の声をあげておられました。A教授は体調不良のため、いつもの元気がありません。
 どうやら山道のルートを間違えて進んでしまったようで、立岩ではなく、立岩を見下ろせる高台(正真正銘の山頂)に到着しました。そこからの眺めは絶景です。12時過ぎに立岩に到着すると、強い風が吹いてきました。A先生は立岩の説明をするも、下のベンチに坐りこんでしまいまして、タクヲさんがN教授を帝釈天像のところまで案内されました。N教授はまたしても感嘆の声をあげ、写真を何枚も撮られていました。
 立岩から「奥の院」に向かう道中、下り坂で枯葉に足を滑らせながら坂道を下り、Ⅳ区の岩窟仏堂、Ⅲ区の岩陰仏堂をN教授にお見せして、12時半過ぎにⅡ区の加工段(平坦地)で昼食をとりました。A教授はここで「山頂近くで嘔吐感があったんで、弁当を食べられない」とおっしゃって、わたしが手作り弁当をいただくことになりました。

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  1. 2011/11/26(土) 13:00:26|
  2. 景観|
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亀茲の砂塵(Ⅲ)

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ウルムチ散策

 出張初日(11月16日)は、午後2時前のCA便で関空を飛び立った。ウルムチのホテルにチェックインしたのは翌17日の午前1時ころ。気温は零下に下がっていて、とても寒かったです。
 ウルムチの朝は昨夜にも負けないぐらい寒い寒い。この日はウルムチからクチャへ向かいます。フライトはお昼なので、午前の自由時間を使って、雪の積もったウルムチの街並みを探索しました。ウルムチは新疆ウイグル族自治区の首都にあたる都市です。世界で最も内陸に位置し、晴天が多く雨の少ない内陸性乾燥気候で、夏と冬の気温の差は大きく、11月中旬だというのに平均最低気温は-7℃。どおりで、寒いわけです。現在のウルムチの街には、高いビルが並ぶ所もあれば、下町に屋台が出ていたり、どことなくレトロな感じの雰囲気のあるところもあります。途中、先生がお店を指さし、中国語に関するクイズを出題。

  「手机超市」とは何か? 

 「携帯電話スーパーマーケット」のことだそうです。たしかに、携帯の看板がでている・・・そんなこんなで十字路へたどりつきました。ここを渡るのはスリル満点。信号機の意味があるのかないのか、左折車が止まってくれません。横断歩道で立ち往々です。車と歩行者の距離が近い割にスピードもあり、寿命が縮まる想いを朝っぱらから体験しました。危機を乗り越え、更に進むと、路上で野菜を売っていたり、ナンのような粉物を売っている商売人を発見。
 そこから江南庭園風の人民広場へ。雪景色のなか、太極拳のような集団が独楽をまわしていました(↑)。それから、歩いて小腹もそろそろ空いてきたので、行きがけ目に付けていた杭州小篭包店で、ワンタンと小篭包を食べました(↓)。辛いものが好きなので美味しかったです。お腹も満たされた所で、ホテルへ。

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  1. 2011/11/25(金) 12:42:39|
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亀茲の砂塵(Ⅱ)

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 ブログ担当の学生がいつまで経っても原稿を書かないので、わたしが顛末から書き始めるしかない。中国ではFC2とyoutubeがともにネット規制にひっかかっており、ブログのアップが不可能であったのは確かだが、そろそろ書いてくれないと困ります・・・タクオとわたしは紀要論文の〆切に迫られていたので、担当がだれかは容易に想像されるでしょう。
 今回の4人旅は、16日出国~20日帰国の弾丸ツアーを予定していた。北京、ウルムチ経由でクチャに入り、正味2日間かけてキジル千仏洞(3~9世紀)、ギジル・ガハ千仏洞(4~11世紀)、クムトラ千仏洞(6~11世紀)、スパシ仏教寺院址(3~11世紀)を視察し、19日にクチャからウルムチを経由して北京まで戻り、翌20日に帰国する予定であった。
 すべての視察を終えた19日の昼すぎ、クチャの空港に到着。ここで午後3時40分発のCZ6874便(中国南方航空)がウルムチの天候不良により1時間遅れのボーディングになると通知する貼り紙をみた。まだ大丈夫だと思っていたのだが、紀要に投稿する原稿を書きながら過ごす待合室で時間は刻々と流れ、CZ6874便は2間以上遅れて、ようやくクチャ空港を離陸した。
 ウルムチから北京に戻るCA1294便(中国国際航空)のボーディング時間は午後7時10分。このままだとアウトだが、ウルムチのフライト全体が平行して遅延しているならば、乗れるかもしれない。
 ただちにCZ6874便の客室乗務員に事情を説明した。彼女はなんどか地上と連絡をとりあい、「ゲートを出ると会社の者が待っているので、心配しなくても大丈夫です」と念をおした。それは嘘であった。飛行機を降りて、あたりを見回すが、待人などどこにもいない。荷物はなかなかでてこない。ロビーに出ても、だれもいない。おまけに中国国際航空のターミナル(T3)は遠く離れており、スーツケースを揺らしながら車道を突っ走った。たしか、ちょうど午後8時ころに中国国際航空のカウンターに到着した。結果はアウト。いままさにボーディング・タイムであり、チェックインは30分前に済ませておかなければならないのである。

 そこから地獄の2日間が始まった。-7℃の車道を歩いて中国南方航空のターミナル(T2)に戻ると同時に、長い交渉の幕が切って落とされた。帰国は20日午後6時10分のCA161便。このフライトに乗るためには、20日午前の便を確保するしかない。しかし、CA、CZともに満席であることを告げられた。この段階で20日の帰国が不可能になった。始末書が頭をよぎる。それでも不幸中の幸というべきか、20日午後1時50分発のウルムチ→北京便(CA1902)に空きがあることが分かり、翌21日午前8時半発の北京→大阪便(CA927)も予約できた。ただし、中国南方航空が中国国際航空のフライトを予約しただけだから、発券が確実に保証されたわけではなく、予断を許さない状況にあった。そこで、クチャの空港で現地のガイドが「問題が発生した場合、ウルムチの旅行社本社に連絡しろ」と教えてくれた携帯番号に電話したところ、いきなり「500元(約7000円)払わないならサポートに行けない」と返してくる。即、断った。

 19日夜の宿舎は中国南方航空が手配してくれた。武警新疆公安辺防総隊培訓中心(国境防衛機動隊トレーニングセンター)の招待所に泊まることになった。貴重な体験ではある。その段階までの交渉が熾烈をきわめ、疲労が累積しており、食堂で弁当を食べたあと動けなくなった。紀要論文がさっぱり進まない。予約していた北京のホテルに電話し、キャンセルを伝えると、「そんなこと、あんたに言われても駄目よ、旅行社から正式に連絡してくれないと困る」と言われたので、再び旅行社の携帯に電話したのだが、応答なし。何度電話しても、話し中のまま通信音が消えていった。

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  1. 2011/11/24(木) 12:54:05|
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木綿街道のこと(ⅩⅩⅠ)

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 11月19~20日、先生や先輩が中国の新疆ウイグル自治区へ視察に行っている間の土日ですが、私たちは平田の調査へ出かけてきました。メンバーは3年の私、白帯くんが主体となって、修士課程のアシガルさん、1年の匠くん、そして引率で新任のスギボー先生に同行していただきました。
 今回は、道路拡張に伴い撤去される予定の町家(灘町・中町・寺町2ヶ所)の基礎調査です。撤去町家データベースをつくることを目的としていて、住民の方々へのヒアリング、建物の間口・奥行と、正面からの写真撮影を2日間にわたり行ないました。私と白帯くんは今回リーダーということで緊張していましたが、いきなり慌てることになりました。木綿街道振興会から事前にいただいていた撤去予定町家の資料は準備していたものの、実測に用いる拡大コピー資料を作っていなかったのです。これは現地で用意しました。そのため現地での時間を浪費してしまいました。

 お昼すぎにやっと調査開始。調査の役割分担は、白帯くんがヒアリング、並行して私とアシガルさんが実測、匠くんとスギボー先生が写真撮影です。撮影チームは早めに終わったので、私は白帯くんとともにヒアリングをし、のこりのメンバーで実測。実測では、とくに奥行をはかるのが大変でした。木綿街道の町家は、妻側が道路に面して連なっているので、建物と建物の間に隙間があるものの、それはそれは狭いところがありました。細身のアシガルさんや白帯くんでも通りにくく、断念したところもあります。ヒアリングは、建築年代と改修や改築について、撤去後の意向を伺いました。あくまで、撤去後の住まいをどうしようと考えているかを聞くのが目的でしたが、白帯くんは最初かん違いをしていて、撤去後、移築するという計画があるんですがどう思いますか、というようなことを聴いてしまった、と1日目の反省をしていました。その後は気を付けて、2人でヒアリングしました。

平田RIMG0540

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  1. 2011/11/23(水) 12:39:13|
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シンポジウム「山林寺院の原像を求めて」予報(Ⅲ)

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 シンポジウム「山林寺院の原像を求めて」のチラシが完成しました。
 下の画像をクリックすると画面が拡大します。とくに裏面には12月17日午後のシンポジウムと午前の「栃本廃寺跡を訪ねるバスツアー」の参加申し込み書がついていますので、参加希望者は早めにFAXを送信してください。シンポジウムの定員は70名、バスツアーの定員は30名(要予約)です。当日、空席がある場合は参加できますが、ない場合は予約者を優先することになりますので、ご了承ください。


 山林シンポちらし 山林シンポちらし裏
↑クリックすると画面が拡大します。左の裏面に申し込み用紙がついていますので、プリントアウトして必要事項を書き込み、鳥取市文化財課のFAXに送信お願いいたします。
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  1. 2011/11/22(火) 15:10:58|
  2. 講演・研究会|
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第8回「猫」プロ研

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 先週17日(木)のプロジェクト研究2&4活動報告です。

 本日のスケジュール

01 学生は読書感想文を提出

02 カフェ黒田で開催されている「我が家の宝(ねこバージョン)」展について、
  データシートの空欄を埋め、猫写真の撮影をする。

  №1 蓮仏さんちの猫     №2 野間さんちの猫
  №3 森さんちの猫      №4 秋山さんちの猫
  №5 長尾さんちの猫     №6 佐々木さんちの猫
  №7 飯田さんちの猫     №8 土橋さんちの猫
  №9 小倉さんちの猫     №10 池本さんちの猫

03 上の作業が終わったら、珈琲ブレイク
  「地域猫」に関する資料配付

04 ブログ(活動報告&感想文)のジャンケン勝負

05 大学に戻り、4409演習室でデジカメ・データ整理。デスクトップ・
  パソコンに撮影した猫の写真を、家別にファイル分けしてダウンロード。

06 音楽班は教員スギボーと打ち合わせ
   細野晴臣「恋は桃色」の歌詞とコード進行の採譜


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  1. 2011/11/21(月) 20:01:00|
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亀茲の砂塵(Ⅰ)

 ネタらしいネタのない夜ですね。久方ぶりのアドリブでいきましょうか。
 
 日本代表が平壌で北朝鮮に0-1で敗れましたが、これは結構な大事件であります。その試合の前まで、日本はサッカーにおける世界チャンピオンだったことを知っていますか。南アW杯で優勝したスペインが、直後の親善試合で、メッシのアルゼンチンに0-4で大敗した。つまりスペインは王座防衛に失敗し、アルゼンチンが新チャンピオンになったのですが、そのまた直後、メッシ率いるアルゼンチンは東京?で日本にまさかの敗北を喫する。岡崎のゴールを覚えている方も少なくないでしょう。アルゼンチンの防衛は1回にとどまり、この時点で、日本が世界チャンピオンになったわけですが、ザックJAPANはそれから十数試合負け知らず。つまり世界王者を十試合以上防衛したのですが、ついに黒星のつく時がきた。黒星をつけた北朝鮮が、現在の世界チャンプであります。北朝鮮の動向には目が離せませんな。今後、北朝鮮が何度防衛するか。日本がリベンジするか、あるいはまた、北朝鮮を倒したチームを日本がねらい打つか・・・まぁ、どうでもいいか。

 本日、関空から北朝鮮、じゃなかった、中国に向かいます。目的はずばりキジル千仏洞。新疆ウイグル自治区のクチャに残る中国最古の石窟寺院をめざす弾丸ツアーでして、いつものように一人旅にする予定だったんですが、「キジル千仏洞に行くんだ」と吹聴した結果、「おれも行きたい、わたしも行きたい」と声をあげる者が4名もあらわれ、うち3名が同行することになりました。計4名という人数はよいね。タクシーも1台で済む。
 26歳のとき、新疆ウイグル自治区を訪れた。北京語言学院の修学旅行で、トルファンとウルムチに短期間滞在したのである。あれは7月末のことで、海抜下のトルファンは摂氏47度まで上昇しており、深夜でも熱風が吹いていた。ハミ瓜、スイカ、葡萄の産地として知られ、あの濃厚な味が忘れられない。そしてまた、胡姫たちの末裔というべきウィグル族の美少女たちに驚かされた。修学旅行では、旅費を自己負担し、ウルムチから国境に近いカシュガルをめざす学生もいたが、列車の旅に疲れていた多くの学生は飛行機で北京に帰っていた。わたしもその一人である。



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  1. 2011/11/16(水) 01:01:42|
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酔って候(Ⅲ)

第20回六弦倶楽部練習会(3)

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2.柳ジョージに捧ぐ: 酔って候~フォーエヴァーマン

 弾き語りは、気楽に「仕事さがし」でもと思ってたんですが、突如、柳ジョージの訃報に接し、カラオケで毎度まいどお世話になってきただけに、ギター1本で弾き語りしてやろうと思うに至った次第です。いつもいつも唱ってきた「酔って候」とクラプトンの「フォーエヴァーマン」をくっつけました。柳ジョージの追悼文でも述べたましたが、この2つの曲には似たところがあって、ここであっさり書いてしまいますとね、キーAmの場合、両者ともF→F6(onG)→Am7で処理できる部分があり、これを共通のリフとして使いました。コードは大雑把ではなく、わりと小刻みに変えています。レイニーウッドの演奏もできるだけ取り入れるようにしました。
 この曲では、イントロが終わって、さぁ唱いだそうとしたら、歌詞カードがひっくりかえって白紙になっていることが判明。いったん中断して、歌から再スタートしました。呆けております。

3.タンゴ・アン・スカイ

 ご存じ、ロラン・ディアンスのヒット曲。2年前の第10回練習会(倉吉)で披露しましたが、あのころはまだぎこちなかった。2年経ち、かなり楽に弾けるようになってきていて、前夜の練習でも調子良かったんですが、やはり本番には魔物がいますね。ディミニッシュ・コード分解の速弾き部分でうまく音がでなかったなぁ。
 精進します。

 1年半ぶりに参加した六弦倶楽部の練習会、楽しかったですね。自分の演奏のできは、もうひとつ満足できませんが、みんなと一緒に練習できたことが素直に嬉しい。来年の春まで練習会はないそうですが、それまでにまたいろいろ準備しておきます。

 とりあえず、「ブライト・サイズ・ライフ」と「恋は桃色」だ、だぁ~~



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↑このモノクロ写真もチョトロク代表の撮影によるものです。
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  1. 2011/11/15(火) 00:00:03|
  2. 音楽|
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酔って候(Ⅱ)

大山IMG_0438


六弦倶楽部第20回練習会(2)

 お待たせしました。六弦倶楽部第20回練習会の続報です。
 今回の参加者は9組でした。わたしの記憶が正しいならば、①会長、②門永さん、③ミフさん、④Yscatさん、⑤ペペさん、⑥よしださん、⑦私、⑧月太郎さん、⑨ウラさん、の順だったはずです。つまり、わたしは後ろから3番目でソロギターを弾き、その次に月太郎さんの伴奏でフラマンを弾いたということ。

 今回の3曲は、以下のとおりです。

  1.メドレー: 遠くはなれて~秘密の花園(インストルメンタル)
  2.柳ジョージに捧ぐ: 酔って候~フォーエヴァーマン(弾き語り)
  3.タンゴ・アン・スカイ(インストルメンタル)

 少々説明しておきます。なお、ギターはすべてホセアントニオでした。

1.メドレー: 遠くはなれて~秘密の花園
 「遠くはなれて」は1年半前の鬼太郎空港で初披露した19歳時のオリジナル作品。解説は第14回練習会に詳しいので、ここでは割愛します。「遠くはなれて」を通しで弾いたわけではありません。「秘密の花園」のイントロのような扱いにしました。「秘密の花園」は松田聖子のヒット曲。1983年の作品で、「夜のヒットスタジオ」で10週連続1位を記録しました。本ブログでも映像が2回登場しています。作詞:松本隆、作曲:呉田軽穂(ユーミン)。誤解を招いてはいけないので、くりかえし述べておきますが、わたしは松田聖子のファンではありません。ただただ「スィート・メモリー」とか「秘密の花園」が音楽として心地よいから、インストで演奏しているだけのことです。「スィート・メモリー」は、スタレビのアカペラでしびれたのが発端でしたが、「秘密の花園」は行きつけのカラオケ・ルームで、Iさんという人が歌ってくれたところ、まぁ素晴らしい。うっとり聞いてしまったのね。サビからのコード進行がボサノバ風に変わるんですが、シンコペーションが効いていて、おもしろいからコード分析して、さっさとインスト曲にアレンジしてしまいました。なお、Iさんも松田聖子のファンではありません。いちばん好きな歌手はaikoなんだそうですが、そのaikoがライブで唱う「秘密の花園」が良くて、覚えたとのことです。ちなみに、聖子がヒットさせたシングルの編曲は松任谷正隆。aikoは松任谷正隆のピアノだけで、この曲をうたっている。ピアノ1本のスローバラードになっていて、Iさんは唱うとき、聖子の原曲よりもテンポをやや遅くします。
 わたしは、「あがってない」と口にした瞬間、ミスってしまって、あ~ぁって感じでした。簡単な曲なんで、間違えるはずないと思ってたんだけど、やはり本番は違いますね。(続)


ガットPB031432

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  1. 2011/11/14(月) 00:00:54|
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祝復活!

 浅田真央の画面は別格だ。格別だ、別格だ、格別だ・・・優勝した鈴木明子も自覚していただろうが、次元の異なるパフォーマンスだった。演技がどうのこうのという以前に、氷の上に浅田真央が立ったその瞬間、画面にオーラがあらわれる。エレガントで、清楚な、あのような姿を見せられるのは、世界でだた一人ですよね。

 浅田真央は4分間も滑ったのだろうか。2分ぐらいだったんじゃないか?
 そんな錯覚を覚えた。

 3回転半にこだわらなくともよいと思うが、今回の演技にトリプルアクセルが加われば、再び200点を突破できるだろう。
 
 浅田選手が日本一でないことが不思議でならないけれども、2位でシーズンをスタートできたことを彼女は喜んでいた。

 また君に恋しちゃった・・・





↑この二人、あやしいなぁ?
  1. 2011/11/13(日) 00:23:07|
  2. スポーツ|
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第7回「猫」プロ研 

ブログ1


猫カフェでみた高田渡

 今回(11月10日)は、11月3日(木曜日)のブログで紹介されていた郡家にある家カフェで猫カフェの「カフェ黒田」に行ってきました。

本日のスケジュール

01 カフェ黒田で開催されている「我が家の(ねこバージョン)」展の見学。
02 DVD 『タカダワタル的』 視聴
03 第2回アンケート実施
  ・これまでの活動を通して興味を持ったもの
  ・これからプロ研でしてみたいこと
04 ブログ(活動報告&感想文)のジャンケン勝負。
05 音楽班は今後についての話し合い、楽器のパート決め

本日の感想

 今日のDVDを視聴するまで、高田渡さんという歌手の方を知りませんでしたが、高田渡さんは、たくさんのファンがいて、人々の心をつかみ、心に残るミュージシャンであったということが分かりました。私も今日、見入ってしまいました。とても魅力のある方だと思いました。
 ギターに独自の歌詞をのせ、歌うのですが、演奏の間のMCも魅力の一つで、DVDを観て、つい笑ってしまいました。何故こんなに面白いことを次々に、さっと思いつき、言えるのかと不思議に思いました。
 歌詞を間違えたと言い、始めから歌い直したり、ライブ本番、ステージに上がって、「眼鏡が見つからないから歌詞が読めない」「けど、いつも歌ってるからわかる」などと言って出だしから、観客の心をつかんでいました。これは、高田渡さんを知っている人にしか分からないことでしょうが、本当に面白いです。かと思えば、フォークソングらしい、しんみりするような曲をされたりしていました。高田渡さんは、独自のスタイルで音楽をされていました。
 ライブでの高田さんだけではなく、高田さんの日常生活もDVDで観ることができましたが、お酒を飲んで、会話して、笑って、眠る。普通の酒を飲んで酔っ払って眠るおじさんのようでした。高望みするわけでもなく、人に怒るようなこともしない、そんな方だと私は思いました。何気ない日常を高田さんは好んでいたのだと思いました。その何気ない日常で思いついた歌詞が、人々の心をつかんだのでしょう。
 実際にライブを観に行くことは、もうできませんが、これから先も人から人へと、日本には高田渡という魅力ある素晴らしいミュージシャンがいたということが、語り継がれていくのでしょう。
 あと、今回の高田渡さんのDVDに猫が2ヵ所登場すると書いてありましたが、1ヵ所は自宅の高田さんの飼い猫であると確信していますが、もう1ヵ所は「ねこのねごと」という歌のことでしょうか…。分かりませんでした。ちなみに高田さんは、猫を可愛がっていました。

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  1. 2011/11/12(土) 00:04:38|
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111111

 11月11日は父の命日。なくなった日からまる3年がたった。4周忌ということである。
 父の名は「いちたろう」という。「いちたろう」さんが11月11日になくなったことを偶然とは思えないでいる。おまけに翌11月12日は母の誕生日。うまいことなっている、というか、なんというか、よく分からないのだけれども、奈良と往来する余裕はないにもかかわらず、急ぎ自宅に戻ってきた。

 11月11日は、もうひとつの記念日になった。本日をもって「二級建築士設計事務所 魯班(ルパン)営造学社」を廃業する。実際には何も活動していないのだから、廃業しようとしまいと変わるところはまったくない。
 6月初めに設計事務所協会に呼び出されたことをお知らせした(サテンドールⅤ)。建築士講習を受講せよという催促はその後も頻繁にあった。事務所協会ではなく、県の担当部局から電話がかかってくる。「いつ講習を受けられますか」「どこで講習を受けられますか」ぐらいで済ませてくれたらよいのだが、最後のほうは「講習を受けないと処罰されますよ」「廃業するなら廃業届けを出さないと処罰されますよ」という発言が耳障りになっていった。
 「処罰」なんて言葉を平気で口にするんだ、お役人さんは・・・

 いろいろ考えたが、来年度から大学が公立化することもあり、実働していない設計事務所の代表を務めるのは良いことではないだろうと判断し、廃業を決意した。講習費用が15,750円するのもネックだった(4回飲めるね)。
 先月末、事務所協会を訪問して廃業届けをだした。廃業の日付は11月末までなら、任意で決められるという。しばらく考えた末、11月11日と記して、押印した。父の命日を選んだのである。しかも今年は2011年11月11日。1が6つも並ぶなんて、縁起がわるいはずはない。


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↑仏壇を飾るミナ・ロバタ

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  1. 2011/11/11(金) 15:42:07|
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シンポジウム「山林寺院の原像を求めて」予報(Ⅱ)

栃本廃寺を訪ねるバスツアー
     
 シンポジウム当日(12月17日)の午前に、栃本廃寺を訪ねるバスツアーをおこなうことになりました(先着30名、要予約)。シンポジウムとあわせてご参加ください。予約の申し込みは鳥取市教育委員会文化財課にお願いします。

 ツアー・スケジュール

   09:00 鳥取市役所玄関前集合。
   09:30 出発。
   10:00 国史跡「栃本廃寺」着。整備状況を視察。
   11:00 国史跡「栃本廃寺」発。
   11:40 重要文化財「仁風閣」(シンポジウム会場)着。


 申し込み受付先

   鳥取市教育委員会文化財課(担当 佐々木)
    〒680-8571 鳥取市上魚町39番地
          TEL.0857-20-3359 FAX.0857-20-3050
          e-mail: kyo-bunka@city.tottori.lg.jp

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 「続き」に最新の次第を掲載しておきます。
[シンポジウム「山林寺院の原像を求めて」予報(Ⅱ)]の続きを読む
  1. 2011/11/10(木) 00:06:11|
  2. 講演・研究会|
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摩尼寺「奥の院」遺跡の環境考古学的研究(Ⅴ)

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ハンド・オーガー・ボーリング調査の完了

 摩尼寺「奥の院」遺跡のハンド・オーガー・ボーリング調査は11月7日で終了しました。
 以下、今回のボーリング調査の過程を振り返っておきます。

9月1日
 測量業者W社を案内し、現場を視察。後日、W社の3名と研究室側3名で協議するも、W社はハンド・オーガー・ボーリングの難航を示唆し、業者委託を断念。その後、複数の考古学者の意見を聞き、測量業者A社からハンドオーガー、ハサミスコ等の器材を借り受け、研究室独自でボーリング調査に挑戦することになった。

10月7日
 Ⅱ区トレンチの縄張り、土嚢あげ(ナオキ担当)。

10月16日
 Ⅰ区トレンチの縄張り、土嚢あげ(ナオキ、匠)

10月20~21日
 ハンドオーガー調査を実施(「摩尼寺「奥の院」遺跡の環境考古学的研究()()」参照)。Ⅱ区は地表面か320センチ、Ⅰ区は220センチの掘り下げに成功。地山らしき地層・岩盤を確認。


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↑門脇茶屋喫茶部の猫。左の黒猫がはな、右がブチ。
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  1. 2011/11/09(水) 12:52:15|
  2. 史跡|
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あなうらめしや(Ⅳ)

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味暦あんべ

 11月6日(日)。土日のまる2日間をかけた推薦入試の直後、研究室に関東からお客さまを迎えました。KO大学のM先生と録音係の学生さんの2名です。M先生は、日本建築界の中国認識に関する書籍を執筆中で、中国を研究フィールドにしてきた先達の方たちに取材をして回られているそうです。今回、その研究者の一人としてA教授にも取材の依頼があり、4409演習室でインタビューを受けたのです。取材は、A教授が文部省派遣の国費留学生として留学した1980年代前半の中国のことからはじまり、奈良の研究所時代の活発な日中学術交流を中心に問答が進みました。今回の取材内容は、テープおこしの後に編集・校正され、K出版会から出版されるそうですので、その際にはぜひご覧ください!

 取材も終わり、夕食をご一緒することになりました。日曜日なので開いている店も少ないと心配していたのですが、幸運なことに、7日はカニ漁の解禁日。夕方5時に水揚げされたカニが居酒屋やスーパーに出回る初日でした。A教授は、先週「親ガニ丼」で有名な「味暦あんべ」という割烹居酒屋の情報を入手され、さっそく予約を入れられました。「あんべ」の親ガニ丼は、巷ではそうとう有名なようで、解禁日のこの日は、17時に水揚げされた親ガニを直接仕入れ、大勢で手間ヒマかけて調理するので20時にならないと丼はだせないとのこと。そのこだわりに、胸が高鳴るばかり・・・取材が終わって、まずは「たけちゃん」でいつもの鶏皮に舌鼓を打ったあとに、いよいよ「あんべ」へ。
 店に入るや、数十ハイの親ガニの甲羅が出迎えてくれました。そして、8時をすぎたころ、バイトのお嬢さんたちが、

  「はぁい、これが今年最初の親ガニ丼で~す」

と言って、念願の「親ガニ丼」をカウンターに運んできました・・・衝撃でしたね。一杯の丼に、10匹の親ガニを使うそうで、カニ味噌をあえた身の上に生の内子や外子がふんだんに使われています。その味たるや、KO大学の先生と学生さんが「もう、東京に帰りたくない!」と言わしめるほどでして・・・ とにかく、「うまい」としか言いようがないものでした。カニ漁解禁の今しか食べられない、究極の贅沢でした。ちなみに、お値段のほうは、カニみそ汁付き親ガニ丼が一人前3000円です。

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  1. 2011/11/08(火) 17:03:25|
  2. 食文化|
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律令時代の神社遺跡に関する復元研究(Ⅰ)

中間発表


2011卒業研究中間報告会

 11月4日、13講義室で環境デザイン学科卒業研究の中間発表がおこなわれました。今年の4年生は数が少ないので、初めて卒業予定者全員が同じ教室での発表になり、すべての先生がみまもるなか、緊張の中間発表会は進んでいきました。

 わたしは「律令時代の神社遺跡に関する復元研究-出雲市青木遺跡のケーススタディ」という論文について報告しました。内容は、この前期から進めてきた青木遺跡建物復元の方法と結果についてです。準備を始めるのが遅かったのと、未だ自分自身あまり出雲の歴史や遺跡について理解しきれていないこともあり、なかなか作業が思うように進まず、発表練習は全然だめでした。怒られました。先生が1回めの練習で修正を指示してくださったのですが、2回めで直しきれてなくて怒られ、さらにテンションは下がる一方。さらに、さらに残念だったのが、楽しみにしていた水鳥公園での先生のギター演奏を聴きに行くことができなくなってしまったことで・・・とはいえ、発表間近で落ち込んでいる暇もなく作業再開。
 睡魔が邪魔をし、頭はついてきません。内容がなかなか理解できないで、時間だけが過ぎていき、結局、発表会当日の朝までかかってしまいました。白帯君やオギンちゃんには発表練習に付き合ってもらったり、準備を手伝ってもらったり、また、タクヲさんには本番前までチェックをしていただいたりと、お忙しく、またお疲れの中、ご迷惑をおかけし、申し訳ない気持ちでいっぱいです。感謝しております。

 皆の助けもあり何とか間に合い、いざ本番です。教室に向かうと、もう発表が始まっていました。人前で発表する機会は極力避けてきた自分にとって、気が進まないものでしたが、いずれ通るべき道であり・・・、社会人になればプレゼンテーション能力はさらに高いレベルで要求されますからね・・・


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↑奈良の愛猫デブと火鉢
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  1. 2011/11/07(月) 22:17:50|
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フラマン再び

フラマン01夕暮


六弦倶楽部第20回練習会(1)

 月太郎さんのバックで、フラマン弾いてきました。月太郎さんは一年ぶり、わたしは一年半ぶりに六弦倶楽部の練習会に復帰し、月太郎さんのバックでフラマン弾くのは2年ぶりのことですね。
 いやぁ、気持ちよかったぁ。キーDの「ブラザ-軒」です。すんなり納まりましたね。この日、ソロギターのできはいま一つだったんですが、フラマン弾いてるときは快適でした。同じ3コードの高田渡作品ではありますが、「夕暮」は難しく、「ブラザー軒」は弾きやすい。
 相変わらず、月太郎さんの声は太くて柔らかい。
 伴奏しがいがあります。



フラマン02ブラザー

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  1. 2011/11/06(日) 00:00:32|
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第6回「猫」プロ研 

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 「猫」プロ研第6回の活動内容は以下の通りです。

  1.賀露港に行き、猫の撮影。

   賀露港まで行き猫を観察し猫を撮影した。1時間半程度各自が猫の写真を撮ったり、
   ムービーを撮影したりした。猫の数はそれほど多くなかった

  2.青葉でミーティング。猫本50冊のなかから各自1冊選んで読書し、感想文を書く
   ことになった。

  3.ブログ(活動記録)分担のジャンケン勝負


 第6回の感想

 いろいろな猫を見ることができて良かったです。猫はのんびり自由気ままに生きていたので猫が羨ましかったです。猫は一匹ずつ見るより集団でいるのを見るほうがかわいかった。しかし、青葉の前は時々車が通る。猫が飛び出してしまうことがあったので、危ないなあと思いました。猫は自分の体をなめたり、体を壁や地面にこすり付けたり、体を爪でかいたりしていた。猫の中には人に自分から寄ってくる猫や、人が近づくと怖がって鳴いている猫などがいた。しかし、猫はあまり歩いたりせずに寝そべっていたり、自分の体をかいていたりしたので猫はほんとにゴロゴロ毎日を過ごしているんだなあと感じました。僕はムービーを担当したんですが、どう猫を撮ればうまく猫を写せるのかが分からなかった。やっぱり撮影にはセンスが必要だと思いました。でも、猫を撮っているのは意外と楽しかったです。猫が一度一瞬だけ喧嘩するシーンがあったのですが、とつぜん喧嘩しだしたので撮影することができず、残念でした。次にまた撮影する機会があったら、今度は猫が喧嘩している迫力ある映像が撮りたいと思いました。(環境政策経営学科1年 F.K)


上村 撮影
U撮影
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  1. 2011/11/05(土) 00:00:51|
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シンポジウム「山林寺院の原像を求めて」予報(Ⅰ)

 平成23年度鳥取県環境学術研究費助成事業に採択された「摩尼寺奥の院遺跡の環境考古学的研究」の一環として「山林寺院の原像を求めて」と題するシンポジウムを12月17日(土)に開催することになりました。
 平成9年に発掘調査が始まり、国史跡となった栃本廃寺(鳥取市国府町)の整備がこのたび完了しました。7世紀に遡る山間部の伽藍に塔・金堂・講堂などの遺構が残っており、長年の調査研究を反映した整備に注目が集まっています。一方、鳥取環境大学浅川研究室は因幡一の霊山、喜見山摩尼寺(鳥取市覚寺)の「奥の院」遺跡で昨年度発掘調査をおこない、今年度は遺物の自然科学的分析とともに建築考古学的研究を進めています。このたび環境大学と鳥取市教育委員会の共催ということで、栃本廃寺と摩尼寺「奥の院」遺跡に代表される「山林寺院」のシンポジウムを企画した次第です。学術的に不明なところの多い「山林寺院」の実像に迫るとともに、山間地域の再活性化にこれらの文化遺産をいかに活用すべきか、考えてみたいと思います。
 会場が重要文化財「仁風閣」であるところも注目してください。仁風閣を活用した研究会等は(ASALABにとって)初めての経験であり、おおいに楽しみにしています。未だ大枠が固まった程度の状態ですが、下にシンポの概要を示しておきます。


   シンポジウム: 山林寺院の原像を求めて
             -栃本廃寺と摩尼寺「奥の院」遺跡-


 日時: 平成23年12月17日(土)午後1時~5時
 会場: 重要文化財「仁風閣」謁見所(2階)
 次第:

1.ご挨拶・趣旨説明 13:00-13:25

2.仏教寺院の原像を求めて 
  13:25-14:05 箱崎 和久(奈良文化財研究所遺構研究室長)
      講演1「山林寺院の研究動向 -建築史学の立場から-」
  14:05-14:45 眞田 廣幸(前倉吉市教育委員会次長)
      講演2「キジル千仏洞をたずねて -中国最古の石窟寺院-」

  14:45-15:00 休憩

3.栃本廃寺と摩尼寺「奥の院」遺跡 
 15:00-15:30 加川 崇(鳥取市教育委員会文化財課)
      報告1「栃本廃寺の調査と環境整備」(仮題)
 15:30-16:00 岡垣 頼和(鳥取市都市整備部建築住宅課/前鳥取環境大学大学院)
      報告2「摩尼寺奥の院遺跡 -発掘調査と復元研究-」
      
4.パネル・ディスカッション 16:00-17:00
 司 会: 浅川 
  討論者: 講演者(箱崎、眞田、加川、岡垣)
        中橋 文夫(鳥取環境大学建築・環境デザイン学科教授)

5.閉会の辞 17:00

仁風閣庭園 主催: 鳥取環境大学  
 共催: 鳥取市教育委員会
 後援: 鳥取県教育委員会
 事務局: 鳥取環境大学浅川研究室(清水・檜尾)
        TEL&FAX 0857-38-6775
↑会場となる重要文化財「仁風閣」
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  1. 2011/11/04(金) 00:16:20|
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サテンドール(Ⅶ)

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家カフェ 猫カフェ カフェ黒田

 火曜日の夕暮れどき、郡家の「家カフェ」に行ってきました。断っておきますが、仕事をサボってるわけではありませんよ! 現在、プロジェクト真っ只中である「猫」プロのための下見です。
 このカフェを知ることになったのは、摩尼山「奥の院」発掘調査でお世話になっている鳥取市教育委員会のSさんからの情報でした。「猫」プロのことをブログで拝読されたようで、Sさんご自身が愛猫家であることが判明。身内にも猫を2匹飼っている方がおられ、古民家カフェを営んでおられるとの情報をいただいたのがつい先週のことです。
 おまけに、お店の一角では「我が家の宝(ねこバージョン)」展と称した愛猫写真展を開いているとのこと。そらもう、行くしかありませんよね!
 お店の名前は「カフェ黒田」。郡家駅そばの住宅地に佇む古民家を活用しています。先生の見立てに寄れば、明治30年以降の「近代和風建築」で、元から近代和風であった可能性と、茅葺き民家を改装した可能性の両方が考えられるそうです。里仁のO家と似ていますね。
 お店(おうち)に入ると、期待通り猫のオブジェ(↑)が出迎えてくれます。アイノマとオクザシキ、ダイドコロをカフェスペースとして利用しており、庭と一体となった続き間の空間は、秋のさわやかな気候もあいまってとても気持ちがよいものでした。ギャラリーには、多くの「我が猫」写真が展示されています。

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  1. 2011/11/03(木) 02:58:38|
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サテンドール(Ⅵ)

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ポーズ -時は消え去りて

 特養を訪問するには、小銭が必要だ。べつに入園料が必要なわけではない。お袋に自動販売機の缶ジュースを買ってやったり、菓子を買う小遣いを与えたりするだけのこと。ところが、あの日、財布には5千円札が1枚あるだけだった。そうだ、「ポーズ」に行こう、というアイデアが浮かんだ(お茶すれば、お釣りがもらえる)。『ならカフェ』に紹介されている店で、特養の近くにあるのだが、よく閉まっていて、まだ入ったことがない。
 店は開いていた。壁にかけてあるニール・ヤングのLPジャケット『今宵その夜』がただちに視野に飛び込んできた。『今宵その夜』の隣はディランの『フリーホイーリン』だ。嬉しくなった。田舎のアメリカにありそうなカフェをイメージできるインテリアで、家具の大半は中古だと思われる(間違っていたら、ごめんなさい)。
 珈琲とワッフルを注文した。そこで、一人だけいた客が消えた。これ幸い、「ニール・ヤングを聴かせてくれませんか」と頼むと、ホットパンツのアルバイターは厨房のマダムに相談し行った。以下、問答。

  「ニールのCDなら、たくさんありますよ」
  「『時は消え去りて(Time Fades Away)』ていうライブ盤はありませんか?」
  「あれっ、どうだったかな? こちらの棚に並んでいるCDをちょっとみてください。これは?」
  「Old Ways」
  「カントリーだなぁ」
  「Harvest Moon」
  「これも、カントリー」
  「Greatest Hits」
  「文字どおりの、ベスト盤です」
  「Everybody Knows This Is Nowhere」
  「これ、デビュー作? 2作めか」
  「Harvest」
  「これがいちばん売れたんだ、これでもいいけど」
  「Unplugged」
  「90年代の名ライブだね、まだ若かった・・・」
  「Living With War」
  「還暦記念反戦アルバム」


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  1. 2011/11/02(水) 00:09:08|
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asa

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