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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

薬研堀慕情(Ⅸ)

曼徳倫の夕べ

 王賢尚は3人を「曼徳倫」という名の海辺のレストランに案内した。コロアネ島南端の聖フランシスコ・ザビエル教会の門前から海に向かう回廊を利用した食堂群のひとつで、潮風にあたりながら、海鮮料理を浴びるように食べ、ワインを飲んだ。近くの海岸線には、家船が散見される。どうやら近くに船上生活者の大集落があるらしく、そこから魚介類をレストランに売りに来ているのだ。波よけ石垣のところどころに平底の浅い籠が並べられていて、聞けば、牡蠣の剥き身を干しているとのこと。これも船上生活者が潜水して採取してきたものである。
 伸太と利蔵は貝の酒蒸しや、大蒜のたっぷり効いた蝦の炒めものに舌鼓をうつ、というよりも、むしゃぶりついている。とくに驚いているのは、鰯の炭火焼きである。

   「殿、これは日本でいつも食べている鰯の焼き物ではありませぬか。七輪で火をおこし、網焼きにする鰯と同じでございますな!」
   「あぁ、あれも平戸経由でポルトガル人が日本に伝えたものではないかな」
   「さようでございますか。ほかに日本に馴染み深いものはございますか?」
   「金平糖」  

 舌右衛門はもちろん料理も食べたが、なによりシャンパンのような白葡萄酒が懐かしく、その酒を舌でころがしながら、五重奏団の生演奏にじっと耳を傾けていた。

   「殿、あれが吉他琴という楽器でございますか」と伸太が訊いた。
   「倭文の屋敷にギターラを1台おいておる。目にしたことはないのか?」
   「覚えがありません。どこで手に入れられました?」
   「平戸じゃ。平戸の楽市でぼろぼろのギターラをみつけた。ただ同然の値であったから買うたのじゃ。でもな、少し修理して弦を張り替えたら、なかなか良い音がするようになってのぉ」
   「そのギターラでサンバーストという曲を練習されているのですか」
   「あぁ。奥にはいつも叱られておる。うるさい、うるさい、近所迷惑だと・・・」
   「この店の楽団の演奏はいかがですか?」
   「哀愁があってよいな。本物は違うわ」
   「ギターラの横で、中風の患者のように手を震わせている小さな楽器はまた違うものなのですか?」
   「あれはマンドリンと言ってな、8弦の楽器じゃ」

 ギターラの伴奏にマンドリンがトレモロでメロディを奏で、厚化粧の歌手が唄を絡めてくる。その哀愁深い旋律は、ときに日本の民謡を思い起こさせるときすらあった。案外、スケール(音階)が近いのかもしれない。
 王賢尚が話題に加わった。

   「ギターラの本場はイスパニアにございます。ポルトガルの弾き手でも独奏者をめざすものはイスパニアで師匠をみつけ、何年も修行を積むと申します」
   「そうですか。それなら、イスパニア艦隊が日本を占領するのも悪くありませんな」
   「・・・??」
   「はは、冗談、冗談でございますぞ。だはは・・・」
   「殿はそれほどギターラがお好きなのですか?」
   「えぇ、まぁ、少々。あれを弾いていると時間を忘れまする」
   「あっ、9時をまわりました。お楽しみでしょうが、まだ仕事が残ってございます」
   「まだ仕事があるのですか?」
   「そろそろ伎楼に参りましょう」



 このような生活がしばらく続いた。酒場と伎楼は毎夜変える。宿舎の洋館に帰るのはいつも明け方で、しばらく朝寝してから飲茶をとり、昼から街にでて、夜は伎楼に泊まるのである。7日ばかり経ち、王賢尚は舌右衛門にたしかめた。

   「殿、馴染みのおなごはみつかりましたかな?」
   「十字楼という遊郭にエゲレスの女がひとりおります。青い瞳の綺麗なおなごでして、あのもののもとに通おうと思いまする」
   「それは幸運でございますな。なんという名前のおなごですか?」
   「名はたしかサラと言いました。従倫敦、経過印度、来到澳門と、漢語で自己紹介しおりましたわ」
   「中国の言葉ができるのですね、そのロンドンの女は?」
   「あまり上手いとは申せませんが、漢語をしゃべります。わたしもじつは、少しばかりだが、英語と蘭語を学んだことがありましてな。ときに英語を使って話しかけてみると、サラはとても嬉しそうな顔をして、キャアキャア笑いました。ほとんど話が通じているとは思われませんが。」
   「そのおなごに英語を教わったらよいではありませぬか?」
   「えぇ、そのつもりです」
   「それにしても、いつ英語を学ばれたのですか?」
   「明国に留学中、朱子学に興味をもちましてな。儒学としての朱子学よりも、朱子の自然哲学を学んでみたかったのです。『朱子語類』という書を丹念に読みました。朱子の自然認識はなかなか難しく、意味を読みとれぬところが少なくなかったのですが、それはわたしに天文学の基礎知識がないからだということが分かってきました。で、中国の天文学を学び始めた。天文学を学び始めると、すでに中国の天文学が及びもつかぬほど、西欧の天文学が劇的に進歩していることを知りましたもので、勢いあまって、英語と蘭語も学んであちらの文献を読み始めたのですが、まぁ、なかなか読めませんでしたわ。ただ、英漢字典や蘭漢字典は買いそろえましたぞ。この旅にも、もってきております」
   「・・・徳川さまが殿をお選びになった所以がようやく分かりました」



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    「薬研堀慕情(Ⅲ)」
    「薬研堀慕情(Ⅳ)」
    「薬研堀慕情(Ⅴ)」
    「薬研堀慕情(Ⅵ)」
    「薬研堀慕情(Ⅶ)」
    「薬研堀慕情(Ⅷ)」
    「薬研堀慕情(Ⅹ)」

  1. 2008/04/08(火) 00:36:32|
  2. 小説|
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