Lablog

鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

火の国 ぶらり(Ⅱ)

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通潤用水と白糸台地の棚田景観

 クリスマスには山都にいた。山都は「やまず」とでも読むのだろうと車を走らせていたところ、道路標識に YAMATO とあるのに驚いた。さらに、高千穂まで40キロばかりの地点だというから、(そうか八女などと並んでここも「卑弥呼の国」の有力候補地なのだろう)と考えていた右手に「邪馬台国」というラブホテルがあらわれた。
 山陰では大雪だという知らせがあり、熊本でも零下にさがるほどの寒さでまれに吹雪いたが、日差しは明るい。

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 上益城郡山都町の通潤橋は、嘉永7年(1854)、五老ヶ滝川の渓谷に架けられた石組通水橋である。水源に乏しい白糸台地へ水を送るために架けられた見事な石造アーチ橋で、昭和35年(1960)に重要文化財に指定されている。
 通潤用水を中心とする渓谷及び周辺の棚田景観の複合する景観は、1991年に「美しい日本のむら景観百選」、2006年に「疏水百選」に選定され、2008年には「蕨野の棚田」(佐賀県唐津市)とともに「通潤用水と白糸台地の棚田景観」として国の重要文化的景観に駆け上がった。名勝指定された千枚田がすでに存在するにせよ、フィリピンの「コルディレラの棚田」の世界文化遺産登録(1995)以来13年を経て日本に文化的景観としての棚田が誕生した瞬間であった。
 審美性の高い重要文化的景観だと感じた。各地の重要文化的景観を訪ね歩いていると、「どうしてここが・・・?」という疑問を禁じ得ない場合がしばしばある。「通潤用水と白糸台地の棚田景観」には十分納得した。すぐ下流には「道の駅」もあり、観光客の受け入れ体制も整っている。


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  1. 2011/12/31(土) 01:35:19|
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火の国 ぶらり(Ⅰ)

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肥後民家村

 12月24日から27日まで熊本を訪れた。
 初日は午後から和水(なごみ)町の「肥後民家村」へ。まずは門脇の「蕎麦屋木阿弥」で蕎麦をたくる。会津の蕎麦粉を取り寄せている。美味いおろし蕎麦をおかわりした。もちろん上機嫌さ。
 肥後民家村を訪れた目的は、ずばり旧境家住宅(重要文化財)。熊本の民家はいわゆる「併行二棟型(二ツ家造)」がよく知られている。謂ってみれば、双堂(ならびどう)を横二列から縦二列に90度回転したような造りをしたもので、一方の棟は土間、他方の棟は畳座敷に分かれる。そして、相接する軒を大きな樋がつなぐところも双堂と同じである。
 こういう平面形式が、いわゆる「分棟型」とか「二棟型」からの展開だという推測には、当然耳を傾ける必要があるだろう。カマドをもつ釜屋(九州ではナカエともいう)が徐々に座敷に接していって合体したものの、両者の接点に雨水が集中するので、大きく立派な樋を設けるわけだ。東南アジアには、この手の高床住居がたくさんあり、それは宮殿や寺院の形式にも継承されている。

01肥後民家園02境家01正面01


 日本では、内陣と礼堂の接する双堂型の仏堂が野小屋式の大屋根に覆われていくプロセスが解体修理によってあきらかになっている。日本建築史の教科書では、生駒の当麻寺曼荼羅堂がその代表として紹介されている。一方、神社にもこの形式がある。八幡造が神社における双堂にほかならないが、神社建築においては野小屋で双堂を覆う変化はおきなかった。古式の双堂=八幡造の形式が今も保守されている。この形式の神社本殿では、ともかく樋が目につく。安易な処理をすれば、不細工であるばかりか、雨水で建物が腐朽してしまう。だから、構造的にしっかりした大がかりの樋を設け、金箔を貼ってきらびやかにみせる。

01肥後民家園02境家01背面01


 「併行二棟型」民家の樋もよく目立つ。スケールが大きく、内側の金属製の樋を竹のすだれでくるむようにみせている。室内に入ると、半円状にたわんだ竹が土間と座敷の境の上をずどんと通っていて、またよく目立つ。幕末に建立されたという旧境家住宅は、「併行二棟型」が寄棟の「広間」型に変化するプロセスを示す貴重な遺構である。正面からみれば寄棟造だが(↑↑)、背面にまわると併行二棟型になっていて(↑)、樋は背面側から2室分だけ通っているのである。だから、屋根はコの字を描く。こういう過渡的な平面と構造をみて、民俗学や地理学の民家研究者は「二棟型は広間型に先行する」と推定した。九州の場合、その仮説はあながち間違いではないだろう。しかし、東日本や裏日本に卓越する本州の広間型をそういうプロセスでとらえるのは難しい。竪穴住居から進化した土座住まいのなかに徐々に揚床の板間や座敷が取り込まれていったとみるべきであろう。わたしはそういうふうに理解しており、講義でもそう話す。講義では旧境家住宅もとりあげるが、実際に見たことはなかった。百聞は一見に如かず。

01肥後民家園03小林美術館02
↑小林美術館内部の樋
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  1. 2011/12/30(金) 04:15:33|
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白帯くんのインターン日誌(Ⅲ)

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 12月28日(水)。今日も図面整理をしました。図面整理は昨日で平成6年まで終わったので、それ以降の整理です。工房で設計された図面のすべてが木造の建物で、木造以外の建築はやっていないようです。整理中に見つけた面白い図面があり、柱に丸太材を使い、建物を135°に振ったものとか、出格子をスライドさせて長屋の土間を駐車場にするものなど、多くの工夫が見受けられました。
 家具の設計もされています。カタログなどでみる流通家具は大きさが決まっているため、伝統的な町家や長屋にあわないので、ご自身で家具を設計されているのです。

 図面整理に加えて、社員の方がいない場合は電話番もしました。午前中は大変でした。自分が電話の方の名前を間違えてしまっていた事件があり、あの時は本当に申し訳なかったです。
 午後になるとお客様が何組か来られました。御持て成しをする為、コーヒーメーカーを使い珈琲をいれました。豆を挽いて珈琲を淹れるのは初めてで、面白かったのですが、緊張しました。(白帯)

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  1. 2011/12/29(木) 10:08:36|
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白帯くんのインターン日誌(Ⅱ)

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 12月27日(火)。インターンシップ2日目で設計工房までの車通勤にもやや慣れてきました。朝に事務所の掃除をしてから仕事に取り掛かりました。その後、昨日の仕事のつづきで図面の整理をしました。図面の整理もだいぶ慣れてきましたが、平成の図面になると、枚数が増えて一つのファイルを整理するのにかなり時間がかかりました。
 午前は、いま事務所が設計監理をしている住宅の工事現場を見学に行きました。増築した部分の基礎を打つところで、コンクリートを流し込む前の最終確認をしていました。図面の説明を受けながら見学させていただきました。
 午後から工房の社長Sさんが戻ってこられ、色々とお話をうかがいました。設計図の心得や設計作品のお話などを聞けてよかったです。社長のSさんは自分に会うまで、30歳くらいの人が来るものだと思っていたそうです。理由を訊ねたところ、電話の声が結構低かったからだそうです。自分ではそんなに声が低いとは思わないのですが、ちょっぴりショックでした。(白帯)


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  1. 2011/12/28(水) 01:00:31|
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白帯くんのインターン日誌(Ⅰ)

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 白帯です。
 12月26日(月)から倉吉のR設計工房でインターンシップが始まりました。このような時期に、なぜインターンシップをおこなっているのか、と謂いますと、夏休みのインターンシップスケジュール後半が就職集中講座と重なってしまい、実働10日以上という規定日数に足りなかったからです。結果、夏休みに5日、冬休みに5日と職場を変えて実習に臨むことになりました。
 26日は、朝から雪が降り道に積もっていて、車の運転を少し怖がりながら設計事務所を訪れました。初日だったため、かなり緊張しました。出迎えてくださったのは、設計事務所で働いている若いOさん。あいにく社長のSさんはご不在で、二人事務所の一人であるOさんと二人だけでの研修となりました。朝から晩まで、開業初期からの図面の整理作業を手伝いました。開業の昭和57年から今までの図面を整理しました。整理している中で、意匠の図面だけでなく、構造図面や設備図面などもみることができました。図面はすべて手描きで描かれており、今でも手描きだそうで驚きました。

午後の作業途中に建物前の駐車場の雪掻きを行いました。車に踏まれて硬くなった雪があり、持ち上げるとかなり重く、運動不足の自分にとっては厳しかったです。明日筋肉痛になりそうな予感がします。(白帯)


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  1. 2011/12/27(火) 22:33:44|
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第13回「猫」プロ研

 12月22日(木)。今回は学内でのデータ整理作業になりました。

01 15日におこなったTさんのインタビューについての発表
  (教授おかんむり・・・)

02 各班に分かれてデータ整理と発表準備

活動と感想
 今回は毎度恒例のブログジャンケンをし忘れるという失態を起こしてしまい、私が書くことにしました。
 冬休み前の最後のプロ研でした。前回までは愛猫家インタビューに出かけていくことが多かったですが、「猫」プロ研も、今回を合わせて3回。まとめの時期になりました。日々寒くなり、どれだけ厚着をしても、体が芯から温まることはありません。これから冬本番です。どうやって乗り越えていこうかと考えている私です。
 しかし、今までのインタビューのテープ起こしや猫の写真を見直し、プロ研発表のパワポ作成しながらたくさんの愛猫家の笑顔や猫とのふれあいを思い出し、心が温かくなりました。私はパワポ作成を担当しました。どうも私は耳が遠いらしく、録音されている音声を聞き取る自信がありません。また、タイピング能力も人より劣っているのです。パワポ作成に全力を注ぐことにしました。
 メンバーみな自分に与えられた仕事を、完成に向けて力合わせ頑張っていました。冬休み中に集まって完成させようとミーティングしている班もあるようでした。冬休みには、「正月」と「雪」という問題があります。予定のない日をお互いに出し合い、雪が積もっていないことを祈っているようでした。
 「追い詰められないとやる気が出ない」とよく言いますが、我プロ研のメンバーの中には「追い詰められるとやる気どころか現実逃避をしてしまう」人がいるようです。面白い話であると思いながらも、この事態がこのプロ研に発生するかもしれない恐怖に襲われました。しかし、みな責任感のある人たちなので大丈夫でしょう。
 私は愛猫家へのインタビューを行ってきました。一方では、「地域猫」に関する調査をしてきた班があります。自由気ままが長所である猫を飼うことは、かわいいだけでは済まされないと感じます。何事にも責任感は重要ですが、猫を飼うことにも今まで以上の責任感が必要だと思います。(建築・環境デザイン学科K.N)



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  1. 2011/12/26(月) 00:11:12|
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2011忘年会兼シンポ打ち上げ

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 17日(土)。天候は回復したものの、歩道の雪は溶けて非常に歩き難い。山陰全域の天候が崩れていることを知らず、なんとか関東から鳥取へたどり着くことができたホカノです。
 それでは、山林寺院シンポジウム終了後の打上げ兼ASALAB忘年会(以下、忘年会)のブログを書くよう指名いただきましたので、ここに報告させていただきます。

 シンポジウムの終わりごろになると、つるべ落としで陽は落ち、エジソン電球のみの照明では会場はとても薄暗くなっていました(先生は老眼鏡をかけても質問用紙の文字が読めないと言われました)。そのレトロな雰囲気はいいのですが、「文化財は寒い、暗い」といわれる面を体感させられました(加藤家住宅のシンポが懐かしい)。シンポジウムが盛況に幕を閉じたのち、研究室関係者は会場を手早く片付け、仁風閣からお馴染みの焼肉屋「たけちゃん」へと移りました。
 「たけちゃん」は先生宅の近所で、先生の宿舎が田園町にあった時代でいえば、居酒屋「ほたる」と同じようによく理由されているお店と聞いています。忘年会の参加者数は、14名。参加したOBは、社長さん(2期)、チャック(4期)、エアポート(5期)、部長(5期)、トマト(4期)、私(2期)。そこにタクヲ先輩(1期)と現役世代(6期~11期)が加わり、1期生から11期生までの歴代研究室在籍者が居合わせることになりました。さながら同窓会の体です。先生が「年度当初、伽藍堂のようになった研究室でタクヲと二人途方にくれていたのに、忘年会では、こんなにたくさんの人数になり嬉しい」と言われていたのが、とても印象的でした。

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 そのような大所帯では3つのホルモン鍋が用意されていたものの、早々に鍋は底を突いてしまいます。途中、具材をおかわりしました。また、店主さんから鶏皮の炭火焼きをサービスしていただきました。どちらも大変おいしい料理でした。とくに鶏皮の炭火焼きは芳ばしく、食材の仕入れ先である鹿児島の味覚を味わえました。価格もリーズナブルで、お店の方々にはたいへん感謝いたします。

PC172368.jpg ところで、研究室の忘年会といえば伝統的な行事があります。その行事とは何だと思われますか。名物「鼻から爪楊枝」ではありません。先生への誕生日プレゼント贈呈です。先生の誕生日である12月31日は冬休みです。プレゼントは忘年会で渡すことが慣習となっています。さて、今年のプレゼントは「ダウラ」で購入した紅茶4袋(カトマンドゥ、ニルギリ、アッサム、キーマン)と蛙の飾りを施したケースのお菓子でした。蛙の飾りは息を吹き込むと、ゴムで作られた巻き舌が伸びるというもので、さすがヒノッキーが選んだものだと盛り上がりました。

 そんな和やかの雰囲気の忘年会は時間となり、解散とはいきませんで・・・一行は夜の弥生町へと消えていったのです・・・(ホカノ)

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  1. 2011/12/25(日) 00:00:18|
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山林寺院シンポジウムを終えて(Ⅱ)

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国営公園か重要文化的景観か
 ディスカッション1時間のうち40分間が考古学・建築史学の質疑、残りの20分が山林寺院の遺跡と景観の保全活用に関する質疑となり、後者の最初に中橋教授から山陰海岸ジオパークと連動した「エコ・コリダー」構想、「国営摩尼・久松山公園」構想などが矢継ぎ早に提唱されました。大変ありがたいご提案なのですが、国営公園(ロ号)については、国営公園になった平城宮跡の復元事業で苦しんでいる箱崎さんが問題点を指摘し、OBであるわたしもまたおおいなる懸念を示しました。
 国の特別史跡にして世界文化遺産の平城宮跡が、国営公園事業によって、復元建物の林立する吉野ヶ里のような姿になるとしたら、それは嘆かわしいことです。史跡の文化財価値が充ち満ちた状態で次世代に受け渡すことがわたしたちの使命であって、復元建物を建てることが史跡整備の目的になってはいけないはずです。多すぎる復元建物は、むしろ文化財価値を減じる要因になりかねないでしょう。摩尼山がかりに国営公園になったとして、奥の院遺跡に復元建物を建てることをわたしは支持できません。奥の院の雑木を伐り払い、岩陰仏堂・岩窟仏堂が加工段(平坦面)と一体化した姿をみせることで、余計な整備は必要ないと思っています。芝生や苔やシダなど、あるいは低灌木などをつかった穏やかな植栽の表現で十分でしょう。
 そもそも、わたしたちが「山林寺院」というテーマに辿りついた原点は「文化的景観」の研究にあります。ですから、わたしは最後に「摩尼山を重要文化的景観にしてほしい」と訴えました。国史跡「鳥取城跡(久松山)」と山陰海岸ジオパークの中間にある摩尼山が重要文化的景観になることで、鳥取城跡から摩尼山を経由して山陰海岸に至るひろい範囲が景観保護エリアになります。倉吉のように歴史的な町並みの残っていない鳥取市中心域では、市街地ではなく、山と海をつなぐエリアに焦点を絞るほうがよいと考えています。
 摩尼山はべつに「重要文化的景観」でなくてもかまいません。「史跡」あるいは「名勝」の対象にも十分なりえます。わたしたちはこれから一所懸命、発掘調査等の研究成果報告書を編集し、刊行します。行政の皆様にあっては、わたしたちの研究成果をご熟読いただき、評価・活用すべきところを積極的にご活用いただき、摩尼山の資産と景観の保護が実現することを切に願っております。


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  1. 2011/12/24(土) 15:20:05|
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山林寺院シンポジウムを終えて(Ⅰ)

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雪のシンポジウム
 16日から17日にかけて、この冬最大の寒波が山陰地方を襲い、既報のとおり、17日午前に予定されていた「栃本廃寺跡を訊ねるバスツアー」は中止になりましたが、シンポジウム「山林寺院の原像を求めて」は予定どおり13時より開催の運びとなりました。定員70名に対して66名もの参加者があり、喜んでおります。これもひとえに皆様がたのご支援の賜であり、深く感謝申し上げます。
 前半のセッション「仏教寺院の原像を求めて」では、まず箱崎さん(奈良文化財研究所)に「山林寺院の研究動向」と題する講演をしていただきました。40分という短い時間のなかで、山林寺院に係わる考古学・建築史学の全国的研究動向をじつに要領よくまとめてくれたと感心した次第です。ついで、眞田さんの講演「キジル千仏洞をたずねて」。この講演は、ほんらいならば、クチャ調査の主体たる浅川研究室が担うべきものだったかもしれませんが、同行された仏教考古学の大家に委ねたほうがよいと判断した次第です。それにしても、ちょっと終わるのが早かったですねぇ・・・なんでも、わたしとクチャのガイドさんのツーショットの写真をパワポの最後にしのばせていたそうですが、結局、眞田さんは映さなかった。わたしに遠慮したようですが、司会者として意見を述べるならば、映してくれたほうが良かったですね。あんなに綺麗で上品な中国人の女性は滅多にいるものではなく、わたしが鼻の下をのばしている写真がスクリーンに映しだされたならば、客席はどっと笑って(嗤って?)くれたでしょう。そうすれば、仁風閣の寒さも、少しは和らいだかもしれません。

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重要文化財「仁風閣」の寒さ
 それにしても、仁風閣は寒かった。モスクワよりも、サンクトペテルブルグよりも、シベリアよりも、サロマ湖よりも仁風閣は寒かった・・・シンポ評価のアンケートは1名を除き「A.大変良かった」「B.良かった」との予想外の高評価を頂戴しましたが、悪かった点を列挙しますと、

  ・文化財は寒い。しみじみ分かりました。
  ・寒すぎて頭が回りませんでした。
  ・寒かった。しかし、仁風閣に久しぶりに来られた。
  ・基礎知識なくしては理解が深まらないことを再認識した。非常に寒かった。
  ・会場がとても寒かった。
  ・寒かった。
  ・寒すぎて集中できない。
  ・会場が寒かった点
  ・さむかった。
  
という「寒かった」オンパレードです。


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  1. 2011/12/23(金) 00:00:17|
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第12回「猫」プロ(その4)

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野良猫から地域猫へ(2)

 15日(木)午後3時半から1時間ばかり、Tさんへのインタビューが実現しました。取材担当は教授、上村、福田です。


車に挟まれていた子猫 
 Tさんは元々猫を飼われていませんでした。2年前、自家用車を停止するたびに猫の鳴き声がして不思議に思い、ガソリンスタンドで点検してもらったところ、1匹の子猫が車の下に挟まっていることがわかりました。挟まっていた猫は死んではいないけれど衰弱しており、外も寒かったため、深く考えずに猫を家に連れて帰ったそうです。生まれて2ヶ月ぐらいの子猫で、ようやく乳離れしてモノを食べれるくらいの大きさだったから、飼うつもりは全然なかったのだけれども、元気になるまで餌をやることにしたのです。猫はしばらくエサをあまり食べませんでしたが、1週間過ぎた頃から食べるようになりました。その後、猫が元気になったため外に出して逃がしたのですが、夕方になると帰ってきてしまい、仕方なくエサをやるとまた戻ってきてしまったそうです。しばらくその繰り返しが続き、結局、家に猫を入れて飼うことになったそうです。この初代の猫が「ピョン吉」です。
 ピョン吉は、しばらくして、血のつながりがある(らしい)メス猫を連れて戻るようになりました。そして、そのメスは子猫を生みました。

地区の猫を引き取る
 Tさんの近所では、2人のおばあさんが猫を飼っていたそうです。一方のおばあさんは複数の猫にエサをあげていたそうですが、1匹の可愛い猫だけを家に入れていて、もう一人のおばあさんは猫を何匹か飼っていたのですが、子猫が生まれると外に逃がしていました。そのため地区に猫が増えていったそうです。ピョン吉とその連れ合いも、おばあさんの可愛がっていた猫と顔が似ているので、どちらかのおばあさんの猫の子供だろうとTさんは推測されています。二人のおばあさん以外にも、どこかのおじいさんがやってきて、猫たちにエサやりをされていたとも聞きました。
 その後、おばあさんが2人とも病で倒れられ、飼われていた猫たちが途方にくれていることを不憫に思い、Tさんは多くの猫を引き取る決断をされました。猫のなかには、Tさんに懐かず、逃げていったものもいます。結局、Tさんはいま、オス猫5匹とメス猫5匹の、計10匹を飼われています。

去勢手術
 Tさんはメス猫だけ去勢手術をされています。動物病院で去勢手術を受けるには、猫に名前が必要です。野良猫ではなく、飼い猫であることを示す必要があるのです。だから、猫には適当に名前をつけました。病院では、まず予防接種をします。予防接種の注射をしていないと、避妊手術を受けられません。経費は予防接種が5,000円、避妊が30,000円で、すでにメス猫5匹以上去勢したので、200,000円以上かかったそうです。Tさんは「去勢をした猫に対しては飼い猫として責任をとらなければいけない」とおっしゃっいます。環境省のガイドライン(前掲2010)では、「オス猫、メス猫ともに生後6ヶ月までに去勢していると、発情のない穏やかな生活が送れる」と指摘してありますが、いまのところ、去勢をしていないオス猫はおとなしくしているそうです。
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  1. 2011/12/22(木) 00:02:18|
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第12回「猫」プロ研(その3)

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 野良猫から地域猫へ(1)


取材迄

 2週間前(12月4日掲載)、鳥取県東部総合事務所生活環境局生活安全課を取材した際、担当のOMさんから、環境省(2010)が策定した「住宅密集地における犬猫の適正飼養ガイドライン」にいうところの「地域猫」の活動をしている団体は県内に未だ存在しないことを教えられました。ただ、そのとき、「地域猫」的な活動をしている方がいないわけでもない、という微かな情報も得ています。後日、先生が技師のOMさんと電話連絡されました。OMさんは「(ある地域で)多くのネコにえさやりをしていることで、近隣から『ネコに植木鉢を割られた、庭先でエサやりをしてネコがよってくるせいだ』と苦情が出て、自分が対応した」ことからTさんという人物に出会ったそうです。OMさんを通して、Tさんに取材を依頼したところ、以下のような返事が届きました(抜粋)。

--
 (Tさん自ら語るに、自分は)地域ネコというほどの、取り組みをしているわけではない、近所で起こった野良猫のえさやり問題に端を発して、増えてしまっていたネコを自分が不妊去勢手術をしてやって、それ以上増えないように、せめて生きているうちは、そのネコが幸せに暮らせるように、と、手術とえさやりをして、面倒をみておられるだけだ、とのことでした。
   【OMさん註:野良ねこは、時間をかけてヒトに慣らし、トイレの躾けをして、慣れてきたところ
   で病院に連れて行き、手術をさせるようです。】
 自分は、特に愛猫家でもないし、大きな活動をしているわけではない、地区で老人の方が無責任にエサやりをして飼っていたネコが増えてしまって、飼い主も、年老いて弱っておられたので、放っておけなくて自分がやろうと思って始まっただけのこと、役に立てるような話はできないのでは、とのことでした。町内会や自治会で話題にして、地区住民の同意を得ている、というわけでもない、とのことでした。
--

 先生は「ぜひ取材させていただきたい」と申し込まれました。実際にTさんに電話連絡してみると、会社で10匹の猫を飼っているそうですが、「地域猫」という言葉も知らないとのことで、周辺からの苦情もあってかなりナーバスになっておられます。取材をうけることに躊躇されながらも、会社で猫を飼っている写真は撮影させられないが、会社から離れた別の場所でインタビューは受けるとおっしゃってくださいました。

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  1. 2011/12/21(水) 00:21:37|
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第12回「猫」プロ研

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 12月15日(木)。カフェ黒田でのインタビューは、木島・福山・佐藤が担当しました。

「猫」プロ 愛猫家インタビュー(4)

 日時:2011年12月15日(木曜日)15時頃から
 会場:カフェ黒田
 愛猫家: IDさん母娘、SGさん
 愛 猫: トム、ケン、モモ、ソロモン
 取 材: 木島(インタビュー)、福山(録画)、佐藤(記録)

 今回はカフェ黒田でIDさん親子と常連客SGさんを取材させていただきました。
 IDさんは子供の時から犬と猫を飼ってましたが、犬と猫が死んだ後、鳥をしばらく飼っていました。そして、子供を出産後、再び猫を飼うようになったそうです。猫は、もらい猫を子猫の頃から育てており、みんなすぐに懐
いてくれたそうです。

猫の交通事故
 トムは、最初オスだと言われてもらったのですが、近所の方がおめでたのことを言って、やっとメスだと気づいたそうです。メスは神経質な性格で、オスを飼った今なら分かるようになったとおっしゃっていました。
 モモは、とてもしっかりした性格の強い猫です。モモは以前、交通事故に遭い、顎を複雑骨折して呼吸が一時的に止まってしまうほどの大怪我をしました。獣医さんによれば、手当ての際、大抵の猫はパニックになって暴れてしまうのですが、モモはちっとも慌てずおとなしくしていました。この事故以来、猫を屋外には出さないようにしているのですが、たまに隙を見て外に行ってしまうとのことです。

猫になりたい
 猫の良さについてお聞きすると、「自由なところがいい」とおっしゃいました。犬には、賢さや助けを求めてしまうが、猫はいるだけで和んでしまい、見返りを求める気がしなくなるそうです。実際、ID家では猫が何をしても絶対に叱ったり怒ったりせずに許しています。かわいくてつい許してしまうそうで、家族は猫になりたいと思っていたと笑いながらおっしゃいました。もし猫がいなかったら、やっぱり寂しいとも言われます。
 カフェ黒田の「我が家の宝(ねこバージョン)」展を開催したきっかけは、「なんとなく楽しそうだと思ったから」。猫を見ると癒されるよねと思っていたら、写真展を開こうと思いついたそうで、あとは自然に事が運んでいったそうです。「猫を一言で言えば」という質問では、「猫は家族の一員で宝です」とお答えになりました。これからもずっと猫を飼っていきたいと心に決めています。

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  1. 2011/12/20(火) 00:00:54|
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第12回「猫」プロ研(その1)

 12月15日(木)は3班に分かれた活動しました。2班はインタビューにでかけましたが、わたしたちは学内で作業しました。作業内容は以下のとおりです。

01「地域猫」班はT氏の取材
02 Iさん母子へのインタビュー
03 4409演習室で作業
 ①「おまえなしでは生きていけない-芸術家と猫-」
 ②「猫」本30冊の選書と推薦
04 ブログ(活動報告&感想文)の担当は班ごとに決める。
05 音楽班は「ブライト・サイズ・ライフ」の練習日と場所を検討

 学内作業班の活動

①「おまえなしでは生きていけない-芸術家と猫-」
  *自分たちのPowerPoint作成だけでなく、他班に目次を提供する。
  *全体のフォーマットを決める
②「猫」本30冊の選書と推薦
  *読書済の本と未読の本を分ける。未読本の振り分け。
  *LABLOG連載「雪の夜」をワードで冊子風に再編集。

 今日の感想
大学に残った4名のうち、私とOさん(2年)は①の作業をおこないました。まず、表紙と目次は各班統一するため、その2つのスライドづくりから。次に、DVDの概要と感想のスライドも途中まで作成しました。スライドはもっと工夫していこうと思っています。視聴してくれる人のために分かりやすく且つ見えやすいスライドを作るのは難しいと思いました。表紙と目次のスライドが気に入らない場合や意見がある人は教えてください。
 NくんとYくんは、②の「猫」本整理をしました。データベースに登録する30冊のうち、まだ私たちが読んでいない本は感想をのぞいて概要まで書いたそうです。早く感想の欄を書けるように、私たちも「猫」本を読まないといけません。「雪の夜」のワード編集は、3年生のおぎんさんがやってくださいました。先生は、これにいたく喜ばれていました。
 プロジェクト研究の発表会まで期間があまりないので、みんなで協力して準備を進めていこうと思います。(建築・環境デザイン学科1年F.Y)

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  1. 2011/12/19(月) 00:08:56|
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亀茲の砂塵(おまけの一句)

 昨年(2010年)の卒業アルバムと新年の賀状に使った一句は、

   雉打つに 巻紙落ちて 奥の院


でありましたが、今年(2011年)の一句(↓)もあっさり詠み上がり、卒アル委員にわたしたところです。

   亀茲打つや 飛ぶに飛ばれぬ 砂霰


 こうして比較するとあきらかですが、年々、誹諧の腕も上がるものですな、だっはっは・・・下の画像をクリックしていただくと、謎の「解題」にも目を通せますよ。



2011卒業アルバム(教師コメント)

  1. 2011/12/18(日) 00:00:07|
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バスツアー中止(栃本廃寺)!!

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 16日(金)。この冬いちばんの冷え込みと雪になりました。鳥取市内および大学周辺ではたいしたことないんですが、栃本は大変なことになっているとの情報がさきほど飛び込んで来ました。
 拾石トンネルから向こうの積雪量は尋常でなく、除雪車が掻いた雪が路肩に壁をつくってしまって、栃本廃寺跡に、とてもじゃないけど入れなくなっているそうです。

  「明日のバスツアーは中止にさせてください」

という市教委文化財課からの連絡に言葉を失いました。バスツアーの申し込みが22名でして、講師陣とスタッフをあわせれば、定員30名ぴったりの数字だと喜んでおりました。残念無念です・・・

 さて、雪は降り積もっておりますが、「山林寺院の原像」シンポジウムは予定どおり開催いたします。いまのところ、定員70名に対して、登録者が58名。未登録での当日参加の方を含めると会場は満席に近い状態になるのではないかと期待しております。まだ12名の余裕があります。当日のご来場をお待ちしております。


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  1. 2011/12/17(土) 00:00:55|
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木綿街道のこと(XXⅡ)

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町家のデザインソースと撤去町家の補足調査

 12月10日~11日、今年最後の平田調査をしてきました。先生が土曜日午前に入試業務があり、先発隊と後発隊に分かれ、大学を出発しました。先発隊はスギボー先生、タクヲさん、おぎんさん、2年生3人と自分の計7人。先生とヒノッキーさんは大学で残り物?の弁当を食べ、午後から平田に向かったそうです。は、後発隊の教授とヒノッキーさんの2人でそれぞれ午前と午後で平田に向かいました。今回は、町家修景のデザインソースとなる建具や窓などの細部の実測調査と、11月に調査した灘町・寺町・中町の撤去町家データベースの補足調査をおこないました。霙(みぞれ)混じりの寒中調査です。
 先発隊は昼ごろに木綿街道に着いて、いつものように、木綿街道交流館で手打ちそばをでおいしくいただきました。それから建具などデザインソースの実測調査です。2年生にも図面を何枚か書いてもらい大変助かりました。「音楽と猫」プロの2年生3人に手伝ってもらい、3年が2年生についたグループに分かれました。スギボー先生とタクヲさんには、撤去町家データベースの補足調査をしていただきました。

 夕方、先生とヒノッキーさんが合流されました。みんなで買い出ししたり、野菜を切ったり・・・振興会のシェフ、Hさんのご指導のもと、夕食づくりに精をだします。そして、待ちに待った夕食。この日もご馳走がずらりとならんでいます。メインは「鍋」でした。自分は鍋の前に座ったので、みなさんに鍋の具を取り分けました。渡されてくるお皿にどんどんよそっていき、気がつくと、自分のお椀に苦手なキノコが、かなり入っているではないですか。鍋に戻すわけにもいかず、キノコを口に流し込みながら飲み込みました。まさかあんなにキノコを入れてしまっているとは思いも寄らず・・・キノコを除いた料理はとても美味しく、とくにビンに入っていた生姜漬けの肝がすごくおいしかったです。お腹いっぱいになり銭湯が閉まる前に、お酒を飲んでいた先生方より先にお風呂に行かせていただきました。男一人で銭湯に行き少しさみしい気持ちがありましたが、銭湯で体も心も暖かくなりました。お風呂に入ったらすぐに眠たくなったため、皆さんよりお先に寝させていただきました。
 11日の朝は毎度おなじみの持田醤油さんで、朝食の焼きおにぎりをいただきました。そこで、昨夜はお酒を飲みすぎたと先生は反省していました。自分は寝ていたのでどれくらい飲んだのかよくわかりませんが、お風呂に入らずにすぐに寝たそうです。

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  1. 2011/12/16(金) 00:08:37|
  2. 景観|
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雪の夜

 LABLOGマニアなら、2006年末~2007年初に連載した童話『雪の夜』のことを覚えているでしょう。今の季節にぴったりのお話ですね。長い夜のお伴に、メアリとヴィオレットのお伽噺を、どうぞ。

   「雪の夜」(Ⅰ)
   「雪の夜」(Ⅱ)
   「雪の夜」(Ⅲ)
   「雪の夜」(Ⅳ)
   「雪の夜」(Ⅴ)
   「雪の夜」(Ⅵ)
   「雪の夜」(Ⅶ)
   「雪の夜」(Ⅷ)
   「雪の夜」(Ⅸ)
   「雪の夜」(Ⅹ)
   「雪の夜」(ⅩⅠ)
   「雪の夜」(ⅩⅡ)
   「雪の夜」(ⅩⅢ)


 ・童話『雪の夜』初版は2006年2月17日にqutucoより発行されました。
  この童話の著作権は作者のKAさんとqutucoに属します。
  無断転載は法律によって罰せられます。

  1. 2011/12/15(木) 00:00:24|
  2. 小説|
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パット・メセニーの憂鬱(Ⅲ)

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夢を描いて

 六弦倶楽部のお二人には、大変お世話になりました。前夜、まずlevanteさんがあらわれ、酒蔵ホールにPAをセットしてくださった。ごらんのとおり、身分不相応の素晴らしいセットである。当日は午前十時ころから練習を始め、一時間ばかりして、月太郎さんご夫妻があらわれた。ギブソンのギターに学生の視線が集中。以下のような役割分担で練習を進めた。

  月太郎さん: ボーカル、アコースティック・ギター
    教員A: フラット・マンドリン、コーラス
    教員B: エレクトリック・ベース
    学生A: ピアノ(まれにミニ・アコーディオン)
    学生B: カホーン
    学生C: エレクトリック・ギター

 原曲の「恋は桃色」は、1番と2番を唱うだけだから、2分40秒ほどで終わる。これではつまらないので、2番のあとにフラマンとピアノのソロを入れて1番に戻ることにした。簡単なような曲で、なかなかあわないところもあり、結構練習が長引いた。

 休憩の時間、学生Aさんにジャコのピアノを弾いてよ、と頼んだ。シールマンスとのデュオ「Three Views of a Secret」(以前ブログに貼り付けています)を耳コピしたと聞いていたので、弾いてもらったのだが、これにおじさん二人はぶっとんでしまった。こんな演奏をできる人なんだから、さぞかし「恋は桃色」の練習は退屈だったことだろう・・・


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  1. 2011/12/14(水) 00:56:09|
  2. 音楽|
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パット・メセニーの憂鬱(Ⅱ)

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E7 と Em7

 「猫と私と音楽」をテーマに掲げたプロジェクト研究に3名の学生が集まった。みな音楽がやりたい。が、レベルと指向がちがう。ひとりはジャコとメセニーを愛する人並みはずれたレベルの持ち主で、もう一人は「楽器はできないが、この半期の間にギターが弾けるようになりたい」と言って中古のフェルナンデス(ストラト型)を買った。3人目の学生は、両者の中間的レベルで、ドラムを叩く。
 教師のレベルは、人並みはずれた学生よりも低いが、音楽の指向性は近い。二人ともジャズを好んでいて、学生はジャコ&メセニー以降の超モダンな音楽を指向しており、わたしもジャコをおおいに尊敬している。ジャコはジャズ史上、革命的な存在だ。何度聴いても、そう思う。パーカーやコルトレーンやドルフィーに匹敵する・・・あるいは、それ以上の評価を与えるべきかもしれない。一方、メセニーはどうかというと、ジャコほどの「天才」ではない、とわたしは思っている。ジャズはよく聴いてきたが、いったいだれが好きなのだろう・・・前にも書いたかもしれないが、わたしはパーカーよりレスター・ヤングを好んでいる。無性にレスター・ヤングのバラードが聴きたくなることがある。
 さて、学生たちは「Jポップ」が音楽の常識としてある。わたしには、さっぱりない。なにがJポップで、なにがKポップなのかさっぱりわからない。カラオケでよく唱うのは斉藤和義だが、あれは頼まれるから唱っているだけで、斉藤和義という歌手が好きなわけではない。ついでに言っておくと、エグザイルと嵐はなんどCDを聞いても、カラオケで唄えるレベルにならない。SMAPは唄えたのに・・・

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  1. 2011/12/13(火) 00:59:14|
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栃本廃寺冠雪

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 今年、ぼくたちはウルムチで初雪を経験した。江南庭園のようにデザインされた人民公園を覆う雪景と、スケート場のような路面の記憶はいまも生々しい・・・
 9日(金)は鳥取で初冠雪。積雪を実感したのは山間部の人たちである。1週間後に迫ったシンポジウムの準備のため、ゼミ生全員で国史跡「栃本廃寺跡」を視察することに決めていたのだが、3年生は3限(13:00~14:30)に授業があったので、今回は外れてもらうことにした。日の暮れが早い。つるべ落としで、突然あたりが暗くなり、まともな写真が撮れなくなってしまうのである。
 出発前、ヒノッキーからメールあり。「大学のあたりで霙(みぞれ)や霰(あられ)が降っていますが、本当に行きますか?」という確認のメール。取り急ぎ、市の担当者に電話したところ、「栃本に積雪はあるが、スタッドレスなら大丈夫」というアドバイスをいただいた。2日前、わたしはタイヤをスタッドレスに替えていた。もちろん、出かけるしかない。

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 国府町を上流に向かって車を走らせ、殿ダム(↑)から拾石(じっこく)トンネルを抜けると、風景は一変した。霙交じりの雨から雪に変わり、あたり一面、すでに薄く雪が積もっている。まもなく栃本廃寺跡の駐車場に到着した。今年体験する2度目の雪だが、ウルムチとは様子がちがった。雪は湿っぽく、重い。零下7℃のウルムチは凍てっていた。カラカラのスケートリンクのような路面を恐るおそる歩いたのだが、栃本ではベタベタの雪が足に絡みつく。登山靴を履いてきたのは大正解。防水機能は万全だ。
 こうして準備万端のはずだったのに、わたしには厄災が待っていた。整備工事が完全に終わっていなかったのである。駐車場から遺跡にわたる橋を歩こうと、足を踏み出した瞬間、すってんころりんのバックドロップ! 痛かった。滑った足あとには、コンパネが露出している。工事用の通路ではないか。痛かったのは体だけではない。転倒後、デジカメが動かなくなってしまったのである。調子の悪いデジカメではあったが、それでも写真は撮れていた。転倒後、微動だにしない。


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  1. 2011/12/12(月) 00:04:35|
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第11回「猫」プロ

 12月8日(木)は以下のような活動をしました。
 
01 「地域猫」に関する取材成果の発表
  (上村・西村・福田 @13講義室)

02 発表会にむけての役割分担【1班あたり7分前後の発表となる】
  (リーダーを中心に学生が主体的に決定)

03 4409演習室で作業→データシートの修正・整理、新たな「猫」本の検索

04 ブログ(活動報告&感想文)のジャンケン勝負!

05 音楽班は10~11日のスケジュール、持参物など検討


活動報告と感想 
 「地域猫」に関する取材成果を、上村くん、西村くん、福田くんの3人が発表しました。猫の「殺処分」は衝撃的で、鳥取県にも「地域猫」に係わるNPO法人ができていくことが理想だと思いました。地域全体の協力がないなかでエサを与えてはいけないということがあったので、後先考えない軽はずみな行動は控えたいと思いました。学生3人の取材をうけて、先生は県担当部局のOMさんと2度メールのやりとりをされており、その資料を読むと、さらに事情がよく分かりました。現在、会社で10匹の猫を飼われているというNさんは、「地域猫」の制度すら知らず、自ら野良猫の躾けをおこなった上で、これ以上猫が増えないようにと不妊去勢手術をされています、もちろん、エサやりをして、面倒を見ておられる方のようでした。是非ともお話を伺うべきだと思いました。
 来週はとくにお忙しい時期にあたり、インタビューできるかどうか不確定ですが、再来週にはまちがいなく取材に応じていただけるとのことでした。
 また、来週木曜日は、午後3時より「カフェ黒田」を再訪し、正式なインタビューをおこなうことになりました。

 発表会に向けての役割分担は以下のように決まりました。

 ①「おまえなしでは生きていけない―芸術家と猫―」: 岡田、藤井
 ②「猫」本30冊の選書と推薦: 西村、仲佐、中島
 ③「カフェ黒田」の展示と黒田さん親子へのインタビュー: 木島、佐藤
 ④愛猫家インタビュー: 福山、米山
 ⑤「地域猫」の問題: 上村、福田

 4409演習室での作業は、データシートの修正・整理も無事完了し、順調な動き出しとなりました。音楽班は今週の土日に出雲市平田の石橋酒造に行って来ます。お疲れ様でした。(建築・環境デザイン学科 F.E)
  1. 2011/12/11(日) 00:00:21|
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シンポジウム「山林寺院の原像を求めて」迫る!

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 シンポジウム「山林寺院の原像を求めて」がいよいよ1週間後に迫りました。事務局の準備もせわしくなってきております。ここに再度、次第等をお知らせしておきます。

シンポジウム:山林寺院の原像を求めて -栃本廃寺と摩尼寺「奥の院」遺跡-

  平成23年12月17日(土) 於 重要文化財「仁風閣」謁見所(2階)

 平成9年に発掘調査が始まり、国史跡となった「栃本廃寺」(鳥取市国府町)の整備事業がほぼ完了しました。7世紀に遡る山間部の伽藍に塔・金堂・講堂などの遺構が残っており、長年の調査研究を反映した遺跡環境整備に注目が集まっています。一方、鳥取環境大学浅川研究室は因幡一の霊山、喜見山摩尼寺(鳥取市覚寺)の「奥の院」遺跡で昨年度発掘調査をおこない、今年度は遺物の自然科学的分析とともに建築考古学的復元研究を進めています。このたび環境大学と鳥取市教育委員会の共催ということで、栃本廃寺と摩尼寺奥の院に代表される「山林寺院」のシンポジウムを企画しました(定員70名)。学術的に不明なところの多い「山林寺院」の実像に迫るとともに、山間地域の再活性化にこれらの文化遺産をいかに活用すべきか、考えてみたいと思います。

0.ご挨拶
  13:00-13:10 中川 俊隆(鳥取市教育委員会教育長)

1.趣旨説明
  13:10-13:25 浅川 滋男(鳥取環境大学大学院研究科長) 

2.仏教寺院の原像を求めて 13:25-14:45
  13:25-14:05 箱崎 和久(奈良文化財研究所遺構研究室長)
      講演1「山林寺院の研究動向 -建築史学の立場から-」
  14:05-14:45 眞田 廣幸(前倉吉市教育委員会次長)
      講演2「キジル千仏洞をたずねて -中国最古の石窟寺院-」

  14:45-15:00 休憩

3.栃本廃寺と摩尼寺「奥の院」遺跡 15:00-16:00
 15:00-15:30 加川 崇(鳥取市教育委員会文化財課主任)
      報告1「栃本廃寺跡の調査と環境整備」
 15:30-16:00 岡垣 頼和(鳥取市都市整備部建築住宅課/前鳥取環境大学大学院)
      報告2「摩尼寺奥の院遺跡 ―発掘調査と復元研究―」
      
4.パネル・ディスカッション 16:00-17:00
 司 会: 浅川 滋男
  討論者: 講演者(箱崎、眞田、加川、岡垣)
       中橋 文夫(鳥取環境大学建築・環境デザイン学科教授)

5.閉会の辞 17:00

主催:鳥取環境大学  共催:鳥取市教育委員会 後援:鳥取県教育委員会
事務局: 鳥取環境大学浅川研究室(清水・檜尾)TEL&FAX0857-38-6775

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  1. 2011/12/10(土) 00:00:41|
  2. 講演・研究会|
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亀茲の砂塵(Ⅸ)

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地獄の2日間の裏側で(2)

11月20日(日)の続き
 北京ダックのレストランを出て、散歩がてら歩いていると、さっきの茶葉の店に灯りがついているので、入ってみました。

otya2.jpg 中には、ずらりとお茶や急須が並べられていて、とても雰囲気のいいところです。店主さんも良い人で、キームンのような高級の紅茶を先生が所望されたところ、景徳鎮に近いところで採れたばかりの高級茶がでてきて、みんなで飲ませていただいたのですが、これが本当に美味しくて、値段は高いけれども、みんな競い合うように茶葉を買いました。その御礼ということもあって、さらに高級な鉄観音を店主さんはサービスで飲ませてくださいました。これもまた美味しいお茶で、30杯続けて飲んでも味が変わらないと言われました。ほんとうにその通りでした。店をでる直前には、茶器のセットを2つもサービスでいただきました。よほど先生と話があったんじゃないでしょうか。中国旅行の締めにこんな良いお店に巡り会えて本当に良かったです。


11月21日(月)
 早朝5時30分ホテル出発で、北京空港へ。はたして帰国フライトのチケットが発券されるのか、ドキドキしましたが、3回カウンターを行き来して、ようやくチケットをゲットし、搭乗手続きも終わりました。これで日本に戻れます。ここで、朝食です。みんながお粥定食を食べました(↓)。わたしはピータン粥、他のみなさんは白粥でした。肉まんも美味しくて、お腹を満たしてくれました。

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  1. 2011/12/09(金) 00:03:00|
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亀茲の砂塵(Ⅷ)

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地獄の2日間の裏側で(1)
 
クチャからの飛行機が2時間遅れて、帰国が1日のびてしまった最後の2日間の日記を掲載しておきます。

11月20日(日)
 今日の朝もお弁当でした。昨夜のお弁当とちょっと中身が変わっていましたが、炒め物にキウリが混ざっているのを発見した先生は苦い顔をされています。10時過ぎに武警新疆公安辺防総隊培訓中心(国境防衛機動隊トレーニングセンター)招待所を出発し、ウルムチ空港へ向かいました。空港でまず北京行きのチケットを発券してもらいました。中国民航の女性職員同士が口喧嘩のようにして、仕事を進めていきます。忙しそうにみえて、じつは受付カウンターの裏で、一部の女性職員はパソコン・ゲームしながら(↑)、カップラーメンを啜ったりしていて、驚きました。

 手続きに関しては昨日よりスムーズにいっているようにみえて、最後は北京のホテルの問題で大もめしました。中国の女性は凄く強いですね! 先生もタジタジです・・・予約が一段落した後、ターミナルのカフェで、コリアンダー(カメムシ草)の入ったラーメンを食べました。匂いは苦手です。付け合わせで出てきたニンジンの漬物とデザートのリンゴは美味しかったです。
 ターミナル3からターミナル2へ移動し、荷物検査も終えて、まだ時間があるので、こんどはお茶することになりました。簡単に飲み物を注文。先生はハーブ(香草)のアイスを頼んだんですが、食べて早々「高野豆腐みたい」と言ってあまり食べられません(↓)。いただくと美味しくて、ほとんどわたしが食べちゃいました。
 そして、時間となり、ボーディング。やっぱり空は綺麗で癒されます。夜景も綺麗でした。1日遅れてしまいましたが、ようやく北京空港到着。ところが、迎えがありません。やはり、うまくは進まないようで・・・何度も電話をかけたりして、1時間後にようやくホテルの迎えがあらわれました。

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  1. 2011/12/08(木) 00:00:24|
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月太郎さんへ

 おはようございます。

 「恋は桃色」の件で、ヤフーメールのアドレスに連絡したのですが、ご覧いただけましたでしょうか?
 ちょっとやっかいな話なので、お誘いするのも憚られたのですが、とりあえずメールをお読みいただければ幸いです。よろしくお願いします!

 ところで・・・、
 最近、『HOSONO HOUSE』、『東京シャイネス』DVD、『HoSoNoVa』などが続々届いています。細野さんは、高田渡を心底尊敬していますね。いつもは斜に構えてニタニタとシャイに話すのに、高田渡の話題になると真顔に変わる。細野さんと高田渡が高田漣を通じてつながっていることを、ほんとうに嬉しく思うと同時に、生前に企画されていたという細野&高田のジョイントアルバムが形をなさなかったことがとても残念です。

  1. 2011/12/07(水) 08:38:43|
  2. 音楽|
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第10回「猫」プロ(その3)

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 12月1日、もう一つの取材班は鳥取市覚寺の門脇茶屋喫茶部を訪問し、ご夫妻にインタビューしました。

「猫」プロ 愛猫家インタビュー(3)

 日時: 2011年12月1日(木曜日)15時~
 場所: 鳥取市覚寺 門脇茶屋喫茶部
 取材対象: KWさんご夫妻   愛猫: ハナ(クロ) トラ
 取材スタッフ: 木島・藤井(インタビュー) 米山(ビデオ撮影) A先生・タクヲさん(アドバイザ)


猫エイズをのり超えて -チャコのこと
 ぼくたちは門脇茶屋喫茶店のご夫妻をインタビューしてきました。
 ご夫婦の猫との出会いは、今から16年前に遡ります。娘さんが知人から猫をもらってきて、「チャコ」と名付けました。チャコは体調が芳しくなく、獣医さんから「猫エイズ」と診断されました。文字通り、「猫のエイズ」ですので、余命いくばくという宣告を受けたのでした。ぼくは猫エイズという病名を初めて聞きました。熱が出て、下痢が続き、鼻水がとまりません。とうぜん、ご家族はチャコの死を覚悟したのですが、チャコの生命力は強く、投薬や注射の治療で猫エイズが治ってしまったのです。そんなチャコは容姿端麗で、ウサギのように真っ白い体と赤い目の持ち主で、飼主だけでなく、おおくの参拝客を魅了しました。
 チャコは、飼犬のレオと仲良しでした。お産をするときも犬小屋だったそうです。ネズミやモグラやスズメをとってきては、レオに見せていたそうです。ネズミを捕る猫は聞いたことはあったけど、スズメを捕るのは初耳です。どうやって捕まえるのだろうかと不思議に思いました。
 チャコは2年前、交通事故で死んでしまいました。チャコ自身が死期を予想していた節もあり、死に顔をみせないために消えてしまったのかと思っていたら、田んぼに死体が転がっていたそうです。おそらく、車ひっかけられて数百メートルひきづられ、車から振り落とされて田んぼに落ちたのではないか、とご夫妻は想像されていました。首筋から腹にかけて、大きな傷が残っていたといいます。

1201門脇猫03
 

ハナとトラ
 チャコと入れ変わるように、あらわれたのが黒猫のハナです。レオと散歩をしていたら、ダンボール箱に入った捨て猫を発見。その子猫をカラスが狙っています。そこで拾ってきたのが、いまの黒猫ハナ(♀)です。クロの子供がトラ(♂)。トラは生後1年半。黒猫の母親からブチ色の猫が生まれていることに驚きました。ハナはメス猫だから、それにふさわしい名前にしたのですが、黒猫なのでクロと呼ばれることが少なくなく、ハナと呼んでも、クロと呼んでも、反応します。トラは、トラ模様だから、この名前になりました。
 トラは人懐っこい性格ですが、クロは人見知りなまま性格が変わりません。トラは生まれたときから、ずっと人間に抱かれて育ったので、人肌に慣れていて、どんな人にでもなついていくそうです。一方、捨て猫だったハナは人間を恐れていて、見知らぬ人には近づきません。車も毛嫌いしています。車に乗せられて、捨て場にもっていかれたことがトラウマになっているのではないか、とご夫妻は想像されています。
 暖かい日に、猫たちは屋外で日向ぼっこをしていますが、屋内のお気に入りの場所は、トラがストーブ(ファンヒーター)の上、クロはテレビの上だそうです。やはり暖かいところが好きなんですね。トラは奥さんと一緒に寝るんですが、ふとんの中は暑すぎるようで、いつもふとんの外に寝るとのこと。クロは炬燵のまわりとか、あちこちで眠るのですが、たまにふとんに入ってくることもあるそうです。

門脇茶屋3
 
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  1. 2011/12/06(火) 00:00:56|
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第10回「猫」プロ(その2)

蓮佛さん2

 

 12月1日(木)のP2&P4は、1・2年生9名が3班に分かれて活動しました。3班のうち2班が愛猫家のインタビュー、1班は「地域猫」に関する情報収集です。
 わたしたちは八頭町のRBさん宅を訪れ、ご夫妻にインタビューしました。

「猫」プロ 愛猫家インタビュー(2)

 日時: 2011年12月1日(木曜日)15時~
 場所: 八頭町米岡のRBさん宅
 取材対象: RBさんご夫妻   愛猫: ボビー ボー
 取材スタッフ: 福山(インタビュー) 佐藤(ビデオ撮影) 岡田(記録)
           S先生(アドバイザ)
    
ボビーのこと
 今回はカフェ黒田さんの紹介で、先日開催されていた「我が家の宝(ねこバージョン)」に2匹の猫(ボーとボビー)の写真を出品されていたRBさんのお宅で取材させていただきました。
 RBさんご夫妻は、現在2人暮らしで、猫好きの娘さんはカナダに住んでらっしゃいます。「娘がいたら、もっと詳しく猫について話せるに」とおっしゃいながらも、とても丁寧に話してくださいました。
 まず、ご夫妻と猫のボビーとの出会いですが、ボビーは連佛さん宅の近くの河川敷で拾われてきました。3日間ずっと鳴いていたそうです。とても気が強く、動作が犬のようで、喧嘩をすると首輪がなくなってしまうことがあるとおっしゃっていました。あかあさん(奥様)によれば、ボビーが犬のような動作をする原因は、犬を見て育ったからなのではないかとのこと。ボビーは股関節が悪く、小さいころに捨てられ、野良犬を見て育ったのではないかと推測されているようです。ボビーがRBさん宅に来てから6年経ちました。名前の由来はCMに出てくるボビーという芸人さんのように、元気な人になってほしいという願いを込めて「ボビー」と名付けたそうです。おそらくボビー・オロゴンのことではないかと思います。ちなみに、おとうさん(ご主人)はボビーのことを、足元が白いので「ホワイトソックス」と呼んでいます。口元が白いのでマスクみたいだとが、首も白いのでエプロン(まいかけ?)みたいだとか、笑いながら楽しそうに語られます。

ボーのこと
 次にボーについてですが、ボーはRBさん宅で生まれました。5人兄弟だったのですが、ボー以外の4匹は、ボーの母親猫がある日連れて出て行ってしまったそうです。鼻をたらすので、クレヨンしんちゃんに出てくる「ボー」というキャラクターに因んで命名したとのこと。獣医さんは10歳ではないかと言われるそうですが、おかあさんは13歳だとおっしゃっいます。長生きの猫で、神経質だけど、声がきれい、毛並みもきれい・・ですが、鼻水をたらすそうです。ちなみに、おとうさんはボーのことを白黒模様なので「パンダ」と呼ぶそうです。

シャムちゃん
 RBさんご一家は、いままでたくさん猫を飼われてきましが、どの猫も性格が違うそうです。まるで人間のようだとおっしゃっていました。性格は違うといっても、飼われてきた猫たちはみな静かだったそうです。しかしボビーは気が強く、犬のような動作をしていたので、躾けが必要だと判断されました。鳥やハムスターなど、いろいろな動物を飼ってきたそうですが、最終的には猫を飼ってらっしいます。猫を飼うと、「頼りにされている」気になってしまうとおっしゃっていました。
 RBさんが飼われてきた中に「シャムちゃん」という猫がいまして、その猫は、しばしば外から猫を連れて帰ってきました。猫は、捨てられている子猫を自分の子猫と一緒に育てたりするようです。食事も未熟児から優先的に食べ、ほかの兄弟猫が食べようとすると母親が怒るそうです。そして母親は最後の残りを食べると、おかあさんが説明されました。

猫は炬燵で 
 「猫のお気に入りの場所や1日の行動は?」と尋ねたところ、「出入りを自由にしているので外で何しているか分からない」とのこと。ネズミやモグラなどの動物を捕って帰ってきて、蛇、トカゲ、ヤモリは生きたまま家にはなすそうです。蛇を追いかけまわるRBさんを見て、猫は楽しんでいるそうです。家の中では風通しの良いピアノの上と、じゅうたんがお気に入りの場所。お客さんが来ると、喜んで猫自ら出てくるとおっしゃっているのに、この日は、おかあさんが「ボビー、ボービー」と大声で叫んでも全く姿をみせない。しばらくして、なんとまぁ、ボビーは皆が足を入れている炬燵(コタツ)の中から「にゃあ」と鳴いて出てきました。一同、大笑いです。そして、おとうさんはニコニコしながらボビーを抱っこしました。

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  1. 2011/12/05(月) 00:01:07|
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第10回「猫」プロ(その1)

鳥取県と「地域猫」の制度

 12月1日(木)は3班に分かれて活動しました。わたしは、先週から「地域猫」班のリーダーを命じられているので、この班の活動を報告します。

 本日のスケジュール

01 愛猫家インタビュー
 1)データシートNo.1 RBさん宅(ボー、ボビー)
   メンバー:岡田、福山、佐藤 【+教員S】
 2)門脇茶屋喫茶部(ハナ、ブチ)
   メンバー:木島、藤井、米山 【+教員A、タクヲ】

02 「地域猫」に関する鳥取県・鳥取市関係部局の訪問
   メンバー:上村、福田、西村

03 ブログ(活動報告&感想文)担当は各班1名=計3名を決めること


 本日の感想

 今回は「地域猫」と係わる行政部局を訪問し、「地域猫」の問題を掘り下げるという目的をもって、県庁・市役所の担当部局を訪問してきました。
 最初に鳥取市役所の環境下水道部生活環境課を訪問しました。事前の調べで生活環境課では、動物の問題について対応しているとのことでした。しかし市役所では、猫の案件には対応していないとのこと。猫に関する案件は全て鳥取県東部総合事務所にまわしているらしいのです。
 ということなので、鳥取県東部総合事務所に移動し、生活環境局生活安全課を訪ねました。東部総合事務所では「地域猫」に関する情報を聞くことができました。動物・鳥獣係の衛生技師、OMさんに、とても多くのことを教えていただきました。

 まず、猫は犬と違って捕獲に関する法律がなく、市や県の職員が捕獲することができないので、所有者等に猫を連れてきてもらわなければなりません。連れてきてもらうことで、東部総合事務所では野良猫の引き取りが可能になります。しかし、引き取られた野良猫の多くは「殺処分」されるのが現状だそうです。殺処分の対象となるのは愛護動物の犬と猫で、鹿・猪・熊などは鳥獣保護法により対象から外れます。ただし、犬・猫については、飼い主の登録制度があり、飼育を希望する人には譲渡するとのことですが、現実では譲渡制度に登録する人は少なく、結果として、殺処分の対象が多くなっていると聞きました。処分される理由は、野生化した野良猫は人になつかず凶暴になるとか、衰弱した猫は死をまつだけとか・・・
 一定の近隣住民が野良猫を管理する「地域猫」に関する大々的な活動は行われていないようです。野良猫に関する問題については、無責任なエサやりで猫が多く集まり近所から糞尿がまき散らされたり、騒音が発生したり、知らぬ間に敷地内で猫の赤ちゃんが生まれていたり、などの苦情が多々発生するようです。野良猫に関する問題を少なくするために、鳥取県では現在、県全体の猫の総数を減らす活動として、鳥取に猫が入ってくる数を減そうとしているそうです。


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  1. 2011/12/04(日) 00:00:12|
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亀茲の砂塵(Ⅶ)

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スバシ仏教寺院址

 チェルターグ山南麓にひろがる「スバシ古城」は都市遺跡ではなく、亀茲国最大の寺院遺跡であり、その一部に石窟を含んでいます。7世紀初、玄奘三蔵が滞在した寺であろうとも言われています。『大唐西域記』に描かれた亀茲の街と寺はまさにここにあったのでしょう。
 スバシの「ス」は水、「バシ」は頭を意味します。スバシは「水の頭(水の源)」という意味です。その名の通り、西寺区と東寺区の2つの区域を切り裂くように、クチャ河が流れています。もとは河のある場所にもスバシ仏教寺院が存在していたのですが、1958年の大洪水により、中央部が流され、今のように2つに分かれたそうです。西寺区は東西170m×南北685mにわたり、南塔や石窟を中心とした施設が多く点在し、陶器や鉄器、経典などの出土もしています。東寺区は西寺区より少し狭く、東西146m×南北535mで、寺院、僧房、北塔、石窟などがみられるとのこと。

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 今回見学したのは西寺区です。まず招古里大寺へ。ここは版築を使わず日干し煉瓦と砂・木材を混ぜて構築された石窟を含む寺院で、3~4世紀に造られました。中には少し壁画が残っていました。石窟は、東寺区も同様とのことですが、すでに前室、中室は風化し、後室のみが残っています。またこの下には亀茲国王の娘や孫を一緒に埋葬した墓がありました。高さは12mとのこと。上から辺りを一望することができ、見渡す広大な景色は圧倒的で、カメラで風景を撮る手が止まりませんでした。
 さらに進んで僧房窟へ。ここも同じ3 ~4世紀に造られたもので、僧房窟の左側に礼拝窟、また中央には以前、高さ4mもの立像が安置されていたそうです。間近で見ると迫力満点で、とても素晴らしかったです。

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  1. 2011/12/03(土) 00:53:04|
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環境学部教員の地域研究の取り組みを相互に理解するための報告会

 来年度の公立化を控え、後期より「環境学部教員の地域研究の取り組みを相互に理解するための報告会」が水曜日のランチタイムに開催されています。11月30日はわたしの発表でしたので、以下にレジメを掲載しておきます。なお、この日は後続する時間に3つの会議がありまして、4時間内に4つの会議に出席することになっていましたが、市役所の3つめの会議を終えて、とんぼ帰りしてきたものの、4つめ会議は終わっていました。

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0.環境大学着任以前
 01『橋津の藩倉』(1996)→県指定史跡
 02『鳥取県の近代化遺産』(1998)→多数の登録文化財、旧美歎水源地(2007)重要文化財

1.民家の調査と保存修復
 1)河本家住宅(琴浦町) 報告書(2005)→重要文化財(2010)
 2)尾崎家住宅(湯梨浜町) 報告書(2007)→県指定文化財(2010)
 3)加藤家住宅(鳥取市倭文)登録文化財(2006)→報告書(2007)(2008)(2010) 
   *古民家修復ポケットハンディマニュアル(2010)
 4)太田家住宅(鳥取市里仁) 現在、紀要論文審査中  
   *2010P1&P3「医食同源-福祉のむらおこしと古民家再生-」
   **地区計画の突破口として古民家再生(薬膳料理レストランへの改修)

2.町並み(伝統的建造物群)の調査と保全再生
 5)倉吉本町通り商店街 報告書(2007)→重要伝統的建造物群保存地区拡張(2010)
 6)倉吉重伝建地区拡張に伴う課題と展望  報告書(2011)
 7)雲州平田「木綿街道」の町並み保全にむけて
   ①現在、清水拓生(M1)を中心に調査中→修士論文→報告書→??
   ②2012.2.26 石橋酒造を舞台にシンポジウム開催

3.史跡整備と建築考古学的復元研究
 8)国史跡「妻木晩田遺跡」、同「田和山遺跡」(松江市)の弥生建築復元(~2003?)
 9)出雲大社境内遺跡大型本殿の復元(2004)→出雲古代歴史博に模型展示
 10)国史跡「鳥取藩主池田家墓所」平成の大修理における石造墓碑・玉垣等の
   修復方針を大幅改訂(報告書2006)
 11)青谷上寺地遺跡出土建築部材(弥生中後期、7000点)の分析と復元研究(報告書2008) 
 12)出雲市青木遺跡(8世紀の神社遺跡)の遺構10棟を復元(2011作成→2012展示)
   →古事記編纂1300周年「大出雲展」に模型陳列(東博→京博→出雲博を巡回)
 13)摩尼寺「奥の院」遺跡の発掘調査(2010)→環境考古学的研究(2011)→
   2011.12.17 重要文化財「仁風閣」でシンポジウム開催(別紙)→報告書(2012)?
   
4.文化的景観に関する調査研究
14)2009年度:中世城郭・城下町(若桜)、限界集落(板井原)に関する調査(報告書2010)
 15)世界自然遺産ハロン湾の水上集落と文化的景観(報告書2010)
16)2010年2月27日 国際シンポ「大山・隠岐・三徳山-山岳信仰と文化的景観-」
 *鳥取県の世界遺産候補申請枠組の再検討 → 報告書(2011)

現在、13)と16)の延長線上にある「岩窟型仏堂(日本)と石窟寺院(中国等)」の系譜関係を、木造建築と岩窟・石窟との関係に絞って調査研究中(紀要審査中)
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  1. 2011/12/02(金) 00:16:20|
  2. 講演・研究会|
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