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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

火の国 ぶらり(Ⅰ)

01肥後民家園01蕎麦屋01


肥後民家村

 12月24日から27日まで熊本を訪れた。
 初日は午後から和水(なごみ)町の「肥後民家村」へ。まずは門脇の「蕎麦屋木阿弥」で蕎麦をたくる。会津の蕎麦粉を取り寄せている。美味いおろし蕎麦をおかわりした。もちろん上機嫌さ。
 肥後民家村を訪れた目的は、ずばり旧境家住宅(重要文化財)。熊本の民家はいわゆる「併行二棟型(二ツ家造)」がよく知られている。謂ってみれば、双堂(ならびどう)を横二列から縦二列に90度回転したような造りをしたもので、一方の棟は土間、他方の棟は畳座敷に分かれる。そして、相接する軒を大きな樋がつなぐところも双堂と同じである。
 こういう平面形式が、いわゆる「分棟型」とか「二棟型」からの展開だという推測には、当然耳を傾ける必要があるだろう。カマドをもつ釜屋(九州ではナカエともいう)が徐々に座敷に接していって合体したものの、両者の接点に雨水が集中するので、大きく立派な樋を設けるわけだ。東南アジアには、この手の高床住居がたくさんあり、それは宮殿や寺院の形式にも継承されている。

01肥後民家園02境家01正面01


 日本では、内陣と礼堂の接する双堂型の仏堂が野小屋式の大屋根に覆われていくプロセスが解体修理によってあきらかになっている。日本建築史の教科書では、生駒の当麻寺曼荼羅堂がその代表として紹介されている。一方、神社にもこの形式がある。八幡造が神社における双堂にほかならないが、神社建築においては野小屋で双堂を覆う変化はおきなかった。古式の双堂=八幡造の形式が今も保守されている。この形式の神社本殿では、ともかく樋が目につく。安易な処理をすれば、不細工であるばかりか、雨水で建物が腐朽してしまう。だから、構造的にしっかりした大がかりの樋を設け、金箔を貼ってきらびやかにみせる。

01肥後民家園02境家01背面01


 「併行二棟型」民家の樋もよく目立つ。スケールが大きく、内側の金属製の樋を竹のすだれでくるむようにみせている。室内に入ると、半円状にたわんだ竹が土間と座敷の境の上をずどんと通っていて、またよく目立つ。幕末に建立されたという旧境家住宅は、「併行二棟型」が寄棟の「広間」型に変化するプロセスを示す貴重な遺構である。正面からみれば寄棟造だが(↑↑)、背面にまわると併行二棟型になっていて(↑)、樋は背面側から2室分だけ通っているのである。だから、屋根はコの字を描く。こういう過渡的な平面と構造をみて、民俗学や地理学の民家研究者は「二棟型は広間型に先行する」と推定した。九州の場合、その仮説はあながち間違いではないだろう。しかし、東日本や裏日本に卓越する本州の広間型をそういうプロセスでとらえるのは難しい。竪穴住居から進化した土座住まいのなかに徐々に揚床の板間や座敷が取り込まれていったとみるべきであろう。わたしはそういうふうに理解しており、講義でもそう話す。講義では旧境家住宅もとりあげるが、実際に見たことはなかった。百聞は一見に如かず。

01肥後民家園03小林美術館02
↑小林美術館内部の樋
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  1. 2011/12/30(金) 04:15:33|
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