分身の術 殺気をおびた影は、舌右衛門と伸太と利蔵の3人を囲むように、急速に旋回しはじめた。そして、7人の忍びがあらわれた。7人の忍びはおなじ顔、おなじ装束をしている。その忍びはゆるりゆるりと平行移動しながら、いまにも3人に斬りかからんとしているが、7人の構えはみな違っていた。隙がない。
「幻術じゃ、幻術に惑わされるな!」と舌右衛門が叫んだ。
「分身の術でございますな」と利蔵。
「どれが本物の忍びでございましょう?」と伸太。
「あわてるな、伸太、花火をあげい!」
伸太は「忍法パラシュート!」と小声で呻き、ぼ~んと何かを空に打ち上げた。空から小さなパラシュートがいくつか落ちてくる。パラシュートには花火が吊されており、火の粉をあたりに撒き散らした。境内が一瞬あかるくなり、7人の忍びを照らし出した。
「そこじゃ!」と舌右衛門は太刀を一閃。
忍びは地面に倒れ込み、その腹に利蔵の投げた十字手裏剣がくいこんだ。すでに6人の幻影は消えている。伸太が訊ねた。
「殿、どうして本物の忍びがお分かりになったのですか?」
「影がみえた。他の6人は火に照らされても、影ができなんだ」
利蔵が覆面をはいだとき、忍びはすでに舌を噛みきり、死んでいた。
「殿、この顔に見覚えは?」
「ない」
「どこの忍びでございましょうか?」
「あの術はな、『飛騨の忍者赤影』にでてくる霞谷七人衆の術によく似ておったぞ」
「甲賀者でございますか?」
「傀儡甚内の術にも似ていたが、甚内は人形で分身を操るゆえ、むしろ夢堂典膳のおぼろ分身に近い技ではないかの。いずれにしても、甲賀者であろう」
「すでに殿への密命が敵方に漏れているということでございましょうか」
「そうとしか考えられんな・・・」
「この死体、いかがいたしましょう」
「捨て置け。仲間が始末するであろう。境内のどこかにまだ一人二人、忍んでおるかもしれんぞ。」
舌右衛門はふと倭文のことが気になった。敵方が妻子を人質にとることも十分考えられる。
「利蔵、馬をひけ!」
半刻のち、舌右衛門は倭文の本宅に戻った。妻の澪が出迎えた。
「まぁ、殿、どうなされました、このような夜更けに馬を飛ばしてご帰宅とは?」
「こちらの屋敷に変わりはないか?」
「とくになにごとも・・・そうそう、昼間に熊野の薬売りとやらがやってきまして、脳の病いによく効く漢方薬をおいてゆきました」
「その薬、飲んではならんぞ」
「なぜでございますか?」
「忍びは薬草にくわしい。そこいらの村医者よりもはるかに知識がある。もちろん毒草もよく知っておる」
「あの薬売りは忍びでございますか?」
「分からん、ただ注意せよ、と申しておる」
澪は脳に病いを抱えており、右半身に軽い麻痺症状がでていたが、医者は養生する以外に手だてがない、と言う。その症状を知るものは少ない。
舌右衛門は澪とともに庭にでて、伸太と利蔵をふたたび呼び寄せた。
「倭文の警護を固めたい」
「それでは、グスクとヤスを呼び寄せましょう」
「グスクは良いが、ヤスはちと不安じゃのう」
「それでは、ガキも呼びまする」
「ふむ、その3名は大工ということにいたせ。家の修繕で出入りすることにして昼は屋根、壁を直し、夜は中2階の下男部屋に泊まらせよ」
「われらはどういたしましょう?」
「わしの影じゃ」
*『薬研堀慕情』 好評連載中! 「薬研堀慕情(Ⅰ)」 「薬研堀慕情(Ⅱ)」 「薬研堀慕情(Ⅲ)」 「薬研堀慕情(Ⅳ)」 「薬研堀慕情(Ⅵ)」
- 2008/04/04(金) 00:02:41|
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