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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

薬研堀慕情(Ⅲ)

七夕の黒髪

 鮎は黒髪に変わっていた。舌右衛門が所望していたとおりの髪の色である。ただ、自然な黒髪ではなく、茶と金の入り交じった巻毛を黒く塗りなおしたものらしい。その点、どこか人工的で不自然にみえる。
 舌右衛門は「髪を黒くしたから見にきて」という電信を受けたとき、驚き、嬉しく思った。その姿をこうして目の当たりにし、その驚きと喜びがぶり返してきたことはきたのだが、やはりどこかに納得できない気持ちも残っている。
   (わしのために髪の色を変えるなど、ありえぬわい・・・) 
    「殿、如何いたしました? この髪がお気に召しませぬか?」
    「いや、めっそうもない。ただ驚いておるのじゃ」
    「では、もう少し嬉しそうにしてくださりませ」
    「はは、嬉しい、うれしいぞ」
    「もう、・・・もそっと上手なお芝居ができませぬのか。今宵はこうして髪を黒くし、浴衣を纏い、七夕の夜をもりあげようとしておりますのよ」

 七夕が近くなると、茶屋中の娘が浴衣を着る。それがまた、客を呼ぶのである。鮎は縫物の才があり、浴衣も自ら手縫いしたという。群青に朝顔の花の咲いた色合いの生地で浴衣を縫い、ところどころにフリルのような白い飾りをつけていた。

    「そうそう、短冊を用意してございますのよ。殿も伸太さまも、短冊に願いを込めて笹に吊しましょうえ」

と鮎は言い、色とりどりの短冊と筆をもってきた。舌右衛門は筆をとった。

     弾け、サンバースト!

   「何でございますか、このサンバーストとやらは?」
   「吉他琴で弾く曲の名じゃ」
   「吉他琴とは、どのような琴でございますか?」
   「南蛮人がもたらしたギターラと申す6弦の琴でな、琴というよりもむしろ三味線か琵琶に近い楽器じゃのう」
    「それと七夕がどう関係するのでございますか?」
   「べつに関係はせんが、難しい曲でな、一所懸命練習して、鮎に聴かせようと思うておるのじゃ」
   「いつまで待てば、鮎はその曲を聴けるのですか?」
   「そうじゃな、あと二月か三月・・・」
   「そんなに待てませぬ」
   


 その宵は七夕前で客はごったがえしており、鮎は占い遊びもせぬまま、いったん席を立った。いつもなら美雪が代わりに席につくのだが、店に群がる客が多すぎて、しばらくおなごはひとりも同席しなかった。

   「伸太、鮎の黒髪をどう思う?」
   「それは、殿のご所望を叶えられたのでしょう」
   「そうかのう? わしはちがうと思うておる。かりにそうだとしても、営業用だと考えたほうがよいのではないか」
   「でも、殿が所望されなければ、黒髪にする必要などないではありませぬか」
   「おなごは気分で髪型を変えるものじゃ。なにかあったのではないかな。好いた男とうまくいかぬとか、茶屋の人間関係にいらいらしたとか。髪型を変えて憂さ晴らししようとして、わしの望みを思い出したまでのことではないかの?」
   「よくそこまで頭がまわりますな。もっと素直にお喜びなさればよかろうに」

 舌右衛門はしばらく考えこんで、再び口を開いた。

   「おなごは化生だからの・・・」

 伸太は、雇主が何を言いたいのか、よく理解できない。

   「たしかに、おなごは化粧をしますな」
   「阿呆、化粧ではない、化生じゃ」
   「化粧と化生はどう違うのでございますか?」
   「化粧は、紅毛人の言葉で言えば、メイキャップであろうが」
   「それでは、化生は?」
   「・・・バーチャル、かの」
   「仮想、でございますか?」
   「そう、仮想じゃ。化粧をして男の前にでてくるときのおなごはみな現実ではない。みな化けておる。」
   「お化けでございますか?」
   「そうかもしれん。明の国では、美しい娘を<妖怪>と読んで外に出さぬ習わしがあると聞く」
   「なぜでございますか?」
   「傾城(けいせい)という言葉を知っておるであろうが?」
   「淀の側近、大野治長は男傾城と呼ばれておりますな」
   「そうじゃ、その反対じゃ。美しいおなごは国(城)を傾けてしまうほど妖艶な力をもっている。危険きわまりない存在だとだれもが知っている」
   「楊貴妃でございますな・・・」

 そのとき、伸太は天井に馴染みの気配を感じた。

   「殿、利蔵にございます」
   「ふむ、茶屋をでるぞ」


*『薬研堀慕情』 好評連載中!

    「薬研堀慕情(Ⅰ)」
    「薬研堀慕情(Ⅱ)」
    「薬研堀慕情(Ⅳ)」



  1. 2008/04/02(水) 00:39:45|
  2. 小説|
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