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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

漂海民たち-越南浮浪(Ⅵ)

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 この日、わたしは通訳のファムさんと二人でGPSデータを採り続けた。南端のカルチュア・センターから始めて、少しずつ北上。もちろんハンディGPSとソニーのユニット・キットの併用である。第2グループ(集落)の筏住居が昨年に比べて大きく数を減らしていることに驚いた。
 副隊長はもうひとりの通訳Ms.ハンとヒアリングの続き。午前中は産婆さんのインタビューに熱中して、なかなか船にもどってこない。トランシーバーで呼び出すのだが、どうやらチャンネルにさわったらしく、コミュニケートできなかった。

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 エアポート、ハルさん、ひらちゃん、某院生の4名は第4グループの北端に近いセメント船へ。セメント船の揺れが少ないと予想し、ここを基点に測量班は筏住居および地形をトータルステーションで計測した。1日で約50棟、側点にして270点のデータを得た。エアポートは油まみれになりながら、セメント船を実測。ハルさんは北隣の家船をスケッチした。彼女がスケッチした午前、筏住居まわりの家船はわずか3棟に減っていた。他の家船は漁にでたのであろう。

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 午後、集落を囲む岩山の外側にまででてGPSデータをとり、1周して内海にもどってきた。これでGPSの作業は終わり。測量班のいるセメント船をめざす。船に着いて隣をみると、漂海民たちの家船は11艘に増えている。漁からもどってきて、洗濯したり、網をなおしたり、米をといだり・・・。総勢約20名。かれらがクア・ヴァン村にやってきたのは10年前に遡るという。親村はベトナム戦争時の空爆で知られる港町ハイフォン。ハロン湾から遠く離れている。ハイフォンとクア・バンを月に2度行ったり来たり。筏住居は5年前に買った。筏住居の持ち主もハイフォンの漁民。漁で稼いだ金で筏住居を買い、オーナーは「エージェント」となった。ハイフォンから家船でクア・ヴァンにやってくる漁民たちは「エージェント」に魚を売る。その魚を「エージェント」がハロン市のマーケットにもっていって売り、収入を得る。
 わたしたちの船頭に訊ねた。
  「あの人たちが嫌いなんじゃないの?」
  かれはこっくり頷いた。理由は簡単。クア・バンの定住者にとってみれば、漂海民は漁場荒らしでしかないからである。喧嘩が絶えないのだという。だから、口もききたくない。このグループよりもさらに外洋に近い最南端にいる漂海民と船頭は口をきいていたが、同じ質問をすると、やはり「嫌いだ、喧嘩が絶えない」と答えた。

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 作業は4時半で終了。いちど遊覧船にもどり、お土産類をまとめてまずはロックさんの家へ。かつて海軍に従軍していたロックさんは軍服に着替え(↓)、われわれ全員と記念撮影をした。それから村長のチョーさん宅へ。ここでも記念撮影(↑)し、別れの挨拶。村長と奥さんは最後まで手をふって送ってくださった。
 そして、クルージング・デッキへ。カスタード・アップルなる果物がでてきて、エアポートとハルさんが美味しげに頬張っていた。
 わたしはグロッキー。これでクア・ヴァンの調査は終わった。

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↑夕暮れの甲板を楽しみに毎日の作業を続けた。↓カスタード・アップルを頬張る学生たち
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  1. 2007/08/27(月) 23:50:40|
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