
「ベビーフェイス」から王宮に向かって歩いていくと、「金太郎」という提灯が目に入った。日本料理屋だった。チキン・ヌードルスープを食べたばかりだったが、ひやかしてみることにした。ざる蕎麦を注文した。「金太郎」の書棚で、文芸社から出ている『テレマカシー・バンニャ』(2005)という単行本をみつけた。古岡真理さんという女性が書いた本であった。大阪の芸術大学の建築系学科を卒業し、中堅のゼネコン設計部で10年間働いた後、集団リストラの波に洗われ、同じ会社に勤務していた夫とともに希望退職し、バリ島に移住してきた。バリで不動産業・建設業を営みながら、レストランの経営にも手を出した。「金太郎」は古岡夫妻のお店である。
あとでツアーガイドに訊ねたところ、こういう日本人は少なくないそうだ。多くの日本人はクタに住んでいる。ウブドは商売向きの町とは言えないが、日本人を始め、外国人の別荘が多く、それが集中している郊外の地区にも案内していただいた。別荘の値段は決して高くない。農家をリフォームすることだってできる。

「こちらにお住まいになりませんか?」
「住みたいですね。バリはいいところだ。でも、仕事は何をしたらいいんで
しょうかね?」
「レストランとかホテルを経営している日本人の方が多いですよ。」
「ギターが好きでしてね、『
ギターラ』っていう名のカフェを出すのが夢なんです。」
「ご自分でもギターを弾かれるんですか?」
「えぇ、まぁ少しは・・・ギター音楽のCDならジャズでもクラシックでも何でもたくさん
持ってましてね、その音楽をかけたいんですよ。で、たまにはライブもやりたい。」
「おもしろそうですね。」
「ただ、移住して心配なのは・・・家内が病気だから、メイドさんが必要でしょうね。」
「月に1~2万円払えば、メイドは週に3回来てくれますよ。」


王宮の建築は見事なものだ。煌びやかさがいやらしくない。宗教の聖性と数寄屋のような遊び心が不思議なバランスを保って輝いている。
王宮からの帰り途、バリのお酒を買いたくなって店をめぐった。店に酒はなかったが、あるレストランで売ってくれるという。まず味見させられた。ブレムという米の醸造酒とアラックというココナッツの蒸留酒がでてきた。それぞれの味はすでに知っている。夜の「ベビーフェイス」では、赤米のブレムから始めてアラックに変え、アラックを飲み干したら食事をとる。ところが、そのレストランのオーナーは「2つの酒をミックスしたら美味いんだ」という。白いブレムとアラックをミックスして、氷を浮かべ、ライムを絞る。立派なカクテルに早変わりした。
白米のブレムとアラックの両方を買う、と答えた。買うと答えたら、次に空き瓶をもってきた。「瓶はこれでいいか?」と訊いてくる。
「あぁ、それでいいよ。でも、栓のところにテープをしっかりまいておいとくれ!」
酒は2本で50000ルピー(約600円)だった。わたしはとても気をよくした。ところが、空港税関でこの酒がとんだ災いをもたらすことになる。

そのまま「ベビーフェイス」に戻れば良かった。いったん帰宅して、ホテルの部屋で荷物をまとめた。1時間ばかり時間が過ぎていった。
夕食とネット仕事のために「ベビーフェイス」に入ったら午後6時になっていた。
ニカの姿は見えなかった。
注文を取りにきた別の少女に訊ねた。
「ニカは帰ったの?」
「ニカって、わたしの友だちのニカ?」
「そう。」
「彼女なら5時に帰りましたよ。」
「そう・・・あなたの名前は?」
「ブトゥ」
「・・・??」
「B・u・t・u・です。」
彼女は礼節をもってわたしに接したが、その視線はどこか冷ややかだった。(完)
- 2008/03/16(日) 00:07:42|
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