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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

「貝殻節」起源考(Ⅳ)

 正直なところ体がパンクしていて、高血圧症状に悩まされている。2日連続で頓服を服用し、ホームドクターにも診てもらった。ふらふらの状態でなんとか大阪からスーパーはくとに乗りこみ、レポートの採点を始めたが、すぐに眠ってしまった。目覚めれば、智頭。体が少しだけ軽くなっている。郡家駅の駐車場に停めた自家用車で大学に戻ってきた。
 院生に2つばかり課題を課していた。ひとつはベトナムにもっていく測量器材の購入手続き。月曜日に発注を完了させようと約束していたのに、事務方が何度連絡しても携帯の電源が切れたまま。聞けば、午後4時起床だったそうだ。もう一つは、ある大手の文化財系コンサルの就活準備。わたしはこれまで何度も社長と連絡を取り合っていて、ようやく面接が決まり、当然のことながら、履歴書・業績一覧・ポートフォリオ等の準備を指示しておいたのだが、帰学しても、ほとんど手つかずの状態。ファイルに納まった成果物を見れるものとばかり思っていたのに・・・血圧がまた上がった。急上昇。昨日のオシムどころじゃありませんよ・・・
 いまようやく少し落ち着いてきた。こんなイントロを書く予定はまったくなかったのに、「貝殻節起源考」の執筆者にはまことに申し訳ない。以下は「イタヤ貝漁」以前から、因幡の海岸域にはたくさん海女がいてアワビやサザエを捕採していたはずで、そういう海民文化と貝殻節には関係がないのか、という質問に対する回答。

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 貝殻節で歌われている漁法を確認すると、これはジョレンという底引き網の一種で船曳きするというものです。貝殻節自体は、歌詞から見ても、この重労働(船漕ぎ、底引き)の慰めとして歌われた労務歌、船漕ぎ歌と考えられます。現在、夏泊などでみられる海女漁は全く異なる漁法です。また、『民俗学辞典』等をみる限りでは、海女漁は船の出入りの悪い荒磯などを中心に行われるので、漁獲対象はサザエやアワビ、カキなどが中心で、網漁で大量に捕獲できるイタヤ貝はおそらく主たる漁獲対象ではないのではないかと思われます。ジョレンの実物はあおや郷土館に収蔵されていますが、歯のついた骨組みに網を設置し、海底を掻くようにして船曳きするもののようです。
 以上のことから、少なくとも現在残されている「貝殻節」は、海女歌とはいえないようです(もちろん、先行する民謡や、貝殻節として定着する前の歌が海女歌だった可能性を否定するものではありません)。かけ声の「ホーエンヤ」も、賀露神社の祭礼に見られるように、基本的には船漕ぎのかけ声のようです。ちなみに、賀露神社は『三代実録』貞観3年10月16日条に名前が見えるほどの古社ですが、祭礼の船漕ぎがいつごろから今のようになったのかは分かりませんでした。それでも、貝殻節よりは古いのではないかと考えられているようです。
 ちなみに夏泊の海女漁は、江戸時代の地誌「因幡志」や地元伝来の「當浦居村之儀」という古文書によると、朝鮮出兵に際して亀井茲矩が雇用した筑前の漁夫の妻が導入したということになっているそうです(現文書未確認、二次資料からの引用です)。ちなみに福部村には海士(あもう)という地名がありますが、ここに海女漁があったかどうかはよく分かりません。


  1. 2007/07/11(水) 00:26:01|
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