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鳥取環境大学 環境情報学部 建築・環境デザイン学科 浅川研究室の記録です。

薬研堀慕情(ⅩⅩ)

複数の経路

 上座から宗薫が名をなのり、これをうけて舌右衛門が面(おもて)をあげ一通りの挨拶をした。

   「お付きの方はどうなされました。ご一緒にお話ができれば、と思っておりましたが」
   「あれは忍びの者にございますれば、庭に控えさせております」
   「今日はよろしいではございますか。忍びの方もマカオでは大変なご活躍だったとか。せめて縁の上にでもあがって、お顔をみせていただけませぬか」
   「いえ、忍びには忍びの分と役割がございますゆえ」

ということで、二十畳の間では宗薫と舌右衛門の一対一の対話が繰りひろげられた。それは、対話でもあり、知恵者同士の腹の探り合いでもあった。

   「では、改めて御礼申し上げます。このたびのマカオでの大任、まことにご苦労さまにございました」
   「いえ、大事な資料を賊に奪われてしまい、まことに恥ずかしい限りにございます」
   「いやいや、下呂さまが御生還なされたことがなによりでございますぞ。昨夜、お預かりした直筆の文書を拝読いたしましたが、見事なものでございますな。中身も新鮮で興味深いものでしたが、下呂さまの文体は独特な抑揚がございます。戯作者にでもなれそうなお方だと拝察いたしましたぞ」
   「とんでもございませぬ。ただの田舎侍にございます」
   「下呂さまはどこで学問を修められましたのですか」
   「京で十年あまり漢学を学びました。師匠が近江の方でして、そのつてもあり、近江に所領をもたれていた池田長吉さまに仕官することになったのですが、関ヶ原の後、転封になりまして・・・」
   「ご出身はどちらですか?」
   「父は播磨の者ですが、わたしは因幡で生まれました」
   「それでは郷里に戻られたというわけですね」
   「おかしな縁で時間がまわっておりまする」

 雑談もひととおり終わり、核心めいた部分に話が及んでいく。

   「下呂さまは2度お命を狙われたと聞いておりますが」
   「はい、国元でいちど、マカオでいちど、あわせて2度襲われました」
   「今日を境に、もうそのような危険な目にあわれることもなくなるでしょう。ご安心くだされ」
   「なぜでございますか」
   「下呂さまの集めた資料はすべてこちらでお預かりいたしました。とりあえず電信で大要は大御所(家康)さまにお知らせいたしますが、文書は至急何通か筆写し、複数の経路を使って確実に駿府にお届けいたします。これから先、下呂さまが生きようと死のうと、昨日いただいた文書は確実に大御所さまの手に渡るのですから、敵方は下呂さまに刺客を向ける意味がないのでございます」


 舌右衛門はただちに相槌をうつことなく、

   「ただ、わたしが集めた資料そのものは賊に奪われたわけですから、駿府よりも早く仙台に届くかもしれませんが・・・」
   
と述べたところ、宗薫は目をキラリと光らせて言う。

   「下呂さまから資料を奪った賊は伊達が放った刺客とは限りませぬからな・・・」

 宗薫が何を言いたいのか、舌右衛門にはわかっていた。(この男は何もかもお見通しではあるまいか)と畏怖の念を抱きながら、宗薫の口から漏れた「複数の経路」という言葉が耳にひっかかったので、問うてみることにした。

   「ひとつお聞かせ願いたいことがございます。平戸にエゲレス人のウィリアム・アダムスさまが駐在されておられますな」
   「幕府の外交顧問、三浦按針さまのことですな」
   「さようにございます。あの方にいろいろお話を伺えば、わたしがマカオまで出向いて間諜のような仕事をする必要もないだろうに、と思っておりました」

 ウィリアム・アダムスの乗るリーフデ号が豊後の臼杵に漂着したのは関ヶ原の年であったから、アダムスはすでに十年、日本に滞在しており、齢は55歳になっていた。ここで驚くべき事実を舌右衛門は知らされる。

   「按針さまは若いころアルマダの海戦に参戦されているのです。英国海軍の補給兵だったと聞いております」

 このひと言に舌右衛門は仰天した。

   「アルマダの海戦について調べるのには難渋いたしました。われわれがあれだけ苦労して調べあげたことを、アダムス顧問を通じて大御所はすでにご存知だったということではありませぬか」
   「・・・ではありますがな、エゲレス人の言っていることがどれほど正しいのかは分かりませぬ。旧教徒の南蛮(イスパニア、ポルトガル)は南蛮が強いと言い、新教徒の紅毛(エゲレス、オランダ)は紅毛が強いといいます。悪口の言い合いですからな。なんとか確実な根拠を得ませんと、どちらの言っていることが正しいのか判断できかねます。大御所は慎重な御方でございますゆえ、伊達さまが謀反を起こさぬという確信をお持ちにならない限り、大坂の陣に臨まれないでしょう。そのため多くの情報を集めて吟味しようとされているのです」

 その話を聞き、舌右衛門は確信した。そうか、自分たちもまた「複数の経路」の一つだったのだ、と。自分と同じような任務を与えられた者が国内外の各地に飛んで間諜の役割をはたしたにちがいない。かりに舌右衛門が敵方に殺されたとしても、家康のもとには他のルートから同じような情報がもたらされるように仕組まれていたであろう。為政者ならば、それぐらいの手は打つはずだ。


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  1. 2008/04/22(火) 11:07:24|
  2. 小説|
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