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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

奈良のオールブラックス

 あの日、ぼくは真剣に天理を応援していた。これまで天理高校は優勝候補の一角としてなんども甲子園に出場している。それがいくら強い天理であったとしても、応援しようと思ったことはない。天理はPLや青森山田や帝京などと同じセミプロ寄せ集めの高校生集団であり、「地元の学校」という意識をもてないのである。しかし、帝京大学と闘う天理大学のラグビー部をぼくは心の底から応援していた。
 伏線は1月2日にあった。平尾と松尾が対談しつつ、1985年のラグビー日本選手権決勝、同志社対新日鉄釜石の試合を振り返る番組がBSプレミアムで放送された。ご存じのように、同志社はすでに大学選手権3連覇を成し遂げており、釜石は日本選手権7連覇のかかる試合であった。前半は大学ラグビー史上最強と言われる同志社が圧倒し、後半は負傷上がりの松尾の活躍で釜石が逆転した名勝負である。松尾はこの試合をもって引退し、その後は半ば芸能人のような生活を送り、賭麻雀で逮捕?されたり、明大監督就任を学生に拒否されたり、惨々な余生を過ごしているが、日本ラグビー史上最高のスタンドオフであり、社会人となって成熟した平尾ですら、全盛期の松尾には及ばなかったとぼくは思っている。
 しかし、チームとしてみれば、おそらく平尾の創り上げた神戸製鋼のほうが釜石を上回っていたであろう。その平尾を中心とする最強の同志社の3連覇に帝京は並ぼうとしていた。しかし、天理が勝てば、同志社以来27年ぶりの関西勢優勝となる。今年の大学選手権は、そういう意義のある大会であった。天理は見事なバックスの展開から先制した。二人のトンガ人を含むバックスは十分帝京の守備網を突破できることを証明した。しかし、その後、帝京の地力がじわじわと天理を自陣に押し込んでいく。二人の外国人フランカー(白人)を中心とするフォワードがスクラム、モールで押しまくり、ラインアウトでもボールを奪取し続けた。前半は帝京が12-7で折り返す。



 後半も帝京が押し気味に試合を進めたが、この日の審判はいくぶん天理寄りの笛を吹いた。そのおかげもあり、天理は一瞬の隙をついて、バックスが2つめのトライを奪う。これで、同点。両校優勝の可能性が高まるなか、終盤まで帝京はボール・ポゼッションにこだわり、天理陣内でプレーを続ける。そこで、天理がファウルを犯し、帝京キャプテンのスクラムハーフがポールにボールをあてながらもPGを決めた。ノーサイド寸前に勝利を納めたのである。同志社以来の3連覇が成し遂げられ、27年ぶりの関西勢優勝は露の夢と消えた。
 何度も書いておく。ぼくは声をだして天理を応援していた。同志社以来27年ぶりの日本制覇を奈良のオールブラックスに託していた。素晴らしい攻防の名勝負だった。両チームとも外国人二人を含むのは互角として、鍵を握る選手は天理がスタンドオフ、帝京がスクラムハーフであった。二人とも大人(たいじん)の面構えをしている。この二人と、東福岡高校のフルバックが、近未来の日本代表を支える中軸選手となるのだろう。以上、互角の陣容ながら、天理のスクラムハーフの動きがよく理解できなかった。なぜ自ら突っ込んでラックの下敷になってしまうのか・・・ラグビーの素人だから、これ以上とやかく言いたくはないけれども、ハーフの差が勝敗を分けたような気がしている。
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  1. 2012/01/12(木) 00:00:06|
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