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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

垂木の上下-八雲たつ風土記の丘

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 28日の午後、松江に行った。「八雲たつ風土記の丘」の奈良時代復原建物も棟上げが終わり、垂木が架かっていた。
 垂木で揉めたんです。下の写真をみていただければ分かるんですが、野物材の皮を剥いだ垂木が架かってます。元口が下になってるの分かりますか。
 「ありえないだろ?」って、わたしは言ったんです。末口が下に決まってるではないの。軒付を綺麗にみせようとするなら、軒先の垂木は細いほうが良いに決まっているし、ましてや古代建築の復原で逆葺きの茅を葺こうとしてるのに、その下地の垂木が逆葺きの真反対の向きをしてるなんてありえない、とわたしは主張したわけ。

  「いぃんや、ここいらの民家では、みんな元口が下になってます。わたしの家もこうなってました。」
  「それなら、今からその民家に行こうじゃないの!?」
  「いや、あの家はもう壊しましたから・・・」

 ほかにも破風の納まりやらなにやら、当方の指示とは異なった加工がされていたりして、垂木から上の解体を指示した。それにしても、親方も頑固でなかなか譲らない。こちらが「古代はこうなってんの!」と言っても、「それよりもこっちのほうが納まりがよいですから」と言って譲らない。これだけテーコーする職人さんもあんまりいないんだが、ほんと譲らないので時間がかかった。ホワイトボードに向かって延々と図を描き、説得して声が枯れた。納得してくれたような、してないような、訳の分からん指導になってしまったな。じつは、この親方、部下として実の娘さんを従えていて、娘さんの手前引き下がれないのか、と勘ぐっていたのだが、あとで娘さんのほうから「わたしがいなくてもああなんです」と教えられた(娘さんはこのブログを「お気に入り」にいれてくれてるそうです。多謝!)。

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 でも、ほんとうに斐川平野では、民家の垂木は元口を下にするらしい。分厚い軒付を本葺でつくるからだろう。しかしね、わたしたちが取り組んでいるのは、古代の逆葺き建築だかんね。ともかく、垂木から上の解体を命じました。やり直しです。駄目なものはやり直し!


 夕方は関係者6名で懇親会。ほかに4名声をかけていたのですが、逃げちゃった。その4名はみな『出雲大社の建築考古学』の執筆担当者なんです。飲みながら原稿の催促をしようとしたのですが、まぁ、出てくるわけはない。みんな「出張」だそうです。どうせ自宅に出張してテレビでも見てたんだろうけど、たとえ自宅であれ、「出張」は「出張」なんだ。でも、最近、ぼくは優しいからね。あんまり怒ってないんですよ、西北君。次回は、突然、職場を急襲するかんね。優しい顔で催促しに行きまっせ、メッチャン。
 さて、懇親会に参加した6名のうち女性が2名。驚きました。これがお強いのね。2時間飲み放題で、なかなか壮観でした。次回は竣工式だから、その際にはスッポンを食べに行こうって話になったりして、・・・なんでスッポンなのかは、ここではしゃべれない、だはは。

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↑和小屋じゃないよ、鳥居組です。中世民家と青谷にあるんだから、古代にあったって良いだろう、という判断です。



  1. 2008/03/02(日) 00:09:45|
  2. 史跡|
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