伎楼通い 利蔵と伸太は中国の女とばかり遊んでいた。「日本語の分かる女」という条件を伎楼の主に伝えると、相手してくれるのは中国の女ばかりだったのである。すでに、二人とも目の下にうっすらと隈をっつくっている。伸太は「腰が痛い」と嘆き、利蔵は「膝に痣ができました」とこぼすのであった。
「ならば、遊郭通いをやめればよいではないか!」
と舌右衛門は二人を叱責した。
「昔からな、男を骨抜きにするのは酒色だと言われていることぐらい、おぬしたちはよく知っていようが。中国の宦官たちは、若いころから皇帝に酒とおなごを与え、自分の思い通りに操ってきたのだぞ」
「ほとんど骨抜き状態でございます」と伸太。
「阿呆! そもそも、なぜ遊郭に通っているのか、わかっているのか?」
「必要な情報を集めるためでございます」
「であろうが。だからこそ、わしはエゲレスのおなごを探し出したのじゃ」
「しかし、利蔵もわたしも言葉が分かりませんゆえ、もうひとつ情報集めになりませぬ」
「だから、どうだというのじゃ」
このころふたりは伎楼遊びにも飽きだしており、多くの中国女と比較して、「メイドの小李のほうが可愛い」と思うようになっていた。それに、小李は日本語がべらぼうに上手く、なんとでも話が通じるのである。これ以上の情報源はない。利蔵が思いきって切り出した。
「王賢尚さまはメイドに伽をさせてもかまわぬ、とおっしゃいましたが、小李を部屋に呼んでよろしうございますか?」
「伸太はどうなのじゃ。小李を利蔵に与えてもかまわぬか?」
「いえ、わたしも小李を好んでおりますれば」
「ならば、かわりばんことするか?」
「いえ、そういうわけには・・・・ご勘弁ください」と利蔵。
「ならば、奪いあうしかあるまい。小李に訊いてみよ。ふたりのうち、どちらを好いておるのかと?」
「負けたほうがミレットを頂戴するということでよろしうございますか?」
「ミレットは日本語がしゃべれんであろうが。あのポルトガル娘から話を聞くことができるのはわしだけじゃ」
「それは狡い・・・」
翌日から十字楼通いがはじまった。十字楼のマスターには、王賢尚がすでに「サラという遊女を貸し切る」旨を伝えていた。マスターは喜びながらも訝しがり、
「高くつきますが、どれほどの期間の貸し切りでしょうか」
と問うたらしい。王はいつものポーカーフェイスで、
「とりあえず無期限」
とだけ答えた。
伸太と利蔵は、舌右衛門の警護が任務なのだから、当然、十字楼に通う。サラの部屋の左右の部屋に陣取り、日本語の分かる中国女を呼び、マカオの街について調べはじめた。忍びには忍びに適した情報集めがあるとようやく感づいたのである。もちろん眼の下の隈は日に日に濃くなっていったが。
サラは舌右衛門が自分を貸し切りにした理由を知らない。ただ、サラは自分が男を虜にするだけの魅力があるという自負はもっていた。こんどは日本の成金商人がひっかかったのね、ぐらいにしか事をとらえていない。というよりも、訳など知ってもややこしいだけだから、どうでもよいというのが本音であった。
舌右衛門は初めてサラを抱いたとき、口吻の巧さに驚いた。ほかのことは日本と大差ないが、これだけは違う。なぜこうも違うのか、よく分からない。口の開け方が大きいのは間違いない。ただ大きく開けているわけではなくて、どうやら開け方にもそれなりの技術があるようだ。この技を盗みたい、とも思ったが、癖になったら帰国後たいへんなことになりかねない。
しかし、それが癖にならないはずはなかった。
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- 2008/04/09(水) 00:06:36|
- 小説|
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