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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

来たれ深き眠りよ(Ⅱ)

 近鉄から地下鉄経由で阪急に乗り継いだ。梅田から阪急宝塚線で6つめの駅が曽根。ここに豊中市アクア文化ホールがある。イョラン・セルシェルのリサイタル会場である。開演の5分前、なんとかわたしたちは会場にすべりこんだ。
 開演前のステージに目をやると、椅子と譜面台がおいてある。まずアンプやマイクがないことに驚いた。数百人は収納できる大きなホールなのに、生の音だけで演奏を聴かせようというわけだ。クラシック・ギターの場合、野外でなければ完全なアンプラグドが可能だということを知り、嬉しくなった。しかし、なぜ譜面台がおいてあるのだろう。プロの音楽家が暗譜していないはずはないのに・・・
 まもなくステージがライトアップされ、蝶ネクタイを締めたセルシェルが11弦ギターをひっさげて姿をあらわした。みれば、ギターのボディの下側に小型のスピーカーのような器材がついている。やはりアンプラグドは無理なのか、というわたしの懸念はあっさり氷解する。セルシェルは椅子にこしかけ、その器材を左太腿の上にのせた。そうか、足踏台がない。セルシェルは足踏台の代わりに、ギターを持ち上げるフレームをつけてそれを太腿の上にのせたのだ。

 静かに11弦ギターの演奏が始まった。最初はJ.ダウランドの「来たれ深き眠りよ」他数曲のメドレー。曲が終わるたびに、セルシェルは立ってお辞儀をする。そのお辞儀が4回繰り返され、11弦ギターによる第1部が終了した。
 あれっ? プログラムによると、第1部は7曲構成のはずだぞ。J.ダウランド→L.ミラン→A.ムダーラ→L.ナルバエス→L.ミラン→A.ムダーラ→J.S.バッハの7曲だろ。いつ7曲演ったのよ?? えっ、「11弦ギターによる初演」と書いてあるバッハの「シャコンヌ」はもう終わっちゃったのん???
 クラシック音痴のわたしたちは、どの曲がミランで、どの曲がムダーラなのか分からないし、最後の曲が「シャコンヌ」だったのかどうかすら分からないのである。もっとも、同伴者はと言えば、隣の席ですやすやとよく眠っていたが(上質の音楽は眠りを妨げない)。
 ひとつはっきりしたことがある。セルシェルは一度も譜面台に触らなかった。譜面をみながら演奏したのは1曲だけだったということだろう。それは初演の「シャコンヌ」だったのだろうか(1月11日註:セルシェルをなんとタブ譜をみまがらシャコンヌを弾いたらしい)。

 20分後、セルシェルは6弦ギターをもって再びステージにあらわれた。すでに譜面台は消えている。第2部のスタートは、お待ちかね、ビートルズの「アビーロード組曲」。「ヒア・カムズ・ザ・サン」(J.ハリソン)、「ビコーズ」(レノン&マッカートニー)、「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドウ」(同)のメドレー。
 いや、凄かった。もっと軽い、イージー・リスニング風の編曲だと思っていたのだが、いきなり「ヒア・カムズ・ザ・サン」からぶっ飛んでいる。『アビーロード』の「ヒア・カムズ・ザ・サン」ならわたしだって弾ける。全然、難しくない。この曲はDキーで、予想どおり、かの有名なイントロのメロディをそのまま使ってきたのだが、ポジションが全然違う。10フレットのDコードでスタート。以後、開放弦を巧みに使いながら、ハイポジションからローポジションまでコードとメロディとベースラインが超高速で動いていった。これが世界第一級のギタリストの編曲なんだ。ビートルズに演奏が負けていない。ビートルズのメロディがきっちり聞こえてくる。そのメロディを活かした超絶技巧のアレンジに目を奪われた。続く2曲では人工ハーモニクスによるメロディラインやパーカッシブな奏法も聴かせてくれた。



 演奏が終わり、拍手喝采。この日最高の拍手であった。隣に坐っている4人連れの若奥様たち(ギター教室のお友達らしい)の一人が、大阪弁のアクセントで一言。
   「カッコいいね」
 お友達も即座に「うん」と相槌。アコギ・インストを崇拝するみなさん、一度こうゆう演奏を聴いてみてくださいな。いや、凄いわ。これまでライブでみたギタリストのなかでは、紛れもなく最強でしたね、このビートルズは。

 F.バルサンティの「古いスコットランド民謡」メドレーを挟んで、最後はB.ブリテンの「ノクターナル作品70番」。この曲は、ダウランドの「来たれ深き眠りよ」による、との解説がプログラムに示してあるから、コンサートは「来たれ深き眠りよ」の輪廻だったわけです。
 もちろん聴衆がこのままセルシェルを帰すはずはありません。アンコールは2回。1曲めはスウェーデンの作曲家(ノイマン?)によるメランコリックな作品。隣の奥様方によりますと、「映画音楽のような」メロディをもつ曲でした。フィナーレは再びレノン&マッカートニーから「ヒア・ゼア・アンド・エブリウェア」。

 アンコールのあたりから、若奥様たちの表現は次のように変わってきた。立って拍手に応えるセルシェルをみながら(もちろん大阪弁のアクセントで)、
   「可愛いねぇ、可愛い・・・」
   「うん、控えめな感じがねぇ。」  
 わたしは疲れていて、恥ずかしいことだけれども、最後のブリテンのあたりでは、同伴者の「深き眠り」に誘われてしまっていた。しかし、アンコールで目が覚めた。最後の最後はビートルズの佳曲でまた嬉しくなった。

 ちなみに、11弦ギターについて少しだけ知識を得たので、書き留めておこう。プログラム解説によると、「セルシェル独自の11弦アルトギターは、ルネッサンス・リュートの調弦(ギターの第3フレットにカポタストをして3弦を半音下げる調弦)を用いているので、リュート曲のオリジナルの雰囲気を出し易いというメリットがある」という。
 3弦を半音下げるとなれば、6弦ギターならEADF#BEの並びになるわけですね。これに3カポとなれば、GCFADGのチューニングですか。あとで試してみよっ。



  1. 2007/11/25(日) 03:37:42|
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