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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

魔法の山(Ⅱ)

 舞台は昭和42年夏の鳥取。主人公の「ぼく」、ケンイチは11歳、小学5年生。父は6歳のときに亡くなった。母は大病を患い、手術のため大阪の病院へ向かおうとしている。妹は母の病状を知らされていないが、「ぼく」はすでにおおかたの事実に気づいている。母の病は治らない。

 ケンイチは夏休みになると、毎日のように城跡で遊んだ。蝉を捕ったり、ザリガニを獲ったり、城の抜け穴に入っては怖くなって戻ってきたり・・・。しかし、友だちも家族とどこかに遊びに行ってしまった。そんなある日ケンイチは、一人で洋館(仁風閣)を転用した郷土科学博物館に迷い込む。そこで、かすかな声を聞いた。

  「おい、聞こえるか。なあ頼む、おれを助けてくれ。」

 その声の主は、金網に覆われた水槽に閉じこめられたオオサンショウウオだった。

20080110005209.jpg

 このオオサンショウウオは「トトロ」に似た超自然的存在として描かれている。純な子どもにしか声が聞こえないという設定。そのオオサンショウウオは、じつは城跡(久松山)をまもる精霊の化身であり、「自分を助けてくれるならなんでも願いを叶えてあげよう」とケンイチ兄妹を説得する。
 母の病を救いたい兄妹は休館日に博物館に忍び込んで、オオサンショウウオをバケツに移し、迷路のような抜け穴を歩き続け、城山の中心にある聖水池にオオサンショウウオを解き放つ。すると、オオサンショウウオはその見返りに兄妹を母のいる大阪の病院にワープさせる。案内人は若くして亡くなった父親。父に連れられて兄妹は母の療養する病院へ。このあたりの展開もトトロの猫バスを思い起こさせる。
 気がつくと、兄妹は城跡の裏側にある霊泉の井戸端に寝ころんでいた。しばらくして、瀕死の母が奇蹟的な回復を遂げ、鳥取の家に戻ってくる、というお話。


 昭和42年に11歳だった少年は昭和31年の生まれだから、わたしと同い年だ。わたしは高校の3年間、久松山の麓に通ったが、久松山(鳥取城跡)にはほとんど愛着を感じた記憶がない。すでに、オオサンショウウオの言葉が聞き取れない歳になっていたからだろうか。わたしは河原という上方往来沿いの集落で幼少時代を過ごした。毎日のように、千代川や霊石山で遊んだものである。だから、いまでも夏になると必ず故郷の川まで雑魚釣りに行く。子どものころに味わった夏の川風が体の芯にまだ残っているのだ。

 鳥取城跡といえばノビタだが、ノビタがあれほど鳥取城跡に愛着を示すのは、わたしが千代川を愛しているのと同じ幼少時の体験によるものなのだろうか。なんだか分からないが、また胸を打たれたことだけは間違いない。たいへんな漫画家を鳥取は輩出し、その漫画家が鳥取の昭和を描いている。これで、3度も。 (完)

  1. 2008/01/12(土) 00:07:52|
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