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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

木綿街道のこと(XXⅨ)

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 「金輪御造営差図」(原図)の視察にあわせて、①「木綿街道」周辺の地籍関係資料の収集、②「斐川平野の築地松」の見学も実施しました。②については、おぎんの報告にあるように収穫の多い調査ができました。陰手刈り(のうてごり)職人や、築地松民家を活用している所有者の方、行政関係の方とも繋がりをつくることができ、2日間の視察にもかかわらず、研究の土台が築かれつつある感触を得ています。安来出身者として、地元が卒論研究テーマとなる幸運に恵まれた、おぎんの奮起を期待しています。

 さて、私のほうも継続して「木綿街道」町並み調査について研究を進めております。2月末のシンポジウムでは主に町家調査についての成果を報告しましたが、今後、木綿街道周辺における近世の町並み復元についても触れておかねばなりません。資料としては、和田先生にご提供いただいた江戸中期の「地銭帳」「検地帳」がありますが、古地図や地割図などの町割を示す資料が未発見でした。
 今回は、松江法務局出雲支局の訪問と、シンポジウムでお会いした地元郷土史家の方からの情報収集が目的です。

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 松江法務局では、昭和40年代以降から実施されている国土調査によって作成「地籍図」および、明治22年頃に実施された地租改正作業による「地押調査図」が管理されています。町並み復元の調査においては後者の「地押調査図」が重要となるでしょう。事前の問い合わせで、松江地方法務局出雲支局で保管されている「閉鎖和紙公図」(材質が和紙。現行の公図は電子化されており、それまで現行の図面として備付られていたもの)が明治22年の地押調査図(↓)であり、無事、その複製を入手することができました。ただ、その原図の上から、平成6年にいたるまでの地籍の変遷が和紙で上貼りされているため、当時の地割を確認できません。今後、「地銭帳」などの文献資料を参考にしつつ、復原的な考察が必要でしょう。

DSC05160.jpg 地元郷土史家のNさんともお目にかかり、当時の町割を示す資料として、明治初期の地割図が広島大学図書館に所蔵されているとの情報を得ました。さらに平田本町の江戸末期の地割図を所有している方も紹介していただき、次回訪問時に確認することになっています。Nさんには今後の調査への協力約束していただき、心強い限りです。
 さっそく、GWに広島へ行こうかな・・・

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  1. 2012/04/21(土) 23:12:46|
  2. 景観|
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