加藤家住宅のパンフレット作成中。編集は「
床下にもぐる女たち」に任せた。いま彼女たちを「床下編集室」と呼んでいる。編集室の2名がもがき苦しんでいるさまは、自らブログで吐露しているので、ご存知の向きもありましょう。
その
嘆息からすでに20日が過ぎた。
振り返るには苦々しい記憶になってしまったけれど、卒業研究
公聴会の打ち上げ会場はイタリア料理のマンナ。みんな懐かしいのは「
ほたる」だろうが、3日ほど前、栄養失調に悩むけんボーを連れて4年生と食事したばかりだったので、豪勢にマンナとした。マンナの晩餐は息苦しかった。左サイドハーフをのぞくゼミのメンバーが勢揃いした「最後の晩餐」であり、卒業生たちを「よくやった、よくやった、やっぱりうちのゼミがイチバンだ」と自画自賛しながら、カンパリとアルゼンチン・ワインをぐびぐび呑み、パスタとピザをがばがば食べて、最後はクレジット・カードの支払い代金にアブラ汗をたらたら流しながらも、みなに感謝しながらグーグー眠るという目論見がもろくも崩れ去っていたからだ。
この目算をぶちこわしにしたのは、いうまでもなく公聴会に潜り込んでいたエイリアンである。余談ながら、わたしが不在にしていた翌日の深夜、渦中の人物が演習室にあらわれ、「床下編集室」の女子学生に恫喝まがいの叱責をするというおまけがついて、学内が騒然となった。しかし、その行為により、公聴会における過激な言動の病的な背景が読み取れ、わたしもチャックも逆に一抹の安堵と憐れみを感じた次第である。

それはさておき、マドンナ、じゃなかった、マンナの晩餐では、公聴会の話題があまりできないので、最後に「床下編集室」に矛先が向いてしまった。わたしが向けたのかもしれないが、なにより記憶に残っているのは、ハルさんの一言。
「何をそんなに苦しんどるん?」
同感です。わたしは「世の中に編集ほど楽しいものはない」と思っている人類の一人であり、どうしてまたこういう仕事が苦しいのか理解できないのである。ハルさんは
倉吉報告書の表紙を描いた芸術家の卵であり、トマトさんはその報告書の100ページを編集し、チャックは
加藤家住宅報告書135ページの編集をした。みな、なぜ?という疑問が消えない。
床下編集室の2名は、学年で成績抜群の秀才であり、同じレベルであろう先輩諸君の業績を振り返っても、タクオ、ピエール、社長、キム・ドク(別名タイガー戸口)などはアドバイスらしいアドバイスをするわけでもないのに、センスの良いパンフレットや報告書を作りあげてきた。かれらはそれを楽しみながら実行したはずで、わたし自身、かれらのデザイン・センスに教えられるところが少なくなかった。
一方、床下編集室の2名はといえば、ここ1~2ヶ月の悪戦苦闘ぶりを見るに忍びないものがあった。真面目にコツコツやっているだけに、遅滞の所以が理解できない。こちらも辛抱に辛抱を重ねて指導しているつもりなのだけれども、進捗の兆しすら感じられないまま時間が流れ、根の深さに驚いていたのである。だから「最後の晩餐」の席で、わたしも訊ねた。
「いったい何にそんなに苦しんどるん?」
二人は閑かに笑うだけで何も答えなかった。
さて、昨夜、16ページ分のJPGが添付資料として送信されてきた。もちろん、床下編集室から。
良くなってきた。良くなってきた、という手応えを初めて感じた瞬間であった。わたしはさっそく校正し、30分ばかり編集室に電話して注意事項を伝えた。
なんとかなりそうだ。あとは前進あるのみ。綺麗に仕上げてください。

↑まだまだ変わるでしょう。
- 2008/02/17(日) 00:40:49|
- 研究室|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0