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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

第2回「修験道トレッキング -山と巨岩の信仰を訪ねて」

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 19日(木)、P1&P3「修験道トレッキング」の2回めで、最初の山登りに挑みました。1回めの登山ということで、資料作成は私、白帯が担当しましたので、立岩山坂谷神社の概要を述べておきます。

立岩山坂谷神社と磐座

 立岩山(たていわやま)は、岩美郡岩美町と鳥取市福部町の境にある標高394mの岩山。『因幡志』の栗谷村(福部村栗谷)の項に「村の後の高山を聟山或は武庫山ともいう」とあるのは、同書の岩常村の項の記ともあわせて、当山のことをさしていると思われる。また同書には、坂谷権現(現坂谷神社)についての記述があって、武庫山に連なる山の中に磐石(いわくら)があり、 そこに小祠(本殿)をなしたものとされている。立岩の名はこれに関係があるかもしれないし、その上部に聳える巨巌による可能性がある。坂谷神社本殿を覆う石壁には謎の白い線刻が無数に描かれている。本殿の上に巨岩が左右から重なりあって「岩屋」をつくる。自然にできた岩陰である。

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 坂谷神社と摩尼山は指呼の関係にあるほど近く、神社の山号が「立岩山」、摩尼寺山頂の巨岩(帝釈天降臨伝承地)は「立岩」と呼ばれるように、なんらかの関係性をもった可能性がある。坂谷神社と摩尼山の巌(いわお=巨岩)は、いずれも古い磐座(いわくら)信仰の対象であろうと推定されている。磐座は、神が宿るという巨岩であり、古代人はそれを恐れ敬った。いまなお神社等のご神体として祭られる巨岩が少なくない。古代、あらゆる自然物にカミが宿っていた。アニミズム信仰である。なかでも、美しい 円錐形をした山、あるいは山中の巨石は神々が降臨してくる場所として敬われた。信仰の中心が「神体山」、神の降臨する場が「磐座」と言えるだろう。摩尼山の立岩は古来「磐座」であり、帝釈天降臨によって山全体が「仏界」に変わった。摩尼寺「奥の院」のもとの姿は、坂谷神社のように巨巌が屹立するものであり、その岩を穿って仏堂を設け、また岩を削平して加工段(平坦面)を形成した可能性が高い、というのが教授の考えである。

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 坂谷神社は社叢(神社周辺の山林)が県の天然記念物に指定されている。スダジイ林を主体とする大規模な照葉樹林で、とくに参道石段の両側と本殿が鎮座する岩陰をくぐり抜けた一帯には、巨木のスダジイが群生している。また、参道と社殿一帯には、ケヤキの大木、大形のヤブツバキもまじり、クリハラン等の南方系のシダ植物も自生しており、分布上貴重な植物が多く確認されている。近辺には、直浪遺跡(湯山)、栗谷遺跡(栗谷)があり、両遺跡とも縄文時代の石器類や土器が豊富に出土している。(白帯)

 「続き」に2年生2名のレポートを掲載します。

参考文献
 『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』角川書店、1982年
 『日本歴史地名大系第三二巻 鳥取県の地名』平凡社、1992年
 鳥取県指定文化財一覧 http://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1191476497440/activesqr/common/other/47048ffa008.pdf
 超古代文明「イワクラ」資料提供:山添村いわくら文化研究会http://www.vill.yamazoe.nara.jp/iwakura/iwakura.htm

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↑山頂に露出する凝灰岩の巨巌 ↓巨巌周辺の急傾斜面を上り下り
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  1. 2012/04/25(水) 23:50:17|
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